第十話 八咫烏
忠陽は爆炎を受け、身体中が熱く、ヒリヒリする。その痛みは何故か遠い記憶をかすかに思い出す。
幼い頃、祖父の呪術教育は苛烈を極めた。出来なければ罰を受け、持っていた杖で忠陽の皮膚が避けるくらいに叩くこともあった。側に居た父は口を閉ざし、助けてくれない。
できない忠陽に対して、祖父は呪いの言葉を吐き続けた。
「所詮、出来損ないの子は出来損ないだ」
呪術を学ぶ度に痛い思いをする。忠陽は次第に呪術から逃げたいと思った。
「賀茂くん! しっかりしなさい!」
翼志館高校に来て、僕は伏見先生や神宮さんに出会った。最初は危険な先生とお近づきになりたくないお嬢様だった二人。学戦で自分の呪いの事を知り、伏見先生はその方法を一緒に探してくれると言ってくれた。それがどんなに嬉しいことだったか。神宮さんは面倒見が良くて、僕の呪いのことを知った後から何かと気にかけてくれる。鞘夏とも友達になってくれた。同学年とは思えないほど、大人びているがそれは彼女の責任感と家の名に恥じぬ努力を続けてきた結果だった。今では一番尊敬できる人になった。もう一人、最高の友達と出会った。僕が周りの人が信じられなくなったとき、一度しか会ったことのない自分に大地くんは四の五の言わず、制御する方法を見つけろと言った。強引だけど、あのとき手を差し伸べてくれたことは最初の救いだったかもしれない。自分には勿体ないほどの人達だ。
ふと、忠陽は憧れの人の言葉を思い出す。それは呪術が好きか嫌いかと聞いた時の答えだ。
「呪術を好きという感情は必要なのか?」
今でも覚えている。呪術師として憧れである存在がその言葉を返してくれたことが嬉しかった。
「呪術は人を殺す道具でしかない。そして、人を不幸にする。だが…………人を幸せにすることもできる。……お前は何のために呪術を使う?」
今ならその問いにはっきりと答えられるような気がする。あの時のように分かりませんとは言わない。
「悪く思うな、神宮! これは戦いだ!」
周藤は再度、炎を頭上に掲げ、火の鳥を生み出す。
由美子はそっと忠陽を地面に寝かせ、弓を作り出して、構える。
「さあ、勝負だ!」
由美子が矢を作り、弦に手を掛けようとした時、眼の前に忠陽が再び立ち上がる。
「え……」
由美子は思わず声を漏らす。
周藤は歯ぎしりをする。
「お前には用はない。そこをどけ!」
「賀茂くん……」
「僕は人を幸せにするために……呪術を使います」
周藤はその言葉に苛立ちを覚える。
「何を言いたいのか分からんな。呪術で人を幸せにすることはできん。呪術は呪いの術だ」
「僕の憧れる人はそう言わなかった。大事なのは心の在り様だって。使う人次第だ!」
「今は、問答など意味はない。今度こそ、終わりだ。お前たち、二人とも灰に帰せ。奥義! 鳳炎、神誕!!!」
周藤は火の鳥を忠陽と由美子に放った。
忠陽は不思議と落ち着いていた。身体は痛みを感じ、もう一歩も動けない。肌は熱く、ヒリヒリとする。だけど、この痛みはあの頃に比べれば逃げ出したいとも思わない。
「我が祖は、神の御使い。三つ足の鳥」
忠陽が印を結びながら、唱えると赤黄色に輝く小さな鳥が現れる。その小さな鳥は周藤の大きな火の鳥より力強く見えないが、その輝くは金鳥かの如きものだった。由美子はその鳥を見たとき、目を見張り、精霊の類に見えた。
「その三つ足が示すものは、天、地、人。勝利へ導く、太陽の化身なり!」
その霊鳥は産声を挙げる。
「八咫烏!!!」
その術を見て、宗は感嘆を挙げる。
