第九話 演習 一日目 その五
展望室、朝子が構えた時に良子が朝子を見て呟く。
「あの女も呪縛誓約者か……。お前が選んできた人間はワケアリが多いな」
「呪縛誓約者?」
藤は良子を見る。良子はその視線に気づき、舌打ちをする。
「舌打ちしなくても……」
「キサマは呪術学校の教師なのだろう? さっきから知識の無さや、呪術界の一般的な考え方を知らなすぎる。もっと勉強をして来い」
藤は不満そうな顔をする。
「まあ、藤くん、抑えいや。あの女は人を怒らすのが得意やさかい」
「それはキサマもな」
伏見はその言葉を無視しながら藤に説明した。
「呪縛誓約者っちゅうものは、誰かから一定の範囲の束縛する呪いを掛けられて、副産物的に力を向上した人のことを言うんや。前に金剛寺行く途中で忠陽くんの呪いについて話したけど、呪術師の家系なら一般的なことであることが多いやけど、親が呪術師の家系でない場合はワケアリが多いんや。例えば、呪術事件に巻き込まれた後遺症だったり、子供の時に強いトラウマを持って自らに呪いを掛けたりとかな……」
「ありがとうございます。私……氷見さんの身体能力はてっきり呪術による強化と思っていんだけど違うんだ……」
「呪術師が呪縛誓約を行う理由は分かるよな?」
「はい。先程言っていた呪いによって能力を上げたるためですよね?」
「副産物的に能力が上がるんや。でも、何で、そんな事する必要があると思うん?」
藤はその問に困った。
「能力を上げるために、敢えてデメリットである一定の制約、呪縛を受ける必要はあるんか?」
「それは……私には分かりません」
「呪いを受けるというのはそれなりのリスクがあるんや。どんなに綺麗事を言おうと呪いは呪い。人に危害を加える場合もある。それは忠陽くんを見ていれば分かるはずや。でも、敢えてそれを行うのは家の威信であったり、それ以上の利益を貰えるという人の浅ましい感情が見え隠れるする。それは受けた呪縛誓約者の人生を狂わせるんや」
「だから、ワケアリなんですね……」
「ちなみに、そこに居るいけ好かない女も呪縛誓約者なんや」
「えっ?」
藤は先程とは違う目で良子を見てしまった。
「なんだ、その目は? 私を哀れんでいるつもりか? そう思うのなら、キサマは伏見にまんまと乗せられたというわけだ。……私達はな、望んでその呪いを受けた。それは何よりも大切なものを守るためにだ。それを哀れむというのは侮辱に他ならない。呪術師の家系というのはそういうものだ」
藤は顔を引き攣り、伏見はクタクタと笑う。
良子は鼻であしらい、話を続けた。
「呪縛誓約者の多くに見られるのは、自らの呪力が少ない場合にそれに補える以上の身体能力を自身に付与するためだ。そのため、呪力は少ないが、そこの男みたいに呪術しか取り柄のない呪術師を一方的に甚振ることができる」
「まあ、脳筋みたいな呪縛誓約者は僕みたいな繊細な呪術を使う人間に嵌められ、自爆するのが落ちやけどな」
藤は二人のささやかな口喧嘩に苦笑いしていた。
「そうすると、あの二人の対決はお互いに苦手な相手ですよね?」
「違う」
良子にすぐ否定されて、藤は苦い顔をする。
「でも、さっき優れた術者だって言ってたじゃないですか?」
「違うぜ、お嬢さん。優れた術師でもある上にバランス感覚が優れている存在だぜ。それは所謂、万能手ってことだよ。どんな敵にも対応ができ、どんな敵でも倒すことができる。だから、奏ちゃんはあの部隊で一番必要な存在なんだよ」
ビリーが優しく訂正した。
「まあ、由美子くんをもっと強くしたのが奏ちゃんと思えばええよ」
