第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の六
車の中で、鞘夏は何も話さず、無機質に座っていた。
「あのー、真堂さん。ごめんなさいね、うちの兄さんが……」
「いえ、そういうお付き合いも必要かと思います……」
鞘夏は言葉とは違う何かを自身の中で感じていた。
「まったく、困った人よね。急に現れるなんて」
鞘夏は去年の冬のことを思い出す。忠陽がたまたま鏡華に連絡しないで来たとき、今の由美子と同じ反応をしていた。怒ってはいたが、嬉しそうにもしていた。
「兄妹というのは、そういうものでしょうか? 鏡華様も今の由美子さんと同じようにされていました」
「同じようにっていうのは、ど、どういう風に?」
「嬉しそう……」
由美子は顔を赤くした。すると、助手席から大きな笑い声が上がった。鞘夏はその笑い声に戸惑う。
「爺や!」
「いや、これは失敬」
「何か失礼な事を申し上げましたでしょうか?」
「そんなことはないわ。あれは爺やがイジワルなだけよ」
鞘夏はさらに戸惑う。そんな鞘夏を見て、漆戸は口を開いた。
「真堂様、貴方が思っていることは別段間違っているわけではありませんよ。兄妹愛というのはそういったものもあるということです。ただし、我が姫は少しは拗らせてはいますが……」
由美子は「爺や!」と又叱責した。
「おっと、口が出すぎましたかな?」
由美子は漆戸を無視して、鞘夏に話しかける。
「ごめんなさいね。爺やは私達が子供の時からいるから結構言いたい放題言ってくれるの」
「私は姫様のオシメも変えたことがありますからな」
「爺や! もう……」
ほっほっほと漆戸は笑っていた。
「まあ、どんな事があっても家族なんだから嫌だということはないんじゃない」
「家族、ですか……。私には分かりかねます」
「貴方のご家族はどうしてるの? もし、失礼でなければ……」
「記憶にございません。私は物心ついたときには賀茂家に仕えておりました」
「そう。だったら、賀茂君たちが家族なんじゃない?」
「そんな畏れ多い」
「私は、あのイジワルな爺やを家族と思ってるわ」
「それは光栄ですな。……真堂様、これは私の持論ですが、一度その家に命を捧げると思ったその時から、その家の一員でございます。それは仮にも家族とは呼べないでしょうか?」
「家族……」
「家族にも色々な形がございますが、貴方を主人である賀茂様と同じ学び舎に入れることは、使用人の世界ではあまりないでしょう。それは賀茂の皆様が、貴方を、家族として迎え入れてるということではないでしょうか?」
鞘夏は黙っていた。
「差し出がましい話をして申し訳ありません。歳を取ると、どうも口を出すようになってしまいまして」
「そうよ、ちょっとは自重しなさい!」
ほっほっほっと漆戸は笑っていた。
鞘夏は考えた。賀茂家の中で自分は家族と呼べるのか。物心ついた時は使用人として生きていた自分。衣食住を与えられ、それに学校まで通わせて頂いている。身に余る恩に対して、いつも感謝しかなかった。むしろ、なにか返せるものはないかと考えていた。奥様は使用人たちを家族として扱っていた。だが、他家から来た使用人たちはそれをはじめは訝しんでいた。今はその隆盛を落とした賀茂であるが、名家の一つとしては数えられる。名家は使用人を家族として扱わないのが常だからだ。だから、使用人たちは家の者とは線を引いている。鞘夏はそれに倣っただけであった。
「ねえ、真堂さん。……今度、一緒に遊びに行きませんか?」
「私は、使用人として――」
「大丈夫よ。賀茂君ならいいって言ってくれるし、それに使用人だからと言って、休みくらいないと」
「ですが……」
「決まりね!」
鞘夏の手を取り、由美子は目を輝かせた。
「真堂さん、次の土曜日、楽しみしてるわ」
日付を勝手に決められた。だが、鞘夏はこの押しの強さに言われるまま従ってしまった。
鞘夏はマンションのエントランスホールまで送り届けてもらい、車を降りるとき、由美子が呼び止めた。
「土曜日、十時にここに迎えに来るから。私、楽しみにしてるわ」
鞘夏は戸惑った返事をしてしまった。
だが、由美子の子供らしい笑顔を見て、心が落ち着いた。