「これほどまで綺麗な術は見たことはない。素晴らしい術だ。……だが、あの小さな鳥では鳳凰には勝てまい。残念だ……」
「術に大きさは関係ない。問題はその術の強度や」
伏見の言葉に宗は眉を潜める。
「自分の生徒を信じたい気持ちは分かる。だが、周藤くんのあの術は並々ならぬ努力で出来たもの。残念だが簡単に破れまい」
宗が言うように、忠陽が放った赤黄色に輝く鳥は火の鳥に飲み込まれた。
誰もがその光景に忠陽に対して惜しむ声が上がったが、伏見だけはその不敵な笑みで見ている。その様子に宗は奥歯を噛み込む。
「呪術も魔術はその強度を高めるには術者の呪力と想像力が問われる。だが、それだけやない。その要素が概念。概念呪術の厄介な所は人の意識的なものにまで作用する。それ故に概念という要素は最も厄介なものなんや」
「なにを今更わかっていること。周藤くんの術は術の強度を高めるために鳳凰を模した。その概念の恩恵を受けている」
「何を焦ってんのや。君らしくないな。それとも、君の愛弟子が負けるイメージでも見えたか?」
いつも冷静な宗は気を乱し、伏見の挑発に乗っていた。
「君みたいな不世出な人間の多くは一代で築き上げる。それも想像絶するほどの努力を重ねてきたんやろう。……だから、僕は君みたいな存在が好みでないんや」
鳳凰は動きを止め、苦しみだし、声を上げる。その光景に誰もが目を疑う。
それは周藤でさえ同様だった。このようなことは今までになかった。何を見ているのか、自分の術の大きさ、強度ともに師である宗が認めたほどのもの。それが破れることなどないはずだ。
「近代に入り、術師の力は科学によって弱まる傾向にある。やけど、それでもその国に根ざす人の意識は容易には変えられん。君はあの小さな鳥を見て、何を思った?」
宗は黙ったままだった。
「あれは神の御使い。太陽の化身、八咫烏。賀茂家の家紋に描かれている鳥や。賀茂家の祖先はな、八咫烏と同一視されているんや。それは一代では収まりきらへん。言うてること分かるな?」
鳳凰は苦しみの声を上げて、倒れ、そこから小さな鳥が腹の中から食い破って、綺麗な声を上げる。
「そんな……馬鹿な……」
周藤は足を一歩引く。そこに由美子が放った矢がやってきた。その矢は周藤の呪防具を動作させるには充分なものだった。
「す、周藤選手、呪防壁が二回発動したことにより戦闘不能!」
会場から一気に歓声が上がる。
「あ、あの術は何なんでしょうか!?」
芹子は息を荒げて、総将に聞いていた。
「さあ、分からん。だが、あの術を見ると心が沸き立つ」
「そうだな。効果云々よりも、ただ単純に良い術だと思える」
八雲も頷く。
「賀茂くん、素晴らしい術だったわ」
由美子が忠陽に目を向けると、忠陽はその場に倒れ込んでいた。忠陽が倒れ込むと、小さな鳥は霧散し始めた。
「ごめん、呪力が切れた……」
「お疲れ。後は私達に任せて」
「ごめ…………」
忠陽は気絶すると、小さな鳥も消えた。その後、忠陽の呪防壁が発動する。
「ううん。あなたは言葉通りに勝利に導いてくれたわ。本当にありがとう」
金棒を持った黄倉が周藤に近づく。
「後は任せな、大将」
「すまぬ……」
周藤は黄倉の顔を見ることなく、俯いていた。
「おいおい、公朗。そうじゃねえだろう」
周藤は顔を上げる。
「俺はそんなに頼りねえか?」
周藤は首を振る。
「欣司、頼む。俺達に、いや俺に勝利をくれ!」
「ったく、最初からそう言や良いんだよ。女男」
周藤は苦笑いをしていた。
