第九話 演習 三日目 その十
三日目の午後の演習が終わった。
大地は結局アリスに近づくことができず、光弾の餌食になり、すぐに退場となった。
二人が拘束されたのを見て、鞘夏はすんなりと腕を外し、降伏する。
一方、奏、加織、太郎の三人はというと、奏は殴り合いの末、不意を付く魔術を放ち、由美子に辛勝する。その時点で、学生連中が敗退したのを太郎伝に聞き、奏は撤退指示をした。
演習が終わり、各自解散した後で、大地はロッカースペースで今回の演習を振り返っていた。
アリスと戦った際に足止めもできなければすぐにやられたことに不甲斐ない気持ちになり、誰もいなくなった後にロッカーに八つ当たりをしてしまった。
拳の痛みで我に返ると、このままではいけないと思い直し始め、奏を探し始めた。
大地は庁舎内で奏たちを休憩スペースで発見し、近寄った。そこには先客で朝子が居た。
不機嫌そうな顔でペットボトルに入った水を飲む奏を見て、どう切り出そうと大地は悩む。
「何よ?」
言葉には棘があり、大地は言葉を発するのを戸惑う。
「月影」
田中は奏を嗜めていた。
「分かってるわよ!」
奏は田中を悔しそうに睨みつける。
田中はため息をついた後、大地と朝子を見て、口を開いた。
「さっきもその子に言ったが、演習はお前たちのせいで負けたわけじゃない。負けたのは月影のせいだ」
「いや……」
大地は口籠る。
「だから、月影が熱くなりすぎたのが原因だ」
田中は再びそう言うと、奏がペットボトルを握りつぶし、水が噴射した。加織は驚きの声を上げる。
「分かってることを何度も言うな!」
「そういうところだ」
奏は苦々しい思いで太郎を睨みつける。
「いや、今回負けたことは、もう、どうでもいいんだ。それより、俺は強くなりてえ!」
奏はゆっくりと大地を見た。
「俺には戦術や戦略なんてよくわかんねぇし、どうでもいい。それよりも、あんた等との差が大きすぎるんだよ。だから、単純に強くなりたいんだよ!」
その言葉を聞いてクスクスと嘲笑っていたのは、朝子だった。
「なに笑ってんだよ……」
「別に。私もあんたと同じなのが可笑しくて」
「はあ?」
「だって、そうでしょう? あんたみたいな戦うことしか脳がない男と同じ考えだなんて、笑えるわ」
「てめえ……」
大地は朝子に顔を近づけ、ガンを飛ばす。朝子はそれを余裕の表情で受け流す。
「なに、勝手に喧嘩してんのよ?」
二人は奏を見た。
「なんか、奏ちゃんと太郎くんみたい」
加織は笑顔で言うと、奏と太郎は「違う」と音が調和する。
大地と朝子はそれを見て、吹き出したが、目の前にいる奏の眉間がしわ寄せするのを見て、姿勢を正した。
「言っとくけど、私は機嫌が悪いの」
「やっぱ、負けたからか?」
大地は反射的に言ってしまった。
「ち、が、う、って言ってるだろう!」
奏は立ち上がり、大地の腹部を殴っていた。
大地は凄まじい威力に立ったままいられなくなり、両膝をついて悶絶する。
「奏ちゃん」
加織の言葉に奏はフンッと言いながら、元の場所に座った。
「強くなりたいって言うけど、大体、辰巳さんがあんた達をここに連れてきたのは、あんた達を強くするためでしょうが」
大地と朝子は奏を見る。
「冗談でしょ? アイツは腕輪のデータをただ収集したいだけでしょ?」
朝子の反応に、奏はため息をつく。
「それなら、あんたたちじゃなくてもできるわよ」
大地は体をお越し、朝子を見た。朝子も大地を見ていた。
「辰巳さんはひねくれてるんじゃなくて、ネジ曲がってるのよ。あんたに言ったでしょう?気に入られてるって……」
朝子は奏に目を向けられて、顔をそらした。
「でも、グラサン先生は何も教えてくれないぜ?」
「当たり前じゃない。戦い方を教わる以前の話だもの、あんた達は。それに辰巳さんの戦い方はハッタリと小技が得意で、人のミスを誘う奇道よ。貴方達みたいな人間にすぐできるわけないじゃない」
大地と朝子は声を漏らす。奏は二人の表情を見て、再度ため息をつく。
「私たちのところに来たってことは、私に何か教えてもらいたいってことでいいの?」
奏は足を組みながら、太ももに肘をついて、頬杖ついた。
大地は素直に頷くが、朝子は視線をそらす。
その強情さに奏はまたため息を付いた。
「なら、パーマだけに稽古すればいいのね」
「ちょっと!」
朝子が喰い気味に突っかかる。
「だったら、素直にそう言いなさい」
朝子は顔を背けて、黙った。
「月影」
「うるさい。分かってるわよ!」
「奏ちゃん、なんだかんだ言って優しいよね。でも、あたしは嫌だな、そういうの」
加織の目は笑っておらず、朝子はその冷たさに、背中に鳥肌が立つ。
そして、思わず言葉して出してしまった。
「お、お願いします……」
か細い声が空間に伝わった。
「加織ちゃん……」
「あたし、何もしてないよ」
奏はまたまたため息をつく。
「なあ、それで俺達は何をすればいいんだ?」
「そうね、取りあえず、あんたはその炎の雑な使い方をどうにかしなさい。それと頭を使いなさい」
大地は黙った。
「いい? あんたの炎は見た目が派手なだけで、威力は弱いのよ。それにはまずその炎を使えるようにならないと」
「いや、だから、それをどうすればいいか教えてくれよ」
「だから、頭を使えって言ってるのよ。その頭に脳みそ入ってないんじゃないの?」
「でもよ、炎ならある程度操れるぜ?」
