第十一話 竹中からの宿題
もう日も暮れたというのに、天谷市の中央街は今目覚めたという様相を見せていた。赤提灯、ネオンの光に大人たちは誘導され、店に入っていく。竹中はその光には誘われず、まっすぐに中央街のジョイマックスへと向かっていった。
二人は席に付くと、コーヒーを注文した。コーヒーはすぐに配膳された。竹中はそのコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れた。
それを見た忠陽は口の中が砂糖の味になってしまい、それをかき消すようにコーヒーの苦味を味わう。
竹中が口を開く。
「賀茂くんの作戦、それ自体は間違えじゃない。基本方針としては無難だろう。だが、作戦目的が明確ではない」
その話を聞いて、彼杵での合宿を思い出した。
「なら、何を目的にするか。まずは勝ち負けに焦点を当てよう。君の考えを聞かせてくれ」
「勝ち負けでいうなら、勝ったほうがいいのではないですか?」
「なぜだい?」
「勝てばそれだけ勢力が拡大します」
「その理由は零点だ」
忠陽は顔を歪ませる。
「どうしてですか?」
「そう怒らないでくれたまえ」
竹中は苦笑いしていた。
「ひとつは勢力を拡大すればそれだけ統治が難しくなる。今日の会議を見ただろ? 主任理事校と属校は利害関係であって、仲間とは言い難い。それぞれの学校の意見を尊重しなければ反乱が起こる。ふたつは、主任理事校の負担が大きくなる。我が校は呪術校としては国内有数の大きな学校だ。その規模でも、二週間に一度、各属校へ訪れる必要がある。由美子くんにも海風高校へ何度も行って貰っている。彼女はかなりの懸案を出しているが、我々はそのすべてを解決できていない。三つは、情報の漏洩だ。こればかりは塞ぎようがない。勢力拡大すればよく思わない属校の生徒会長から情報を盗み出すのが容易になる。これが君の理由に対しての反論だ」
「では、会長は負けたほうが良いと言うんですか?」
「そうではないよ。君の勝つ理由があまりよくない。勢力を拡大するというのはそれだけリスクを伴う。拡大する際にはそれなりの下地を作る必要があるんだ。そうでなければ地盤は簡単に崩れてしまう」
「なら、会長は今回の学戦で勝つ理由はなんですか?」
「今回の学戦で勝つ理由はない」
忠陽は目を細める。
「悪かったね。これは僕の力不足が原因なんだ。勝ってもこれ以上勢力拡大ができない」
竹中の自ら嘲る姿を見て、忠陽は問うた。
「どうして、ですか? 会長の才覚でも難しいんですか?」
「単純に言えば周藤くんの存在だ。彼が生徒会長になってから、東郷勢力への調略がしにくくなっている。調略は我々の地盤を壊さず、相手の望む利益を与え、勢力拡大ができる一つの方法だ。学戦で勝つよりも最小限のリスクで味方に取り込むことができる。これが戦わずして勝つということだよ、賀茂くん。だが、周藤くんは僕の好敵手だ。そんな思考も読み切っている。だから、彼は自分が生徒会長になったとき、属校を集め、すべての意見を聞いた。忘れていけないのは、所詮、属校との関係は利害関係。東郷高校にとって利益がないものは切り捨てる。周藤が切り捨てたのは海風高校だ」
「大地くんたちの学校をですか?」
「ああ。あそこの生徒会長がおかしくなっていたのは、エーメンからの情報で分かっていたからね。周藤くんは事件が起こる前に、わざと負けて僕らに押しつけた。そうやって僕らの内部から崩していくためにね。それは君たちが身をもって体験しただろう?」
忠陽は、周藤は正面から戦う人間だと思っていたが、卑劣な手も使うことに憤る。
「君が推薦した法西くんの学校もそうさ。真が僕に話を持ちかけ、それに乗った。法西は奇才だ。その才を使う手はない。だが、皆から反対されては僕も抗えない。予想外だったことは岐湊勢力を離れてから法西くんが大人しくなったことだね」
忠陽は法西の言葉を思い出すと、法西はもしかすると平和を望んでいたのかと考える。
「でも、君たちが推薦するならどうかな? 学戦リーグで優勝した君たちが言うなら皆、反対はできないかもね」
忠陽は楽しそうな笑みを浮かべるこの生徒会長が、どこまで本気なのか測りかねていた。もしかすると、伏見と同じくらいに感情をコントロールできるのかと思うと、かなりの強敵だと考える。
「さて、学戦の話に戻そう」
竹中は甘ったるいコーヒーに口をつける。
「ひとつ、頭の体操をしよう。今回、学戦で負けたとき、僕らは海風高校を差し出すつもりだ。つまり、周藤くんは元の木阿弥になってしまう。由美子くんのおかげで、翼志館には良い印象を持っている。由美子くんの意図は別としても、その綻びを使わない手はない」
「反乱を起こさせる気ですか?」
「反乱を起こすかは海風高校次第だ。だが、その材料を提供するのは僕だ」
「海風高校の人たちの気持ちはどうなるんですか!?」
忠陽は竹中に怒りを覚える。
「そう怒る必要はないよ、賀茂くん。これは周藤くんも魯くんも理解している」
忠陽はそれでも大地たちが苦しむ姿を想像すると、眼の前の人物に怒りが沸々と湧いてくる。
「ここでまた質問だ。魯くんはそれを理解しながらも何故攻めてくるのか? 勢力拡大は下地がなければあまり良くないと、君は今気づいたはずだ。海風高校はすでに東郷と内通しているのかな?」
「内通はないと思います。今日の会議で海風高校の生徒会長代理は、ずっと不安な気持ちで居るようでしたから……」
「ひとまずは、そう考えておこう。なら、魯くんの目的はなんだろう?」
忠陽はとっさの答えが出て来なかった。
「賀茂くん、君に宿題だ。魯くんの目的を明らかにしたまえ」
教師が生徒に言いつけるように竹中は言った。
「そんな――」
「君一人でとは言わない。そうだね、この話をもって、法西くんを訪ねるといい」
忠陽は竹中に疑いの目を向ける。
「大丈夫だ。君ならやれる。……だが、気をつけなければいけないよ。彼は表裏比興のものだ。僕よりも裏切る可能性は高い」
「会長。僕は絹張先輩みたいに、会長に全幅の信頼を寄せていません」
竹中は声を出して笑っていた。
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