「さあて、お嬢様。次は俺の番だ。俺は荒っぽいが楽しめると思うぜ?」
「私、荒っぽいのは好きじゃないんですけど」
「ここまで暴れておいて、そりゃねえだろう!」
黄倉は身体を浅黒くして、金棒を振りかぶりながら、由美子に突進する。
由美子は矢を放つ。黄倉は金棒で矢を撃ち落とし、由美子に振りかざす。由美子は長棒で受け止めようとするも、触れた瞬間に由美子はその攻撃の重さと威力が漆戸の一撃に匹敵するものだと思い、力を込める。だが、ボールのように簡単に吹き飛ばされた。その衝撃で由美子の呪防壁が発動する。
「由美子! 大丈夫!」
全身に痛みが走る中で、由美子は葉に大丈夫と返事をする。それよりも黄倉の俊敏性、瞬発力、硬さ、朝子がどう戦っていたかを疑うほどのものだった。
黄倉はゆったりと歩きながら由美子に近づく。
「まずは一つ目だ。俺は呪術なんて高尚なものは分かんねえけどよ、要するに戦いとは肉弾戦だ」
「それを否定することはありません」
「良かったぜ。物わかりの良いお嬢様で」
黄倉は楽しげに笑っていた。
「ほんじゃ、二つ目、貰っていくぜ」
黄倉は呪防壁が解けていないというのに地面を金棒で叩くと、地割れが起こったかのように地形が変化していき、由美子の足元を崩れ、周りは所々土が隆起する。その隆起した土が由美子の呪防壁を引っ掛けていた。呪防壁のお陰で辛うじて立っていられるが、解けた瞬間、由美子は不安定な足元に降り立ち、戦わなければいけない。これは大雑把なやり方に見えるが、効果的な作戦だ。由美子が弓を使うにしても、狙いを定めるのが難しい。黄倉の攻撃から逃げようとしても恐らく隆起した土を砕き、石礫として利用するだろう。
黄倉が頭の良さなのか、それともセンスなのか。いずれにしてもこの選択を取ったことは由美子の中で想像以上に頭が良い筋肉だと認識を改めた。
「そろそろ時間だな。そいじゃ行くぜ」
由美子の呪防壁が解けた瞬間に黄倉は予定通り隆起した土を壊し、由美子に飛ばす。その大きさは中級魔術ぐらいの大きさであった。金棒で砕かれた石礫は速く、ロケット砲ぐらいの威力のように思えた。
由美子は冷静に四層の六角形の呪防壁を作り出し、自分の前に並べて置いた。石礫がぶつかるといとも簡単に二層砕いた。
「なによ、この威力!」
眼の前から石礫が消えた後、ようやく目の前の視界がきれいになった瞬間、由美子の背筋が凍る。眼の前には黄倉の姿がなかった。周りを見るも、黄倉の姿はない。
「残念だったな!」
由美子は空から声が聞こえた。だが、上を向いても意味はないと思い、黄倉が元々居た場所を見る。
「こいつでトドメだ!」
黄倉の唐竹割りは地面に衝撃を与え、辺りを粉砕していた。感触から由美子が居ないことを察し、気配を探ると、背後から由美子の声が聞こえてくる。
「疾風!」
弦の音が鳴り響くとともに音速を超えた風の刃が黄倉に襲いかかる。黄倉はそれを金棒で叩き落とそうとしたが、その風の刃を受けた感触で金棒に亀裂が入ったことを理解した。意地で金棒を振り払い、風の刃の方向を変えた。
「また消えやがったな」
黄倉は自分が攻撃をする前に居た場所を見ると、そこには由美子が居た。
「その金棒、特別製なんですか?」
「いや、ただの金棒だ」
由美子は苦い顔をする。疾風の軌道を変えるなんて見たことがない。黄倉の存在が周藤よりも怖いと感じ始めていた。
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