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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城


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第九話 演習 一日目 その九

 ランニングが終わると次は筋力トレーニングだった。まずは腕立て伏せを行った。


「五十回以上だ」


 良子は始める前にそう一言だけ告げる。


 そして、ビリーが掛け声を出しながら腕立て伏せを始めた。


 二十回を越した所で、忠陽と朝子の手は震え、ビリーの掛け声に追いつけなくなっていた。


 先に倒れたのは朝子だった。二十二回目で地面につくと、生まれた子鹿のように腕を震わせていた。


「どうした? まだ、終わってないぞ?」


 朝子は無視しながら再び始めようとする。


「腕立てを一から数え直せ」


 良子はビリーに指示する。


 朝子は良子の顔を見る。その顔は虫けら同然に見ていた。


「分かったら、返事は?」


 朝子の顔は悔しさで滲み、良子を睨んでいた。


「返事は!?」


 周りの隊員が「サーイエッサー」と言うなか、朝子は黙っていた。


 大地は朝子に言うように促す。


「貴様らは客ではない。私の管理下にある以上、私の部下だ。そして、私の命令は絶対だ」


 大地は朝子に言うように叫ぶ。


「サー……イエッサー」


 口を震わせて言う朝子をみて、藤は止めようと前に出るが、伏見によって止められた。


「京介っ!」


「邪魔せんとき。確かに君からすればイジメのように見えるが、戦いで命令を無視すれば部隊が全滅することもある。これは軍隊での教育や」


「でも、彼女はまだ子どもです!」


「僕らはそんな子どもたちを競わせ、呪術研究をさせとる。今度の学戦トーナメントは通常の学戦よりもより激しい戦いになる。その安全性の研究のためにも彼女らには強うなってもらわんと……」


 藤は唇を噛む。手を力一杯握りしめ、朝子たちを応援した。


 忠陽と朝子、そして鞘夏は次第に周りから遅れていく。


 良子は三人を隔離させ、忠陽に号令をかけさせて、腕立てを再開させる。朝子に攻撃が集中すると思っていた藤は身構えていたが、良子の標的は忠陽だった。


 必要以上に、忠陽の腕立て伏せをチェックし、腕伏せが深くなっているか、号令の開始が腕が真っ直ぐになった状態で行っているか、徹底的に指導する。


 ビリーたちは百回に達し、腕立てを終えた。


 だが、忠陽たちは五十回を過ぎてもまだ続けていた。


 三人の腕はもう限界に来ており、腕がしっかりと上がりきれていない状態であった。動きが止まる三人に良子はさらに追い打ちをかける。


「誰が止めていいといった? 続けろ!」


 藤はその言葉に腹が立ち、動こうとしたが伏見に止められる。


「おい、賀茂! 腕をあげろあげろ!」


「どうした、頑張れ!まだ、まだ限界じゃないぞ。おまえならできる」


 八雲やビリー達が励ます。


 ビリーは忠陽の隣に立ち、腕立て伏せの体制になり、さらに忠陽から号令を引き継いだ。


「賀茂、ここで諦めるな! 限界を超えろ! 今のお前に必要なことだ。自分に壁をつくるな! やれるぞ!」


 忠陽はその励ましに呼応するかのように腕立てを再開し始める。


 それから十回を行ったときに良子から止める許しを得た。


 仰向けになる忠陽の空の雲高く、自由に動いているように見えた。


 呼吸は荒れ、体中の汗が止まらない。腕に感覚はなく、筋肉が腫れたように太く感じる。


「まだ、終わってないぞ。次は腹筋!」


「サーイエッサー!」


 次々と出される筋トレの献立は由美子以外には胃に重く、次第に元気がなくなっていく。


 散々体を痛めつけられた後に行ったのは体術だった。


 忠陽と朝子の訓練相手は良子だった。


 この執拗さに藤は奥歯を強く噛む。


「我慢や。あの子らが我慢してんのに、君が怒ってどないんすん?」


「分かってるわよ! でも、あからさまじゃない!」


「戦場は弱いやつから死ぬ。隊長の役目は、それを育てるか、事前に退場願うかや。ここの連隊長は肝心なところで非常になりきれんからな、足を引っ張ったとしても必ず助ける」


