第九話 バーベキューができるまで
宿舎の自室のベットで、藤は二段ベッドの上段の網を見ていた。
ここまでは咲耶の付き添いで来たが、その後ベットで横になってからずっと二段ベッドの上段の網を見上げている。何も考えず、ただその網を見て、心を落ち着かせる。
部屋の戸がノックされた。
「は、はい……」
「私だ。体調が良いなら手伝ってくれ」
良子の声でベットから立ち上がり、部屋の戸を開ける。
外には仏頂面の良子が立っていた。
「あ、あの……」
「三時間後にバーベキューを行う。その買い出しの手伝いだ」
「わ、分かりました」
藤は良子に促されるように部屋から出て、後をついていく。
隊舎の前には高機動車が横付けされており、運転席には八雲が座っていた。
八雲は藤に気づくと手を上げる。
藤は黙って会釈した。
「乗れ」
藤は良子に促されるように後方席へと座る。
「とりあえず、肉屋でも行けばいいの?」
「ああ」
「アイアイサ〜」
八雲は携帯で住所を調べていた。
「藤教諭、バーベキューで食べる肉はいつもどんなとこで買うんだ?」
「えっ? ……スーパーとかですかね」
「八雲」
「そうなのか? 奏は肉屋で買ったぜ?」
良子は考えていた。
「それにスーパーの肉の量で育ち盛りのガキと軍人の食欲を満たせるか?」
藤はそれを聞いて納得した。
「八雲、それは奏に言われたな?」
「うるせえ」
八雲は携帯で検索した肉屋を、車載ナビに入れる。
「道ぐらい覚えろ」
「任務じゃないんだし、いいだろう? こういう時は効率を優先」
良子は言葉には出さなかったが、不満そうにしていた。
車は隊舎を出て、一般道に出た。
すると、藤のお尻に路面状況をしっかりと伝え始めた。路面で舗装が甘いところ、段差があるところは車に衝撃が走り、お尻から頭まで衝撃を受ける。
「宮袋の方はどうだ?」
「うん? 楽しくやってるよ」
「よく分からん……」
八雲は空笑いをした。
「いや、炎の起源までは遡れたけど、制御に手こずってる。アイツ、細かい調整は苦手だからな」
「お前と同じだな」
八雲は口を尖らせる。
「そっちこそ、どうだったんだよ?」
「動きは良くなっているが、まだまだだ。呪詛を覚えたらしいが実用には程遠い」
八雲は薄っすらと笑いながら小さい声で「そういうことか」と呟く。
その笑いに気づいたのか、良子は八雲を睨み、「なんだ?」と圧力をかける。
「別に」
八雲が車を十五分くらい走らせ、止めたのは商店街手前にある図書館の駐車場だった。
「おい、ここは止めていいのか?」
「いいんだよ、皆止めてるから」
良子はため息を付きながら、車から出た。
その二人を見て、藤も慌てて、車から出る。
商店街は人がまばらにおり、女性の比率が多く、その服装から専業主婦であろうと藤は想像する。それにしても、八雲は道行く人に声をかけられていた。この街の人から人気なんだろうか。
精肉店に着くと店主が快く出迎えてくれた。
「おう、八雲。今日は奏ちゃんと一緒じゃないのか?」
「なんで、そうなるんだよ」
八雲は顔を顰める。
「しょうがねえだろう? いつも奏ちゃんと一緒にいるイメージだからよ」
店主は豪快に笑いながら、八雲の後ろにいる良子と藤に気づく。
「なんだよ、そうは言いつつも隅に置けねえな」
「勘違いすんなよ。知ってんだろデ・バイスでもよく会う俺の上司と、あと妹の合宿の引率の先生……」
店主は二人を見ながら、へこへこと頭を下げる。
「で、今日は何にする?」
「バーベキューをするんだ。結構な量の肉が欲しいんだよ」
「えっ、ウッソォ!? 大量な肉がほしいのか? おいおい、八雲ちゃん、ここは肉屋だよ?」
「だから、来たんだけど」
「いやー、八雲ちゃん。あるにはあるんだけどさ、特別な肉の方が良いじゃないのか? 熊と鹿の合い挽きにするか?」
「いや、この前、奏と買いに来たときと同じ肉でいいよ」
「でもさ、八雲ちゃんの上司っていうとさ、あの連隊長さんだろ? そんな方が一緒に来てるんじゃあーさ――」
「いいから、普通の肉でいいから出してよ!」
「おっし、分かったよ。おいさん、ここは奮発して、今の価格から五割上げにしちゃうよ~」
「ボッタクリじゃねえか!」
藤は二人のやり取りを見て、笑ってしまった。おかしな事を言う店主にそれを本気で返答する八雲、それが滑稽に見えてしまう。
「藤教諭」
藤は良子に呼びかけられると体がビクッとなった。
「はい、なんでしょうか」
「昼に、子どもたちを……叱ったそうだな」
「……はい」
良子は藤の怯える姿を見て、ため息をつく。
「理由は聞いている。私はただ、気にするなと言いたいだけだ」
藤は良子の言葉を飲み込めなかった。
「あなたの役目は生徒を守ることではない。生徒を人間として育てることだ」
その言葉が意味を問おうとしたが、藤は言葉に出せなかった。どうしようかと迷っているうちに八雲が疲れた顔をして戻ってきてしまい、機を逸してしまった。
その後、八百屋を回り、野菜を購入した後、また車に乗り込み、八雲はホームセンターに向かった。そこでバーベキューに必要な道具を買うのと同時に八雲が入れた品物を見て、良子は八雲を見る。
「いいだろ? これくらい。楽しみがあった方がアイツらもいい思い出になるよ」
良子のため息のような深呼吸が起こったあと、いいだろうと言った。
それが家族のみに聞かせるような愛情に藤は感じた。




