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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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疑うべきは神ではなく

 村長宅の通信室から、郷宿(マナー・ハウス)の寝室に皆が戻った。


「……さっきの、あれ……ごめんなさい……」


 ウェルティアは頬を染め、所在なさげに視線を床へ落とした。


「大声を出してしまって」


 向かいの壁にもたれていたリュシアが、クスクスと笑う。


「本当に、村中に聞こえたかもね」


 その言葉に、ウェルティアの耳まで赤みが差す。

 そんな姉を見て、ベッドに寝かされたティナが口を開いた。


「お姉さまは、敬虔な信徒です。神の奇跡を疑えないのです」


 そして、視線を下げて苦く笑った。


「……それに比べて私は、あっさり神の奇跡を否定した不心得者です」


 言い終える前に、リュシアが言い切った。


「違うわ。あなたが信じられなくなったのは、神じゃない」


 ティナとウェルティアの視線が、同時にリュシアに向いた。

 問いの言葉は出ない。

 代わりに、ふたりの眉間に皺が寄る。

 リュシアは腕を組んだまま、淡々と続けた。


「信じられなくなったのは、国。上の連中。それと神官」

「……神官、を……?」


 ウェルティアの声が裏返った。

 ティナも目を見開き、喉を鳴らす。

 フォールム神聖王国では、神官を疑うことは、神を疑うこと。

 下位の神官ならまだしも、上位の神官の言葉は、神の言葉と同義だ。

 そして上位の神官と、国の上層部は――ほぼ同じである。

 そんな事情を語ったウェルティアは、膝の上で拳を握りしめて続けた。


「だから、上の者へ進言は強くタブー視されるのです。神の決定に異議を唱える行いですから……」


 誰も口を開かない。沈黙が落ちた。

 その硬直を、リュシアとシエラの表情が崩した。

 リュシアはあからさまに呆れ、シエラは肩をすくめる。


「……本気で言ってるの?」

「ええ……当然です」


 リュシアの問いに、ウェルティアは真顔のまま答えた。

 寝台の端に腰掛けていたリオスが、困ったように唇を引いた。

 助け舟を出したいのに、出し方が分からない顔だ。

 リュシアは指を立てた。


「世俗の権力と神は別。そこを混ぜるから、おかしくなる」

「ですが……」

「フォールムが勝手に混ぜてるだけ。フォールム神が『混ぜろ』って言ったの?」


 リュシアの言葉が強く響く。

 ウェルティアが言葉に詰まる。

 ティナは寝台の上で唇を噛み、視線をさまよわせた。

 リュシアは声を一段階和らげた。


「……ティナ。あなたは、フォールム神を信じていい。不心得者なんかじゃないわ」

「……でも……」


 ティナは迷いを隠しきれず、ぽつりと問うた。


「魔国で、フォールム神を崇めて……良いのですか……?」


 次の瞬間だった。

 リュシアとシエラが同時に噴き出した。


「ぷっ……!」

「ふふっ……!」


 ティナとウェルティアは固まった。

 何が可笑しいのか分からず、困惑に顔を見合わせる。

 リオスはバツが悪そうに、両手で頬を押さえた。

 リュシアは笑いをこらえ、あえて大きく息を吐いた。


「……何年か前にね。リオスが同じことを、魔王様に聞いたのよ」

「っ! 姉上!」


 ティナとウェルティアの驚きは、問いの中身より先に跳ねた。


「魔王に……謁見……!?」

「子供が……!?」


 リュシアは、ふたりの驚きには気付かず、別の声色を作った。


「――『魔神ヴァルゼルグは、自分の種族の神を信じたからといって、へそを曲げるような、器の小さい神ではない』」


 言い切って、肩をすくめる。


「……って言ったのよ」


 ティナとウェルティアは、今度こそ別の所で引っかかった。


「自分の……種族の神……?」

「フォールム様は……創造神では……?」


 シエラが扇を閉じ、上品に告げた。


「フォールム王国では、創造神として祀られているようですわね」


 そして、さらりと続ける。


「ですが、他の国で『創造神扱い』はされていませんわ」


 ティナの口が開き、音が出ない。

 ウェルティアは喉をひきつらせ、背筋を硬くした。


「そ……そんな……」

「……私たちは……何を教えられて……」


 部屋に気まずい沈黙が満ちる。

 その停滞を、リオスが指先で払うように言った。


「……それはそれとして。話を戻してもいい?」


