第九話 個人鍛錬 其の二
忠陽と奏は伏見の案内で演習場の隅っこに連れて行かれた。
「辰巳さん、何をやるのよ?」
伏見はヘラヘラと笑っていた。
その顔を見て、奏は嫌な予感がしていた。
「そんな顔をせいへんでも、昔、奏ちゃんとよう遊んだやつや」
「私、辰巳さんに一方的にヤラれた覚えしかないんだけど」
忠陽は苦笑いをする。
「まずは忠陽くん、自分のことについて再確認しようか」
忠陽は頷く。
「君は他の人と比べて呪力量はどうや?」
「呪術師としては平凡な量だと思っています」
「せやな。呪力操作はどうや?」
「繊細な使い方は得意じゃないです。属性は土と風をよく使いますが午前中の神宮さんみたいな緻密な風の使い方はできないです」
「辰巳さん……」
奏は怪訝な顔をした。
「なんや、意地悪かと思うてん? これは再確認や。忠陽くんも自分にできないことを理解するためや」
忠陽は再び苦笑いをする。
「さて、そんな忠陽くんが奏ちゃんに勝つためにはどうするべきやと思う?」
忠陽は考える。
「正攻法だと……勝てません」
「それはそうよ」
奏は当たり前のように言い返す。その言葉が忠陽の胸に突き刺さる。
「なら、君お得意の奇襲でいくか?」
「月影さんには奇襲は入らないと思います。こちらの手口を知らないとか、初めて戦うなら可能性は高くなりますが、今の状態だった確実に負けます……」
「意外に冷静やな」
伏見の方が驚くぐらい忠陽は冷静に自分の状況を理解していた。
「さて、こんな状況ならいつもは逃げろと言うけど、今回は逃げられないと想定しようか。そんな状態で、君が格上の相手と戦うためにはまず相手の死角や油断、隙をつき、拘束または反撃不能に陥れる。そして、その場から逃げるや」
「って、結局逃げるんかい!」
奏は勢い良くツッコミを入れる。
「奏ちゃん、ええツッコミや。腕上げたな?」
伏見は奏との会話を楽しそうにしていた。
「でも、忠陽くんが一人で戦っても勝てへんやろ。なら、逃げて、自分の有利な状況で戦うしかない」
「まあ、そうだけど……。でも、その後で戦うときに、敵はその戦法を警戒して、もっと戦えなくなるじゃない」
「そんな相手なら逃げ切ってもええ。忠陽くんの隠形は逃げるにはうってつけやからな。もしくは、その戦法を逆手にして戦うのもええけどな」
ヘラヘラと笑う伏見に呆れる奏。
「先生、僕がどうやって相手を拘束や反撃不能にするんですか? 今のところ、僕はそんな術を持っていません」
「おっ! そうやったな。そっちが本題や。奏ちゃん、術比べ、久々にやろか」
「えーー。辰巳さんと?」
「なんや、片腕と片目の人間と戦って負けるつもりかいな? 今の奏ちゃんなら勝てるやろ?」
奏は伏見を半眼状態で見ていた。
「ほなら、僕に勝ったらなんか買うたるわ」
「……分かったわよ」
「ありがとうな」
忠陽はこの二人の兄妹のような絆を感じた。
二人は一定の距離を取る。
「忠陽くん、合図、頼むわ」
忠陽は上擦った声で「始め」と叫ぶ。
奏がすぐに橙に輝く光弾を放とうとすると、伏見が呟く。
「動くな」
奏はその言葉で一瞬動きを止めたが、それも一瞬、すぐに光弾は伏見に向かって放った。
光弾は伏見に当たったように見え、炸裂し、粉塵を巻き起こす。
粉塵が晴れる前に奏は辺りを見渡していた。
すると、奏の背後から伏見がぬっと現れ、肩に手を置いた。
奏はすぐに伏見から離れて、距離を取っていたが苦痛の表情を浮かべていた。
「守りが疎かになっとるで。教えてやったやろう? 大和で戦うときは呪いに注意せいって」
「わ、分かってるわよ!」
伏見は式符を取り出し、白い鳥を作り出す。
鳥は十数匹になり、伏見の周りを飛び交う。
伏見は鳥たちを奏に向けて放つ。
鳥たちは空間を気持ちよく飛び交い、終いには一つの刃になる。
奏はそれを見て、土壁の盾を作る。
半数の鳥はその壁に突き刺さるが、もう半数は迂回し、奏の後ろに廻る。
その鳥たち目掛けて、伏見は黒紫の弾を放った。
鳥たちはその弾を反射させ、土壁を回り、背後にいる鳥から奏の足に当てる。
奏に当たった瞬間、片膝を地につけてしまった。苦い表情をしながら、地に手を付き、形態を土の槍に変えて、無数に解き放つ。
