第十話 難しくしているのは自分
一方、由美子は忠陽の式神のおかけで遠山の頭を抑えられ、優位に立っていたが、相手を倒すまでには至っていなかった。遠山との直線距離には必ず射線を消すように建物を利用とている。それを壊すことは出来ても、逃げ回る相手にダメージを与えることが出来ないのが歯がゆかった。
忠陽たちが足止めをしてくれているとはいえ、限界まで刻々と近づいている。相手の狙いはそれなのか。そんなことを考えても仕方ないと由美子は頭の中の邪念を消し去る。
由美子からの狙撃が止んだのを確認して、遠山は安堵する。
「遠山さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ、柚ちゃん……」
「ここから反撃開始ね!」
「ううん。このままのほうが良いかも……。私に神宮由美子の目を向ければ、少なくとも真くんたちには狙撃しない。そうすれば真くんたちはゆっくりだけど確実に防御陣地を壊してくれる。防御陣地が壊れれば、その時が相手を狙い撃つチャンスになる」
涼井は遠山がこういうときは人一番冷静だなとつくづく思った。
「でも、油断はしちゃ駄目よ。相手は攻撃しないと図に乗るから。叩けるときは叩きましょう!」
「それ、柚ちゃんの藤先生に対しての思いが乗ってない?」
「違うわよ!」
遠山は笑いつつも、初めて由美子をスコープに捉える。由美子は射形に入っているのを確認して、銃を下ろして走り出す。
甲高い弦の音が鳴ると同時に数秒後に遠山が居た場所に命中し、爆発する。
その光景を遠山は何度も見て、心の中で事実を確認する。
由美子の矢は飛距離からすると、数百メートル以上の狙撃は可能だろう。あの爆発は矢に対しての付与効果ではない。矢自体が魔力の塊であり、その力が砕けたときの余波なのだろう。そうなると、あの爆発する力は魔力量を増やすことによって調節できるのか? 今まで十発打ち込んでいるが、爆発の規模は同じ。そもそも弓と矢自体を魔力で精製すること事態が上級魔術レベルの技なのにそれをポンポンと作り出せるのは血なのか。
遠山は狙撃銃のグリップを握りしめる。
弦の音が鳴り響くと、有無も言わさず、由美子から遠ざかるように離れる。
勝負は防御陣地が壊れてからだ。その思いを強く持ち、埃に塗れながら遠山は走る。
由美子は忠陽からもらった呪符で着弾確認して、深呼吸をする。
「氷見さん、あとどれくらい時間を稼げそう?」
「え? 急に何よ……」
「相手は私と真正面から撃ち合うつもりがないみたい。どれぐらいの時間は貰えるのかを知りたいの……」
朝子の唸る声を聞くと、それだけで眉間に皺を寄せているのが由美子には分かった。
「賀茂!」
「たぶん、今ので二層目の罠だとおもうから、後一層……もって五分ってとこかな……」
「お姫様、罠が突破されたどうするつもり?」
「防御陣地は捨てるしかないわ」
「ええ? なんでそんな簡単に放棄するのよ!?」
「氷見さん、落ち着きなさい」
藤が朝子を宥める。
「罠が無くなった以上、防御陣地の意味がなくなる」
「ボンを先行させて、他のところに罠を張るのはどうなんだ?」
「時間が足りないわ」
由美子の答えに大地も朝子も苦い吐息が出てしまった。
「時間なら僕が稼ぐよ。その方が僕も動きやすいから」
「はあ? あんた、一人でどうするのよ?」
「二人よりは足止めができる。その間に三人で集中して遠山さんを攻めた方が良いと思うんだ。この防御陣地がなくなれば、神宮さんは安全に狙撃ができなくなる。なら、遠山さんは確実狙ってくるよ。それは避けたほうが良い」
「一理あるな……」
大地が呟く。
「どうする? お姫様……」
「分かった。でも、そのときになったら、私と賀茂くんで足止めをする。遠山さんを狙うのは宮袋くんと氷見さんにお願いするわ」
「神宮さん、それは……」
「賀茂くん一人ではキツイわ。私も足止めに参加すれば遠山さんは心置きなく顔を出すはず。そこを二人で狙ったほうが倒しやすいと思う」
「だけど……」
「賀茂くん、私はこれが最善だと思うの……」
由美子は忠陽に冷静に言った。
「そんなのに僕は従わない。この試合に勝つためには、最終的に武さんをどうやって倒すかでしょう? そのためには必ず神宮さんの力が必要なる!」
「賀茂くん?」
由美子は忠陽の豹変に戸惑っていた。
