第十一話 竹中の教え
竹中は忠陽とともに東郷高校に訪れていた。
校門前で竹中の来訪に気づいた東郷の生徒が狼狽し、学校の中へと戻っていく。さもありなんという気持ちでいた忠陽は、この大胆な行動を取る本人を見てみると、いつも通り笑みを浮かべていた。
「さあ、、賀茂くん。行こうか」
忠陽は敵地でも傍若無人なところが、どこか由美子に通ずると考えながら竹中の後に続いた。
東郷の生徒会室に一人の生徒が駆け込んだ。生徒会室には東郷高等学校の生徒会長である周藤が会長席に座っており、その隣に魯が立っている。周藤は魯が差し出す資料を受け取っていた。
「た、た、大変です! 翼志館の生徒会が殴り込んできました!」
それを聞いた周藤は資料を机に置き、頭に手を添えて、ため息をつく。一方、魯は笑っていた。
「落ち着け……」
周藤は呆れながらも言った。
「で、ですが!」
「落ち着けと言っている」
生徒が開けた扉から竹中が堂々と入ってきた。それを見た生徒は叫びながら部屋を出ていった。
「これはこれは。東郷は意外に士気が低いのかもしれないね、賀茂くん」
忠陽は苦笑いする。
竹中は中央にある応対席を越して、生徒会長席の前に立つ。忠陽はその後ろに控えた。
「お前がいきなり来たからだろうが!」
「いきなりって、周藤くんには連絡しただろう?」
「来るなと返事しておいたがな!」
「あれはてっきり君なりの許可だと思ったんだけど」
竹中は大胆不敵だった。その姿を見て、魯は声を出して笑う。
「竹中さんには良いと悪いは関係ないみたいですね」
周藤はため息を吐きながら、竹中に聞く。
「それで、何のようだ?」
「君との最後の戦いは十二月の初めでどうかな?」
「ほぅ」
周藤はさっきまでの苦い顔が一変、沸々と闘志が湧き上がり、臨戦態勢かのような顔つきに変わる。
「いいのか? 受験は」
「そんなのは大丈夫さ。もし、落ちたら、来年受け直せばいい。君はどうなんだい?」
「見くびるな。そんなもの、お前を相手にするより容易いものだ」
忠陽は二人の中でしかない友情を感じた。
「なら、十二月の初めの学戦。そのとき、僕は次代の生徒会長に引き渡して、自由の身になっている。本来はそこで三年生が出る前例はないが、出てはいけないということはない」
「そうだな。そこでお前が俺に屈服した姿が見れるというわけか」
竹中たちの会話を魯は楽しそうに聞いていた。
「これで、僕たちの戦う日は決まった。ということは、周藤くんは今回の戦いで本陣を狙うことはないね、賀茂くん」
周藤はその綺麗な顔を、自ら汚していた。口と目は開き、間抜けた顔を見られるのは竹中が居たからこそであろう。
「お、お、おのれぇぇぇぇ!!!!」
「周藤くん、ここまで公然と約束したんだ。まさか、破る気はないよね?」
竹中の念押しに魯は笑いを堪らえようと必死だった。
「賀茂くん、竹中の教えその一だ。相手の利益と自分の利益を正確に把握する、だよ」
「竹中ぁぁ!」
忠陽は周藤がここまで取り乱しているのは見たことがなかった。
「それで、竹中さんは、まさか、その竹中の教えを賀茂くんに伝えるために来たわけじゃないでしょう?」
魯は笑いながらも竹中に尋ねた。
「もちろんだとも」
「だったら、お前は何をしに来た?」
周藤は竹中を疑いの目で見ていた。
「そうだね……今日は魯くんと将棋でもしようかと思ってね」
「将棋ですか……」
魯は横目で竹中を見た。
「俺が許さないと言ったら、どうする?」
「仕方ない、そのときは帰るとしよう。残念だ、周藤くんが将棋を指すことさえ許してくれないなんて。そう思わないか、賀茂くん?」
周藤は眉間にシワを寄せた。竹中はその表情を見て、楽しんでいた。
「いいですよ、周藤さん。僕も竹中さんと指してみたかったですし」
