第十話 チーム美周郎戦 その一
十五
決勝リーグ二日目、午前。天候は晴天。朝から湿った空気が女子生徒の肌を湿らせる。白いシャツはその湿り気で薄く肌着を見せてしまうほどだった。
そんな空気の中、観戦会場は全力で冷房を効かせているが、人々の熱気には勝てないのか、団扇を仰ぐものも多い。
チーム美周郎の担当教諭、宗丈尚はいつもの場所で伏見を見つけ、歯を見せながら手を振った。伏見はサングラスで表情が分かりにくいが、顔が少しへの字になっていた。
「おはよう。伏見先生」
古き良き熱血漢は相手の気持ちも考えず、微笑む。
「今日は、いい勝負をしよう」
宗は手を差し出すと、伏見は一瞥し、面倒くさそうに手を差し出す。その手を宗は満面な笑みで掴み、力を入れる。
「痛いわ。加減を知らへんのか」
「ごめん、つい熱が入ってしまって!」
宗はメインモニターを見ながら、背中を壁につける。
「どうだい、そっちは? 昨日の疲れとかあるんじゃないか」
「そうかも知れへんな」
「その言い方だと、会っていないのかい? 彼らのメンタルは大丈夫かい?」
「そんなの一々気にしても仕方ないわ。そこら辺は藤くんに任せてる」
宗は不満そうな顔をした。
「君の教え子と万全な状態で戦えることを楽しみにしていた……」
「お前が思うてるのは僕と戦いたいだけやろうが」
宗は鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていた。
「そうか。僕は君と戦いたかったのか……。流石だ、伏見先生!」
宗は満面の笑みになっていた。伏見は調子を狂わせられているのか、頭を掻いた。
「周藤くんには君の教え子を容赦なく倒してこいと背中を叩いてしまったよ。今度は注意しなければな。自分の思いを生徒に託すべきじゃないね」
伏見はため息をつく。
「伏見先生……」
伏見に呼びかける女性が居た。服装は地味めで化粧も薄くしている。手提げ袋には仕事の準備なのか、エプロンが入っていた。
伏見はその姿を見て、礼をする。
「おはようございます。宮袋くんのお母さん」
宗も続いて挨拶をする。すると、千鶴子も返礼した。
「あの……こんな事を申し上げて申し訳ないのですが、大地は大会に出て大丈夫でしょうか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「あの子、喧嘩ばかりする子なので、人様に迷惑を掛けてしまうのではと……」
「怪我をしても良い医者が居ますから、後遺症なんて残りません。それに、安全には充分拝領しています。あそこの右のモニターを見て貰えますか?」
千鶴子は伏見が指差す方を見た。
「あのモニターは各選手に保護防具の起動回数を示しています。二回まで起動すると選手を戦闘不能として戦うことを強制的に止めせます。この保護機能は頭部や人の命に関わる攻撃の場合は強制的に発動し、使用者を守る仕組みです。夏休みに宮袋くん達が手伝ってくれたお陰で事故なく今まで来ています」
「そうですか……」
宗は千鶴子の不安そうな顔に気づく。
「今朝、典子ちゃんと一緒に大地が出ていくの見て、心配で……」
「お母様のご懸念通り、言うても、喧嘩よりも危険なことは変わり有りません」
「伏見先生!」
宗は伏見の物言いを咎めた。
「ですが、宮袋くんはチームの皆と一緒に優勝を目指しています。最初は面倒くさそうにやっていましたが、今、宮袋くんは自分の意志であの会場で戦おうとしています」
「分かっています。それは分かっているのですが……」
「もし、宮袋くんに何かあったら、私がすべての責任を取ります。どうか、彼の意志を尊重していただけないでしょうか」
伏見は頭を下げた。宗は伏見の行為に驚き、千鶴子は複雑な顔をしていた。
「伏見先生、いやーお久しぶりですな!」
伏見が顔を上げると、そこには会場の照明で頭が光っている高畑三十郎が居た。服装は紺の作務衣であり、それが良く似合っている。
宗は三十郎を見るなり、目を見開いて、驚いた。
「お! これは千鶴子さん。おはようございます」
「おはようございます。高畑先生」
「先生なんて、よしてください。大地の面倒を見ていたのはあいつがこんぐらいのときですよ」
三十郎は自分の腰くらいの位置を示した。
「いやいや、今日は珍しく朝に大地が来ましてな。俺が戦ってる姿を見ろって言ってきたんですよ。だから、こうして見に来たというわけでしてな」
三十郎は自分の頭を叩くと良い音がした。
「それにしてもこんなに盛大にやっていたとは知りませんでした」
「私もです。ただ、ちょっと不安で」
「不安? 何を仰いますか。ここに来ている生徒たちは大地を見てに来ているのですよ。凄いことじゃないですか。あのバカタレがこんな晴れ舞台に……ああ、すいません。バカタレと言って……」
「いいですよ。高畑先生や典子ちゃんには私ともども甘えさせて頂いていますから。先生のおかげで大地は道を踏み外さず、ここまで育ちました」
「いやいや、私は何もしていません。大地が自分でその道を歩んで来ただけです」
千鶴子は頭を下げていた。
「千鶴子さん、一緒に見ませんか。大地の晴れ姿」
千鶴子は頭を上げて、無言で頷く。
「伏見先生、それでは我々は別のところで見ます。最近、腰が悪くなってきて、長時間は経っていられないのですよ」
「法師、今、この島に名医が居るのでご紹介しましょうか?」
「あ、いや。そこまでは悪くないので。もし、立てなくなったら、ご紹介居だだけると嬉しいですね。それでは!」
三十郎は会場に響くくらい高らかに笑い、千鶴子を連れて、観客席に向かった。
「伏見先生、あれは……」
「目黄の三十郎、いや四十郎やったかな」
「あのような方が何故ここに」
「さあな。この島には色々あっちゅうことや。君と同じくな」
伏見は壁に背中を付ける。すると、自分に視線を感じ、その方向を見てみると、昨日と同じく、遠くの席で老婆と女の子と一緒に座っている婦人が居た。伏見は壁から背中を離し、深々と一礼する。
賀茂麻美は朗らかな笑みを浮かべて、手を振って、席に座った。
「昨日もそうやけど、よう僕を見つけられるな……」
「どうしたんだい、伏見先生」
「なんでもない」
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