だが、伏見が目の前にいないことを気づき、奏は両手を上げた。
伏見は槍の横数センチ、紙一重の距離で躱しており、片手は鳥に向けて銃口を引くかのように狙いを定めている。
「嘘つき……」
奏の眼は鋭くなり、頭からビリビリと電気を発しているかのようだった。
「僕が教えたことを忘れてるからや。魔術ばっかりの力押しじゃあ、僕にはまだ勝てへんな」
奏はそっぽを向いた。
伏見が奏に近づき手を差し伸べるも、奏はその手を払った。
「一人で立てるわよ……」
伏見が奏に見せる優しい顔は、忠陽は今まで見たことがなかった。
「どうや、忠陽くん。相手を反撃不能にするやり方は分かったか?」
「あんなので分かるわけないでしょう」
「そうですね……。レベルが高すぎて分からなかったです。言霊で月影さんの動きを鈍らせたのは分かったんですけど、先生が月影さんに触れただけで、それから一方的になったのは――」
「一方的じゃないわよ! 私も反撃した!」
「すいません……」
忠陽は奏の圧力に負けたが、その後、奏は自分の行いに顔を赤くした。
「忠陽くん、奏ちゃんに触ったとき、僕は呪詛を流した」
「呪詛?」
「せや。相手を殺すつもりで呪うんや」
忠陽は言葉にならなかった。親しい相手にそんな事をしていたなんて。そう思うと次第に怒りが沸いてくる。
「先生って意外に薄情な人なんですね」
「どうしたんや、急に?」
奏は笑う。
「大丈夫よ。呪詛を流したって言っても、相手を殺せる呪詛はそう簡単にできないわよ。せいぜい体が重くなったり、一時的な機能障害を起こすだけよ」
忠陽は安堵した。
「と言っても、受け続ければ命が危ないのは確かだけど」
忠陽は再び真面目な顔になった。
それを見て、奏は笑っていた。
「呪詛は人の邪な思い、願望が極まった状態や、相手を故意に貶める感情を具現化したものや。やから、邪術とも呼ばれている。昔の呪術戦の基本はこの邪術を使って、相手を屈服、調伏をさせていた」
「昔? 今は使っていないんですか?」
「呪詛は人の心を現れや。自身の心を上手く扱わないと相手に効果がない。五行思想が一般社会に広まり、それから魔術の概念が広がってきてから扱いにくい邪術より、魔術が好んで使われるようになっていった」
「扱いにくいんじゃ、僕には……」
「何言ってんのよ。呪術っていうのは殆がこの邪術からできるているのよ。魔術みたいな論理構築より、貴方の肌には合うと思うんだけど」
「え、どうしてですか?」
忠陽の疑問に奏は顔を歪めて睨み返す。
忠陽はまずいことを言ったと気付き、口を閉じ、視線を逸らした。
その様子を見る伏見は笑っていた。
「二人ともええコンビやな」
「なんでよ!」
「まあまあ。確かに呪術に苦手意識がある君にはそう思うかもしれないけど、君は自分と呪力を消す変質をやってのけたんや。僕はできると思うてる」
「でも、あれはたまたまできただけで……」
忠陽の自己肯定の低さに奏はイライラし始めていた。
「隠形みたいな変質は自身の心にも関係する。君は五行変質よりも心の変質の方があってるかもしれへん……」
忠陽は俯く。
「あーじれったいわね! いつまでもウジウジしないで頑張りますの一言ぐらい言えないわけ! 邪術なんて今どき教えられる人が居ないんだから貰えるものは貰っておきなさいよ、このヘタレ!」
忠陽は詰め寄る奏にたじろぎ、バランスを崩し、その場にへたり込む。
「奏ちゃん、そないな言わんでも……」
「うるさい! 私ははっきりしないのが嫌いなの! 大体、辰巳さんは昔よりも甘いのよ。私には嫌でもヤラせてたくせに!」
奏は鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
伏見はため息をつき、忠陽を振り返る。
「忠陽くん、どうする?」
伏見は忠陽に手を差し伸べる。
忠陽はその手を取り、立ち上がる。
「や、やります」
「声が小さい!」
奏の威圧する声が忠陽の心臓を動かす。
「やります!」
「奏ちゃん……」
「男にはね、強引なぐらいのほうがいいって母さんが言ってたわ」
「ほんまかいな……」
伏見と同じく、忠陽も苦笑いをしていた。
