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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城


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第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の六

 マイクのノイズ音が鳴る。


 それに会場の人間は気づき、幕の中央に立つ若い女性を見た。女性は綺麗な青色のドレスを着ていた。


「ご歓談中に失礼申し上げます。この度、お暑い中、我が一条財閥の宴会にご足労頂きまして、我が祖父に代わりまして御礼を申し上げます。本来ならば祖父が挨拶すべき所ではありますが、生憎、最近の熱波により体調が優れず、代わりに私、一条咲耶(さくや)がご挨拶申し上げます」


「あのジジイが簡単にくたばる奴では無かろうに、しらじらしい」


 功岐(いさき)のつぶやきを側で聞いていた忠陽は八雲を思い出す。


「昨今の不景気の中、このような会を催すことができましたのは、ひとえに皆様のお力添えがあったからこそであり、盛大に取り仕切られたこと、心より御礼申し上げます。しかしながら、昨今の経済状況は芳しくないものです。皆様に置かれましても、エースパーニュにおける内紛によるミスル海門の封鎖、アフレゴ大陸の迂回ルート選択によるミッドランド大陸向けの傭船料の高騰と、まだまだ市場が不安定ではあります。我が社としましても――」


「よく言うわよ。本当は独り占めするつもりなんでしょうに」


 由美子の毒を聞き、功岐と親子なんだなと忠陽は思った。


「なにかあったの?」


「この宴会はね、ただの宴会じゃないの。皆、一条の出方を見るためでもあるのよ」


「出方?」


「一条は海運で財を成したことは知ってるでしょう?」


「今回で一応は調べたけど……」


「だから、自社グループで大きい船を沢山持っているのよ。今、エースパーニュの内紛でミッドランド大陸に出るための近道であるミスル海門が封鎖されているから、大きな船を沢山持っている一条財閥にとっては言い値で輸出をすることができる稼ぎ時なのよ」


