第十話 二刀流 part1
十一
朝子は放課後に校内放送で藤に呼ばれた。職員室にいくと、そこにはいつも通り笑顔の宗と不機嫌そうに話している藤がいた。
「やあ」
宗はその浅黒い肌のせいか、歯が余計に白く見える。その上、笑顔を傾けるのだから、朝子の心のなかではいけ好かない男と思っていた。
「藤ちゃん――」
「先生! いつも言っているでしょう?」
「分かったよ、藤先生!」
藤はため息を吐く。
「まあ、藤先生。そう怒らず」
「で、何のようですか? 藤先生!」
藤はムッとした表情になりながらも声を荒げることを止めた。
「あなたにお客さん、校門で待っているわ」
「私に? 誰なの?」
「行ってきて、確かめなさい!」
藤は机を叩き、その場を後にした。
「あ、藤先生! ちょっと!」
「宗先生、後はよろしくお願い致します!」
職員室のドアが勢いよく閉められ、音を立てる。その音に他の先生たちは驚く。
「あははは。藤先生、よほど頭に来ているみたいだね」
「私のせい?」
朝子は不安そうな顔をする。
「違うよ。君のせいじゃない。これから会う人のせいだと思う。心配だから、校門まで私もついていこう」
宗はまた白い歯を見せた。
校門前に行くと、そこには赤色のスポーツ型のオープンカー乗っている一条咲耶が居た。スーツ姿で短い黒髪、サングラスと乗り物もそうだが、キャリアウーマンのように見えた。咲耶は朝子に気づき、優しい笑みを浮かべた。
朝子は咲耶が居るということで、自分に尋ねてきた人物が分かった。学校の表札にもたれかかり、そこを通り過ぎる女子生徒が彼に熱い視線を送るも見向きもしない。佐伯総将は朝子と宗に気づき、近寄る。女の生徒は宗と総将の組み合わせを見て、黄色い声を発した。
「よ!」
「よ、じゃないわよ。一体なんの用なの?」
「いや、お前には教えられることがもう一つあると思ってな」
「もういいわよ。あれ以上死ぬ思いをしろっていうの?」
咲耶が車から降り、朝子に近づいた。
「氷見さん、大丈夫よ。それに関しては私からきつーーく言っておいたから」
総将は苦笑いする。
「それに私も今回は一緒に居るから」
朝子は疑いの目で二人を見た。
「事情は藤先生から聞いております。私はこの学校で教員をしております宗丈尚といいます。以後、お見知りおきを」
宗は白い歯を咲耶に見せた。
「お噂は兼兼聞いております、宗先生。私、一条財閥の副社長をしております一条咲耶です」
「これはこれは一条の薔薇姫でしたか。お初にお目にかかり光栄です」
「こっちは……説明不要ですかね?」
咲耶は宗に苦笑いする。
「まあ、名前と顔だけは有名ですから、出雲の乱の英雄の一人は」
「あんたこそ、あそこを辞めて、こんな所で働いていると思わなかったよ、元【焔】」
「ほむら?」
朝子は宗を見ると、宗は白い歯を見せる。
「私には過ぎたる名だ。一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝うとも言うでしょう」
「その名は伊達ではない。貰えるものは貰っておけ」
年は総将の方が若いというのに態度がデカいのは、この男の横柄さを象徴するものなのだろうかと朝子は思う。
「さて、佐伯がウチの生徒に手を出したがるのは分かりますが、あまりそういうことは辞めていただきたい」
生徒たちは朝子を見て、黄色い声を出す。朝子は変な噂になるのではないかと心配になる。
「俺は生きるために術を教えているだけだ。邪魔はするな」
宗は顔が真剣な顔つきになり、頭をトントンと叩く。
「一知半解というのはこのことか……。燄燄に滅せずんば炎炎を如何せん」
「遠水は近火を救わずとおっしゃります。お考え頂けませんか?」
咲耶の答えに宗は笑う。
「これはしたり。まさかそのように返されるとは……。一本取られましたな」
「いえ、先生の博識には私など及びません。伏見先生にも許可は取っています。それに前回の反省を踏まえて、私もおりますので、この前のようなことはさせません」
宗は考える。そして、朝子を見た。
「君はどうしたいのかな、氷見くん?」
朝子は総将を見た。
「今、貰えるものは貰っておく」
