第十話 漢の意地のぶつかり合い
浩平たちは呪防壁が解けるとさっきまでの慎重さが嘘だったかのように攻勢に転じていた。初めはその場で戦いを繰り広げていたが、浩平の決死の覚悟は大地たちを無意識に後退させ、ついには由美子の近くまで追い詰めていた。
「氷見さん、宮袋くん、それ以上は引いちゃダメよ! 今、二人を神宮さんに近づけさせてはいけないわ」
藤の無線で、初めて自分たちが崖ぷちにいることに二人は気づく。
浩平は目の色を変えて、大地に襲いかかる。一振りの拳が空を切るたびに凄まじい轟音を鳴らす。松島が繰り出す瞬間的な剛拳ではなく、最初から無駄な力が入りすぎているかのようだった。
その拳を大地は嫌いにはなれなかったと同時に玉嗣が言っていたギラギラしていないという指摘を思い出す。
浩平の拳はその一発一発が、殺意の籠もったものであり、それが肌に来る。空を切ってるだけだが、その余波が肌に突き刺さるのだ。
大地は思わず、口が開き、笑みが溢れる。
その笑みが気に食わなかったのか、浩平は動きを止めた。
「何を笑ってる」
「当たり前じゃねぇか。こんな強そうな奴と戦えるんだ。楽しくないわけがねえ」
「くだらん。俺は喧嘩をしてるわけじゃない」
「硬えこと言うなよ。結局はあんたと俺のどっちが最後まで立ってられるかの勝負だろう?」
浩平は構えを解き、うんざりする気持ちでため息を吐いた。その後、顔をあげようとする瞬間、大地に対して手が出ていた。それは大地も同じであり、互いにまた顔を殴り合っていた。
両者、自分の信念を一歩も譲らないという姿勢が踏み込みの足に現れている。互いに脳に衝撃が入るも、足の小指に力が入り、踏み留めていた。
さらに両者は次の拳を繰り出す。拳が頬にめり込んでいるにも関わらず、痛みを無視するかのように再び拳を繰り出していた。轟音が鳴る浩平の拳は大地の腹部を、熱を帯びた大地の拳は脇腹を。互いに苦痛な表情を浮かべながらも、その勢いを止めることはない。
数回打ち合う中で大地は押され始め、その怯みをこの上級生は見逃すはずもない。ちょっと体が浮くのが手の感覚で分かり、そこから両手を拳に据える。
「どこまで耐えられる!? 八九式バレット!」
闘気を帯びた両拳の正拳突きを交互に何度も放つ。拳を突き出したときに闘気は手から離れ、気弾となって大地を襲う。
「うぉぉぉおおおおお!!!」
その気弾は自動小銃の弾丸のように大地を襲いかかり、大地は堪らず防御姿勢を取る。どんどんと浩平から離れていき、その距離は二メートルぐらいになった。
浩平はすぐに腰を捻り、体を低くし、弓張り状態になった。その体制を見た大地は残りの気弾を喰らいながらも無理やり前に出た。
「掛かったな!」
その低い弓張りの体制から防御体制を鳥とりながら、反対方向に体を左に揺らしながら動き、かと思うと、右揺らしながら大地との間合いを詰めていく。
大地はその不規則な動きを見ながら、相手を殴りかかるも、浩平に紙一重で体捻りながらゆらりと躱される。
「貰っていくぞ!」
捻って躱した事によって、フルメタル・バレットの予備動作は出来ており、浩平はそれを一気に解放する。
「フルメタル――」
浩平の拳が放たれようとするその瞬間に大地は背中を反らした。
「バレッ――」
大地はフルメタル・バレットが放たれた瞬間に浩平の顔面に頭突きをしていた。浩平は自身の技の作用により、通常の大地の頭突きの何倍もの威力を食らってしまった。
互いに失神しそうな痛いに堪えきれず、頭を抑えながら、膝をつく。
「頭突き! これは痛そうだ……」
富沢の声に観戦会場からも悲痛な声が上がるなか、会場に来ていた玉嗣だけは笑い転げていた。
「さすが、大ちゃん。そこに痺れる、憧れるぅぅぅぅ!!!!」
浩平は視界が揺らぐ中、立ち上がると目の前の男も立ち上がっていた。