「僕じゃあ、あの陣のギミックが分かったとしても倒せない。だから、僕ができることは一人で足止めして、情報を吐き出させることなんだ!」
「おい、ボン、急にどうしたんだよ?」
忠陽の感情的な物言いに大地も驚いていた。
「だから、僕は神宮さんの考えには従わない!」
「ちょっと、か、賀茂くん? 一体どうしたのよ。あなたらしくもない」
藤が割って入るも忠陽は黙ったままだった。
「賀茂くん?」
「藤ちゃん、賀茂のやつ、通信を切ってる……」
藤の隣から葉の声が聞こえてきた。
「えーー! なによ、それ!」
藤たちが慌てふためき、賀茂を呼ぶ声がし始めていた。
「おいおい、どうすんだ? あのボンが言う事聞かなくなっちまった……」
大地は頭を掻いていた。
「お姫様! とりあえずは賀茂の方は私達にまかせて、あんたはとりあえず、やれることをやりなさい。要はあんたが相手の狙撃手を倒せば良いでしょう?」
「そうだけど……」
「だったら、やりなさいよ! あんた、そんなこともやれないわけ?」
「やれるわよ!」
由美子は挑発され、感情的に言い返していた。
「じゃあ、任せたわよ」
朝子に頼まれ、由美子はそこで自分の弱気に気づき、戒める。
賀茂くんが怒るのも当然よね。私は弱気になり、自分を囮として使う作戦が最善だなんて。賀茂くんはそれに気づいていた。それに彼はずっと勝つために何をすれば良いのか考えていたんだ。
「ゆみさん……」
「鞘夏……ごめんなさい。私がバカだったわ。私は相手が倒せないと思って、勝つつもりがなかった……」
「はい。そのとおりです」
「楽しめか……。兄さんたちも強敵に対してそう思ってたのかな……」
「分かりません。ですが、あの合宿で勝てない戦いは何度もしてきました。でも、ゆみさんは諦めずに勝つための作戦を考えてくれました。私はゆみさんならできると思っています」
「あの合宿に比べたら、勝てない相手じゃない」
由美子は自然と笑っていた。
「ありがとう、鞘夏。私、やれることをやってみるわ」
「はい。ゆみさんならできます」
由美子は忠陽から貰った呪符を使い、遠山の居場所を確認する。遠山は路地を走り、こちらから遠ざかろうとしていた。
由美子はその姿を見て、改めて考える。あの運動量を低下させなければ相手に当てることは出来ない。なら、相手を止める方法は何が有る。そのときに思い浮かんだのが、個人演習のときに橘樹に教えてもらった属性弾の話。もう一つは安藤の誘導弾だ。
「誘導しながら、相手の足止めをする……」
誘導はこの距離では無理だと由美子は思い、頭を振る。
「なら、属性付与……だけど、私にできる?」
その言葉を言いながら、すぐに頭を振った。
「できるじゃない。やるのよ!」
由美子は相手を見て射形に入った。矢に込める属性は何をその時に思ったのは相手の足を完全に止めることだった。それは雷でも、炎でも、風でもない。氷……。
由美子は矢を作り出す時、水の魔術を使い、細い矢を作り出す。それを氷結させ、弦に掛ける。形が成ったことに安堵しつつ、弦を引く。当たらなくてもいい。まずはどのような効果が生まれるか確認する。
弦の音が鳴り、矢は山形に飛翔する。その矢は遠山に届くおろか、その飛距離が足りず、はるか数十メートル手前で着弾する。由美子はそれを呪符を使い弾着観測をする。
「約五十メートル手前くらいか……。矢はただ突き刺さっているだけ……」
その光景を観戦会場の富沢は訝しむように見ていた。
「これはどういうことでしょう。今まで正確だった神宮選手の狙撃が、適当なところで落ちました……。あれは何かあるんですか?」
総将はモニターに映し出された矢を見て、考える。
「俺は分からない。八雲、何か分かるか?」
「たぶんだけど、実験してるんじゃあねえか?」
「実験?」
「あの矢、いつもの矢とは違う。何かしようとしているな……」
由美子は矢の構造自体の問題かと考える。いつもは射形と同時にその距離と弾道、着弾する絵を想像しながら作り出す。魔術で作った間に合せの矢とは違い、その想像自体が現実に干渉する術だ。
その行為を確かめるように由美子は矢を作り出し、弦に掛け、引いた。相手の位置は大体分かっている。当てずっぽでもいい。ただ、今は放つのみ。
すると弦音と同時に由美子の矢は遠山の近くまで飛んでいく。弾着観測で、遠山に当たりはしないにしてもいつも通りの威力なのが見えた。
