第十話 学戦リーグ開会式 其の二
忠陽は藤の言われる通り、辺りを走り回り、伏見を探した。だが、伏見の姿はなく、気配すら感じない。仕方がないので、式神を解き放つために人気が少ない所へ入ろうとすると、伏見の姿を見つけた。
伏見は男と話していた。忠陽は隠れて、その男の姿を見ると、男は中華系特有の黒髪の長髪で、横髪が肩に垂れていた。後ろ髪は垂髪であり、肌は色白い。小さい丸いサングラスを掛けているが、その姿を見て、蔵人以上の美男子であることが分かる。
「そこの君、姿を表し給え」
男の艷やかでありながら、男子たる抑揚のある声は世の女性は靡かないであろうものだった。
忠陽は言われたまま姿を表す。男は忠陽の姿を見ると、口元が緩んだ。
「賀茂、忠陽くんかな……」
男が自身の名前を知っていることに忠陽は驚いた。
「ははは。そんなに驚くことはない。神無からは話を聞いている」
忠陽はふと警戒を解いたが、伏見を見ると、いつもにも見ないほど警戒していることが分かる。
「君は素直な人間だ。そうあってくれると嬉しいよ。君の先生は、私を信用してくれないらしい」
「どなたですか?」
「私の名は劉秀英。この島にご厄介になることになってね。そのご挨拶にと思って、君の先生を訪ねたんだ」
劉秀英。以前、神無がその名を言っていたことを思い出す。たしか、【赤い月】。
「彼は関係ないやろ」
「関係あるないの問題ではない。神無に関わったものはそういった縁が生まれる。そのことは君も分かっていると思うがね」
伏見が劉秀英を睨みつけていた。それは殺気を含んでいるものというのが忠陽にも分かる。
「だから、言ってるではないか。そう警戒をしないでくれと。私は佐伯元帥のお墨付きで君を手伝うようにとも言われている。お互い仲良くいこうじゃないか」
「あのジジイが何ホザいたか知らんが、お前らの出る幕やない」
「それは君自身の力不足が原因だろう? あの老人のせいではない」
伏見は奥歯に力を入れる。
「私は君に断っておいたからね。我らは我らのやり方で商売をさせてもらうよ。我らの商売の邪魔をする組織の連中は一層させてもらう。これは決定事項だ」
「待てや。学生に手を出すな!」
普段の伏見にはありえない声の上げように忠陽は焦った。
「それは彼らの対応次第だ。彼らはどうやら我々を敵と認識しているらしい。そのうち彼らも潰すことになるだろう。そうならないように君が頑張り給え」
劉秀英は伏見の肩上を叩き、忠陽に近づき、名刺を渡す。
「我らは近々、ここに店を出す。暇があれば来ると良い。君なら安くしよう」
その住所を見ると中央街の表通りに面したところだった。
「なに、いかがわしい店じゃない。そこは中華料理店にするつもりだ。この半年はこの島に居るつもりでいるが、早めに来てもらうと嬉しいよ。君のお父上とも面識が持ちたいからね」
その艷やかな声で気づかなかったが、劉秀英の仕草は自身を絡み取られるような気がして、悪に近しいようにも思えた。
劉秀英は優しい笑みを浮かべ、去っていた。
「忠陽くん、今のことは忘れ。これは僕の問題や」
伏見の言葉に忠陽はただ頷いた。
*
開会式はさながら全国大会でもあるように報道関係者もおり、大体的に行っていた。選手入場から国旗掲揚ならびに国家斉唱。一地方の、しかも限定的な催し物にしてはその規模が大きすぎると忠陽は参加しながら思った。
辺りを見回すと、自分の父の姿を見つけた。無表情であり、威厳をもった風格を持っているが、忠陽はその姿からすぐに目を背け、顔を俯けた。
背中から肩を叩かられ、顔を上げると、後ろから朝子の声がした。
「あれ、来賓席のところ……」
来賓席のところを見ると、オールバックの髪型に礼装を着て立っている八雲の姿を見た。顔は苛立っている様子に見える。視線を下ろすと、その下の列席に由美子の父親である功岐がおり、八雲と同じような顔をしていた。それを見る限り、なにかあったのだろうと想像にかたくなく、忠陽は笑みを浮かべた。
「八雲さん?」
「違う、その左斜下、皇太子の席」
忠陽はその席を見ると、気品の風格、そして堂々とした姿はこの国の皇子らしいものだった。
「皇太子殿下がどうしたの?」
「その後ろに立っている人、さっきお姫様に会いに来た人を迎えに来た人でしょう? それに皇太子の隣にいる人ってさっきの女の人に似てない?」
「ち、違う人じゃない?」
忠陽にも分かっていたが、そう思いたくなかった。
「お姫様に聞いてみてよ……」
「でも……」
朝子は忠陽の背中を抓る。
「男でしょう?」
忠陽は悶絶し、仕方なく由美子の肩を叩く。
「ねえ、神宮さん、皇太子の席にいる人って……」
由美子はビクッと体が反応した。それを見た忠陽と朝子は確信した。
「それでは、皇太子殿下よりお言葉を賜りたいと思います」
皇太子は係員の案内でマイク前へと立つ。堂々と学生たちを見、頭を下げるとマイクにぶつかった。
マイクからノイズ音がなるとともに、学生たちから笑い声が上がる。
「せ、静粛に! 一同静粛に!」
