第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の十四
六
「ねえ、真堂さん。明日、大丈夫よね?」
鞘夏は胸を締め付けられ、箸を止めた。
その動きに由美子は苦笑いした。
「真堂さん、分かりやすい……」
「いえ、その……」
二人は由美子の秘密の場所であるイチョウの木の側で昼食を取っていた。二人が放課後の鍛錬に参加しなくなってから、昼食のときはこの場所へと誘われる。それは由美子なりの思惑があってのことだろう。鞘夏はそれを断ることもできたが、それをしなかった。
鞘夏は箸を置いた。
「まだ、忠陽様に許可を頂いておりません」
「賀茂君に? 別にそんなの必要ないわよ」
「ですが……」
「じゃあ、私から話しておくわね」
「いえ……」
鞘夏は由美子を見るも、また膝下にある弁当箱を見る。
「どうしたの?」
「自分で申し上げたいのです……」
「分かった」
鞘夏は由美子を見る。
「よろしいのですか?」
「だって、あなたの口から言いたいのでしょう?」
鞘夏は頷く。
「でも、チャンスは今日だけよ。結果だけ電話で教えてちょうだい。あとで、電話番号を渡すから」
「ありがとうございます」
鞘夏はお辞儀をした。
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その日の夕食、鞘夏は忠陽と鏡華にお願いをする瞬間を図っていた。だが、鏡華の不機嫌さが周りの空気を支配し、誰一人として会話をしない。その居心地の悪さが鞘夏の口を閉ざしていた。
由美子の顔を呼び起こす。配膳した食べ物には手をつけず、服を掴んでいた。
その異変に気づいた忠陽は鞘夏に声を掛けようとした。先に声を掛けていたのは鞘夏の隣にいた鏡華だった。
「どうしたのよ、何か言いたいことがあるんでしょ? いつも言ってるでしょ。そのクセ、止めなさいって」
忠陽は唖然と鏡華を見た。鏡華は澄ました顔をしている。
「鞘夏さん、何かあるの?」
忠陽の問にも、鞘夏は黙っていた。
「あのさ、言いたくないのならそういうことやめてくんない?」
「鏡華!」
「私がアンタを虐めてるみたいじゃん」
「鏡華、最近、鞘夏さんキツイんじゃないか?」
「そう? いつもこんな感じよ。コイツ、ハッキリしないから」
「だからって、そんな言い方はないだろ?」
鏡華は鼻で笑う。
「陽兄のお気に入りだもんね」
「それは関係ないだろ!?」
「関係あるわよ!!」
鏡華は箸を机に叩きつけた。
「じゃあ、なんでこの女だけ特別なのよ!」
「特別? そんなことない」
「あの……」
「特別よ、だって陽兄は―」
「あの!!」
鏡華の声を遮るように、鞘夏は大声を上げていた。
「なによ!?」
鏡華は鞘夏を睨みつけるも、大声で静止したのが鞘夏だと気づき、言葉を失う。
静寂が流れる。
鞘夏は俯きながら口を開く。
「明日……お暇を頂きたいのですが……」
二人は凍りついた。忠陽は何を言ったのかさえ理解できなかった。
「い、暇を頂きたいですって?」
鏡華の声は震えていた。
鞘夏は体を縮こまらせ、主、二人の返答を待っていた。
「さ、鞘夏さん、暇だなんて……。いや、さっきの鏡華の言い方は悪いけど、そんなに怒らなくても……」
「は、陽兄!」
鏡華は眉間にシワを寄せ、歯を食いしばり、放電浴びせるかのごとく忠陽を睨みつける。
「ちょっと考え直そう。ね? 僕も悪いところがあったと思うし、そこは直していくからさ。ね?」
「そうよ! アンタが居なくなったら、誰かご飯作ってくれるのよ? 考え直しなさい! これは命令よ!」
「鏡華!」
「明日、頂きたいのです」
「いや、きゅきゅ、急じゃない。私が嫌いなのは分かるけど、それ酷くない?」
「いえ、そのようなことはけして―」
「そそそ、そうだよ。明日じゃなくて、もっとさ、家族会議をしてね? こういう事はさ、非常に大事だからさ?」
「明日でなければダメなんです……」