「頭突きとはな……」
「悪いな……。俺は姫さんみたいに品のいい戦いなんて出来ないでな」
「だろうな」
大地はへっと笑い飛ばしながら、自らの身体を焼き焦がすように炎が燃え盛る。
「あんたの技を見ていると、八雲さんたちに教えられたことがどうでも良くなっちまったぜ」
炎の盛り方はチーム美周郎で出した火界咒のような静寂の中で燃え盛る荘厳さはなく、大地の心に反応するかのように若い心が燃えていた。
「ようはよ、自分のやり方で自分の力の最大限を出せばいいんだろう?」
「ああ、その通りだな!」
浩平はここまで来て仕留め損なっていたため、その真っ向勝負を敢えてそれに受けてやることにした。
大地は自らの魔力を振り絞り、拳に集中させ、構えることなく立っていた。
浩平は体制を低くしながら、腰を捻る。
「行くぞ、宮袋! フルメタル――」
浩平は体の反動を使って、勢いよく弾丸のように飛び出す。それを可能にしているのは上半身の強さだけはない。もっとも重要なのは体のバネへと変化させるための強靭な脚力だ。地面はきその脚力が強すぎて、ヒビが入る。誰が見てもこの弾丸は今日一の最高射出力だった。
「バレット!」
大地はヒューと雑音が入る自分の呼吸に気づかないほど、集中していた。浩平が放ったフルメタル・バレットが何億分の一という単位で引き伸ばされた感覚になっており、ゆっくり見えていた。その中ではあのパンチを食らうと痛いだろうなとか、今日の焼肉食えるかなとか、変に落ち着いた気持ちで居た。だが、その中で明確なものが大地の心を燃え上がらせるものがあった。
負けたくはねえ!
大地は目一杯力を入れ、拳を突き出す。
「バァァァニング! クラッシャァァァァァァァァァァ!!!!!!」
互いの意地がぶつかるように、拳をぶつかり合い、光り輝く。その閃光から抜け出た影は二つだった。両者、技の力を受け、吹き飛ばされていた。
大地は住宅を仕切る壁に叩きつけられ、全身に痛みが走る。自身の意地をぶつけた拳は血をだらけになっており、間近で見ると無惨な様相であった。その中で大地はかすかにある意識で呟いた。
「わりぃ。また、負けちまった……」
大地は視界が自然の力が抜け、壁を擦りながらぐったりと倒れてしまった。
「宮袋くん! しっかりしなさい!」
藤の声は大地には届かなかった。
「大地ぃーー!! しっかりしろーー!!」
典子の悲痛な叫びを暗闇の中で聞いていた大地はまた呟く。
「なんだ、また泣いてんのか……」
大地は意識喪失に伴い、呪防壁が発動し、戦闘不能とみなされた。
一方、浩平は空を見上げていた。今までに見たことがないほど、空は穏やかであり、綺麗だった。その景色に気づけなかった自分を自嘲しながら、深呼吸をし、自分の拳を掲げた。
その拳は黒ずんでおり、大地の技によって焼け焦げていた。皮膚は爛れ、赤黒く染まった手は感覚がなく、その手を上げるのもやっとだった。爆発の被害は拳だけでない腕も赤黒く、その余波で肋骨にヒビが入っている可能性が高かった。
「浩――く――! ――平――ん! 浩平くん!」
今にも泣きそうな声が耳元に入る。
「聞こえてるよ、遠山……」
「返事をしろ! このバカ!」
「泣いてくれるのか?」
「当たり前でしょう!」
「松前くん、無事なの!?」
涼井が浩平の安否を確認する。
「無事じゃないです。すごく、痛い」
「何んで冷静なのよ!!」
涼井は身の毛がよだつほど、その返答に焦っていた。
「ランナーズハイってやつですかね」
「走ってないのに、なんでランナーズハイなのよ!」
遠山は大声を上げて、怒っていた。
「遠山。そう叫ぶな。今、アドレナリンが大量に分泌されていて、痛みを和らげてくれているだけなんだから……」
遠山が鼻をすする音が聞こえ、浩平は目を瞑る。
「稔はどうした?」
