第十話 戦いのあとは静寂が訪れ、次の戦いへ
十七
由美子が目覚めたのは試合が終わって二時間後のことだった。消毒の臭いがする病室は初めてのことであり、そこがどこだか分からなかった。徐ろに首を傾けると、そこには制服姿の鞘夏がいた。
「おはよう、神宮さん。気分はどう?」
優しい声が耳に入ってきて、誰かが分かり、その人の顔を見ようと、体を起こそうとする。すると、また頭痛がし、頭に手を添える。
「無理しちゃダメだよ。気絶してたんだから……」
由美子を支えようとする忠陽の手を取った。
「賀茂くん……」
「なに? 神宮さん?」
その優しい笑顔を見て、由美子は胸が一瞬締め付けられる思いがし、忠陽の手を突き放し、顔を背けた。
忠陽は急なことで鞘夏の顔を見ると、鞘夏は忠陽から顔を背け、口を真一文字にしていた。忠陽は二人の反応に困り、人差し指で頬を掻いていた。
由美子は何かを思い出したのように忠陽を向き、言った。
「私達、勝ったのよね!」
忠陽は一度顔を伏せると、鼻で一呼吸し、答えた。
「ありがとう、神宮さん。僕との約束を守ってくれて」
由美子は時が止まったように動きを止める。そして、何か思ったのか顔を俯けると、すぐに忠陽に飛びつく。忠陽は急なことで驚いた。
「やったのよね! 私達! 勝ったんだ!」
由美子は大声で喜び、泣いていた。
「じ、じ、神宮さん、落ち着いて!」
忠陽は眼の前に居る鞘夏の視線が痛かった。
「やったよーー。私たち勝ったんだよー」
由美子の大声は病室の外にも聞こえており、チームメイトたちが押すように入ってきた。
「なに、大声で泣いてんだよ」
大地は小憎たらしそうな顔をしながら、由美子に言い放つ。その右腕はギブス付けられ、そのギブスに典子の字で使用禁止と書かれていた。
「お姫様らしくないわね。そんなに嬉しいわけ?」
いつものように意地悪な言い方をする朝子は機嫌が頗る良いようだった。
「あなた達!」
由美子は二人の無事な顔を見て、安堵した。
「由美子、賀茂に抱きつくなんて、もしかして惚れた?」
葉は楽しそうに鞘夏と由美子を交互に見ていた。
由美子はそのことに気づき、忠陽を押し飛ばした。
「ひどいよ……神宮さん……」
忠陽は痛みを堪えながら、もう一度椅子に座った。
「おいおい、賀茂。俺はゆみをお前にやるつもりはないぞ。俺を倒せるぐらいの男じゃないと嫁には出さん。だがら、挑戦はいつでも受けてやる。掛かってきていいぞ」
「兄さん!」
八雲の一言で明るい笑いが起きていた。
「どけ、このシスコン!」
八雲を蹴り飛ばし、由美子の側に四鏡燈が近づいた。
「起きたのなら検診をする」
「おい、燈! 退かし方ってものがあるだろうが!」
「うるさい! 他の奴らもさっさと外に出せ。妹の裸を見られたくないなら」
八雲はすぐに飛び起き、忠陽たちを外へと出す。
静かな病室で燈の指示通りに体を動かし、数分で検査は終えた。
「今のところ、異常はない。今、お前には私がどう見えている?」
「どうって……普通ですけど……」
「そうか。私が人に見えているのなら、その目は元に戻っているな」
「どういう意味?」
「枷を外したものは、総じて脳がその負荷に耐えられず、精神や体に異常をきたす。例え、神宮であろうとそれは逃れられない。肝心なのは如何に受け入れるかだ」
「あの!」
由美子は初めて燈の顔を見た。その表情が人形のように思え、人間かどうか怪しいものに思えた。
「あなた……人なんですか?」
「少しは使えるみたいだな。だが、それで私を見るのは止めたほうが良い。毒だ」
由美子は眉間にシワを寄せる。
「そいつの使い方は父親に聞け。あのバカには相談するな」
燈は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「ちょっと待ってください!」
燈は扉の取っ手を掴むのを止めた。
「私達以外の人は大丈夫なんですか?」
「安心しろ。お前で最後だ」
由美子は武が生きていることを聞いて、安堵した。
