第十一話 学戦対策会議 その一
放課後、忠陽たちは生徒会室を訪れた。そこには学戦リーグのとき、チーム臥竜で出場した二年生の母里の姿もあり、五月に由美子を脅して返り討ちにあった体育委員長も居た。翼志館とは違う制服がちらほら見え、忠陽は翼志館というのが連合勢力なのだと改めて分かる。
由美子は席に座ることなく、忠陽たちと共に壁際に立っていた。安藤から席に座るように言われたが、由美子はそれを丁重に断った。自分たちの立場を弁えて、遠慮したのだが、そのやり取りをよく思わないのが翼志館の三年生に半分いた。忠陽は由美子への敵意を見て、その人間を自然と敵として認識してしまった。
この部屋には一年生が忠陽たちだけであり、大部分が翼志館の三年生と他校の生徒である。その中には海風高校の生徒会長代理も居た。翼志館の二年生が数人見られるが、全員口を閉じており、いかに現政権の三年生が力を持っているかが分かる。
生徒会長の竹中が立ち上がり、辺りを見回す。全員が揃っていることを確認するために安藤を見た。
安藤は頷く。
竹中はいつもの笑みを浮かべて、話し始める。
「諸君、まずは集まってくれてありがとう。この中には予定があったものもいるだろう。だが、敵はそんなことを考えてくれない。まったく、困ったものだ。今日の会合がなければ、僕は護が煎れたコーヒーでも優雅に飲んでいたのだかねー」
他校の生徒から苦笑されていた。
「さて、諸君。学戦だ!」
ほとんどの人間が目をギラギラと輝かせる。
「言っておくが、これは僕が仕掛けたわけじゃない。だが、いいタイミングだ。我々は学戦リーグで優勝と二位を取っている。最も勢いのあるときに攻め込むのは一件愚策にも思えるが、最も兜の緒を緩める時期でもある。彼らはそのタイミングで勝利し、士気を高揚させて、勢力を拡大させるつもりだ。この作戦は周藤くんじゃない。彼は慎重派だからね」
竹中の周藤に対しての物言いは、茶目っ気のある言い方で、笑いを誘う。
「周藤くんなら、十二月に攻めてくるだろう。それも僕と決着をつけるために。ならば、誰か。十中八九、魯くんだ。大胆でもありながら、計算された仕掛けた方。次期生徒会長としての自覚は充分。そこで僕は、今回の指揮は絹張くんに任せたいと思っている」
それに属校の生徒会長達はざわめく。
一人の男が立ち上がった。その男は属校の中でも一番力持っている清督高校の生徒会長、戸次鑑親だった。忠陽も後で知ったのだが、竹中とは盟友と呼べれる存在であり、この翼志館勢力を武力で支えている存在でもあった。学戦の中でも発言権は安藤の次ぐらいにあり、翼志館の三年生でも彼に意見するものは少なく、また戦場では雷神の異名を持っている。体は大きく、パイプ椅子には収まり切らない体は強大な城壁にも思える。高校生とは思えぬ彫りが深く、無骨な顔はまさに戦人と思わせるものでもある。
「竹中。何故、お前が指揮を取らん。まさか、負けるつもりではないだろうな?」
「戸次くん、そのつもりはないよ。負ければ相手は、この月に何度も学戦を仕掛けてくるだろう。それは僕としても避けたい」
戸次の鋭い眼光を見た忠陽は、背筋に電撃が走るようだった。それを竹中はいつもの飄々とした顔で受け流している。
「私も反対ね」
大人びた女性の声の主は祝園融恵だった。孔至高校の生徒会長。属校としては学戦制度が始まってから長い間、翼志館に協力しており、翼志館の代々の生徒会との繋がりが強く、発言権が大きい。その風貌は姐さん気質であり、浅黒い肌がこの女性を魅力的にしている。そして、麻色の長い髪と緑色の瞳は生来のこの国の人間ではないと思わせるが、それがかえって人目がつき、スラリとした体と出るところが出ている体つきが男の視線を集めるものだった。
「絹張のお嬢ちゃんには荷が重すぎる。竹中、あんたが絹張の嬢ちゃんを押すというのなら、私は神宮の嬢ちゃんを押す。一年だけど、学戦リーグの優勝者だ。その実力は誰も逆らえないし、その方が勝率があるってもんさ」
他の属校の殆どが祝園の言葉に頷く。絹張はその反応に思わず俯いた。
「何を言っている! 竹中が決めたことだぞ。覆すのか!?」
翼志館高校の体育委員長は立ち上がり、勢い任せで一蹴しようとした。
「脳筋ゴリラは黙ってな、このカス!」
「か、か、カスだと!?」
母里が体育委員長の肩を掴み、止める。
「あんたらは、この一戦、負けても良いかもしれない。だけど、属校の連中はそう思っていないのさ。負ければ身を切るのはあたしらだ。そのこと考えたことがあるのかい!?」
体育委員長は奥歯を噛み締めた。
