第十話 懇親会 その一
十八
閉会式は淡々と終わり、忠陽たちが自由になったのは午後六時ごろだった。総合体育館の前で談笑しながら、伏見を待っているとヘラヘラとした笑みを浮かべたサングラス、片腕のない男が忠陽たちにやってきた。
「皆、お疲れさん。最後の最後まで姫のせいで負けると思ってたでえ」
「なによ、その言い方!」
由美子は伏見に睨みつける。
「いや、そうやろ。賀茂くんのお陰で皆が腹を括ったから良かったけど、あれがなきゃ、僕のボーナスもおじゃんやったわ」
「伏見先生!!」
藤がいつにもなく伏見に大声を上げていた。
「で、どうやったんや? 楽しかったか?」
その言葉に忠陽たちはげんなりとした顔をする。
「正直、もういいって感じよね……。あんな思いして戦うのは」
朝子は遠い目で言った。
「作戦がなければやりやすいんだけどよ……」
大地はボヤく。
「このチームをまとめるのが大変だったわ……。最後の最後は賀茂くんだって反対するし……」
由美子の言葉に忠陽は苦笑いする。
「なんや、楽しくなかったんか?」
「楽しかったです!」
忠陽だけがはっきりと答えた。
「まあ、ボンがそういうなら、そんなんだろうな」
「最後は良い形にはなったし……」
「そうね、楽しいか、楽しくなかったかと言われれば、色々あったけど楽しかったわ」
「忠陽くん以外は素直やないなー」
伏見の言葉に葉や典子、藤も笑っていた。
「それで、高級焼肉行くんやろ? 藤くんの奢りで!」
伏見のいやらしい笑顔を見て、藤は絶句する。大地、典子、葉は大喜びしながら踊った。
「ふ、ふ、伏見先生。そのことでちょっと相談をしたいんだけど……」
「確か、店は焼肉将軍やったな? いつも涼井くんと一緒に行っているところ」
伏見は藤に聞いた。
「あの、伏見先生?」
「タクシー呼んでおいたから、はよ、行こか?」
「伏見先生!?」
伏見は藤の問いかけを無視しながら、忠陽たちとともに意気揚々とタクシー乗り場へと向かった。
「きょおーすけーー!!!」
高級焼肉店、焼肉将軍に着くと、藤は諦めたようで肩を落としながら店内に入る。
店内は西洋風のモダンな装飾であり、焼肉店というよりは洒落たレストランのようにも思える。受付ロビーは広く、二階までの吹き抜け構造がここで食べたいという食欲をそそらせる。
ロビーでは困り顔の涼井とチーム武帝とチーム臥竜の面々がおり、真と竹中は同門の同士で仲良く話していた。チーム臥竜には担当教員の赤塚がおり、伏見を見た瞬間苦い顔をしていた。
「いやー、遅れてごめん!」
忠陽たちの後ろから大きな声で伏見に呼びかける男が居た。
チーム美周郎の担当教員である宗丈尚と、その後ろにはチーム美周郎の面々が居た。
「別にかまへん。僕も今来たところや」
「宗先生、どうしてここへ?」
藤は宗に聞いていた。
「いや、伏見くんから生徒たちのために懇親会を開こうという提案があってね。二つ返事で来てしまったよ」
宗の高らかに笑いながら、答えた。そのことに藤は戦慄する。
「あ、これはこれは赤塚先生に涼井先生じゃないか? 二人共、伏見先生に呼ばれたのかい?」
「まあ、そうですね。生徒たちのためと思えばこそですよ」
赤塚は不満そうな顔をしていた。
「私は、別で、予約をしていまして……。ただ……」
「ただ?」
宗は聞き返す。
「どうも、貸切になったみたいで、私達の予約がキャンセルになったみたいなんですよ……」
「え~~!! じゃあ、私達のも……」
藤は青ざめ始める。
「きょ、きょ、きょ、京介! ど、ど、ど、どうするのよ!?」
「そんなん気にせんでええよ」
伏見がそう言うと、奥の方から八雲が出てきた。
「なに、ロビーで突っ立ってるんだ? 早く入れよ! 主役が居なきゃ、始められねえだろ?」
藤はその顔を見て、目が点になる。真や浩平、遠山は急に背筋が伸びた。その反応に竹中は笑っていた。
「なんで、兄さんがここに居るのよ!?」
由美子が大声を上げる。
