第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の十八
翌日、鞘夏が退院の前に問診が行われた。伏見と忠陽を同席させ、医者は伏見に数日は学校を休むことを勧めた。
「どないする?」
鞘夏は伏見の問を無視し、忠陽に学校には行くと伝えた。
医者は頭を掻いていたが、鞘夏の意志を尊重しながらも、定期的に病院に受診するようにと伝えた。
医者が退院許可を出し、鞘夏は退院手続きをすぐに行った。手続きが終わると、伏見はもうそこには居なかった。鞘夏は忠陽と二人で家へと帰った。
帰り道、妖魔のことで忠陽から何も聞かれなかった。無言のまま二人は電車に乗る。
「忠陽様、途中で夕食の食材を買ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫。もう買ってあるから」
笑顔で答える主人に鞘夏は後ろめたく思った。だが、家に帰った後、忠陽の行動で鞘夏は更にその思いを強くする。
家に帰っても、洗濯、掃除や夕食はすべて忠陽が行い、忠陽は鞘夏に何もさせなかった。その心遣いはありがたいのだが、鞘夏は落ち着かない。それが忠陽だけではなかった。夕食が終わると鏡華が皿洗いを黙って行っていた。
「私がやります」
「いいのよ。あんたは休んでなさいよ」
鏡華はぶっきら棒に言う。
その日は何もすることなく、鞘夏はその日を過ごしたことが自責の念を覚えた。
次の日、鞘夏は早く起き、いつものように弁当と朝の支度をした。朝の支度を終えると、鏡華を起こし、そして、自分は制服へと着替えた。着替え終えると鏡華が食卓に座っていたので、テーブルに食事を並べる。
寝ぼけた鏡華と二人で朝食を食べていると、忠陽が起きてきた。
「鞘夏さん……」
驚いた顔をする忠陽に鞘夏はおはようございますと挨拶をする。
「まだ、安静にしていないと……」
「もう大丈夫です」
「でも……」
「良いんじゃない?」
鏡華は味噌汁を啜る。
「鞘夏がそう言っているんだから」
「鏡華……」
「やりたいようにやらせてあげなよ。そうしないと鞘夏が落ち着かないみたいだから」
忠陽は鞘夏を見た。鞘夏は鏡華の言葉に戸惑いつつ、頷いた。
「それに、学校では何かあっても陽兄と一緒でしょ? 安心じゃない」
忠陽は黙って席につき、朝食を食べ始めた。
鞘夏はご飯を食べ終わると、弁当箱に今朝作ったものを詰める。詰め終わると、それを鏡華に手渡した。
「ありがとう」
鏡華はそれを受け取ると、自室に戻り、寝間着から着替え、家から出ようとした。鞘夏は見送りのために付き従った。
玄関で鏡華が靴を履いている時に、鞘夏は頭を深々と下げてお礼を言った。
「鏡華様……。ありがとうございます」
「別に、お礼を言われることじゃないわよ。あんたが働かないと私が楽できないから」
靴を履き終えると、鏡華は慌てたように家を出た。
しばらくして、鞘夏は忠陽といつものように学校へと登校した。
鞘夏が教室に入ると、由美子が驚いたように席を立ち、鞘夏に近づいた。
「鞘夏……」
由美子は鞘夏の手を取る。
「ご心配……お掛け致しました」
「心配だなんて……。私の方こそごめんなさい」
「謝られることはありません。それよりも……」
鞘夏は周りの視線が気になり、由美子もそれに気づき、鞘夏から手を離し、席についた。
昼休み、鞘夏は忠陽と由美子と食堂で昼食を取っていた。そのもの珍しさは他の人間から目を引いていた。
由美子は毅然とした態度を取っていたが、忠陽と鞘夏は落ち着かないという気持ちだった。
「神宮さん……」
「なに?」
「いや、周りの視線が……」
「別にいいじゃない」
忠陽は黙った。
「ねぇ、鞘夏。放課後、今日も一緒に下校しましょう」
「は、はい」
「いいよ。僕が鞘夏さんと一緒に帰るから……」
「私は鞘夏に言ってるの。賀茂くんには関係ないでしょ? あの不良と一緒に遊んでればいいじゃない」
「そういうわけにはいかないよ。それに、それ以上の気遣いはいならいよ」
「別に気遣いじゃないわよ。私は彼女の友人として一緒に帰るだけでしょ? 何が問題あるの?」
「人の家の事情までズカズカと入らないほしいんだよ」
穏やかではない忠陽の口調に鞘夏は戸惑う。
「何よ。この前は私達が二人で帰っていたのには口出さなかったくせに」
「それだって快く思ってないよ」
忠陽は呟いた。
「何? なにか言ったかしら?」
「別に何も」
「ほんと、男らしくないわね」
「そうだよ。君と違って、男らしくないよ」
「何よ、その言い方!」
「そっちが吹っ掛けてきたんだろ!」
忠陽と由美子はお互い睨み合う。
「あの……」
二人は鞘夏を見る。
「周りの方が見られています……」
二人は周りを見ると、物珍しそうに見ると人だかりができていた。由美子が咳払いをすると、その人だかりは霧散する。
