第九話 死線を超えた先 其の二
演習場に戻ると、武装を整えた八雲たちが談笑していた。
咲耶の服装はショートパンツにインナーを着込んでおり、肌の露出を抑えながらも動きやすいものだった。武器は細剣である腰に鞘とそのホルスターが掛けられている。全体を見ても機動力で敵を攻めるように見える。
総将の軍服は変わっており、忍び服にも似た身のこなしが軽いものだった。武器は伏見が言ったように約一五〇センチぐらいの大太刀を背負っていた。
その姿を見ただけで忠陽は冷や汗が出る。戦ってもいないのに、威圧感があり、身が引き締まった。
総将は五人全員が集まったことを確認し、咲耶と八雲に声をかける。
「さて、始めるぞ」
総将が声をかけると、大地が焦るように問う。
「ちょっ、待てよ。ここから始めるのか?」
「どうした、準備出来てないのか?」
「いや、そうじゃなくて、いつもは離れてから開始するから」
「どっちだって一緒だ。自信がないのか?」
「ちげーよ!」
「なら、いいだろう。それに近くにいるのは言わばハンデだ」
大地と朝子は不満の声を上げた。
「二人とも挑発に乗っちゃ――」
「乗ってねぇ!」
「何言ってんのよ!」
忠陽は口を噤んだ。
「スタートはどうするの?」
由美子が総将に聞いた。
「そうだった。どうする?」
総将の間の抜けた言葉に全員がコケてしまった。
「ちょっと! 今までの雰囲気が台無しじゃない!」
咲耶に詰められ、総将は苦笑いしながら謝った。
「八雲、なにか良いものないのか?」
「なら、俺の鞘でも空に投げろよ。地面に落ちたら開始でいいだろう?」
八雲は刀を抜き、鞘を総将に渡していた。
「それでいいな?」
由美子は頷く。
「準備はいいか?」
総将は周りを見回すも反論する人間は誰一人して居なかった。
総将は鞘を空に放り投げたが、天高く上げってしまった。
「おい、総将……」
咲耶はため息をついた。
「賀茂くん、地面を隆起させて、三人を分断して。宮袋くんは火炎で追撃。鞘夏は二人のサポート。氷見さんは私の側に」
声に聞こえない由美子の言葉が四人の頭に走る。
「お、おい。卑怯じゃねぇか?」
焦る大地を一喝するように由美子の声が響く。
「卑怯もないわ。先手必勝よ!」
忠陽は挑発に乗せられてたんじゃないかと疑うが、ここはその方が面白そうという感情が勝り、すぐに呪符を取り出し、地面に押し付ける。すると、地面が斜め隆起し、土の槍衾が三人を襲う。
三人は慌てず、それぞれ槍衾から距離を取る。
忠陽は三人の位置を確認し、咲耶を他の二人から遠ざけるように呪術で追撃を行う。
咲耶を助けようと総将が回り込もうとしたが、大地はそれを見て、覚悟し、手に炎を集め、総将と咲耶の間を裂くよう炎を放った。
朝子は忠陽が呪術を使った瞬間に由美子の側に行くと、由美子が朝子の手を取る。
「ちょっと!」
その言葉を無視するかのように、由美子は言う。
「酔わないでよ」
その瞬間、朝子は頭が揺れるような感覚に包まれ、視界を喪失する。一瞬でその視界が戻るぐらいユラユラと蠢き、微かに人らしきものを捉える。右から人影が飛び出すのを見て、それが恐らく由美子であろうなと思考するが、体が追いつかない。
視界がようやく元に戻ろうとした瞬間には由美子は咲耶との交戦を始めており、さっき忠陽が出した土の槍は途中で止まっていた。
朝子は頭を振り払い、短鞭を抜いて、走り出す。
「右!」
由美子の声で、朝子は右を見ると、八雲が自身に襲いかかってきているのに気づき、その一太刀を受ける。鈍いと音ともに自身に一撃の重みが足まで響く。だが、それは一瞬のことですぐに軽くなったのを感じたときには、八雲が刀を引き、二撃目を繰り出そうとしていることに気づく。ヤラれると思ったが、二撃目は来ず、自分の視界には長い棒が通る。それは由美子の長棒だった。
「ボサッとしないで!」
「うるさい。いきなり何が起きたか、よく分かんないわよ」
「事前に言ってたでしょう。跳ぶって」
「ええ、お陰で視界が飛んだわ」
八雲は二人の会話寸断するように由美子に襲いかかる。由美子はそれを長棒で払い除け、追撃を受けないようにするため、八雲を突く。その攻撃のリーチから八雲は一旦間合いを取り直す。
「あなたの役目を果たしなさい」
「言われなくても!」
由美子と朝子はそう言い合いながら互いに動いた。
由美子は八雲に向かって走り、長棒で攻撃をする。八雲はその攻撃を避けながら、相手の動きを見ていた。
一方、朝子は視界が元に戻り、咲耶の間合いに入ろうとする。
相手の構え方は自身の利き腕の方向に顔と前足を向け、そのまま腰を浅く落とし、肘は九十度に曲げ、手首、肘、肩が同一のラインのようにしていた。いわば、西洋のレイピアやサーベルで使う型だ。