「あの子たちは軍人じゃないわ……」


「軍人やなくても、今はこの隊にお世話になってる。郷にいれば郷に従えや」


 藤は悔しそうな顔をする。


 体術の鍛錬はまず、受け身の練習だった。念入りに受け身の指導をする。


「いいか。受け身ができなければ、致命傷を追う。受け身の取り方は入念に繰り返せ!」


 次は受け身拘束の外し方。


「敵は受け身を取らせてくれると思うな、今からやるパターンはあくまでも基礎だ」


 そして、相手の急所を起点とした攻撃をゆっくりとした動きで覚えさせる。


「攻撃は最小限の動きで急所をつくけ。そして、防御をする側は確実に守るようにしろ」


 全員が真剣そのものであり、無駄な言葉が出ない。黙々と良子の丁寧かつ熱心な指導を受け、指摘された点を改善するようにしていた。


「伏見先生、あの子たちしっかりやってます……」


「当たり前や。真面目にやらな、相手を殺してしまうからな」


 その後、地稽古が始まり、忠陽と朝子は二人がかりで良子と戦う。


 忠陽は間合いをはかっていたが、良子に喝が入る。


「貴様、それでも男かぁぁぁぁ!」


 その罵声に全員から注目され、忠陽は背筋が伸びる。


 そんな忠陽を良子は容赦なく、殴りかかる。


 忠陽は応戦するも、殴打、関節技、投げ技、すべてを受け、気絶する。


 良子は水を頼むとビリーがどこからともなく、バケツを用意し、その中にアリスが魔術で水を生成して入れる。ビリーがそのバケツを渡すと、良子は中に入った水を忠陽の顔面にブッかけた。


「立て! まだ、戦え!」


 良子はバケツを投げ捨てる。


 その仕打ちに鞘夏と藤が動くが、アリスと伏見に止められる。


 忠陽はすぐに目を覚まし、立ち上がろうとする。全身の筋肉に痛みが走り、悲鳴をあげる。膝が崩れ、地面につく。


 鞘夏はそれを見て、忠陽の下へ走ろうとするが、アリスに手を掴まれる。


「今はダメ……」


 アリスの握る手は強く、鞘夏の力では簡単に外せそうにはなかった。


「どうした? 私を倒してみろ」


 忠陽は再度立ち上がり、叫びながら良子に突進する。その突進も良子に入る前に顔を蹴り飛ばされ、忠陽は地に倒れた。


「その気迫は褒めてやる! だが、頭を使え、子供の喧嘩とは違うぞ。私を殺すつもりで来いッ!」


 忠陽は泥まみれの顔を拭き、良子を睨む。だが、その相手をどう倒せば良いか、思いつかない。全てにおいて隙がない。


 周りは地稽古を再開した。


 忠陽は立ち上がり、考えるのを止めた。我武者羅に相手を攻める。その中で活路を見出すしかない。行き当たりばったりではあるが、このまま倒れているよりはマシだと思った。


 忠陽は良子に返り討ちにされる覚悟で戦う。こちらが殴打をすると、良子はその隙をついた攻撃、関節技を決めていく。


 忠陽は大振りな攻撃をやめ、小さな動きで良子の動きを牽制するようになる。すぐに防御ができるように小刻みに殴打をし、隙を探す。探しても、簡単には出てこない。一瞬、隙みたいなのができるが、良子はすぐにそれを無くしてしまう。