「悪いな、浩平、真。神宮にヤラれちまった。それにしても、氷見の野郎、俺の身体阻害の術が効かねえどころか、逆に呪力が増しやがった……」
「なんだそれ」
浩平は思わず笑うと、その噂の本人がやってきた。近藤が言うように何故か呪力が始めの頃よりも増していた。
「お前の言う通りだな……」
浩平は鼻で笑うも、肺もやられているのか、変にむせ返ってしまった。
「松前くん!」
涼井が叫ぶ。
「大丈夫です、ちょっとむせただけですから……」
朝子は浩平の状態を見て、痛々しそうに呼びかける。
「あんた、その腕……」
「お前たちの聞かん坊にヤラれたんだよ……」
朝子は口を真一文字にしていた。
「そんな顔をするな。そこは褒めてやるべきところだろ?」
朝子は顔を逸らす。それを見て、浩平は優しいやつだと思った。
浩平は無線で真に呼びかける。
「真、聞こえているか?」
「うん、聞こえているよ」
「悪いが、後を頼む」
「分かってる」
浩平はそれだけを言い終えると、涼井に呼びかける。
「涼井先生、俺はここでリタイヤです。呪具を外したいところですが、片腕が使えなくてできません。そっちで何とかなりませんか?」
涼井は作戦室にいる大会委員に目を向けると、大会委員は頷き、通信を図っていた。
「ここで松前選手、リタイヤです」
富沢は冷静に会場にアナウンスをする。
「まあ、あの状態じゃあなー。仕方ない」
八雲の言葉に総将も頷く。
「残ったのは、チーム武帝は武選手のみ。チーム五芒星は神宮選手と氷見選手。これはチーム武帝が不利な状況だ」
「それはどうかな。この試合で武の攻略が出来たのは賀茂だけだ。その賀茂と同じことをあの二人にはできないだろう。振り出しに戻ったとも言い難ければ、もしかすると不利なのはチーム五芒星かしれない」
「総将、お前は冷たいやつだな。もっと身内贔屓しろよ」
総将は八雲にあきれていた。
「なら、聞く。お前はどうやってあの二人が倒せると思っているんだ?」
「そんなのは分かんねえよ。だけどよ、あの時よりも戦えてるし、俺のゆみちゃんならやってくれるさ」
「お前のシスコンに付き合わせるな。感情的な物言いではなく、解説としてもっと論理的に話せ」
八雲は頭の後ろで両手を組んでいた。
「なら、遠慮なく言うけどよ。武は賀茂のときは術を跳ね返せていたが、三人の分断のときにつかったゆみの飛燕を跳ね返せないどころか、技を切り替えてわざわざ頭上に反らして、追撃を加えないと相殺できなかった。それで俺はもう、ゆみの勝ちだなって思ったぜ」
「そ、それは何故ですか?」
富沢は急な展開に焦っていた。
「ゆみが放った飛燕って術は一番基礎の術だ。まあ、ゆみが一番得意とする術でも有り、自慢ではないがその時の弦音はゆみらしくって良いんだ」
富沢と総将はシスコンと心の中で呟く。
「その術を完璧に跳ね返せないとなると――」
八雲は冷めた目でメインモニターに映し出されている武を見つめていた。
「武はすべてを跳ね返せるわけじゃない。跳ね返せるのは自分の力量によるんだろう?」
総将はこういうときだけ、勘の良いやつだと思った。
「どうなんだ? 総将」
総将は黙っていた。
「なら、ゆみたちにだって勝てる見込みがある。それにだ! 総将、お前が痩せ我慢させた賀茂の術を武は喰らってる。学生連中が喰らったら、痩せ我慢じゃあーいかないよな?」
総将は息を吐く。
「それで、お前が考える具体的な方法は何だ? 別に跳ね返さなくでもいいはずだ。武は陣で矢を反らせばいい? 御託を並べるのはいいが、お前の突拍子もない発想に突き合わせるのではなく、会場の皆が納得できる方法を提示してもらいたいものだな」
八雲は急に苦虫を噛んだような顔をした。その素直な反応が富沢は可愛らしく思えていた。
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