第十話 懇親会 その三
由美子は樹と遠山に無理やり良子のもとへ連れて行かれると、そこには真と浩平が居た。
「来たか」
樹は由美子を引き渡すと、すぐにそそくさと何処かへと逃げ去った。
由美子はあの女と声に出さないで憎しみの念を放った。
「ゆみ、お前は後だ。私の隣に座っていろ」
由美子は顔を引きつりながら、良子の隣に座った。
「総将!」
良子が大声を出すと、腕相撲している中から総将が抜け出し、良子の元へと駆け寄る。
「なんだよ、良いところだったのに」
「そんなのは後でも良い。まずはこいつらからだ」
総将は鼻で深い息をする。
良子に見られ、真たちは背筋を改めて伸ばした。
「そこの二人、松前と遠山は私の隊を希望していたな?」
「イエッサー!」
二人は声を張り上げ、答えた。
「我が隊は見ての通り、ボンクラどもの集まりだ。見てみろ、こんなにも羽目を外している」
「いえ、楽しい隊だと思います……」
浩平が小さな声で言った。
「なんだ、聞こえないぞ!?」
浩平は腹の底から声を出す。
「とても楽しい隊だと思います!!!!」
その声は店中に広がり、辺りに静寂をもたらした。
「そうか。だが、我が隊は他の部隊とは違う。赴く戦場は地獄だ! それでもいいのか!?」
「はい!」
「はい!」
浩平と遠山ははっきりと返事をする。
「本当にその覚悟はあるのか!?」
「イエッサー!!」
「戻れるなら、今だぞ?」
「覚悟は決めています!」
遠山が答えた。
「よし分かった。その言葉、忘れるな。総将、あのクソジジイに伝えろ。松前浩平、遠山茉莉花、両名は今日から我が隊に入隊をさせる。卒業後は研修なしで、我が隊の訓練に参加だ。いいな?」
「はいはい。分かったよ。ねじ込めばいいだろう?」
「今回の件で、そのぐらい出来て当然だ」
総将はため息をつく。
「よし、お前ら可愛がってやれ!」
そうすると、ビリ―達はニコニコして、浩平を持ち上げ、恵理達、女子隊員は遠山の両腕を掴み、店の中央へと連れていき、シゴキという名の筋トレを始めた。
「武真、体は大丈夫か?」
「は、はい!」
「そうか。ゆみが極光をわざと反らしたとはいえ、体には何らかの影響が出るかもしれない。もし、何かあったらすぐに軍病院に行け。一ヶ月は燈を居させるつもりだ」
「はい、わかりました」
「貴様は皇国軍大学校に入る予定だったな」
「はい!」
「実技なら今大会での成績でそのまま試験なしで通過できる。だが、座学はどうにもならない。ある程度は口利きはしておいてやるが、お前の実力次第だ。希望の学科は?」
「戦略・戦術研究科になります」
「そうか。あそこには私の知り合いは少ない。総将や瀬島を頼るといい。総将、たまには顔を出してやれ」
総将は手を上げる。
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
「なら、行け。お前も可愛がってもらえ」
「イエッサー!」
総将が真の肩を掴み、揉まれている浩平の元へ送り出そうとした時、良子が総将を止める。
「八雲を呼べ」
「はいはい」
そのことを不安に思った由美子は自分の手に力を入れる。
「ゆみ、顔を見せろ」
良子は由美子に迫る。
「急になんですか?」
由美子は良子の手を払い除けるも、良子はしつこく由美子に顔を見ようとしていた。
「良いから見せろ」
由美子は渋々従った。その様子は医者のごとく、何か検査をしているようだった。
「ゆみ、わたしがどう見えている?」
「本当にどうしたんですか? 良子さん……」
良子のいつもになく心配そうな声で由美子は不安になった。
「何やってんの?」
八雲の間の抜けた声がして、良子の対面に座った。
「いいから、答えろ、ゆみ」
「いつも通りですよ。でも、不安そうな良子さんが見えます」
良子は何か安心したかのように由美子から手を離す。その光景を見て、八雲ため息をつく。
「良子さん、過保護すぎ」
「お前は無神経だからある程度問題ないが、ゆみは繊細だ。力の解放の副作用は用心するに越したことはない」
「あのさ、おれも繊細なんだよ。そこんとこ、よろしく」
「二人共、何を言っているの?」
不安そうな由美子。
八雲は鼻で息をしながら話しだした。
「ゆみ、極光を使った時、何が見えた?」
「いいにくいけど……。世界がマナで溢れていた。それで、私が弦を弾くと、私の思い通りになる世界が何度も見えた……。ちょっと違うかも、私が思うことを書き込んでいく感じ……」
