第十話 深淵はゆっくりと動き出す
薄暗い部屋の中、玉座があり、そこには老人が座っていた。老人は無数の管が繋がれている。周りには薄水色の溶液が入ったガラス管が無数にあり、その中には少年、少女たちが入っていた。
玉座に座っていた老人は十二天将が一人、奪失の紅亜からの報告を聞いた。
「以上、今回の損害となります。これにより本計画の進行が妨げられることはありませんが、人工的な妖魔生物を作り上げる計画は困難になりました。また、計画の責任者である倉間は葛城良子率いる呪術特科連隊第一中隊によりその生命を落とし――」
「もうよい。最後の最後まで使えぬやつであった」
「はい、主様の仰るとおりでございます」
「これで、中央の目をこちらに向けさせるつもりだろうが、もう手遅れよ」
「はい、主様。神祇庁でも事前の工作通り、軍部の独断によるものと批判が高まっております」
「だとしても、あの佐伯刃兵衛は気にせぬ。さも無能を装いながら、事を勧めるであろう。奴にはさんざん煮え湯を飲ませられたわ」
「ご心痛お察し致します」
老人が手を払うと、紅亜は一歩下った。
「忠臣、報告せよ」
薄暗い部屋の奥から忠陽の父である忠臣が顔を覗かせる。無表情の顔に青い光がともされ、その顔は冷徹な男にも見える。
「はい。本日、学戦リーグの全日程が終了致しました。優勝したのは神宮由美子率いるチーム五芒星。二位がチーム臥竜、チーム美周郎。四位がチーム武帝となります」
「そんなことを聞いているのではない。この馬鹿者が!」
呪術を帯びた杖が、鞭となり、忠臣の顔を引っ叩く。
「申し訳ございません」
「呪術の才あるもの、素体となるものを報告せよ」
「はい。我々の独自の調査としては、神宮由美子、周藤公朗、竹中亮、この者は呪術に才があり、特に竹中は天野川流兵法の奇門遁甲の陣を概念呪術として独自に開発した才能がございます」
「ほう、概念呪術としてか。それは面白い」
「ただ……」
老人は眉間にシワを寄せる。
「なんだ」
「今大会における呪術優秀賞を獲得し、神祇庁への呪術体系への――」
「愚か者!!」
老人は立ち上がり、何度も呪力で使った杖で忠臣を殴りつける。次第に、忠臣のこめかみから血が出始めた。
「貴様は何をやっている! そのための統括部長であろう!」
「申し訳ございません。私は呪術体系への検討要請は強く反対したのですが、他の委員会のものが分からずに……」
「ならば、其の者らを排除せよ!」
「は、承知致しました」
「倉間の件は分かっていたことだが、貴様がここまで無能だとは……。呪術さえ使えず、儂の温情あっての今の地位、忘れたわけではあるまいな!?」
「はい、承知しております」
「ならば、儂に尽くせ。お前以外のものはその地位に見合った功績を上げておる。お前はいつまで無能のままで居るつもりだ!?」
「申し訳ございません」
老人は忠臣の謝罪を見て、諦めた。
「もう良い。儂がお前に期待したのが全てもの間違いだ。紅亜、忠臣を補佐せよ」
「かしこまりました。主様」
老人は歩き出し、後ろにあるガラス管の中身を覗き込む。そこには少年がおり、かすかに息をしているようだった。
「忠臣、器の方は抜かりないな」
「はい。順調に……」
「ならば良い。下がれ」
老人は怒ることに疲れたのか、玉座に戻り、深呼吸をしていた。
「この世はままならぬ」
老人は目をつぶり、そう言った。その顔は安らかであり、穏やかな顔をしていた。
忠臣が玉座の間から離れると、タイミングを見計らったように紅亜が忠臣に抱きつく。
「痛かったでしょう? 私がその痛みを貰うわ」
紅亜が忠臣のゆっくりとこめかみを舐めようとしたとき、忠臣は紅亜を突き飛ばす。
「痛~い。なにするの急に」
「私はお前のような娼婦と関わり合いを持つ気はない」
その顔を見て、紅亜はせせら笑う。
「やっと、感情を見せてくれた。主様の前では鉄仮面を装えても、奥様の前ではそうはいかないわよね?」
忠臣の顔はいつも通り無表情だった。その冷たい顔に紅亜は蛇のように絡みつく。
「女はね、他の女の匂いに敏感なの。貴方が奥様を信じていようとも、奥様は違う。人間の心は簡単に壊れるものなのよ」
「くだらんな。アレは私のことを好いてはいない」
「そうかしら。私は貴方の中に奥様の深い愛が見えるわ。たとえどんなに離れていても、あなたを深く愛している。だから、私は……」
紅亜は忠臣の耳元で言った。
「壊したくなっちゃうの」
「ゲスの極みだな。同じ人間として嫌悪を感じる」
「あら、私を人間扱いしてくださるの? 私、これでも自分が壊れてることぐらい自覚しているわ」
「ならば、その舌を切り落とす方が良さそうだな」
「やってご覧なさい。あなたにできるのであれば♡ 私はいつでも痛みがほしいの。私を犯してほしい。私は人の痛みも、自分の痛みも全てが快楽になる♡」
忠臣は紅亜の絡みつく手を解き、自らの乱れたスーツを整える。
「確かにそうだな。貴様はタダの醜悪な化物だ」
忠臣は青暗い空間をひたすら歩いていった。その後ろからは不気味な女の笑い声がずっと木霊する。
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