周藤は鼻を鳴らし、魯に手で許可する。魯は許可を得て、竹中と忠陽を中央の応対席に座らせる。
忠陽は竹中と魯の将棋を見ていたが、二人の指す手は異様に遅かった。忠陽自身、将棋が上手いというわけではない。それでも、二人が将棋の駒を動かす時間は遅いと感じられる。互いに動かしてから物思いにふけるように時間が過ぎていった。空が茜色から青紫に変わる前で周藤から止められ、二人はあっさりと止めてしまった。その止め方が忠陽には腑が落ちなかった。
東郷高校から帰るとき、忠陽は竹中にその理由を問うた。
「簡単なことさ。あの将棋は決着を付くまでやるとしたら、三日はかかる」
「なら、どうしてやったんですか?」
「ひとつは魯くんがどう戦うのか。将棋の駒は部隊と同じだ。それをどう動かすか。二つ目は魯くんの人となりだ」
「二つ目はよく分かりません……」
「周藤くんを見ると分かりやすい。彼は僕らが訪れたとき、嫌な顔をしていただろ? 周藤くんは自分の考えを超えるのが嫌なんだ。それは言い換えれば自分の思い通りにしたいという傲慢な性格を表している」
竹中は楽しそうに笑った
「僕が先手を打って、彼の利益になる事を与えればすぐに釣れた。彼は僕と決着を着けたいだろうからね。だが、周藤くんは優秀だからね。自分を戒めることもできれば、現状を再度把握して、打開策をすぐに打ってくる。僕の狙いが魯くんと気づいて、冷静になっただろう?」
忠陽は頷く。
「あれは周藤くんが事前に考えていた中でのひとつだったからさ。それに魯くんと将棋を打ったとしても、今度の作戦は読まれないと踏んだんだろうね」
忠陽はその通りになっていたと思い出し、苦笑いする。
「賀茂くん、僕の教えを覚えているかい?」
「相手の利益と自分の利益を正確に把握する、です」
竹中は頷く。
「竹中の教えその二だ。相手を動かすなら相手がしたいことをさせる」
「でも、それは自分にとって不利じゃないですか?」
「そうだね。だが、君がそのあとの結果をしっかりと持っていれば問題ない。砂漠で相手にチョコを渡して、相手から十円を貰うか。相手に水を渡して、相手から二十万円をもらうか。これは相手の利益と自分の利益を正確に把握することでできるものだ」
忠陽はその言葉に納得した。砂漠の中で水は命に等しい価値がある。それを二十万円で売ることはできない。
「君は戦いの中でこの二つはできていると思う。だが、君は感情的になる節がある。そこはこれから改善していくべきところだろう」
「はい……」
「この教えは、できれば戦いではなく、平時から使ってもらいたい。戦わずして勝つ。学戦で最も重要なことだと僕は思う。戦わない、戦わせない、君にはぜひ目指してほしい」
その言葉が嘘でないことが忠陽には分かった。竹中の顔は笑っているのにいつになく淋しそうに見えた。
「さて、賀茂くん。魯くんと将棋を指したところ、魯くんは守勢が得意のようだ。まるで高橋くんと戦っているかのように堅牢堅固な戦い方だった。奇策には頼らず、時と地の利を使い、堅実に戦う。それを聞いて、君はどう対処しようか?」
「えっ? 僕に聞くんですか?」
「そのために君を連れてきたんだ」
その笑みは忠陽の反応を楽しむかのようだったため、忠陽は冷静を装った。
「僕なら無理して攻めない、ですかね」
竹中は満足した顔をして言い放つ。
「三十点」
忠陽は思わず嫌な顔で反応してしまった。
「賀茂くん、まだ時間はあるかな?」
「はい。僕は寮生ではないので」
「なら、少し付き合ってくれ」
忠陽は断れそうにないことが分かり、頷いた。
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