「そんな決まってんだろ! かわいいゆみちゃんを、い、わ、いに、だろ?」
「シスコン……」
朝子が呟く。
その八雲の後頭部を総将が叩いた。
「痛ぇ! 何すんだよ!」
「面倒くさいことにするな!」
「佐伯三佐!!」
真、遠山、浩平が口を揃えて驚く。
「全員、速く中に入れ。俺達の祝勝会を含め、お前たちの懇親会をするぞ」
生徒たちが一斉にえーっと叫ぶ。
「ど、ど、どういうことですか? でも、貸切だって」
藤は自分の中の財布のお金から音がなくなるのを想像していた。
「伏見から聞いていないのか?」
総将の疑問に全員が伏見を見る。
「あれ、言ってなかったっけ? 今日は八雲の奢りで貸切って。やから、存分に高級焼肉食べ放題や」
「聞いてない!」
藤は伏見に詰め寄る。
「ほなら、藤くんが出してくれるんか?」
「いやいや、そういうことじゃなくて!」
「藤先生、いいじゃありませんか。育ち盛りの子どもたちがお腹いっぱいに食べられる。それに生徒たちの仲を取り持つなんて素晴らしい」
「宗先生!?」
その笑顔を見ると、この人は最初から知っていたと藤は悟った。藤はすぐに赤塚と涼井の顔を見ると、赤塚が嫌な顔をしていた理由に気づく。涼井はその眼鏡を揺らしながら、知っていましたと言っているため論外だと思った。
「ほら、入れよ。肉食わせろってうるせえんだよ、奏が!」
「ふざけんな!」
部屋の奥から八雲に罵声が浴びせる。
生徒たちが中に入ると、皇国陸軍第八師団特殊呪術連体第一中隊の面々がまばらに座っていた。その中には仏頂面の中隊長葛城良子、今大会の協賛企業の副社長一条咲耶の姿もあった。
八雲は生徒たちを適当にバラけさせると、宴会会長であるビリ―・シンが今日の宴会会長と襷を掛けて、現れた。
「おーい、乾杯をするぞ。来てそうそうすまないが、グラスに飲み物をつげー。あ、子どもたちはお酒はダメだからな! お酒は二十歳になってからってのが、この国の法律だ! 部隊のやつらは麦ジュースを飲んでるからな」
生徒たちに苦笑される。
ビリーは一同のグラスに飲み物が注がれていることを確認して、話を始める。
「それでは皆さん、お疲れ様です。あなたもあなたも、今日までご苦労さまです。生徒諸君は俺達と懇親会を持ったってことは内緒な。先生たちも厳しいこと言われるから」
忠陽たちは頷いた。
「まあね、君たちは今日まで戦ってきたけども、今からは好敵手と書いて、友と呼ぶってな感じでね、お互いこれからの学校生活を楽しんでいきましょう! でも、そんな中でね、これの俺が気になる女子高生の皆さんは、後で連絡先を交換してくれればなっと!」
「キモっ!」
朝子は普通に言葉が出た。そのことに皆、笑っていた。
「おい、氷見! 俺はお前の連絡先ゲットしてないぞ! 後で必ず教えろよ!」
「うるせー! とっとと引っ込みやがれ!」
「おい、平助! てめえは後で女子高生の連絡先を聞いて、俺に教えろの計を与える」
「さっさと進めろよ……」
八雲がため息をつく。
「お、これ以上話とビールの泡が無くなってしまうので、乾杯と行きましょう! それでは皆さん、ご一緒に! かんぱーーーーい!!!!」
全員、コップを頭上に掲げて、ビリ―に続く。乾杯の掛け声とともに少し呑み、拍手をし始める。
「それでは、皆さん! 焼くぞ!」
「おお!!」と返事が帰ってきて、それぞれの席から肉を焼く音ともにいい匂いが漂い始めた。
藤はそそくさと席を外し、八雲に近寄り、小さな声で聞いた。
「あ、あの、八雲さん。いいんですか?」
「何が?」
「貸切で奢りって……」
「あー、気にしなくてもいいよ。代金は俺達で持つから。あんな仏頂面してるけど、あれで喜んでるんだぜ、良子さん」
八雲は笑っていた。
「実はさ、昨日、伏見から連絡があったんだよ。どんな結果にせよ、決勝リーグのメンバーで懇親会を開けって。まあ、一応良子さんに話してみたらさ、貸切でやれってんだから」
藤は良子の顔を見て、笑った。
「あなた達には甘いんですね」
