表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/102

未熟は伸びしろ

 今回、メルヴィラは判断に迷った。

 正確には、迷いを表面に出したと言うべきか。


 資金の運用に関しては、リオスはもとより、リュシアにさえ、まだ教育をしていない段階だ。

 そもそも、領地の運営術は、成人後から段階を経て教え込むものである。


 グリムボーン家の教育は、他家と比較しても進行が早い。

 それでも、金勘定に関しては、庶民と同等の常識を教えるに留まっているのが現状だ。


 必要経費を算出したリオスの会計能力は、賞賛に値する。――内容の吟味は別途必要であるが。


 だが、ドランが口にした、資金を手元に残し、融資でやりくりする方法などは、事前の教育がなければ考慮の外だろう。


『あなたが危うい案を出した時点で、私は思案していたの。

 却下して正解を教えるか、あえて失敗させて痛い目を見させるか』


 通信室の空気が、一段と締まった。


『あなたなら、何が起きても乗り越えるかもしれない。

 私はそこに期待しているのだけれど、逆に、()()()()()()()()()()、それが成功体験になってしまう。

 手元に余力を残すという発想にたどり着けないかもしれない』


 ふわり、と。

 メルヴィラの視線が動き、後方に控えるウェルティアを捉えた。


 ウェルティアの背筋に、氷の刃を押し当てられたような悪寒が走る。

 言葉はない。

 だが、その赤い瞳は雄弁に物語っていた。


 ――主が誤った道に進もうとした時、止めるのも役目よ。


 ウェルティアの喉が引きつる。

 呼吸すら、意識しなければできないほどの重圧。


『ドラン』


 メルヴィラの名指しに、商人が居住まいを正した。


『あなたの交渉術は見事だわ』


「もったいないお言葉で」


『不興を買うことを恐れず、言葉を尽くした。商人の鑑ね』


 ドランは、脂汗の浮いた額を手の甲で拭った。


「いやいや、そない大層な話やあらへんて。

 ただの商売人やさかい、儲けになりそうなこと言うただけです」


『いいえ。その勇気を称えるわ。――リオス』


 呼ばれた少年は、背筋を伸ばした。


『次は、自分一人でその落とし所に気づけるようになりなさい』


「……はい、母上。肝に銘じます」


『他には? 報告すべきことはあるかしら』


「今は、これだけです。詳しい状況は、後で屋敷に戻った時に、書面にまとめて提出します」


 メルヴィラは、満足げに目を細めた。


『期待しているわ。――通信を終了します』


 通信機から放たれていた淡い光が、ぷつりと途切れた。

 ブツン、という音と共に、部屋を支配していた重圧が消失する。


 ドサッ。


 通信機に魔力を注いでいた村長が、崩れ落ちるように膝をついた。


「お、終わった……。命が縮まる思いでしたぞ……」


 荒い息を吐き、床に手をついている。

 ドランが、ハンカチで首筋を拭きながら覗き込んだ。


「村長、大丈夫か? 魔力の消耗が激しいんか?」

「いえ……魔力の吸い上げはそれほどでも……

 それ以上に……」


 村長は震える手で胸を押さえた。


「映像越しとはいえ、奥方様の視線が、心臓を鷲掴みにされるようで……」


 言いかけて、ハッと我に返り、慌ててリオスたちを振り返る。


「も、申し訳ございません! 滅多なことを申しました!」


 リオスは、困ったように眉を下げて笑った。


「いいんだよ。厳しいところもあるけど、本当は優しい母上なんだ」

「そうね。今日はむしろ、かなり機嫌がよかった方じゃないかしら」


 リュシアが、面白がるように赤い唇を吊り上げる。

 村長は口を半開きにして、そのまま石像のように固まった。


 その横で、ウェルティアだけが、先ほどのメルヴィラの視線を反芻していた。


 ――あの目は、次は私に進言しろ、という意味だったのか?


 心臓の鼓動が、いまだに耳の奥でうるさく鳴っている。

 冷や汗が、鎧の下着を濡らしていた。


 彼女の故郷、フォールム神聖王国では、上位の者に意見を述べることは死を意味した。

 領主だった父は、進言を聞く耳を持っていたが、それでも下からの声が上がることは稀だったのだ。


 ウェルティアは、傍らのドランへ視線を向けた。


「ドラン殿……」


 声が、かすれる。


「貴殿は、怖くはなかったのか?

 その、リオス様の案に、異を唱えることが」


 ドランは、彼女の問いの裏にある恐怖を敏感に察した。


「……そらあ、他所ならこんな危ない真似はしませんわ。

 魔国だろうが人間の国だろうが、その辺は変わりまへん」


 フォールムは特別厳しいが。という言葉をドランは飲み込み、口角を上げて続けた。


「けど、グリムボーン家の皆さんは、ちゃんと話を聞いてくれはる。

 それを信じられるくらいには、付き合いが長いんでな」


 ドランの視線が、村長をなだめているリオスの背中に向けられる。


「あんさんも、若旦那の下に付くんやったら、これから人柄を知っていけばええ」


 そう言って、ドランは出口の扉へと向かう。


「ほな、ウチは宿に戻って、形にしてきます。ここでの話は成立。あとは、紙にして押印や」


 扉が開き、外気が流れ込む。

 ドランは一礼だけ残し、軽い足取りで出ていった。


「……お姉さま」


 透き通るような声。

 だが、その瞳には聡明な光が宿っている。


 ウェルティアは、妹の元に歩み寄り、膝をついた。

 その横顔には、自責の念が張り付いている。


「……すまない、ティナ。私は、また間違えたのかもしれない」


 ウェルティアが、ポツリと漏らした。


「リオス様に忠誠を誓ったのに。心の奥で、疑っていた。口を出せば見捨てられる、と」


 情けなさが、胸の奥に染みていく。

 騎士としての誇りを掲げながら、その実、保身に走っていた自分。


 そんな姉を、ティナはまっすぐに見つめ返した。


「……お姉さま。未熟なら、リオス様と共に成長すればいいじゃない」

「え……?」

「リオス様だって、今見たとおり、完璧ではないでしょう?」


 ティナは、未だ村長に言葉をかけているリオスへ視線を向け、柔らかく微笑んだ。


「それならば、お姉さまが支えられるように……

 今は力が足りなくても、一緒に歩めばいいのよ」

「……ああ。そうだな。お前の言う通りだ」


 ウェルティアは頷いた。

 妹の言葉は、いつだって正しい。

 そして、いつだって優しい。


 しかし、ウェルティアの視線が下へ――ティナの動かない足へ向かうと、暗い陰が差した。


 ――けれど……手足の自由を失ったお前は、どうなる……?


 自分は騎士として働けるかもしれない。

 だが、両足の骨を砕かれ、歩くことすらできない妹は。

 この先、誰かの介助なしでは生きていけない。


 本当に、愛玩人形として生きてゆくのか。

 その絶望的な未来が、ウェルティアの心を鉛のように重くする。


 そんな姉の憂いを察したのか。

 ティナは、悪戯っぽく、小さな唇を綻ばせた。


「そういえば、言ってなかったけれど」

「ん?」

「魔国では、手足が砕けたくらいなら、治療できるそうよ?」

「……は?」


 ウェルティアの思考が停止した。

 言葉の意味を理解するのに、数秒を要する。


「な、なんだって!?」


 素っ頓狂な声が、狭い部屋に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