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由美子が目覚める一時間前。チーム武帝の一同は浩平の病室に訪れていた。
真は浩平の顔を見ると、いつもの申し訳無そうに笑みを浮かべていた。
「そんな顔をするな。お前はベストを尽くした。その結果であれば受け入れられる」
「すまない、浩平」
「神宮の技は凄かったか?」
「うん、凄かった。僕の技は彼女の技に敗れた。あれは人を超えた技だ」
「そうか。それで、お前は諦めるのか?」
「そんなことしないさ。お陰で天野川流はまだまだ強くなれる。今の僕の目指す場所は、もっと高いところだ」
真の覇気を帯びた意志を見て、浩平は笑う。
「ごめん。二人共……」
遠山の目は充血しており、ずっと泣いていたのだと浩平は思った。
「遠山、泣くな。表彰式では胸を張るんだ。でなければ、下級生に示しがつかない」
遠山は鼻をすする。
「うん。そうする」
「皆、お疲れ様。結果として私達は四位だけど、松前くんが言ったとおり、胸を張って、表彰式には出るわよ。それに後輩たちはすぐに分かるわ。私達が戦った敵は一回目にして最強のチームだったって……」
涼井の目から涙が溢れ出す。涼井はすぐに涙を拭う。
「今日は、ぱーあっとやりましょう! 高級焼肉、行くわよ!!」
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観戦会場は表彰式のための準備に入っていた。それを二階に上がり、竹中と周藤は見ていた。
「神宮の最後の技、お前は見えたのか?」
「いいや、見えなかった。君は?」
「見えたと言いたいところだが……」
竹中も周藤も共に笑っていた。
「あれが高みか。神宮の奴、ずっと手を抜いていたのではないだろうな?」
「それは違う。僕や君に手を抜けるほど、彼女は傲慢じゃない」
「そうか?」
「あれはあの時、彼女が願ったんだじゃないかな?」
「あれは呪術だと言いたいのか?」
「分からない。そもそもあれを今の僕らで理解することはできない。僕はただ、由美子くんは純粋にここまで来れた仲間のために勝利を願った、そう思うんだ」
竹中の嬉しそうな顔を見た周藤は笑う。
「なんで嬉しそうなんだ?」
「だって、そうだろう? 翼志館は彼女によって大きくなり、輝く。僕は過去の存在と成り果て名を知らぬ存在となるが、母校が歴史に名を刻むことが嬉しくない人間はいない」
「お前らしい答えだ」
竹中と周藤が笑う姿を遠くから見ていた絹張は頬を膨らませていた。
「気になりますか?」
絹張は魯を睨みつける。
「結局、あなたも僕も、尊敬する人へあの頂きへ登らせることは出来ませんでした」
魯は優勝者だけが登ることができる表彰台を見ていた。
「ここで今、僕らには共通の敵が出来ました。神宮由美子。その名に恥じぬ力を持つ生徒です。僕らは手を組むべきだと思いますが」
魯は振り返り、絹張へと手を差し出す。絹張はそれを払い除ける。
「何が言いたいの……」
「時期に生徒会長選挙です。彼女の意志に関係なく、彼女は出なければならない。その時、あなたは彼女に勝てますか?」
「見くびらないで! 私は会長の下に居た。選挙戦だって分かっているわ!」
絹張は血相をかいて、会場をあとにする。
「あんまり挑発しないでもらえるか?」
「そうですか。僕は事実を言ったまでですが……」
魯は振り返らず、物陰に隠れていた母里に言う。
「あんたの言いたいことはアイツ自身が良く分かってる。だけど、認めたくない。お前にだって、そういうことあるだろう?」
「僕はそういう事を捨てる決意がやっとできました。そうでなければ、あの神宮由美子には勝てない。僕自身が僕にそう言っているんです」
「そうか、お前も大変だな……」
「あなたもね」
母里は姿を現し、頭を掻く。
「そうだな。お互い、後一年間、楽しくやろうぜ」
母里は絹張のあとを追うようにゆっくりと歩いていく。
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