 そんな忠陽を、良子は強烈な横蹴りを持って、防御姿勢ごと弾き飛ばし、腹部へと拳を入れる。


 忠陽は痛みに耐えれず、膝を屈し、地面に昼に食べたものを吐き出した。


「防御とはこういう風に崩すこともできる。私に隙ができると思うな! 次、氷見、来い!」


 朝子は忠陽の光景を見て、手が震えていた。その手を抑え、良子に向かって走る。


「藤君、忠陽くんにこれを持っていき」


 渡されたのはさっき良子が投げ捨てたバケツだった。そのバケツには水が入っていた。


「伏見先生!」


「違うわ。口をすすがせえ言うとんのや」


 藤は伏見に素直に謝った。


「それと、渡した後にこう言い」


 伏見は藤の耳元で話し始めた。


「うん、分かったわよ。でも良いの? そんなことして……」


「このまま、やられっぱなしも癪やしな」


 藤は満面な笑みで頷き、忠陽の元へと走る。


 忠陽の元へと着くと、バケツを渡し、口をすすがせ、吐瀉物を洗い流す。


 その時に忠陽に耳元で藤はささやいた。それを聞いた忠陽は伏見を見た。


 伏見は口角を引き上げながら笑う。忠陽は疑いの目で伏見を見ていた。


 良子は朝子へも容赦のない攻撃で打ちのめしていた。


「賀茂、いつまでそうしている!? ささっと立ち上がれ!」


「賀茂君、頑張って! あいつなんか倒してよ!」


 藤は意気込んでいたが、忠陽は立ち上がりながら、それが難しいことを理解して欲しいと思っていた。


 忠陽は良子へと立ち向かい、同じように小さな殴打繰り返す。ただ、それではさっきと同じだということは分かっている。だから、忠陽は少しフェイントの動きを入れる。


 相手に当てるのではなく、攻撃すると思わせる。良子は次第に忠陽の攻撃を見て、フェイントには防御姿勢を取らないようにした。


 忠陽はその動きを見て、フェイントと思わせておいたものを小さく実際に殴打を入れる。良子はそれを利用しようと誘い込もうとするも、忠陽の殴打に大振りはなく、すぐに防御態勢に入ってしまう。


 良子はその厭らしさに舌打ちをし、忠陽を睨む。良子の攻撃に苛烈さが増してきた。


 忠陽はその攻撃を一定の距離を取りつつ、避けながら良子を動かす。良子を動くタイミングに攻勢に転じ、小さな攻撃を加え、すぐに距離を取る。


 次第に良子は忠陽の攻撃に対して防御姿勢を取らなくなり、忠陽が攻撃をするタイミングに攻撃を仕掛けてきた。しかし、忠陽は小さな殴打のためすぐ防御態勢を取るため、良子の攻撃から次第に逃げているように見えた。


「キサマ……」


 忠陽は良子の殺気を感じる。


 良子は逃げる忠陽を一歩踏み出し、大きな一撃を与えようと前に出た。


 その時だった。忠陽は前に出て、大きな殴打を良子の腹部に目掛けて放った。


 忠陽の大きな一撃は良子に当たり、良子は動きを止める。


「よし!」


 藤はガッツポーズを決める。


「あの、ゴリラ女め……」


 伏見の口が歪んだ。


 大きな一撃を与えた忠陽がゆっくりと倒れた。


「えっ!? 賀茂君?」


 藤は良子の顔を見る。良子は平気な顔をしていた。


「残念だったな……。顎ががら空きだ」


 良子は忠陽が前に出たとき、顔の防御態勢を崩すの見ると、その顎に狙いを定めていた。そして、忠陽の腹部の攻撃を受けきり、忠陽の顎に高速の打撃を与えた。


「私の性格を理解した攻撃、対応、誰かに唆されたからといって、すぐにできるものではない。そして、最後の一撃はナイフであれば良い攻撃だった。称賛はしてやる。だが、気に入らない」


 忠陽は良子が何を言っているのか理解できず、視界が歪んでいた。体を痙攣させながら、立ち上がろうとするが、体に全然力が入らなかった。

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