第十話 二をもって一を為す。
頭に血が上った亜門は朝子にすぐ攻撃を始めた。その攻撃は激しく、猛獣が全力で狩りを行うほどだった。鉤鎌刀を振り回し、刃が片方の鉄鞭で防がれると、すぐに反対の石突を叩こうとするが警棒で防がれる。それが駄目なときは蹴り技を繰り出す。一連の動きは荒々しく、一つ一つが殺意の籠もった攻撃である。
亜門の蹴りを朝子が後方へと距離を取りながら避けると、亜門はその隙間を埋めるために前へと出て、鉤鎌刀を振り回す。朝子はその殺意の籠もった鉤鎌刀を鉄鞭で受け流し、もう一本の警棒で腹部へ刺突しようと懐に入ろうとすると、膝蹴りやってくる。咄嗟のことで朝子はそれを食らうも、途中で止まったため浅く済み、すぐに後ろへと飛び退く。
朝子は亜門の攻撃に押されていたが、それでも冷静に対処することができた。総将との特訓のおかげであることは確かだ。眼の前に居る存在は総将に比べると、猫みたいな殺意に感じる。一撃一撃が黄倉に比べれば軽い、速さも目で追えていた。
亜門は息を切らせていたため、一旦攻撃を止め、深呼吸をする。
「なに、息切れ? 体力が足りないんじゃない?」
朝子の挑発を亜門は聞き流し、その瞳は正気に戻りつつある。
「お友達に落ち着けって言われてるの? ダサいわね」
「黙れ……」
「どうせ、冷静になれって言われてるんでしょう? 私達の作戦にまんまと嵌まって、ザマアないわね」
「黙れぇぇぇ!!!!」
亜門の声が朝子の身体に響く。
「よく聞け! お前みたいな大局的なものを見れない奴らに、魯を批判する権利はない! あいつが考えていることは個ではなく、学校そのものだ! キサマみたいに学校を裏切り、自分のことしか考えていない奴に言われる筋合いは、ない!」
「だからなによ。このリーグ戦は学校単位じゃない。そんなの当たり前でしょう。私は私のために戦ってる。あんたは何のために戦ってるのよ?」
「それは俺が考えることじゃない!」
「つまり、他人任せってこと? 私よりも一つ上なのに、そんなことも考えられないで私に言える立場なの? 本当に笑える……」
亜門は歯噛みする。
「図星みたいね。私は今のあんたやあんたの信頼する魯よりもお姫様の方が好感を持てるわね」
「何だと……」
「私達は同じ目的をもったわけじゃない。でもね、あいつは誰よりもチームの勝利へ導くために考えてる。私達に文句を言われながら、他のチームや外部から一番批判を受けながら弱音を吐かずに戦っている。本人は何食わぬ顔して、それを当たり前だって思っているところが腹立つけど、あんたたちにそんな事ができる?」
「俺達だってやっている!」
「バッカじゃない? ぜんぜん違うわよ。学校代表みたいなあんたらと、わたしたちとは。あいつが抱えているものは学校の名誉でもない。負ければ周りから叱責され、勝って当たり前。世間に指さされながら生きていく。そんな中でまともに戦えるかって聞いてんのよ?」
亜門は黙ったままだった。
「それをなに? 学校の裏切り者? 自分では大局的なものを見なくて良い? 巫山戯んなって言うのよ。あんたは私に説教するよりも、他人に甘えないで自分でなんとかしなさいよ!」
亜門は鉤鎌刀の柄を強く握りしめる。
「そんなだから、賀茂に良いようにやられるのよ。アイツはあんたよりも強い。こうなったのだって、あんたが全部原因でしょう?」
「黙れ!」
亜門は思わず、動いていた。
朝子は掛かったと思った。挑発すれば、怒って攻撃を仕掛けてくる。怒った人間の視野は狭まり、考えも単調になってくる。まともな状態よりも倒しやすくなると考えていた。
朝子の読み通り、亜門の動きは直線的で攻撃が読みやすくなっている。しかし、誤算だったのはその威力だった。両手持ちの鉤鎌刀の一閃はさっきよりも速度が上がっており、それを見ただけで、片手では受けきれないと朝子は判断した。
両手で亜門の一閃を受け止めた朝子は、威力が黄倉に近いものだと思った。両手に痺れを感じ、追撃とばかりに何度も打ち込んでくるその一撃一撃が次第に朝子の手を震わせていた。
「なによ、この馬鹿力……」
朝子は亜門の攻撃を弾き返し、こちらから打って出るが、それを容易に避け、反撃してきた。朝子はその反撃を紙一重で避けたが、亜門はさらに追撃してきた。
このときの朝子の誤算は、亜門が怒髪天に達すると、本能的な戦い方をするため、ほぼ反射的な動くことを知らなかったことだ。脳内の雑念は消え、ただ一心に己が敵を討ち果たす。
その鋭い攻撃に朝子は防戦一方になっていく。そこでようやく亜門の頭の中に雑念が蘇った。勝てると思った瞬間に朝子を煽り始めた。
「どうした? どうした? どうしたぁ!?」
朝子はその攻撃にさっきのような鋭さがなくなったことに気づく。だが、ここでは防戦に回ったほうが良いと考え、わざと後退し、相手の疲れるところを打って出たほうが良いと考えた。その読みは正解であり、数回攻撃を交わすと、亜門の動きが鈍くなり始めていた。
