第九話 暁神無の行方
個室の出入り口は扉はなかった。個室の中には茶色の丸いテーブルが置かれ、木で作られた椅子が五席、テーブルに並べられており、部屋の隅に一席だけ点在した。
栞は全員を座らせ、自分は部屋の隅にある椅子を持ってきて、側にいた忠陽と大地の間に入る。
静流から渡された水晶を栞はテーブルの真ん中にある台座に置いた。
「その水晶ってなんなんだ?」
大地は興味本位で栞に聞いていた。
「えっ? 魔法の水晶だよ〜」
「魔法?」
忠陽は聞き返した。
「そう。ここに来る人は物騒な人もいるから、他のお客さんに迷惑を掛けないようにするためにこれを置くんだよん」
水晶は淡い光を放ち、瞬時に周りに結界を張った。
由美子は立ち上がり、栞を威圧した。
栞はそれに気づき、枯れた声で笑った。
「流石に、妹ちゃんには分かるか。でも、安心して私は戦闘力皆無だし、この結界は遮音や魔力漏れを封じるためのものだから」
由美子はそう言われても警戒を解かなかった。
「その妹ってやめてくれませんか?」
「じゃあ、ゆみちゃん!」
「イヤ」
「チェッ」
栞は自分の鞄を漁り始めた。
その間に鞘夏は由美子を座らせていた。
栞はバックの中から色々と取り出しはじめ、投げ捨てていく。
忠陽はその物体を見ると、ピッキング道具、防犯スプレー、スタンガン、警棒、何かのスイッチと普通の女性が持っているであろうものから、何でこんなものがという物まで出てきた。
「あったー!」
栞は白いビニール袋に入った紙らしきものを頭上に掲げた。
全員がそれに目を向けるが何かが分からない。袋の白さは擦り傷らしく、そのせいで中身が何かが確認できなかった。
「なんだ、それ?」
「え? 写真。……本当は君たちの取材というのは優先順位としては低いんだ。本題はこの写真について聞きたかったの」
栞は白いビニール袋から写真を取り出し、テーブルの中心に置いた。
忠陽はその写真を見て、すぐに由美子を見てしまった。
その写真に写っていたのは暁神無だった。
「こいつ、あの時の男じゃねぇか!」
「あんた、馬鹿じゃないの!口外禁止でしょ!」
由美子は口を噛む。
その様子に鞘夏は心配していた。
栞はニンマリと笑みを浮かべていた。
「良い反応、良い反応。皆、わかりやすくて助かるよ」
「はあ? 何言ってんだ! あんた、こいつがどこにいるのか知ってるのか?」
大地は栞に問い詰める。
「私が聞きたかったのはそれなんだけどねー。あなた達、三人は彼の居場所を知らないだろうし。その代わり、天谷市の港湾事件であなた達が見たことを教えてほしいの」
栞は忠陽、大地、朝子を指していた。
それに大地も朝子も口籠る。
「それを知ってどうするの?」
由美子が口を開いていた。
「あなたは私達のことを知ってるわよね。兄さんに近づいて何をするつもり?」
「あへへへ。何をすると言われても、実際、私は部外者だし。確かに私は暁に縁があるけど、私は彼と直接的な面識はない。ただ……」
栞は呼吸をする。
「ただ、親友の手助けがしたいんだ」
「親友? それは誰なんですか?」
忠陽は興味本位で聞いていた。
「月影ゆん……」
まただ。また、その名前を聞いた。
忠陽は内心そう思った。伏見も、由美子も、奏もその女性の名前を口にする。
「イヤ! 例え、何か知っていても、絶対に、貴方には教えない!」
由美子の拒絶の仕方は子どもが駄々こねるより酷かった。
朝子も大地も驚き、由美子を見ている。だが、由美子は人目を気にしていなかった。
「あの女には、兄さんを渡さない! 兄さんは六道でも、佐伯でも、月影でもない。私達と一緒にいるべきよ! 私達なら兄さんを守れるし、一緒にいられる!」
