第九話 合宿の終わり 其の二
時刻はもう十二時なろうとしていた。
良子は自室にあるコーヒーメーカーでコーヒーを作っていた。部屋にはコーヒーの仄かな酸味が漂い、浅煎りのいい香りが漂う。
隊長室のドアがノックされ、アリスの声がした。
「アリス二曹入ります」
アリスとともに入ってきたのは鞘夏だった。その表情は無表情である。
良子はコーヒーをカップに入れながら答えた。
「すまない、アリス」
「いえ。私は外に居ます」
「悪いな」
鞘夏はアリスに勧められ、隊長室の応対用のソファーに座る。アリスが出ると、流石に鞘夏も不安げな顔をしてしまった。
「お前には、さっきの話の続きをしたくてな。あの場では言うか、考えたが二人で話したほうが良いと思った」
鞘夏は黙ったままだった。
「コーヒーしかない。あの女よりは味が劣るのは仕方ないがな」
良子は鞘夏の対面に座り、コーヒーを差し出す。
「ミルクと砂糖はここに置いておく。好きに使ってくれ」
鞘夏は出されたものを飲まないのは家の品格を疑われると思い、砂糖を二杯、ミルクを少量入れた。その後、プラスチックのかき混ぜ用スープンを入れ、丁寧にかき混ぜる。
「お前に話したいことは、お前のこの先についてだ」
鞘夏はスプーンの動きを止め、同じ使用済みスプーン入れに入れた。
「お前が賀茂へ抱く感情は分からないでもない」
良子は黒い飲み物に映る自身の顔を覗き込む。
「私にはな、この命を掛けてでも守りたい人が居た。それは私の主であり……妹のような存在だった。だが、生来病弱でな、私よりも先に逝ってしまった」
良子は黒い飲み物に口をつける。
「主とは……私たちが思っている以上に成長し、いつか私達を必要としない時期がくる。そういうとき、主の側にいる人間に嫉妬したり、近づく誰もが敵に見え、過保護になったりして、主を困らせる」
鞘夏はようやく顔を上げ、良子の素顔を見る。
「寂しいものさ。だが、それは受け入れる必要がある」
良子はカップをテーブルに置く。
「お前はいずれ選ぶときが来る。従者として生きるか、女として生きるか」
鞘夏は俯く。
「今決める必要はない。だが、時間は待ってくれない」
良子は立ち上がり、自席に飾られている写真立てを取る。
「従者として生きる道は案外悪くはない。主とともにいる時間はかけがえのないものだ。……だが、主の心までは手に入れることはできなかった。これは……私の経験だ」
良子は写真立てを優しく置き、鞘夏へと向き直す。
「お前が女として生きるならそれができるかもしれない。そのとき、賀茂の隣で一緒に戦うことは難しいだろう。これは私の推測だ。当てにはならん」
良子は隊の集合写真に目を移す。
「……女として生き、自分の好きな男の隣に並び立とうとしているバカ者がいることを、私は知っている」
鞘夏はミルクと砂糖が混ざったコーヒーを見つめていた。
「どう決めるかはお前が決めることだ。話は以上だ」
良子は自席に戻り、書類の処理を始めた。
鞘夏はコーヒーをゆっくり飲み干し、部屋から退出した。
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