「それが神宮の術だ。空間転移も、時空術も、自らが思うように世界を存在させる。無から有を。有から無を。お前はその一端を掴んだ。だけど、その力はこの世界に干渉する力だ。その代償は大きい。呪術師としてこの意味は分かるな?」
由美子は八雲の問いに頷く。
「お前は神宮としてやっと入口へと入った。だが、その奥まで入れたものは数えるしか居ない」
八雲は真剣に話していた。
「誰なの?」
「玲奈だ」
良子の目は悲しそうだった。
「おばさまが!?」
良子がこの名前を口にするときはいつも悲しい顔をする。玲奈とは暁神無の母親であり、葛城良子にとっては血の繋がらない最愛の義妹であり、生涯忠誠を誓った人間だった。
「玲奈が、体が弱かったことを知っているな?」
良子の質問を余所に、八雲は酒を作り始めた。
「はい。暁の里でもずっと寝ていたことを覚えています」
「あれは、代償だ。玲奈は見えすぎた。人の未来、この世の在り方、あいつはそう表現していた。その力に体が耐えきれず、体が蝕まれ、死んだ」
八雲は酒を良子に渡した。
「俺がそれを知ったのは随分あとになってからだよ。静流さんに聞いた。いっつも、俺が神無と喧嘩しているのに、元気よく喧嘩両成敗されてさ。そんなに悪いとは知らなかった」
「あれはお前が神無に因縁を吹っかけていただけだろうが」
「あれ、良子さんは俺よりも神無の肩持つのか?」
「それは当たり前だ」
八雲は口を尖らせる。
「ゆみ、もし、なにかおかしいと思ったら、すぐに連絡しろ。必ず何とかする」
いつも良子とは違い、口数も多かった。由美子はそれだけ心配しているのだということが悟った。
八雲は酒に口を付けながら言った。
「始まりはマナを思うように動いてくれるんだ。それがだんだんと、マナが未来を見せてくる。その時はもう赤信号だと思ったほうが良い。未来は良い未来でもあり、悪い未来でもある。それで段々と心を蝕んでいく」
「兄さんは大丈夫なの?」
由美子は八雲のことが心配になった。その由美子の顔が八雲は嬉しかった。
「俺か? 俺はもう平気だ。ただ、たまに薬は飲んでる。スゲーたけえ―奴。燈の野郎。ぼったくりなんだよ。あいつ、診察したときになにか言ってなかったか?」
「肝心なの受け入れられるか、どうかだって……」
八雲は再び酒を飲む。
「そういうことだ。俺にだって受け入れられないことだってある。だから、あいつらは見せてくるのさ、その先を。それは可能性の一つかもしれない。現実に起こることもあれば起こらないことだってある」
「神無兄さんも、見えているの?」
「なんで、あいつのことを聞くんだよ……」
その冷たい反応に良子は目を細めて、八雲の足を蹴る。
「いってぇ!! 何すんだよ!」
良子の顔はで答えてやれと言っていた。
「はいはい、分かりましたよ! 言えばいいんでしょう、言えば!」
八雲はぶっきらぼうに話し始めた。
「あいつは見えているよ。しかも俺達よりもはるか先だ。そもそも、精霊術なんてつかえるんだから当たり前だろ。だけど、あいつはそんなことを気にしていない。だいたい、あいつは天才なんだよ。なんでもできるんだ。天才様の脳は可笑しいだよ。それが苦とも思っちゃいねえ。どうだ、これでいいいか?」
由美子は苦笑いする。
「だから、ムカつくんだよ。なんでもできて、人に頼ろうともしない。自分の悩みを自分で解決する。スーパーパーフェクトヒューマンですよ、あいつは!」
「久遠は無の事象から有の事象を産み出す奥義だと言われている。謂わば、無窮に広がる世界からその事象を有りとして書き換える術と玲奈は言っていた。概念を固定化する術といえば良いのか。玲奈はその逆も使ったことがある。事象をすべて無くす術。その術を破ったのが、神無の父親だ。その二人から生まれた神無はそのことを子供の時から理解していた。だから、八雲が妬むのは間違えだ」
「うるせーな。おれはどうせ一般人レベルですよ」
「そう僻むな。お前は天才だ。お前の父親以上に力を持っている。比べる相手が間違っているということだけだ。お前は、私の隊で、一番の誇りだ」
八雲はまんざらでもない様子で小声でボヤく。それを見て、良子も由美子も笑っていた。
「さあ、ゆみ。遊んでこい。……いい仲間を持ったな」
「はい。私の大切な友達です」
良子はいつになく楽しそうな顔をしていた。
由美子が席を外すと、良子は寂しげな顔をしながら、八雲に言った。
「賀茂を呼んできてくれないか?」
「なんだ、もう認めたのか? おれは認めてねえ」
「誰が認めてるだと? バカも休み休み言え。ゆみは私達の大切な姫だ。あの男にやるつもりはない」