「そうなんだ……」


「ミッドランド大陸に輸出した企業は輸出価格を下げなければ利益がでない。だから、一条財閥の出方が見たいってわけ。今日ここに来ている人たちはそのために来ているのよ」


 忠陽はそんな思惑があるなんて知らなかった。そのことを理解している由美子を尊敬してしまう。


 由美子は見つめられていることに気づいた。


「な、なによ」


「いや、神宮さんってすごいなって思って」


「お、おだてたって何も出ないわよ」


「違うよ」


 忠陽は笑っていた。それと同時に盛大な拍手が起きた。忠陽は綻んだ顔を直す。


 拍手が止むと、マイクの前で礼をしていた咲耶は顔を上げ、功岐の元へまっすぐに歩き出す。


「お久しぶりです。神宮様」


「こちらこそ。咲耶嬢」


「止めてください。咲耶と、呼んでください」


 咲耶は功岐に近づき、耳元で話していた。


「分かった。ゆみ、後は任せる。九郎、ゆみを頼むぞ」


 漆戸は畏まりましたと言った。


「お、お父様、どちらに……」


「急な用が入った」


「そうですか……」


 由美子は少し寂しそうな顔をした。


「神宮様、ご安心ください。ゆみちゃんの面倒は私が、見させて頂きます」


 由美子は咲耶を睨みつける。


「お気遣い頂き、痛み入る」


 功岐は咲耶に礼を言うと、忠陽に近づく。


「忠陽君……忠臣、君のお父上に、今度、時間が空いたら会えないかと伝えてくれないか?」


「えっ、あ、はい」


「頼むよ」


 功岐は忠陽の肩を叩くと、会場の入り口へと歩き出した。


「はいはい。貴方達のお相手は私がするわ。いいわよね、ゆみちゃん?」


「その名前で呼ばないで!」


 由美子はいつもの由美子に戻っていた。


「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない」


 咲耶は余裕の表情をしていた。


「別に、私は貴方に面倒見てもらう必要はないわ」


「そういうところ、カワイイらしいわ」


 由美子は咲耶の腕を掴もうとするも、咲耶は身軽に躱す。


「そういえば、そこの男の子、彼氏? 紹介してくれない?」


 咲耶は忠陽に目を向ける。


「違うわよ!」


「そうよね。ゆみちゃんはお兄ちゃん大好きだからね」


 由美子は顔を赤くし、本気で実力行使に出ようとした所で、漆戸の咳払いで、動きを止めた。


 咲耶はその姿を見て、微笑ましい顔をした。


 由美子は拳を握り、内から出る怒りにじっと耐えていた。


 咲耶は忠陽の方を向き、挨拶を始めた。


「初めまして。一条財閥、副社長、一条咲耶です。以後、お見知りおきを」


 忠陽は慌てて、返礼した。


「は、初めまして。賀茂忠陽と申します。じ、神宮さんとは、学校の、学友と申しますか、なんというか……」


 咲耶は口元を手で隠し、笑った。


「貴方が、賀茂君? ちょうどよかったわ」


 忠陽はキョトンとした。


「八雲から頼まれていたのよ。宴会で、もし、居るようなら面倒を見てほしいって」


「八雲さんにですか?」


「ええ。八雲がそういうことを頼むのって珍しい事だから、引き受けたの。私とデートをしてくれる代わりに」


「ちょっと待ちなさい! そんなの許さないんだから!」


 由美子は咲耶を睨みつける。


「あの、八雲さんとはどのような関係なんですか?」


 咲耶は笑い、忠陽に顔を近づける。


「聞きたい?」


 咲耶から匂う香水が忠陽をドギマギさせる。近づいた咲耶を見ると、大人の魅力があり、心を弄ばれそうなのが分かる。


 咲耶は忠陽の耳元で囁いた。


「ただならぬ関係よ」


「ただならぬ!?」


 忠陽は咲耶から咄嗟に離れた。


「違うわよ! 兄さんにそんな人はいないわ」


 由美子は忠陽と咲耶の間に入り、咲耶を威嚇する。


「ゆみちゃん、そんなに妬かないでよ」


 由美子は鼻であしらう。


「兄さんにフラレたくせに。往生際が悪い女ね……」


 二人は冷静な睨み合いをしていた。


 漆戸が咳払いをする。


「お二人共、仲がいいことはよろしいですが、ここはそういう場ではございませんぞ」


 由美子は舌打ちをして、咲耶からそっぽを向く。


「ありがとうございます、漆戸様。以後、気をつけます」


 咲耶は笑顔で漆戸に礼を言う。その顔に忠陽は伏見とは違う本音の隠し方を見た。


「さあ、ゆみちゃん。ついてらっしゃい」


「いやよ。なんで、貴方なんかと」


「わがまま言わないの」


 そこにピンクのドレスを着た女性が、由美子に近づいてきた。


「やはり居たのね、神宮由美子!」


 由美子は、美琴を見て、ため息をつく


「何故、ため息をつくの!」


「だって、面倒事が増えたのだから、しょうがないでしょう」


 美琴はすぐカッとなり、地団駄を踏む。


「止めなさいよ。すぐ顔が赤くなるわよ」


「うるさいわね!」


 美琴の顔色が赤くなると、咲耶はそれを見て興味を持った。


「あら、本当。可愛らしいわね」


 美琴は恥じらい、顔を隠す。咲耶は近づき、顔を覗き込む。


「ダメよ、可愛らしい顔なんだから……」


 咲耶は顔を隠す腕を優しく掴み、諭した。


「自身を持ちなさい。貴方はその赤らめた顔は誰よりも可愛いわ」


「は、はい……」


 俯きながらも、美琴は顔を隠すのを止めた。


 後ろから、その肩を優しく置く男がいた。志道(しじ)(ひろし)だった。


「よっ、この間ぶり、お二人さん」


「ヒロ君!」


 忠陽は喜んだ。


中御門(なかのごもん)さんはともかく、何で貴方がここにいるの?」


「そりゃ、愛だ!」


 由美子はまたため息をつく。


「熱烈な言葉ね。貴方達面白いわ」


 咲耶は美琴と宙を気に入ったようだった。


「貴方達も付いてらっしゃい。お姉さんが貴方達を社交界にエスコートするわ」


 咲耶はそう言って笑い、歩き始めた。


 由美子は動こうとしなかったが、漆戸が由美子の側に立ち、圧力をかけると渋々咲耶の後をついて

いった。


 咲耶は近くに居た御仁に挨拶をし、そして、忠陽たちを紹介する。主催者からの紹介なのだから周りはその場ではとやかく言わず、挨拶をする。そして、次の方へと、トントン拍子に行っていた。


 咲耶の対応は由美子とは違い、大人の対応だった。そして、伏見とは違う笑みは愛想がよく、受け手が嫌な思いをしないものであった。だが、その中に別の何かがあることは分かった。それは大人たちへの対応と、由美子や、美琴への言葉で違いがわかる。


