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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城


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第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の一

 一


 季節は夏、人工島天谷にもセミはいるらしく、その鳴き声を空に轟かせている。


 山のない人工島は遮るものが少なく、島全体に陽の光を浴びるためか、セミはその暑さが迷惑だと鳴いているようにも聞こえる。


 セミが暑さを耐え忍んでいるというのに、小高い丘の上に建てられた翼志館高校の生徒達にとってこの暑さは問題ではなかった。団扇で羽織る者はおらず、集中管理された冷房の風で生徒たちは快適過ごしている。


 そんな生徒にクラス担当の先生は淡々と夏休みの諸注意事項を話す。


 忠陽はそれを上の空のように聞いていた。


 昨日の夜、忠陽の父、忠臣から電話が掛かってきた。忠臣は携帯が嫌いで電話を掛けてくるときは、いつも固定電話だった。


「忠陽か?」


「うん」


「夏は帰省をするんだな?」


「そうだよ」


「そうか。明日、終業式の後、私の所へ来てくれ」


「……分かった」


「受付には通しておく。また、明日」


 そう端的に話すと、忠臣は電話を切った。


 忠陽はその終話音を聞いていた。


 チャイムが鳴るのを聞いて、忠陽は我に返る。


 日直の号令で、席を立ち、礼をした。


 忠陽が帰り支度をしていると、男子学友に呼び止められた。


「なあ、賀茂は京出身だよな? あのさ、生六つ橋買ってきてくれないか?」


「分かった。小さい箱を一箱でいいの?」


「ああ、それでいいよ。ありがとうな!」


 その学友はウキウキして教室を出た。


 それと入れ違いに鞘夏が教室へ入ってくる。忠陽は黙って帰り支度を済ませ、教室を鞘夏とともに出た。


 教室を出るとすぐに鞘夏を呼び止める声が聞こえる。


 息を切らし、由美子は鞘夏に近づいた。


「良かった……。もう帰ったのかと思った」


「どうかされたのですか?」


「ねぇ、夏休みは帰省するのでしょ?」


「はい、明日には」


「なら、私も京屋敷に行くから、そのとき遊びましょう?」


 鞘夏は忠陽を見る。忠陽は笑顔で返した。


「はい。構いません」


「やった!」


 小さくガッツポーズをする由美子は可愛らしかった。


「あっ! 別に賀茂君も来たいなら来なさい」


「そんな、おまけみたいな言い方……」


「不服? 女性をエスコートする訓練する機会を与えてあげるんだからいいじゃない」


「僕は、神宮さんだけは、エスコートしたくないね」


 由美子は少し怒った顔をしながら睨む。


 その顔を見て、鞘夏はくすくすと笑う。


 最近、鞘夏の感情が少し豊かになったと忠陽は考える。それは非常に喜ばしいことであり、家の中でも鞘夏に対しての鏡華の態度も軟化しつつあった。今では姉妹のように見えなくもない。ただ、それに忠陽はモヤっとするものがあった。それを胸にしまい込む。


「じゃあ、また連絡するから!」


 由美子は手を振りながら教室に戻って行った。


 忠陽たちは下駄箱で靴を履き変え、校門に向った。校門では教師二人が生徒を見送っていた。その中に伏見も居た。


 忠陽は、伏見に挨拶をすると、呼び止められた。


「忠陽くん、八月の後半、盆明けぐらいから開けててほしいんや」


「開ける? 僕、明日から帰省するですけど……」


「それはわかってる」


「先生も京に行くんですか?」


「君らが夏休みでも、僕らは仕事や。まあ、詳しい話はまたするさかい、予定だけな。ああ、鞘夏くんも頼むで」


 鞘夏は無言だった。相変わらず、伏見だけには話をしなかった。


「じゃあ、夏を楽しんでき」


「はい。ありがとうございます」


 忠陽は、お辞儀をし、学校を後にする。


 二人が向う先は呪術研究統括庁。


 庁舎駅前で降りると、忠陽は心臓が少し締め付けられる感覚があった。


 その様子を見てか、鞘夏は心配そうな顔をして、忠陽に近寄る。


「鞘夏さん、ありがとう。でも、大丈夫……」


 学戦の後に、一度倒れたバス停を通り過ぎる。その光景を思い出し、呼吸が早くなる。


「忠陽様、一度お休みになったほうが……」


 忠陽は首を振る。


「少しは僕も前に進まないと……」


 忠陽はゆっくりと進み、足の重たさと戦っていた。これは一度ではない。過呼吸で倒れた後も、自分の呪いを聞こうと思い、何度かここへ訪れていたが、ついぞたどり着くことはなかった。