総将は鼻で笑う。
「そうか。それなら私はこれ以上言うまい」
宗は朝子の肩を叩き、学校へと帰っていった。
朝子は赤いスポーツに乗せられて、一昨日と同じく、陸軍駐屯地へと連れて行かれた。咲耶の運転は豪胆というか、恐ろしいスピードかつ、急ハンドルのため、後部座席に座っていた朝子は殺されるかと思うくらい肝を冷やした。
軍部の駐車場につくと同時に、朝子は反射的に車から降りる。
「どうした? そんなに速く行きたいのか? まあ、焦るな」
車から降りた後、朝子は地面に突っ伏し、吐くような勢いだった。総将はその様子を見て、頭を掻きながら、咲耶を見る。
「どうしたの?」
「今度から俺が運転したほうが良さそうだ」
「いやよ。私、運転好きだもの」
「いや、後ろに人を乗せるときはそうさせてくれ」
咲耶は総将が指差す方を見ると、朝子が呻いているのが分かった。
「はあー。失礼しちゃうわ」
三人で演習場に行くと、そこには大地と八雲が戦っていた。大地は炎を纏いながら、八雲に向かっていくも簡単にいなされ、蹴飛ばされる。大地は地面に片膝を付いて立ち上がろうとした時に、炎が消える。
「誰が炎を消していいって言った。再度纏って、来い!」
大地は身体をすぐに燃やし、立ち上がって、八雲に立ち向かう。
「あら、昨日は大怪我したっていうのに、もう動けるなんて、あの子相当タフね」
「大怪我!?」
咲耶に朝子は聞いたが、総将に頭を軽く叩かれる。
「お前はこっち。よそ見をしている暇はねえぞ」
「だからって、叩くな!」
「隙ありだ」
総将の無邪気な笑みに、朝子は何も言い返せなくなった。
「駄目よ、総将は私のだから」
咲耶は楽しそうに耳元で囁く。
「私には――」
「何してるー、速く来―い!」
総将に呼ばれ、朝子と咲耶は奥の方へと向かった。
「咲耶」
咲耶は総将に言われ、バックから朝子の手に合うぐらいの布付きの黒い円柱を朝子に渡した。
「はい、これ。うちの試供品」
「試供品? なにこれ」
「警棒よ。あなたの鉄鞭に似せて作ったわ」
「はあ?」
「あなたの鉄鞭って特殊なのよね。それに興味があって。ウチでも同じようなもの開発できないかなって。でも、鞭にすることはやっぱり出来なかった。それ誰が作ったの?」
「知らないわよ! ……これは、貰い物だから……」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くないわ!」
咲耶は頬を膨らませてた。
「ささっと、その警棒とお前の鉄鞭を抜け。咲耶に俺にもくれ」
咲耶は不満な顔をしながら総将に投げつける。
「もっと優しく渡せよ」
「どうでも良いんでしょう?」
総将は困った顔をしながら謝った。
「どうして、二つを抜く必要があるの?」
「簡単さ、こういうことだ!」
総将は警棒を抜くと、その形状が刀に近い長さまで伸びた。それを朝子に振りかぶる。咄嗟のことで、朝子は警棒を使うと、自分が使っている鉄鞭と同じ重さ、形状に変化し、総将の攻撃を受けた。
「いつもいつも」
「身体で覚えるほうが速い。それに、お前は理屈で言っても聞かないだろ!」
総将は警棒を引くとともに朝子から一旦距離を取る。
「血霞……」
総将が八相の構えで、そう言いながら、再度朝子に仕掛ける。その攻撃は袈裟斬りであり、朝子は黒い軌道を自身の武器で受け止めようとした瞬間、総将が振り落とした攻撃が霞のように消え、朝子の左首にその警棒があった。
朝子は突然のことで何がなんだか分からず、息を呑む。総将はその警棒をゆっくり抜き、元の位置へと戻る。
「もう一度行くぞ。今度は本当に袈裟斬りでいく。無理なら避けても良い」
「ちょ――」
総将は朝子の言葉を無視して、走り出す。
「佐伯流刀剣術、一の太刀!! はあああああ!」
朝子はその攻撃を受け止めようとしたが、さっきの技を気にして、総将の動きを注目していた。総将からは放たれた斬撃は目に見えるものではなく、持っていた武器が地面に叩き落された。
「何故、気を抜いた!」
朝子は本当に袈裟斬りで驚いていた。
「ちょっとー! それ試供品なんだからね!」
総将は咲耶の怒りを無視して、朝子に近づく。