「祝園さんの言うことも一理ある。だが、俺達だって負けるつもりはない。俺としては会長にこの戦い指揮して貰い、こちらでもう一戦仕掛けるときに絹張に指揮をして貰いたいと思っている」
翼志館の三年生が口を開いた。
「それじゃあ、いつまで経っても会長が指揮を取らなきゃいけなくなる。だから、うちの会長は絹張に任せるって言ってるんじゃねえのか?」
母里の言葉にさっきの三年生は口惜しそうにする。
「母里、お前の言う通りではある。どの学校も俺達三年は次期生徒会長へと引き継ぎをしなければいけない。だが、今ここで勢力が削がれるのは良くないと俺は思っている。それはお前たちだけの問題じゃない。俺達、属校の各生徒会長選挙にも悪影響を及ぼす。それが分かっているのか?」
戸次の野太い声に属校の会長達は視線を逸らす。
「なんすか。それは反乱でも起こすってことっすか?」
反乱とは勢力の従属校が主任理事校への学戦を挑むことである。この反乱は戦力を対等にするため数合わせを行う。従属校は他の勢力や同勢力で思いを同じとする高校から援軍を要請することができ、新たな勢力として台頭することもあれば、別に勢力への鞍替えすることも可能であった。
「母里くん、言葉を慎み給え。僕らは対等の立場だ。それに彼らだって、引き継ぎたい思いというものがある。それがこの一戦に掛かっていると思えば、不安に思うのも当たり前だ」
竹中の仲裁に母里は舌打ちをする。
忠陽は竹中が昼休みに呼んだ理由が分かってきた。ここで話し合っているのは単純な戦いの話ではない。まさに学校統治、政治的な話だ。勢力を連合国家に例えると分かりやすい。一つ一つの高校は国である。その国は主任理事国によってまとまっており、たった一回の戦争に負けただけで、その主任理事国の牙城は崩れ、パワーバランスが一気に変わっていく。これを上手く調整していたのが、竹中だ。竹中の策謀は外にだけではなく、内側にも張り巡らせているのだろう。それで翼志館高校とその属校のパワーバランスを取りながら、相手国の脅威を跳ね除けていた。竹中という信頼で力を保っていた翼志館連合は、現状を見るからに、代替わりのタイミングで権威が落ちるかもしれないという不安が生じている。このタイミングに、魯は揺さぶりを掛け、力を内部から崩壊させようとしている。その不安を消し去るために由美子や自分を呼び、払拭させようとしている。
あの優しそうな顔をしていた魯が、ここまでも冷徹なことをしてくるのかと思うと、今後は要注意人物になってくると忠陽は考えていた。
それから会議はどう戦うかではなく、互いの利益をぶつけ合っていた。主任理事校が変わるということはその学校の統治までもが変わる。今まで翼志館のなかではお互いの利害ために目をつぶってきたことでも、次の主任理事校はそれを良しとするかは分からない。そうなると、生徒会はタダの伝言板と成り果て、それで精神を病む者も出てくるのだろう。海風高校の元生徒会長のように。
忠陽は海風高校の生徒会長代理の顔を見ると、議論には参加せず、ただ不安げに座っていった。それを見る限り、やるせない気持ちになる。
こんなもの、誰が幸せになるのか。ただ戦わされて、心が傷ついていくだけだ。
怒りにも満ちた思いが忠陽の拳を強く握らせる。その思いに鞘夏は気づいたのか。忠陽の腕の裾をそっと掴んでいた。
忠陽は鞘夏を見ると、鞘夏も不安そうな顔をしていた。
「これじゃあ、拉致が開かないわ。戦う以前の問題よ!」
祝園は大声を上げる。
戸次もそれに賛同し、竹中に問う。
「だな。竹中、どうする!?」
竹中はいつもの飄々とした顔を崩さなかった。
「そうだね。ここで問題になっているのは一つの不安だと思っている。絹張くんが指揮を執れば負けるのではないか? 皆、それでいいかな?」
その配慮のない言葉に、母里は苛つきを顕にしたが、属校の殆どの人間は頷いていた。絹張はその圧力に、さらに物言わぬ貝となっていた。
「君たちは勘違いをしている。百戦して百勝するわけじゃない。僕だって、負けるときはある。僕だからという理由で勝てる見込みがどこにあるというのかな?」
属校の連中はそれぞれ苦い顔をする。母里は背中を押されたようにデカい態度を取るようになった。
「つまり、指揮を取るのが僕であるかは関係ないとうことだ。それは君たちも同じだろう? 君たち代表者の首がすげ変わろうとも、結果は同じかもしれない。文句を言いたい奴がいれば言わせておけば良い。ただし、やれるならやってみろと言い返せ」
竹中の言葉に誰もが笑顔を浮かべる。忠陽はこういうときの竹中は本当にリーダーとしての資質があるのだと感じた。
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