咲耶が持っている武器の形状は柄にバラの装飾がされており、手を守るためのガードが存在した。刀身は直剣の細身の剣だった。
それらを見る限り、刺突を基軸とした攻撃が考えられると朝子は思考し、短鞭をすぐに鞭へ形状変化させ、中距離から動きを見ることにした。
鞭をしならせながら、音を立て、穂先を投げる。穂先は直線的に進み、咲耶の胸に向かうが、咲耶に簡単に切り払われた。
その重みを手で感じ、朝子は切り払われた穂先の軌道を再度向かわせるために、柄を振り回して穂先の主導権を取り戻し、また弧を描いて、相手に対して穂先を向かわせる。
咲耶は細剣に魔力を帯びさせ、鞭の穂先を今度は地面に叩きつけた。
朝子はすぐに鞭を引き戻し、体制を整える。
「間合いは図れた?」
余裕な咲耶の言い方に由美子とは違う苛立ちを覚える。
「じゃあ、次は私の番」
咲耶は剣の柄を顔に近づけ、詠唱を始めた。
「穿ちなさい。クリムソン・デューク!」
咲耶の前にピンク色のバラが咲き、すぐに花弁が舞い散る。舞い散った花弁は結合し、五本の小さな投げ槍のような形に変わった。
その形状を見て、本能的に朝子は走り出す。
咲耶は笑みを浮かべ、剣を振り下ろすと、その槍は朝子に向かって走った。
槍の速さは弾丸よりも速く、魔力で強化した目でも捉えきれない。一本、二本とその槍を辛うじて避けられたが、三本目は朝子の足元を崩し、四本目、五本目は朝子を捉えていた。槍は朝子に当たる前に呪防壁で防がれたものの、その防壁には亀裂が入る。
朝子は土埃で汚れた顔を拭い、咲耶を睨む。
咲耶の呪術は奏やアリスとは違う独自のものだと朝子は感じた。呪術の多彩さという意味では奏には劣るが、呪力で目の前に薔薇を咲かせ、槍に変化させる方法は独特なやり方だ。威力も充分であり、人を殺せる域なのであろうと推測する。
その点では咲耶と距離を取るのは良くないと朝子は判断した。そうすると、近接戦がどのくらいできるかだが、その力量を判断するには情報が足りない。
「情報が足りないのなら、自ら集めろ」
頭の中に総将の言葉が響く。
「うるさい……」
朝子の呟きに、咲耶は首を傾げる。
朝子は鞭の柄を頭上に上げ、目を閉じ、深呼吸をする。次の呼吸するときに、目を開け、鞭を振り下ろす。鞭の穂先は咲耶に向かう。
咲耶はその穂先を切り払うが、直ぐ朝子がまた穂先を咲耶に仕向ける。
朝子は切り払われる覚悟で鞭の乱撃を加える。鞭で攻撃を加えながら、相手の隙を探る。何度も切り払われて気づいたことは、咲耶は奏やアリスと違い、同時に呪術を使っていない。
ワザとそうしてないのかと疑うが、情報が足りない。足りないのなら……。
朝子は鞭が返されると当時に鞭から短鞭に切り替え、地面を蹴る。
咲耶はその動きを見て、細剣を指揮棒のように振るい、朝子に対して、風属性の衝撃波を繰り出す。
朝子はその攻撃を紙一重で躱し、直線的な動きを辞め、蛇行をしながら、咲耶に近づく。
咲耶はさらに衝撃波を出しながら、相手の動きを観察する。
「その程度であれば対応、可能よ!」
朝子の進行方向の地面に衝撃波を当て、足を止める。足が止まった瞬間を狙い、細剣を円を描くように捻る。すると、朝子が持っていた短鞭が宙に舞い上がる。
咲耶が使ったのは西洋で使われる武装解除の魔術だった。
朝子は舞い上がった短鞭に気を取られ、眼の前の咲耶から目を離す。咲耶はすかさず、朝子との距離を詰め、細剣の切っ先を朝子に突きつける。
「どうする?」
朝子はその余裕な笑みに腹が立ったが、それは顔に出さなかった。
「獲物が無くなったら、それがもう一度手元に戻ると思うな」
朝子の頭にまた総将の言葉が過る。
「うるさいわね……」
その言葉に咲耶は眉をひそめる。
「いちいち、私に指図しないでよ!」
朝子は相手が細剣を持っていることを構わず、格闘戦を挑む。
咲耶はその動きに驚き、細剣での攻撃が一歩遅れる。
振り遅れた剣筋は空を斬り、その間に朝子は咲耶の懐に入り、左脇腹に殴打を与えた。
咲耶の顔は痛みで歪む。すぐに、自身の懐に入った朝子を引き剥がそうとするが、さらなる朝子の殴打でそれが叶わない。
咲耶は身を固め、自身の魔力を高め、呟く。
「花びらよ、舞い散りなさい……」
すると、咲耶の周りに花びらが間欠泉のように瞬時に吹き出す。
朝子はその量を見て、一旦距離を取り、ついでに武器を回収した。
花びらはその場に出切ると、空中に浮き漂っている。一つ一つのバラの花びらは小さいが、浮き漂う様は幻想的でもある。
花びらの隙間から咲耶の顔が見え始めると、顔つきは笑みはなかった。
「簡単には倒れないでよね?」
咲耶は儀式のように細剣を顔に近づけ、振り払い、再度その剣で花びらたちに敵を指し示した。
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