 大人へはあくまでも上辺だけの言葉を投げかけ、由美子や美琴には良くも悪くも自分の妹のように可愛がっていた。


「なあ、陽。あの人、一体何者なんだ? 話しかける人が皆、顔色を伺ってるぜ」


「一条財閥のご令嬢だよ」


「一条財閥? すげーのか?」


「ヒロ君、そんなことも知らないでここに来たの?」


「俺は公家や名家じゃやないからな」


「ヒロ君は、どうしてここにいるのさ?」


「美琴の付き添い。美琴の奴、あれで結構傷つきやすいんだよ」


「ヒロ君らしいけど……」


「そういうお前は?」


「僕は父さん名代だよ」


「名家ってのは大変だな……」


「僕もあんまり好きじゃないけど、仕方ないよ……」


 顔を色変えずそう言う親友を宙は見ていた。


「何?」


「お前、なにかあったか?」


「別に、なにもないよ」


「そうか。それならいいけど……。陽、お前こんな世界にずっと居るつもりか?」


 忠陽は顔色を変えていなかった。


「本当はさ、お前たちを見つけて安心したよ。俺たち二人で来たとき、周りの視線ってやつがキツかったから」


「僕だって同じさ。神宮さんが居なかったらそうなってたかもしれない」


「そっか、少し安心したぜ」


 宙は笑顔で答えた。


 二人は咲耶に呼ばれると、客人に挨拶をする。二人の挨拶に客人は、忠陽には丁寧に答えたが、宙に対しては出自を問うていた。


「すいません。俺、いや私は、中御門さんの付き添いでして。社交界なんていうのは今日知ったところです」


「そ、そうかね。付き添いだったのか。いや、通りで従者のようにも思えたのか……」


「あら、山内様。彼はもしかすると将来、中御門家に当主になるかもしれませんわよ」


「ははは。そのようなことあるはずがありません。中御門殿はそういう所はしっかりなされている」


 咲耶は男に詰め寄る。


「山内様、今の世の中、名前だけでは生きてはいけません。外からの優秀な血は必要でございましょう。我が社でもそういった人材を広く集めています。彼のような剛毅(ごうき)な性格は、いざという商談のときに最適な成果を上げてくれますわ」


「そ、そうですな。いや、失礼した」


 男はそそくさとその場から退散していった。


 周りから見えない所で咲耶は舌打ちをする。


「元貴族崩れが何を言ってるのかしら」


 その姿に忠陽はやっと安心できた。


 漆戸が咳払いをする。


「あら、ありがとうございます。漆戸様」


 咲耶は元の作り笑いでお礼を言う。


 美琴は咲耶に近づき、頭を下げて謝礼をした。


「先程はありがとうございます」


「いいのよ。ああいう輩は五万といるから」


「でも……」


「私はね、あなた達の関係って好きよ」


 咲耶は美琴を(なだ)めるように言い聞かせた。


「いやー、さすがです。今度から(あね)さんって呼んでいいっすか?」


 由美子と忠陽は宙の言葉に吹き出しながら笑っていた。


「もし、そう呼んだら、居られなくするわよ」


 咲耶の優しい笑みに宙は恐怖を感じた。


 その時、忠陽たちの後ろでドサッという音がした。


 忠陽は振り返ると、鞘夏が倒れており、漆戸がすぐに側に駆け寄っていた。


 忠陽は慌てて鞘夏に側に行く。


 倒れた鞘夏の呼吸は荒く、顔は火照(ほて)っていた。


「鞘夏さん、大丈夫!?」


 忠陽が声を掛けるも、鞘夏は返事をしなかった。


 漆戸は鞘夏の額に手を当てる。そして、立ち上がり、咲耶の元へ歩いた。


「一条殿、急ぎ個室を用意して頂きたいのですが」


「分かりました。どうされたのですか?」


「恐らく、熱中症でしょう。着物は薄い生地にされていますが、それでもこの温度、女性には少しきつかったのかもしれません。それに、私も、彼女も、飲み物を口にしておりませんでしたから」


 その言葉で咲耶は気づき、すぐに従業員を呼ぶ。


「ストレッチャーの用意をすぐに」


 咲耶は別の従業員を目で呼びつける。従業員が二、三人、咲耶の側に駆けつける。


「先生を呼んで来て。あなたは従業員も含め、会場にいる人間に飲み物を配るよう指示をお願い」


 そう言われると従業員たちは散り散りに動き始めた。


「あなたはここの空調管理を二〇分ごとに温度を下げて。寒いかどうかをお客様に確認しつつよ」


 一分も経たない内に、ストレッチャーが用意され、漆戸が鞘夏を乗せる。


「賀茂君、あなたは一緒に行きなさい」


 忠陽は咲耶に背中を押される。忠陽は咲耶にお礼を言った。


「私も行くわ」


 由美子がそう言うと、咲耶は少し考えた。


「まあいいわ。貴方には本当は居てほしいのだけれど、処置には女性が同席してほしいし」


「あ、ちょっと、由美子さん!」


 美琴が由美子を追いかけるのを咲耶は止めた。


「あなたは私に協力してくれないかしら」


「で、でも……」


「会場の皆さんをあまり動揺させたくはないの。お願い」


 咲耶は可愛らしく言った。


「わかりました……」


 咲耶は従業員から無線マイクを手渡されると、会場に居るお客様に対して話し始めた。


「お騒がせして申し訳ございません。先程は…………」


 悠然と話し始めるその姿に美琴は、記憶の中の由美子の後ろ姿と重ねてしまった。

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