係員は青ざめた顔をして、マイクを整え、再び後ろへと下がる。皇太子ははにかんだ顔で周りに手だけで謝罪し、再度マイクの前に立った。
「皆、素直でいいな。学生とはそうあってもらいたい。私がマイクで遊んだこと、それにより迷惑を掛けたことここで謝罪をする」
皇太子は再び係員に頭を下げた。係員は逆にオジキを何回も繰り返す。
「えー、学生諸君に問いたい。呪術とはなんぞや」
会場がシーンとなった。
「呪術に哲学的な意味を問うのは荒唐無稽だが、少し考えてもらえればと思う。我が友は、呪術とは、人殺す術だと言った」
観客席から声が漏れ出し始めた。
「確かにそうだ。呪術は、呪う術と書く。だが、私は、友に、人を救うための呪いという意味も含んでいるのではないかと問うた。我が友はこう答えた。お前にはそれが似合っている。……皆には、呪術とはその二つの側面を持っていることを、理解してもらいたい。人を殺す術か、人を活かす術かは、その人間の考えで変わる。ここにいる学生諸君は、この国の未来を担う呪術師となる可能性がある。しかし、そうならなくても、呪術は人を活かす術であるということは、忘れないでほしい。皆、一人ひとりがそのことを胸に抱けば、必ずこの国は良き方向へと向かうであろう。これを持って、我が言葉とする」
皇太子が席に戻ると、拍手はまばらに起こっていた。そんな中で由美子はしっかりと拍手をしていた。
予選が始まる前、尊仁は再び、由美子の元へと訪れていた。その際は皇太子の服装のまま、八雲と弟である尊成、そして皇太子妃である育子が帯同しており、周りは騒然としていた。
由美子は不機嫌な顔をしており、忠陽たちはオロオロとしていた。
「そんな顔をするな。周りがお前の品位を問うぞ」
「殿下こそ、あんな挨拶をして、品位を貶めているのではないのですか」
尊仁は苦笑いをした。
「ゆみ!」
「なによ! 兄さんこそだらしない格好して、しっかり着てください!」
由美子は八雲に近づき、シワになっている服装を整えようとしたが、八雲に手を払われた。
「相変わらずだな、武。妹には勝てんな」
「ええ。シスコン極まれりですね」
育子が扇を広げ、顔隠しながらくすりと笑う。
「うるせえ、このバカ夫婦!」
「おう? この我らをバカだと? これは極刑に値するな。尊成、こやつを後で捕まえておけ」
「殿下、武殿は本当のことを仰いました。これは称賛するべきことかと」
育子は横から口を出した。
「おう、そうか。ならば、褒めて遣わそう」
高笑いする尊仁に周りはどう対処すればいいか困っていた。
「またなんの用や、ささっと去ね。お前が居ったら、迷惑や」
伏見の容赦ない言葉に藤は慌てふためく。
「そう言うな。こうして、会えるのも数年一回あるかないか。我らの姫と友に会うに理由はいるまい?」
「時と場所を考えろや。目立って仕方ないわ」
「すまんな。できれば、盃を交わしたいが、我らもそうは言っておれん」
「そいつはええ話や」
「世の中はままならぬことが多い。この島にも目を向けたいところではあるが――」
「そんなことは気にせんでええ。お前はお前の役目を果たせ」
「すまん。頼りない皇太子で」
「今に始まったことやないわ」
尊仁は頭を掻いた。
「ゆみ、すまないが我らは帰らせてもらう。また、会える日を楽しみしてるぞ」
尊仁は由美子に近づき、頭を撫でる。
「もうちょっと、演説の内容を考えなさいよ。兄さんのことを話してくれたのは良かったけど……」
「そうか。今度はお前に褒められるようにするとしよう」
尊仁は由美子の頭をポンと優しく叩き、清々しい顔をした。そうやって、高笑いをしながら忠陽たちの元を去っていた。八雲は忠陽たちに黙って挨拶をしながら、尊仁の後に続く。
「あんたがお姫様だってことは分かってるけどさ、皇太子殿下にあの態度はちょっと……」
「いいのよ。宮中じゃあ、バカ皇子で呼ばれてるんだから」
由美子は清々したように毒を吐く。
「ほんまや。今日は人前やから流石に大人しゅうしていたな。なあ、姫?」
伏見はヘラヘラと笑っていた。
「伏見先生」
藤が慌てて嗜める。
「うるさいわね! 大体、こんなところで何時もみたいに悪戯できるわけ無い――」
由美子の頭からポンとひまわりの造花の花が咲いた。造花には泣き虫ゆみと書かれていた。それを見た全員が絶句する。周りの様子に気づいた由美子は不安そうにどうしたの聞き回った。
「じ、神宮さん、頭……」
「え?」
伏見はクスクスと笑っていた。
「何よ、何があるのよ!」
由美子は自分の頭を触り、周りに聞いていた。
「頭に、ひ、ひまわりが……」
朝子はそう言いながら笑っていた。
「と、とってよー! 鞘夏! 賀茂君!」
由美子は半べそをかいていた
「お、落ち着いて、神宮さん……」
忠陽も鞘夏も笑っていた。
「なんで、ひまわりやねん。あいつ、笑いのセンスがないな」
「伏見先生……。笑っちゃ駄目ですよ……」
藤さえも笑っていた。
「もう、あんな奴、絶対に許してやるか! バカ皇子――!!」
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