「それは無理だよ。それが分かってるから、由美子ちゃんのお父さんも動けないんだよ」
「うるさい、うるサイ、ウルサイッ! 私がそうしてみせる! 誰がなんと言おうと、兄さんを助けるわ!」
由美子はそう言うと、個室からでていった。
鞘夏はその後を付いていくか迷い、忠陽を見た。忠陽はすぐに頷いた。鞘夏は忠陽に頭を下げて、由美子を追いかけた。
「なんだ、あいつ? ブラコン、全開じゃねぇか」
大地は朝子に叩かれた。
「痛ッ! なにすんだよ、てめえ!」
「デリカシーなさすぎ」
栞はため息をつく。
「やっぱ、駄目だったかー」
「わざと話したの? 性格悪いわね」
朝子は毒を吐く。
「まあ、妹ちゃんも、八雲みたいに拗れてるとは思ったけど……」
「あいつ、兄さんって言ってたけど、遠矢さんもお兄さんでしょう? その上のお兄さんってこと?」
「ちげーよ。従兄弟だってよ……」
背もたれに体を預けながら、大地が答えていた。
「はあ、従兄弟? ってか、あんたなんで知ってるのよ?」
「いや、八雲さんから教えてもらった……」
大地は頭を掻いていた。
「この写真の名前は暁神無。黒き死神と呼ばれてる」
栞は写真に触れる。
「死神……」
朝子の顔は曇る。
「港湾事件に関して、あなた達三人が軍から脅しを受けてるのは知ってる。でも、それは辰巳さんがあなた達を守るための口実なの」
「そうなの!?」
朝子は驚き、忠陽と大地を見た。
二人は顔をそらしていた。
「あなた達、知ってたのね……」
朝子は体を震わせる。
「どうして、それを教えないのよ!」
朝子は大地を掴みかかっていた。
「いや、俺達だってあの後八雲さんに教えてもらったんだよ。それに、お前の連絡先なんて知らなねぇし!」
朝子は悔しそうにしながら、大地から手を離した。
「あははは。辰巳さんも悪気があるわけじゃないから。そのときの最善の方法はあなた達に危ないことに関わらせないように楔を打ち込むのは良い手だと思うよ。現に、氷見ちゃんは守ってたんでしょう?」
朝子は不服そうだった。
「でも、辰巳さんの心境は変わったんだと思う。きっかけは妖魔事件」
栞は忠陽を見た。
「なんなの? その妖魔事件って……」
朝子は栞に聞く。
「一般には公開されてないんだけど、妖魔が人を襲った事件があったの。それを祓うのに尽力したのが妹ちゃんと賀茂くん」
「パーマ、それはあんたも知ってたの?」
「いや、内容は知ってるけど、実際に見たわけじゃねえ」
朝子は忠陽を睨む。
「辰巳さんはあの事件であなた達を守ることから、あなた達が自分たちを守れるように仕向けてる。この合宿もその一貫」
「なんだよ、それ!」
「しょうがないよ。あの島には色々とあるみたい。辰巳さんも全ては分かってないみたいだし、その中であなた達を守るには限界がある」
朝子と大地の二人は苦い顔をしていた。
栞はもう一枚の写真をバックを取り出す。
「コイツ!」
大地が前のめりになる。写真の男は港湾事件で忠陽たちも二度戦い、最後には化物になった人物だった。
「名前は中山照之。坂東最大級の指定暴力団組織、真千組の組員だった男よ。組内でも強かったっていう話だし、資金調達や身売りのルート作りは超一流だった。でも、組内部の抗争に敗けて、組を追われたらしい」
「どうりでヤクザっぽい奴なわけだ」
「あなた達はこの男とどうやって接触できたの?」
三人は互いを見合った。それぞれ理由が違うためか、次第に顔をしかめていた。
「あの時、た、確か、この男はお嬢を探してたんだよな?」
急に大地が朝子に話を振ったため、朝子は慌てていた。
「わ、私は、中学の友達がこの男に襲われたから……その仕返しをしたくて……」