「そうか? おれはいつも小言を聞かされてるけどな。まあ、この会場の手配は咲耶に頼んだ」
藤は咲耶を見ると、咲耶は視線に気づき、藤に手を振る。藤は苦笑いしながら、頭を下げた。
「もしかして、ここは……」
「そ、一条財閥の運営企業の一つ。藤先生、よくここに来るって聞いたけど、株主優待とか貰えば? 咲耶なら普通にあげるぞ」
「いや、止しておきます」
「ま、そういうことだから気にしなくてもいいよ。俺の給与から引かれても別に構わないし。危険手当で溜まる一方だから」
藤はその意味を考えると、本当にいいのか迷った。
香ばしい肉の香りはどんどん広がり、その元がなくなればどんどん追加される。食べ盛りなのは大地、黄倉、甘利、亜門。この四人がいる席はその肉がどんどんなくなり、次から次へと頼んでいて、厨房が慌ただしくなっていた。
この四人以外にもその席だけ、異様に消費が早い席がもう一つあった。それは絹張がいた席だった。絹張はモキュモキュしながら淡々と食べており、けしてペースが速いというわけでもないが、胃袋が無尽蔵にあるのかというぐらいに食べていた。それを面白がり、樹はどんどんと肉を注文していく。絹張が食べたのは上カルビ十人前、ミスジ十二人前、厚切り上牛タン五人前、上ロース五人前、厳選ハラミ十三人前、ホルモンの盛り合わせ五人前、ご飯三杯、キムチの盛り合わせ二人前、野菜の盛り合わせ三人前、石焼ビビンバ一人前、牛寿司十貫、卵スープ二杯と食べた後でもそれが体のどこにあるのか分からないくらいだった。それでも、絹張はデザートさえ平らげようとする。
「絶対太る! あれは三十過ぎてから太るわ!」
中田は藤と涼井にそう訴えかける。今日の中田はお酒をかなり入っており、先に涼井が藤に絡み酒をしているのを見て、中田も仲間に加わったのである。
「いい、あなた達! 三十なんてもうすぐよ! 速くいい男を見つけなさい!」
「恵理さん! 私、どうしたらいいのでしょうか!?」
涼井は中田に泣きつく。
「何! あんた、いい男でも居るの!?」
「学生の頃から好きな人がいて、その人が振り向いてくれないんですぅ!」
「あんたね、フラれたクセに未練がましいのよ!」
藤は涼井に言う。それを聞いた中田は目を細めて二人を見る。
「なに? 涼井が好きなのは、辰巳くん!? まったく、あんな男のどこが好きなのよ!?」
「辰巳? 誰ですか、その人?」
「ったく、あの陰険な野郎のどこが言いわけ!? 藤ちゃんもそうだけど、今回もどんだけ腹黒いか、思い知ったわ!」
「辰巳って誰なんですかぁぁぁ?」
「あそこに座っている伏見京介のことよ」
咲耶は女子トークの臭いを嗅ぎつけて、藤たちの席に移ってきた。
「六道辰巳。彼の本名よ。知らなかった?」
藤は咲耶が涼井にそれを教えたことが不満だった。それを聞いた涼井は藤に絡んだ。
「あんた! 知ってたの!?」
藤は黙った。
「知ってたんだ! この泥棒猫!」
「私が教えてたのよ。彼の経歴を」
咲耶は悪魔の笑みを浮かべていた。
「なら、私にも教えて下さい!」
「それはダメね」
「なんで、ですかぁ!?」
「さあ、なんででしょう?」
咲耶は藤に対して言っていた。
「二人共、辰巳くんだけは止めときなさい! あの男はね、人を食ったような性格をしているでしょう? あんなのが夫になったことを想像してみなさい。サプライズとかいって、借金を作ってきたり、はたまたDV、DV! ドメスティックバイオハザードよ!」
「恵理さん、それ、ヴァイオレンスの間違え」
咲耶は冷静に訂正した。
「いいのよ! そんな細かいことは! 私が言いたいのはあの男に騙されてはいけないってこと!」
「私はそれでもいいんです! 私は彼が何者であろうと受け入れられます!」
「あらあら、本気みたいね、涼井先生は」
「はい!」
その姿を見て、いつかは鞘夏たちもああなるのかと思うと忠陽は恐怖を感じた。
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