「へ、今日は随分喋るじゃん」
「そうだな。酔っているらしい。それよりもさっさと呼んでこい」
「へいへい。下っ端は苦しいですね」
そのヘラヘラとした歩き方を見て、良子は八雲の尻を蹴り飛ばした。
「痛えな、蹴ることないじゃんか!」
八雲は会場の全員に笑われていた。
「八雲、未練がましい男は嫌われるぞ!」
良子は上機嫌で大声を上げる。
「お、姐さん、ご機嫌だな!」
ビリーは楽しげに言った。
「おい、お前たち。酒が飲み足りないじゃないのか!? 咲耶! この店で一番いいワインを持って来い! 次の腕相撲で負けたやつはそれを飲め!」
良子の言葉に隊員たちは指笛を鳴らし、音頭を取り始める。
伏見は遠くからワイングラスを片手に祝杯を上げていた。
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一軒目の焼肉店が終わると、学生たちも居たため、二軒目はカラオケに入っていた。そこでも盛大に祝杯を上げ、歌会で大盛り上がりをした。それぞれ一曲歌わされ、飲んでという具合に忠陽たちは常に笑って、楽しんでいた。
時間も午後十時がすぎると、学生たちを返し、大人たちはさらに店を変え、飲み会を続けていた。ここで良子は宿舎へと帰った。三次会では涼井と藤、中田の飲み比べ大会が始まり、その余波を食らった奏はここで記憶をなくしたという。三次会が終わると、時刻は零時を超えており、涼井は泥酔状態だったため咲耶が家まで送ることになった。藤だけは伏見に絡み、もう一件行こうとしつこかった。そのため、伏見と総将は付き合うことにした。
四次会とも言われる飲み会はたまたまあった屋台に入り、おでんが出される前に藤は眠ってしまっていた。
「寝てるのか?」
総将が伏見に尋ねた。
「そうみたいやな。そんなにお酒が強くないのに」
「そうか? 中田が負けるのを見たのは初めてだぞ」
「そんなに蟒蛇なんか、あいつ?」
「ストレスが溜まってんだよ。小隊長殿は……」
「まあ、根が真面目やからな……。八雲みたいなのがちょうどええ。自分を天才だと思ってるくらいが」
「だな! あいつは見ていて、楽しい」
伏見は総将の空いたおちょこへと酒を注ぐ。
「へい、おまち。大根二つ」
店主が大根を並べる。
「なによ! 京介のバカぁ!」
うわ言のように藤は言っていた。伏見はその寝言を聞いて、総将と顔を見合わせて笑い、乱れた髪をかき分ける。すると、藤はその手払い除けた。
「もう分かってるわよ。いつまでも学生のままじゃないんだからね!」
ぐにゃぐにゃと言いつつ、寝相を変えた。
「いつもこんな感じか?」
総将は伏見に聞く。
「まあ、二人で飲んで酔いつぶれたときはな」
「そうか。お前も苦労してるな」
「そんなでもない」
総将は空いた伏見の盃に酒を注ぐ。
「なあ、辰巳。戻ってこないのか?」
「今更、何を……」
「六道は俺が何とかする。あの頃みたいに一緒にやらないか?」
「担ぐべき神輿がなくて、どうすんねん」
「神輿は未だある」
「神無は戻ってけえへんで」
伏見が酒を飲み干すと、総将はまた注いだ。
「なら、その先でもいい」
総将が酒を飲み干すと、伏見がまた注いだ。
「洵からは話が来ている。新しいカタチを作るっていう話。俺は、ジジイと同じでどうもその気にはなれない。だが、お前となら構わないと思ってる。それが神無の子供であろうと、担ぐ神輿さえあればな」
伏見は盃を止めた。
「神無に子供がおるんか?」
「さあな。だが、何れはそうなるだろう」
「誰や?」
「ゆんちゃんだよ」
伏見はくいっと酒を飲み干す。総将は酒を注ぐ。
「バカも休み休み言え」
「そうか? 俺はそうなると信じてる。ゆんちゃんは必ず神無を連れ戻す。その時が復活だ」
祝杯を上げるが如く、総将は酒を飲み干した。
「滅ぶべくして、滅んだ。それが暁や。今更なにを……」
伏見は総将のその盃に酒を注いだ。
「お前はなんでここに居続ける? 賀茂のためか?」
「それはある」
「なら、賀茂が居なくなったらどうだ?」
「いや、俺はもうここでええ」
「何故だ?」
「俺には割と教師という気質が合ってるらしい。それに…………」
「それに何だ」
伏見は藤の頭を撫でていた。
「見守りたいものも、あるんや」
総将は鼻で笑い、藤の方を見ると、藤の耳がさっきより一段と赤いことに気づく。
「そうか。どうやらお前も、相当酔っているらしいな」
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