これをどうやって倒すか、朝子は加速した思考の中で答えを出そうとしていた。二刀流では攻撃が分散し、相手を仕留めるには足りない。必要なのは母里を仕留めたときのアレぐらいの力。その思考にたどり着いた時、一瞬、昨日のことを思い出し、意識が散漫になってしまった。眼の前の亜門の攻撃を上手くいなせず、弾き飛ばされしまった。
そこで亜門は無理せず、呼吸を整え、朝子が起き上がるの待った。
好機を自分の手でなくしてしまった朝子は情けないと自分の心に呟く。
「あれはお前がやったわけじゃない」
頭の中で総将の言葉が走るも、朝子の心は揺れ動く。
「お前は跳ねっ返りで、態度がデカいし、可愛げがない。……だが、お前は根が優しい人間だ。お前は大切なもののために戦う人間じゃないのか?」
自分にとって大切な存在。それは上田麟太郎だ。
あの子のためならなんでもする。でも……今日はそうじゃない。
朝子は立ち上がる。
今日はこのチームのために戦うと決めていた。だから、負けるわけにはいかない。
「二刀流の利点は攻めと守りを同時に行える。二を一にすること。だが、欠点は武器への力も半分になり、意識も複雑になる。故に、必要なのは一の力と、無意識だ」
総将の言葉通り、朝子は無意識に警棒を収め、鉄鞭を鞭にした。
「その鞭はもう見切ってる。同じ間違えをするつもりか?」
亜門の挑発に朝子は何の反応もしなかった。亜門は苛立ちを覚える。
朝子は構え、そこから鞭の穂先を放った。そのスピードは以前とは比べられないほど速く、鋭い。亜門は始め、防戦することしか出来ず、次第に距離を取るようになった。数合打ち返すと、鞭の戻りが悪く、動きが遅くなっていくのが分かった。亜門は鞭を目で追えるようになり、その穂先を掴んだ。
「言ったはずだ!」
亜門は鞭を引っ張り、朝子から武器を取り上げようとした。朝子はそれをさせまいと力を入れるも、その力は弱く、どんどん亜門の方へと引き寄せられていく。
「この前と同じだ! 俺の勝ちだな!」
亜門は目一杯引っ張り、鞭を取り上げようとした瞬間、朝子は鞭を手放していた。反発力がなくなった亜門は体制を崩してしまう。不味いと思い、体制を整えるともう目の前には警棒を持った朝子が居た。亜門は朝子の八相の構え、足を踏み込みから袈裟斬りが繰り出されると思った。
「それがどうした!」
亜門は袈裟斬りを受け止めるために、鉤鎌刀の柄を胸のあたりで突き出したとき、袈裟斬りは消え、代わりに右脇腹に鈍痛が襲う。
観戦室の八雲は思わず言葉を発する。
「おいおい……」
亜門はその痛みで膝を着く。その痛みは黄倉の金棒が直撃したときと同じぐらい身体に響いている。
「亜門選手、膝を着いてしまった!!! 今、何が起こったのか!」
八雲は総将を見ると、総将は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「まだまだだな」
「なあぁぁにがまだまだだよ。仕込んでんじゃねぇぞ」
「何のことだ? 俺は二刀流しか教えていない」
二人の会話は観戦席の歓声で掻き消えていた。
「何だ……今のは……」
「別に。タダのあんたの脇腹を思いっきり叩いただけよ」
そんなものとは違う。確かに袈裟斬りだった。それなのに脇腹に攻撃が入った。動きは袈裟斬りだったんだ。
「どうする? その様子だと肋骨、何本か折れて、痛みで立てないでしょ? ギブアップする?」
亜門は痛みとその挑発で体中の血液が沸騰するぐらい熱くなる。
「ふ……巫山戯んな! 誰が、リタイヤするか!」
「なら、もう一発。あんたの頬をぶん殴る必要があるんだけど、いいわよね?」
蔑んだ顔をしている朝子に、亜門は顔を真赤にして睨みつける。
「クソヤロウ……」
呪言のようなネットリした言葉の返事に朝子はすぐに鉄の塊で返答をした。
亜門は意識を失い、呪防壁が発動する。
「亜門選手! 意識喪失に伴い呪防壁が発動! 戦闘不能になります!」
朝子は鉄鞭を拾い上げ、由美子に通信を送る。
「お姫様、賀茂、こっちは終わったわ。そっちはどう?」
だが、返事は葉から帰ってきた。
「ごめん、朝子。今、由美子、それどころじゃない……。黄倉先輩に結構追い詰められてる」
「え? 賀茂はどうしたのよ?」
「周藤くんは賀茂くんと神宮さんのお陰で戦闘不能よ。それで賀茂くんは呪力切れで戦闘不能。氷見さん、すぐに助けに向かってくれる?」
「分かったよ、藤ちゃん……」
朝子が動こうとした時、藤がもう一度声を掛けた。
「氷見さん、亜門くんに勝て、良かったわね」
「朝子、最後の一発、良い一発だった! スカッとしたよ。借りを返したね!」
「こら、森田さん!」
「ありがとう、葉……」
朝子は一瞬だけ笑っていた。
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