「何故、気を抜いたと聞いている!?」
「本当に、袈裟斬りで来るなんて思わなかった」
総将はため息をつく。
「わざと、技名を言ったんだ。違っただろう」
「確かにそうだけど、急に言われてもわかんないよ」
「そんなのは当たり前だ。本当の戦いの中なら技名を言って、逆の技を使うことだってある」
朝子の顔は眉間に皺を寄せていた。
「二つの技は見て、お前はどう思った」
「最初の技は不意打ちをする技。初見じゃあ躱せない。二つ目はもの凄いスピードと威力だった。たぶん、私の力じゃあ受け太刀なんてできないと思う」
「いいだろう。なら、今度は武器を二本持ったらどうだ?」
総将は朝子の武器を拾い上げ、渡した。
「そんなことできるの?」
「できるかどうかじゃない。やれ!」
朝子は口を尖らせる。
「総将、女の子にそんな風に言ったら、零点」
「うるさい。今は真面目にやっている」
さっきまでは咲耶には優しかったのに、今は突っ慳貪なのに朝子は驚いた。
「もっと優しく教えなさいよ! 今のだって手加減したのは分かるけど、一から教えてあげないと意味がわからないでしょう?」
「そんな悠長なことはするつもりはないぞ。それにこいつは身体で覚えさせた方がいい」
「そんなことはないわよ! 言えば分かる子よ! この子は!」
言い合いをしている二人を見て、朝子は困り果てた。その様子に気づき、咲耶は総将を攻める。
「ほーら、見なさいよ。朝子ちゃん、困ってるじゃない」
「お前が一々煩いからだ!」
「そこまで言う?」
「言うだろう!」
「早水?」
「ゆう」
「北天?」
「ゆう」
そこまで来て、二人は声を合わせる。
「しょうゆ、ラー油、アイラブユー」
二人は手遊びをし始めた。朝子はその奇妙な光景を呆然と見るしかなかった。最後にその手遊びは両者の手を掴む。
「んーーん、仲直り!」
その後、総将は手を離し、ため息をつく。
「なに、まだやる気?」
「もういい」
咲耶は朝子に笑みを向けた。
「一から話すぞ。まずはお前の鉄鞭を抜け」
朝子は言う通りに鉄鞭を抜いた。
「お前が覚えるのは二刀流だ」
「え?」
「何を呆けている」
「いや、さっきの技を教えてもらえるんじゃないの?」
「最初から言ったはずだ。二本抜けって」
「いや、確かにそうだけど、だったら、なんで二本抜く必要があるの」
「お前が答えを言ったはずだぞ。血霞は所見じゃ避けられない。一の太刀は受け太刀ができないと。二刀流はそのためのものだ」
「確かにそうだけど、どっちともそれだけじゃあ止められないわよ」
「だから、身体で覚えるんだろう。おれは何度だって攻撃をしてやる。それで自分なりに見いだせ」
「なによ、最後は突き放すの!?」
「甘えるな! 言葉だけで分かるなら、身体で覚える必要はない。俺たちの技は言葉では分かるほど安くはないぞ!」
朝子は咲耶に不満そうな顔をするも、咲耶は手でやること進めていた。
「分かったわよ。やればいいんでしょう?」
「その返事は気に食わないが、構えろ!」
朝子は利き手である右手に鉄鞭を抜き、左手に警棒を抜いた。
「いいか。血霞と一の太刀の違いをできるだけ見て、判断しろ。最初は技の名前を言ってやる。だが、途中からは言わなくなるからな」
朝子は頷いた。
「行くぞ!」
総将は八相の構えから、地面を蹴る。その構えを見て、朝子は血霞だと思った。右手の鉄鞭を前に置き、身構える。
「一の太刀!」
朝子はその攻撃を受ける前に神速の上段からの一刀に鉄鞭を弾き飛ばされた。
「ボサっとするな。ちゃんと見ろ!」
「待ちなさいよ! 今の構えは血霞じゃないの?」
総将は不敵に笑う。
「誰がそう言った?」
朝子は左の警棒を強く握る。
「あんた、性根が悪いんじゃない?」
「今、気づいたのか?」
総将のその一言に、朝子は身体を震わせる。
「本当に腹が立つ!」
朝子は再び構えた。
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※燄燄に……災いとなるものは小さいときに摘み取ってしまわないと取り返しがつかないことになるという例え。
※遠水は……いざというときになければ意味がないという例え。