「で、薬売りたちを半殺しにし回ってたってわけか? お前のほうがよっぽど怖ーな」
「美優はね、やっと学校に行けるようになっていたのよ! それをアイツは嬲るように痛めつけた。命には別状はなかったけど、もう夜は出歩けない。そのぐらいの報いを受けて当然よ!」
朝子は息を荒げていた。
「お、落ち着け。俺が悪かった……」
大地は謝っていた。
「君たち、二人は何をしてたの?」
「いや、俺達は犯罪者を懲らしめてやろうって思いで、夜の見回りをしてたんだよ。その中山ってやつは翼志館の生徒を狙ってたからボンと行動を共にしてたら、お嬢に付け回されるようになって、接触できたんだよ……」
「そっか、そっか、君はそういう感じっぽい。でも、賀茂くんは目的が違ったんじゃない?」
栞は笑うを表情を変えず、忠陽を問い詰める。
「おい、ボン……」
忠陽は栞から目を離さなかった。
「君の本当の目的は暁神無に会うことだった。違う?」
忠陽は表情を変えず、黙っていた。
「ううん、君はその以前より会ってる。そうじゃないと、辻褄が合わない」
「辻褄?」
忠陽は眉をひそめる。
「あなたが暁神無と会っていないと一条の古狸も、六道の次期頭首もあなたに接触しない」
「凄いですね。どこからそんな情報を?」
「蛇の道は、蛇だよ、賀茂くん」
栞が言っていることに揺らぎがない。それとも、そう訓練してきたのか。だが、直江栞という存在は一般人と見えていた。
「誤解しないでほしいんだけど、私は暁神無の行方が知りたいだけ。君がその二人と何を話したかなんて興味はないわ」
「僕は神無さんの行方は知りません」
「なら、天谷をどうやって出ていったか知ってるかな?」
忠陽は考えた。
「それを知ってどうするんですか?」
「そうすれば情報の絞り込みがしやすくなる」
「なら、教えてください。神無さんと月影ゆんさんとどういう関係ですか? それに、どうして神宮さんはあんなにも月影ゆんさんを嫌うんですか?」
栞は複雑そうな顔をし、口を閉じる。だが、ひと呼吸をおいて話し始めようとしたとき、伏見の声で止められた。
「それは教えられへんな」
伏見は部屋に顔を覗かせた。
「辰巳さん……」
「姫がエライ血相変えて、外に出て行ったわ。それを引き止めるのは大変やったでえ。相変わらず人との関わり方がおかしな奴やな」
忠陽たちは眉間にシワを寄せた。
「グラサン先生、俺達を監視していたのか?」
「そりゃな。ゆんちゃんのためなら、子供が知らんでもええことをよう喋るからな」
栞は苦笑いしていた。
「これ以上、面倒な事に巻き込む前にいい事教えたる。神無は貨物船に乗って、天谷から出て行ったわ。行き先は僕にも分からん。一条の船か、梁山泊かは分からへん。これでええか?」
「先生……」
忠陽は不満そうな顔をした。
「君らにも言うたはずや。余計なことに首を突っ込むなて」
「だけどよ、グラサン先生。先生は俺達を強くするためにここに連れてきたんだろ?」
「確かにそうやけど、自分から死にに行くためにここに連れてきたわけやない。そのこと分かっとき」
大地は口をへの字にした。
「忠陽くん、ちょっとええか?」
伏見は外へ出るように合図した。
「はい……」
「おい、待てよ! ボンに何するつもりだよ?」
「君らには関係ない。栞、情報をくれてやったんや。二人とまだ話しとき」
「アイサー」
栞は机から乗り出し、大地と朝子の二人の腕を掴んだ。
「さあ、忠陽くん。行こうか」
忠陽は内心、恐怖を感じながら立ち上がり、伏見と共に店から出た。
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