「何を言っている。ゆみの方が強いに決まっている」
流石にこの二人のやり取りにはビリーも苦笑いしていた。
藤は再びガラスに張り付く。
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朝子は全身をバネにして、奏へと飛ぶ。
まずは横一線の薙ぎ払いをしようとしたが、薙ぎ払う前に奏に肘を押さえつけられ、腹部に打撃を加えられる。その痛みは加速していた自分の運動エネルギーが加わったものだったが耐えられるものではあった。
「へー。痛みには強いのね」
朝子は立ち上がり、短鞭を前に構えながら奏との間合いを測りながら、動いた。
奏は動くつもりはないが、朝子を正面に捉えながら展開を行っていた。
「どうしたの? 掛かってこないと勝てないわよ? 時間が経つとあなたのほうが不利になるわよ」
朝子は由美子と違う意味で鬱陶しいと感じた。あの女とは違い、お高く留まるというわけではないが、あの女よりも挑発的なのが腹ただしい。
「どうして、こういう女が多いのかしら!」
朝子は二度短鞭を突き出すが、一度目は距離を取られて躱された。
二度目の突きで前のめりになった朝子を見て、奏は間合いを詰め返し、短鞭を持った朝子の手を自身の片手ではじき出して、朝子の顔面に拳を当ててきた。
朝子はそこ拳を無防備に喰らい、仰け反る。
「攻撃が素直すぎる。二度目が本命だってすぐに分かるわよ」
「うるさいっ!」
朝子は体制を整え、すぐに奏へと飛びかかる。短鞭を振って攻撃するも、奏は全てすべて間合いを歩きながら遠ざけるだけで躱していた。
「あーあ。それじゃあ、ダメよ。戦いの基本は体術。今のあなたはただの獣でしかないわよ」
奏は朝子の振りが遅くなるのを見て、反転攻勢を始めた。脛を蹴り、怯んだ所を腹部に拳を入れ、膝が崩れたところで、顎を殴った。朝子はその一連の動きで平衡感覚を失い、地面に横たわってしまった。
「もう、おしまい?」
朝子は視界がグラグラするのに逆らい、立ち上がろうとする。
「本当に打たれ強いのね。今の呪術学校って武道も取り入れてるのかしら?」
朝子を立たせようとしているのは麟太郎への思いだった。この世で何よりも大切な人。その人のためにと思い、視界が揺らごうが、痛みを伴おうがどうでも良かった。その思いが自らの身体動かす。
朝子の呪力は禍々しいものに変わり、その力が増大していく。
奏はその姿を見て、ため息をつく。
朝子は短鞭を振り抜く。短鞭は鞭に変わり、奏を襲いかかる。
奏は大きく距離を取り、鞭の範囲から離れる。
「どうしたの? 逃げてるじゃない。さっきまでの威勢はどこにいったのよ!」
朝子は奏を挑発した。
奏は側にあった石に呪力を纏わせて、鞭に投げつける。鞭は石と衝突し、鞭の穂先は朝子に戻っていく。
朝子は制御不能になった鞭の穂先を大きく振り回して、遠心力で制御を取り戻し、再度攻撃をしようとした。
そのときには遅かった。奏はもう朝子との間合いを詰めており、腹部に手を当てていた。奏の気合が入った声とともに、奏の手から波動が放たれ、朝子の全身に波が不規則に反復する。
その波が数度行き渡ると朝子の膝はその場に落ちる。動きたくても、動けず、頭の整理もできない状態に陥っていた。
すると、朝子の腕輪が起動し、自動的に呪防壁が働いた。
「意識はあるでしょうから、一つだけ忠告しておくわ。呪いの中で一番禍々しくなるのは人を愛する心よ。それは強大な力になるけど、自らを破滅させる力にもなる。もし、それがあなたの呪縛誓約であるなら、愛する人を呪い殺さないようにしなさい」
奏は西の方へと歩いて行った。