「発火と放出だけでしょ? 具現化だったり、集束だったり、遠隔操作は? 炎って言っても多種多様に使えるのよ?」
大地は耳を塞いでいた。
「私は……」
朝子はバツが悪そうに言う。
「あんたはひたすら戦うしかないわよ。あんたにできることは限られてる。使えるのは身体強化の魔術だけなんでしょ? それなら一つに特化するしかないじゃない」
「特化するっていっても……」
「いいお手本と手合わせしてるじゃない」
朝子は考えたが思いつかない。加織見たが、加織は首を横に振る。
「もしかして、賀茂?」
加織は大爆笑していた。
「それは真逆。あんたとは相容れない。……葛城二佐よ」
朝子は苦い顔をした。
「なんて顔をしてるのよ。あの人は生まれつき呪力がなかったはず。でも、今でも戦闘能力は私達なんかよりあるわ」
「私達、二佐に一度も勝ったことないよね……」
「私、あいつが嫌い……」
「なによそれ、失礼なこと」
「だって、私に容赦ないんだもん」
「それはあんたが苦しむ未来が分かってるからよ。二佐だって、死ぬ思いで強くなったんだと思う。それは辰巳さんや私には教えられない」
朝子は口を尖らせる。
奏はそれを見て、笑みを浮かべる。
「何よ……」
朝子は奏の笑みに気づき、食って掛かる。
「別に。案外可愛いところあるじゃないって思って」
「はあ!? ふざけないでよ!」
「そうだぜ、この女の何処が可愛いんだか」
朝子は無意識に大地を殴っていた。
「痛ッぇ! 何すんだ、このアマ!」
大地は朝子を睨みつける。
「今のはあんたが悪い」
奏の言葉に加織や田中が頷いているのを見て、大地は渋々矛を納めた。
「取りあえず、今日の夜に第三演習場に来なさい」
大地と朝子は頷いた。
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演習が終わってから、由美子は八雲の個室に入り浸っていた。
由美子は部屋に入るなり、ベットの上に横たわり、のたうち回っていた。
「いたーい、イタいよー、いたーい! なんなのよ、あの女! 爺やから教えてもらった急所に入れてるのに、何で倒れないのよ! アイツ、鬼なんじゃないの!」
その様子を見て、八雲はベッドに腰を掛け、由美子の頭を優しく撫でる。
「いたい! いたいよー! うー、それに卑怯よ! 急に魔術をゼロ距離で放って。格闘戦じゃないの!? ねぇ! 兄さん、聞いてる!?」
八雲に笑みがこぼれた。
「聞いてるよ。奏、結構強いだろ?」
由美子は体を起こし、八雲を悔しそうに睨みつける。
「何よ! 兄さんのイジワル! 兄さんなんか大ッ嫌い!」
由美子はそう言うと、八雲に背を向け、ふて寝した。
八雲はまた頭を撫でるが、しばらくして由美子に触らないでよっと怒られた。それでも由美子の頭をポンポンと二回優しく手を置いた。
八雲はベットの目の前にある部屋の白い壁を見た。
「ゆみも強くなったな。本当は奏に格闘戦で負けると思ってた」
「大ッ嫌い!」
八雲は苦笑いする。
「奏も相当追い詰められてたと思うぜ。ゆみが弱かったらあんな真似はしない。あいつ、内心では悔しいだろうな」
「嘘よ。全然そんな顔してなかった!」
「するわけないだろう? 誰かにて負けず嫌いなんだから」
由美子は顔を膨らませら、寝返りをうち、八雲の背中を叩く。
「痛い、痛いって、ゆみちゃん」
「大体、何で兄さんの部隊は女ばかりよ!」
「それは知らねえよ。良子さんに言ってくれよ……」
「鼻の下伸ばしちゃってさ、厭らしい」
「そんなことないだろう?」
由美子はさらに背中を連続で叩いた。
「やめろ、やめろって、ゆみ。俺だって痛いぞ」
由美子は手を止めて、無気力に手を下ろした。
「兄さんは私にだけ優しくしてればいいのよ……」
「はいはい。今度からそうするよ」
八雲は再び由美子の頭を撫でたが、由美子をその手をどけ、寝返りをうつ。
「ほんと、わかってないんだから……」
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忠陽と鞘夏は談話室の一角に座っていた。
そこは静まりかえっており、二人以外、誰も居なかった。自販機の低い駆動音だけが鳴り響く。
鞘夏は忠陽の顔を見ず、服をつかみながら俯いていた。
忠陽はそんな彼女を横目で何度か見た。それでも、自分から掛ける言葉が見つからず、口を開けては閉じてを繰り返す。
「申し訳ございません」
鞘夏は忠陽を見ず、小さな声で言った。
忠陽は鞘夏を見ると、何か罰でも待っているかのようだった。視線を自販機に戻し、自問自答する。
僕は彼女に謝ってほしいのか? 確かに敵対したことは驚いた。驚いたが、それで彼女を嫌いになったり、許せないと思うわけではない。裏切られたと思ったのか? それは違う。もし、これが鏡華がだったら……。
忠陽はフッと自嘲する。
忠陽は京の家から出る前に見た、朝日に照らされた彼女の顔を思い出す。彼女の名前を呼んだとき、いつもの凛とした顔が少し恥ずかしそうにしていたことを忘れられない。
謝ってほしくはない。どんなことがあってもいい。僕は……
忠陽は自然と手が動き、服を掴む鞘夏の手に自分の掌を重ねていた。
鞘夏は掴んでいる手を緩ませ、忠陽を見た。忠陽はまっすぐ向いていた。
鞘夏は頬を赤めさせ、また俯いた。
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