放課後、結局のところ三人で帰ることになるが、忠陽と由美子の険悪なムードは改善されることはなかった。
次の日からそれに輪をかけて、二人は昼食に言い合いになっていく。その姿が人目のつく食堂でもあり、あの神宮が、何故か、男子生徒と揉めているというのは学校中に広まっていた。その噂は尾ヒレがつき、痴情のもつれと言われ、生徒だけではなく教師陣にも広まることになった。
「ネチネチとホント男らしくないわね!」
「君こそ、もっとお淑やかにできないのか!」
鞘夏が妖魔に襲われ、四日経ち、二人の喧嘩は鞘夏が止められない状態に陥っていた。
「言いたいことがあったら、はっきり言いなさいよ!」
「僕はそういう君の性格が嫌いなんだよ! 人の家の事情に入るなって言ってるんだ!」
「私は鞘夏のためを思って言ってるのよ! 主人なのになんでそれが分からないのかしら!?」
二人は取っ組み合いをしないせよ、立ち上がり睨み合っている。
そこに伏見がやって来て、二人の頭をお盆で叩いた。二人は痛みに悶絶した。
「恥を晒しよってからに」
「何するのよ!」
「ここは学校や。君らだけの場所やない!」
伏見の強い言葉に二人は怯んだ。
「君ら二人は、放課後生徒指導室に来いや。鞘夏くん、悪いけど、二人の話が終わるまで帰るのは待っててくれへんか?」
「はい……」
「君らは分かったんかいな?」
二人は伏見にそっぽを向いた。
「返事は!」
いつにもなく声を荒げる伏見に二人は蹴落とされ、返事をした。
放課後、二人は職員室に趣き、伏見を訪ねた。伏見はいつものようにヘラヘラとした顔で生徒指導室へ二人を案内し、椅子に座らせた。伏見は机を隔てて対面するように反対側の席に座る。
「君らが喧嘩している原因は僕には想像できるが、周りには分からん。やから、変な噂が立つ。君ら、なんて言われてるか分かってるか?」
「知らないわよ。言わせたい奴ら言わせればいいのよ」
伏見はため息を吐く。
「痴情のもつれ……」
忠陽と由美子は驚いた。
「大方の筋書きはこうや。鞘夏くんから由美子くんへ乗り換えた忠陽くんは、由美子くんと反りが合わなくなり別れ、元の鞘に戻った。それをよく思わない由美子くんは鞘夏くんを取り込もうとして喧嘩が起きているってな」
「な、何よ、それ!」
「そうですよ!」
「やから、言うてんや。周りからすれば面白い話なんや」
「わ、私がこんなナヨナヨした奴と付き合うわけないでしょ!」
「僕だって、こんな男勝りな人と付き合うわけないです!」
「ああ、君らの言い分はええわ。由美子くん、君はそういう目で見られてんや。もっと気をつけや」
「なんで私にだけ言うのよ!」
「そら、君が神宮やからや。ただでさえ、呪術界で力を持っている者を妬むやつは多い。そういう噂を流すのも一つの呪いということや」
由美子は歯を食いしばりながら、黙っていた。
「二つ目は、君らの気持ちは分かるが、鞘夏くんを蔑ろにしてへんか?」
「してないわよ! 私は鞘夏のためを思って――」
「そんなことはどうでもええ。鞘夏くんがどう思うかや」
由美子は言葉を詰まらせた。
「忠陽くんもやで。君が彼女を守りたいのは分かる。せやけど、彼女の自由を奪ったらあかん。前にお願いしたように、学校では彼女を自由にしてほしいや」
「僕は……そう…させて、ます」
「どこがよ……」
忠陽は由美子を睨む。
「止めや。話がややこしくなる」
「それに私は! あなたに……呪術を止めてほしいと思ってる」
忠陽は怪訝な顔をした。
「それが……鞘夏の……願い…なのよ」
由美子は俯きながら言った。
伏見はため息をつく。
忠陽は鞘夏の言葉を思い出す。
『私の願いは、陽様が平穏に暮らすことなのです』
『ならば、選んで頂きたいのです。あの男ではなく、平穏に暮らせる人を』
「できないよ。そんなこと……」
由美子は答えようとはしなかった。
「できないよ。皆と知り合えたのは、呪術のおかげなんだ」
忠陽は自らの手を強く握りしめる。
「忠陽くん、話がそれるけど、一つの可能性としてや。君が呪術をやめれば、その呪いも解けるかもしれへん。君の呪いは、鞘夏くんも関係しているのは確かや。君が彼女を守ろうと強く思うのは、その兆候の一つかもしれへん。こう考えられたのも由美子くんのお陰であり、君が変わり、鞘夏くんも変わろうとしているからや。僕は今まで通り、君に呪術を教え、呪いを解こうと思っている。僕にはそれしかできへんからな。だけど、由美子くんは違う。君らは同級生、僕と違った見方で呪いを解くのは良いことやと思ってる。それを選ぶのはもちろん、君や」
忠陽は答えられなかった。
「今、答えられなくてもいい。目先の話はそれやないからな」
「はい」
「今回の件に関してはお互い目的は同じや。鞘夏くんを守りたい。その気持は分かるが、もっと上手いやり方があるはずや。お互いが妥協しあえる所を見つけていき」
伏見の言葉に二人は頷いた。