 全員の視線が、リオスへ向く。

 リオスは椅子に座り直し、ウェルティアを見た。


「ウェルティア、治療魔法に驚いてたよね? でも、拠点で応急処置のとき、けが人に治療魔法を使ってもらったはずだよ?」

「……はい。ですが……」


 ウェルティアは迷いを含んだ目で答えた。


「従軍の神官だと思いました。血止め程度の……その、軽い治療だと……」


 リオスが首をかしげる。


「報告では、骨折してた人もいたって聞いたけど」


 リュシアが顎に指を当てた。


「骨折した本人が、『実は軽い怪我だった』って思い込んだ可能性はあるわね」

「思い込む……?」

「信仰と違うことが起きた。だから周りに言えない。言えば、神官を疑う話になる」


 リュシアの言葉が、先ほどの話と繋がった。

 ウェルティアは肺の中の空気をすべて吐き出し、肩を落とした。


「……あり得ます。私自身、信じきれていません」


 指先が、膝の上でぎゅっと絡まる。


「ティナが嘘を言っているとは思えません。けれど……砕けた骨が……治るなんて……」


 ティナは、包帯の巻かれた腕を見つめたまま、首を横に振った。


「……お姉さま。いちばんの証拠は、私です」


 ティナの言葉に、ウェルティアは彼女に目を向けた。

 以前と変わらぬ笑み。


「傷も、痣も……ないんです。あれだけ……ひどい目に遭ったのに」


 ウェルティアの動きが止まった。

 目が、ティナの首元へ吸い寄せられる。

 その視線を察したリュシアが、ティナの病着に手を掛けた。前開きの合わせ目から指を滑り込ませ、左右へ開く。

 ティナも、一瞬肩を強張らせたが、されるがままだ。

 はだけた布地から、白い胸元が露わになる。

 ウェルティアは言葉が出ない。

 そう、ティナは手足が砕けるほどの負傷を負ったはずだ。

 しかし、晒された白い皮膚には、打撲の痕跡も、裂傷の縫い目すら無かった。

 血管が透けるほど滑らかな肌が、窓からの光を反射している。

 すぐに消えるような、軽い傷だったはずがない。


 シエラが、扇で口元を隠したまま言った。


「こうしてみると、本職でもないのに、本当に綺麗に治っていますね」

「そりゃぁ、リオスのモノになる身体だもの。見た目は最優先で治したわよ」


 そんなふたりの会話。

 かなり内容に不穏なものが混じっていたが、ウェルティアが喰いついたのは――


「まさか……貴女が!?」


 ウェルティアの驚きに、リュシアは何でもないように答えた。


「ま、必要に駆られて覚えたんだけどね。こうして役に立ってるわ」

「それは、魔国の――特別な家系の……?」


 問いが縋る形になる。

 リュシアは、指を折って数えるように言った。


「誰でも使える……とは言えないわね。向き不向きはあるし、才能も要るし」

「……才能……」

「剣と同じよ」


 リュシアは、さらりと付け足す。


「剣は、握るだけなら誰でもできる。けど、振らせちゃいけないのもいるでしょ。自分も周りも切るやつ」


 ウェルティアの口が、半開きのまま止まる。

 言い返す言葉が見つからない顔だった。

 シエラが扇を胸元で揺らし、目を細めた。


「便利ですわね。……わたくしも、そろそろ覚えたくなりました」

「ちょうどいいわ。練習台、いるじゃない」


 リュシアがティナへ視線を向けた。


「え……わ、私ですか……?」


 ティナの肩が跳ねた。

 リュシアは頷き、寝台へ近づく。


「骨って、感覚が掴みやすいの。硬いから、分かりやすいの」

「……お願いします」


 ティナは短く言い、包帯の巻かれた腕を提示するように持ち上げた。

 練習台とはいえ、治してもらえることに変わりはないのだ。


「……この子は、本当に……」


 言葉の続きが出ない。

 その隣で、リュシアが振り返った。


「ねえ、ウェルティア。あなたも覚える?」

「わ、わたしが……?」


 反射で聞き返した声が、裏返る。

 ウェルティアは、指先を握り込み、視線を床へ落とした。


「……フォールムの教義では、治癒は神の御業です。私など……」

「教義、教義って――」


 リュシアが言いかけ、途中で口を閉じる。

 代わりに、椅子の背へ手を置き、声音から圧を消した。


「じゃあ、見て決めなさい。やるかどうかは、その後でいい」


 リオスが小さく頷いた。

 その目が、ウェルティアへ向く。


「……無理はしなくていい。けど、知ってた方が守れる場面もあると思う」


 こうして、郷宿の寝室は、いつの間にか即席の講習会場になっていった。


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