由美子は樹との会話を思い出す。
「属性弾の作り方?」
「そうよ。大体、そんなの簡単に作れるわけないわ」
「そりゃ、あたしの腕がいいからね」
「そんなことを聞いていない」
「ゆみちゃんはさ、属性付与ってどう考えてるのさ」
「質問を質問で返すな」
「真面目な話。それが分かってないと属性付与なんて出来っこない」
「属性はつけるときはそのイメージが大事。私は風が一番使いやすいから、どんな風の流れをしているのか、どういう大きさの形をしているのかとか……」
「そういうこと」
樹は笑顔で由美子を褒める。
「何よ、合ってるんじゃないの」
「でもさ、人間って難しく考えちゃんだよね。それに行き当たるのが呪文なわけでしょう。あんな長いお経を唱えて、意味があるのかって思っちゃうんだよね」
「それは術を簡単に阻害させないために――」
「誰がそんな事をするのさ?」
「それは……」
由美子は答えが出てこなかった。
「つまりはさ、難しくしているのは自分なんだよ。あたしは面倒くさいから銃の引き金を引くときに頭の中で描いたイメージを術式として弾丸に入れてる。その方が楽でしょう?」
「でも、そんなので本当にできるの?」
「それはゆみちゃん次第さ。ゆみちゃんがその想像を疑えば魔術は発動しない。魔術は奇跡でもあり、願望でもある。あたしたちはマナに対して自分たちの欲を乗せているのだよ」
自慢気に語る樹のことを思い出し、由美子はふと笑みが溢れる。
「そうね、あなたが言っていることは正しいわ。なにも属性付与っていうのだから、水属性の魔術で作った矢で作る必要はない。……無から有を。有から無を」
由美子は想像する。必要なのは相手に届く矢であることと、着弾時に地面を氷結させること。氷結の範囲は十数メートル。射形に入ると、その想像を矢に乗せる。忠陽の式を介して見た居場所は分かっている。
今は走り疲れて少し休憩している。この時だ。着弾点から氷結させ、足止めできるのは。
由美子は矢を作り出すと、矢から放たれる冷気で息が白くなった。その白い息も気にせず、由美子はただ自分の想像だけを現実へと具現化しようとしていた。じっくりと獲物を狙い、相手が呼吸に合わせる。相手は徐々に呼吸が元に戻っていく。そうか。動き出すのかと思い、遠山が立ち上がろうとした瞬間、由美子は弦から手を離した。
凍てつく寒々とした弦の音が鳴り響く。
その音を聞いた遠山はさっきとは違う音だと分かりながらも、前と同じように走り出す。矢は前と同じように建物のお陰で直線的な射線が通らない。そのため建物を壊すしかない。建物を壊すと、その威力は落ちていくし、その間に逃げられる。
矢は遠山の思惑のとおり、建物を壊す射線を取っていた。必然的に遠山がその場を離れるまでに猶予があった。ただ、違ったのはそこからだった。矢が地面に刺さると地面を抉るような爆発はせず、その矢が地面に流れ込み、辺り一面を冷気が伝わる。冷気は遠山の足に絡みつく。
片足が前に出ない事で転けそうになった遠山はその足を見ると、地面が氷結し、片足に冷気が絡みついていることに気づく。
「え、嘘……」
遠山がまずいと思った瞬間には、弦の音がもう一度鳴り響く。
遠山は反射的に自己防衛のために、頭と胸を両腕と狙撃銃で防御するように構えた。矢はその後すぐに現れ、危険と判断した呪防具が呪防壁を張って遠山を守っていた。
「神宮選手、今度は仕留めた! 一射目の矢は相手の動きを止め、二射目で決めたぞーー! あれは何だったのでしょうか?」
「おそらくは属性付与だろう」
総将が答えていた。
「属性付与といいますと武器に属性を付与させるという高等魔術ですか?」
「そんな高等なものではない。魔術も使うときに属性付与をするだろ? あれと同じだ」
「確かにそうですが、魔術でも得意な属性術であればすぐにイメージできますが、武器につけるとなるとイメージしがたいです」
「それは考え方の問題だ。周藤や宮袋が使う炎を纏う技も同じだし、魔術による身体強化も同じだ。もし、君が難しいと思うなら、まずはそれが出来るようなイメージの一つを具現化することをおすすめするよ。現に、八雲妹だってこの土壇場で実験してる」
「さすが、おれのゆみちゃん。やればできる!」
富沢は苦笑いしていた。
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