「さて、忠陽くん。君はまず、敵に触れて呪詛を流し込む方法を覚えて貰わなあかん。その後が呪詛を物体として飛ばす方法や。後者は制御が難しくなってくるから今はできへんでいい。今日は呪詛を作る方法をちょっと荒っぽい方法でやるで」
忠陽は嫌な予感がしてきた。
「それって、まさか……」
伏見はニタリと笑う。
「呪詛を受けながら、体で覚えるや」
忠陽はため息をつく。
「それ以外の方法はないんですよね……」
「手っ取り早い方法はこれやな。奏ちゃん」
奏は頷き、忠陽の下へと近づく。そして、無言で手を差し伸ばす。
忠陽はその手を見て、また奏を見返した。
「えっと……」
その瞬間、忠陽は奏に頭を叩かれた。
「手を掴めってことでしょうが!」
「そんな、殴らなくても……」
「私だってね、好きで男と手をつなぐわけ無いでしょう!」
「はいはい。今のは忠陽くんが悪い。はよ、手を掴みい」
再度、奏が手を差し出すと忠陽はその手を掴む。
奏の女性らしい小さく細長い手だった。妹や鞘夏よりは感触が硬く感じるがそれでも見た目とは違うものだった。
忠陽がそう感じたと同時に体に気持ち悪い何かが流れてきた。色としては黒く、体中をめぐり、不快な感覚をか持ち出し、吐き気を催す。
忠陽は立っては居られなくなり、奏から手を離し、膝をついた。
「奏ちゃん……」
伏見はため息をつく。
「だって、イヤラシイだもん」
「説明する前にやってもろうても困るんや」
奏は腕組をしながら外方を向く。
「忠陽くん、大丈夫か?」
忠陽は気持ち悪さが段々と抜けていくが、それでもまだ立っていられなかった。
「これが、呪詛ですか?」
「そうや。人の嫌悪、嫉妬、憎悪、支配欲、傲慢が他人対してそうなってほしいという気持ちが入ったものや。かなり気持ち悪いやろ?」
「はい。こんなの受けたくないです」
「呪詛は敵に対して負の感情を直接与えられる。その人間が確固たる信念を持った者や妖魔のような負の感情を支配されたものでなければ、君みたいになるは当たり前や。呪詛を受け続ければ、やがてその心が病み、死へと至る。昔の呪術師はそうやって人を殺していたんや」
「なんか怖いですね……」
忠陽は立ち上がり、奏を見る。
奏は忠陽を一瞥して、外方を向く。
「学校でこんな術を教えないのは、学校はあくまでも教育機関やからな。人を殺す術を教える場所やない」
「なら、どうしてそれを僕に?」
「君なら上手く使うと思うたからや。実際にこの術は使用者の心を蝕む恐れがある。呪わば穴二つ。もっと君自身の心を強く持つためでもあるんや」
「毒をもって毒を制する。もう一人の僕対策でもあるですね……」
「それは分からん。僕の中では最初に言ったように君なら上手く使うてくれると思っただけや」
「そうですか……」
忠陽は地面へと視線を落とす。
「さて、もう一度、奏ちゃんと手をつなぎ」
忠陽は前に出て、今度は自分から手を差し出す。
奏は忠陽の顔を見て、口を緩ませる。
「へー、いい顔じゃない」
忠陽の顔は苦痛に歪んでいるように見えたが、それよりも真剣な顔つきに変わっていた。
「奏ちゃん、手を掴んだ同時に呪詛を流すのは待ってな。まだ、話が終わってへんから」
「分かってるわよ……」
奏は忠陽の差し出された手を掴む。すると、忠陽から発せられる黒い何かを感じ取り、呪力防御を高め、弾き飛ばす。
「いい度胸ね、あんた」
伏見の顔はニヤついていた。
「僕はまだ、何も言ってないで」
「だったら、速くしてよ。コイツを徹底的に叩いてやるんだから」
「ルールは、攻撃側と防御側を分ける。攻撃側は任意のタイミングで攻撃をしてええ。攻撃は一度きりや。終わったら、防御側に回る。その繰り返し。攻撃を食らったら十分の休憩を挟む」
忠陽は頷く。
「それでいいわ」
奏も同意する。
「忠陽くん。呪詛への防御はさっきも言ったように耐性もあるが、基本的には呪力の質を高めることや。それも入るところへ一点集中や。それで呪詛は弾かれてしまう。ええか?」
「はい。努力してみます」
「ほなら、初め!」
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