鞘夏の頑なな姿勢に、二人は混乱していた。
「ちょっと、待って。どうしてそんな頑ななのよ。私達だって状況が分かんないんだけど……」
「うん。月曜日まで待ってくれるかな? 神宮さんにも相談するから……」
「その、神宮さんからのお誘いなのです」
「えっ? 神宮さんの……」
そりゃ勝てないと忠陽は呟く。そして、頭の中では、お嬢様笑いで立ちはだかる。忠陽は全身から力が抜けるとともに、最近、由美子が鞘夏に接近していた理由が分かったという顔をした。
「陽兄、神宮って、あの神宮?」
「そうだよ……」
「あんた! うちの使用人のくせに他家に、しかも名家に鞍替えするなんて一体どういうことよ! この裏切り者!」
鞘夏は慌てふためく。
「そのような。私は賀茂家の使用人です」
「黙りなさい!」
鞘夏は口を噤んだ。
「陽兄、どうにかならないの?」
「神宮さんは抜け目ない人だからね……はっ!」
忠陽は、携帯を取り出し、電話を掛ける。
電話に出たのは八雲だった。
「もしもし、どうした? また、夜遊びでもしてんのか?」
間の抜けた声に烈火の如く忠陽は訴える。
「八雲さん、どういうことですか? 神宮さんのやり方、酷いですよ! 鞘夏さんを引き抜くなんて、普通やりますか? なんとかして下さい! 彼女は、彼女は、彼女は僕らの大切な家族なんだ!」
鞘夏は忠陽をまじまじと見た。その中で心がすっとなるような嬉しさが溢れ出した。
「おい、ちょっと待て。急に言われてもよく分からん」
「僕だってよく分からないですよ!」
「まあ、落ち着け。ゆみに聞いて見るから。えっと、ゆみが真堂さんを神宮に引き抜くって言ってるんだな?」
「はい!」
「分かった。一旦、折り返すから待ってくれ」
八雲は電話が切れると携帯を机に置いた。そして、深いため息をつく。
「どうだった?」
「折り返すって……」
鏡華も深いため息をつく。
「あの……」
「アンタは黙ってなさい」
鏡華は鞘夏に冷静に宥めるように言った。
「陽兄、さっき電話を掛けたのは誰なの?」
「神宮さんのお兄さんだよ」
「お兄さん? そんな人に頼んで大丈夫なの?」
「たぶん……」
「本当? お父様に頼んだほうがいいんじゃないの?」
「父さんは……。いや、八雲さんに頼んだほうが神宮さんは聞くはずだ!」
「それにしても、人の使用人に手を出すなんて、名家が聞いて呆れるわ! こうなったら全面戦争よ!」
「そんなことしたら、負けるに決まってるだろ?」
「なに怖気づいているのよ? やられたら、絶対に潰す。完膚なきまでよ!」
「そんなことしたら、神宮さんと変わらないだろ?」
忠陽の携帯の呼び鈴が鳴る。鏡華は忠陽のもとへ走り、体を近づける。忠陽は携帯をとり、通話を開始する
「はい、もしもし……」
「もしもし、俺だけど」
「はい……」
「ゆみに聞いたけど……お前、勘違いしてないか?」
「えっ?」
「ゆみの奴、明日、真堂さんと遊ぶに行く約束はしたらしいぞ」
「はい」
「真堂さん、お前には許可を貰わないと遊びに行けないっていうから、代わりに話をしようかって言ったらしいんだが、自分でお前に話すって言ったらしい」
「はい?」
「真堂さんが何言ったか知らないけど、それ、明日、ゆみと遊びに言っていいかって聞いてるんじゃねえの?」
漏れ聞こえている音で鏡華は内容を理解した。忠陽と鏡華は鞘夏を見る。鞘夏は黙ったまま俯いていた。
「おい、聞いてるのか?」
「あははは。すいません。僕らの勘違いかもしれないです。ありがとうございます……」
忠陽は丁寧にお礼を言いながら通話を切った。
鏡華は席に戻り、無言でご飯を食べ始めた。
「鞘夏さん……」
鞘夏は顔を上げる。
「明日、神宮さんと遊びに行ってきて良いよ」
「ありがとうございます……」
「それと、これから自分の時間が欲しいときは、暇を欲しいのではなく、遠慮なく何をしたいかを言ってください……」
「申し訳ございません……」
それから三人は黙々と夕食を食べていた。