 だが、今日こそはたどり着かねばという使命感があった。忠陽は重い足を引きづりながらも、庁舎に入った。


 忠臣と面会したのは、予定の時刻より三十分遅れてのことだった。


 忠臣は気分が悪そうな忠陽を一瞥するだけで、何も言わなかった。二人にはソファーに座るように言う。


 それから父のペンを動かす音だけが鳴っていた。ペンの音が止むと、忠臣は徐に口を広く。


「今度の八月の頭に一条財閥の宴会がある」


 忠臣は机から招待状を取り出し、鞘夏を見た。鞘夏は立ち上がり、その招待状を受け取り、忠陽に渡す。


「私の名代として、お前が出席してきてくれ」


「父さん……僕は……」


 少し気分の悪そうにしていた息子の顔を見て、父親は口を開く。


「嫌か?」


「そう……じゃないよ。社交……かいに……」


 忠陽は口を開くたびに呼吸を荒くした。


 その異常さに忠臣は気づく。


「どうした? 気分でも悪いのか?」


 忠陽は首を振る。しかし、意識が朦朧として、辺りが段々と真っ白になってきた。音は歪み、鞘夏の声か、父親の声かさえ分からない。


 忠陽は情けないと思うと、辺りは暗くなった。


----------------------------------------------------------


 忠陽が目を覚ますと、消毒臭と見慣れた白い天井だと分かった。


 そうか、僕はまた倒れたのか……。


 忠陽が体を起こすと横にはいつもの如く寝ている鞘夏と、それにもたれ掛かった鏡華がいた。


「目を覚ましたか」


 眼の前には忠臣がいた。忠臣は立ち上がり、部屋を出ようとする。


「父さん」


 忠臣は足を止める。


「なんだ?」


 忠臣は忠陽に顔を向けようとはしなかった。


「ごめんなさい」


「謝る必要はない」


 忠陽は俯く。


「宴会の件、断っておく」


「僕、行くよ。……行かせてください」


「そうか……」


 忠臣は部屋から出る。その姿から忠陽は父親がここへ戻ってくることはないと分かった。ただ、父親が目覚め時に病室に居て、父らしい気遣いの言葉を掛けてくれたのは嬉しかった。それだけでも、父親に対しての(わだかま)りというのは少し洗い流されたようだった。


 忠陽は鞘夏と鏡華を起こす。


 二人は忠陽の名前を寝ぼけながら呼ぶ。


「ごめん、二人共……」


「お父様は?」


 鏡華は辺りを見回し、父親の姿を探す。


「さっきまで居たよ。たぶん、帰ったと思う」


 鏡華はその言葉で目が覚める。


「何よ、それ……」


「いいよ。父さんだって忙しいんだ。今まで一緒に居てくれたんだろう?」


「そうだけど……」


 それから鞘夏が看護師と医師を呼び、軽い検査を受けて、忠陽はその夜のうちに家に帰った。


 次の日の朝、忠陽は家の電話から忠臣の邸宅へ電話をかける。忠臣は携帯電話を好まず、持ち歩くことはしない。そのため、いつも何かあるときは邸宅に電話するのだが、いつも通りの留守番電話に切り替わった。


「父さん。昨日はありがとう。今日、飛行機に乗って、京の家まで帰るよ。着いたら、また家から電話する。父さんも、体に気をつけて……」


 忠陽はそう用件を残し、受話器を置いた。そして、玄関で待っている鏡華と鞘夏の元へ歩いた。

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