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21話 閑話 大昔 壱

 或る日、或る森で、一匹の魔獣が生まれた。

 大角熊(グレイトベア)。何の変哲もない、ありふれた世界の一ページである。

 ところが、その魔獣はありふれているとは言えなかった。或る魔導士の転生体だったのである。

 その男は弟子の一人に裏切られ、罪を被せられて非業の死を遂げた男。神の悪戯か、は魔獣として第二の生を受けた。


(転生。極稀にある現象。輪廻の輪による魂の浄化が完全でない場合に起こる現象。原因としては異常な精神力や神の戯れなどが挙げられるが、まさか俺に起こるとはな。)


 は魔法が使えることを確認し、前世で途中だった魔法研究を始めた。

 手が大きすぎたので不便ではあったが、6年ほどかけては研究室を作り、その後他にすることもないので研究に没頭した。


 弟子に対する復讐などは全く考えず、ただ実験室が変わったくらいの感覚で魔術を研究し続ける。


 ◆◇◆◇


 1236年後。


 の研究室の周りには木が全く生えなくなっていた。それどころか草も生えない。魔物も動物も寄り付かない。魔術の実験の影響である。


 黙々と魔術を究める。只管に魔術を極める。

 理由は忘れていたが、少なくともはそれを楽しみ、一つづつ魔術を通して世界の謎が解けることを喜んでいた。


「炎魔法、《炎剣》」


 或る日、突然後ろからそんな声が聞こえ、炎の刃が飛んできた。


 は振り向きもせずに魔法論理を組み立てながら障壁で防いだ。


「なっ!?」


 草陰から出てきたのは鬼人族の若者。角が3本なので正確には上位鬼人族である。


「え、《炎游閃》」


 先程より強い魔法。しかし振り向きもせずに魔法陣を紙に描きながら障壁で防ぐ。


「何だこいつは?」


 若者はに敵意も興味も無いことを悟り、訝しんだ。


(うるさい。失せろ)


 が念話で語りかけると、若者は驚いて一歩下がった。


「え、大角熊が念話!?ていうかお前、言葉が分かるのか?」


(失せろと言っている。)


「なあ俺今家無いんだけど、この森に住んでいいか?」


(話を聞け。まあいいが、なんで俺に聞くんだ?)


「なんかこの森のボスっぽいし、ここなら追手も来れないかなと思って。」


(好きにしろ。興味ない。)


「サンキュ。俺の名前はシド。よろしく。」


(…)


 その日から若者――シドはこの森に住み始めた。シドの生活力は高く、勝手に草の生えていないところに木の家を建て、魔物を狩って生活していた。

 シドはにたびたび話掛けていた。

 最初は興味なかったが、シドの身の上話―――戦乱の英雄として将を努めていたが、王権争いに巻き込まれ、色々あって嵌められたので逃げてきたこと―――や、この森の特徴の質問を半ば一方的に聞かされたり、土地税とか言って魔物肉を献上したりしてきたりして、少なくとも悪いやつでは無いことは分かった。


 は別に孤独が好きというわけではない。話し相手がいることは日々の研究の息抜きにもなり、少しづつはシドに心を開いていった。


 シドが来てから3年後、エルフの少女が迷い込む。

 彼女はフィーネといった。

 フィーネはに驚きつつ、何故かここにすみ始めた。

 フィーネはエルフの秘宝を落として壊してしまい、里を追われて途方に暮れていたところ、この少し開けた土地に人が住んでいるのを見つけたという。

 その話を裏付けるように、フィーネはドジだった。魔法は40%くらいで失敗し、よく転び、よく毒を食っていた。その度にはフィーネで治療魔術の実験…もとい解毒を行っていた。


 その日を堺に、よく人が迷い込んでくるようになった。

 腕利きでありながら好色で、女性問題で里を追われたドワーフ。

 冒険者パーティから追放された凄腕テイマー。

 人間に迫害され、奴隷の身から逃げてきた小人族達。

 破壊神の巫女を名乗るヤバイ奴。

 他にも色々な訳ありの人が集まり、かなり個性的ではあるが自然と一つの村ができた。


 にとってもそこは心地よかった。信頼できるものに囲まれる幸せを思い出し、魔術の研究をしながら村の門番として役についた。

 この居場所は守り抜く。

 証としてシドと契約魔法を結んだ。従魔契約ではなく、友の契約。

 対等であり、親友の証である。


 翌日。はシドとフィーネに子供ができたという報告を受けた。

 いつの間にそんな仲になっていたのかと少し驚いたが、は素直に祝福した。


 ◆◇◆◇


 その日は二人の娘、レアの6歳の誕生日であった。は数時間ほど空けると伝え、プレゼントに天空金蜂の蜂蜜を取りに行った。

 思いの外見つからず、7時間ほどで帰ってきた。


 村は炎に包まれていた。


 その炎の中では村人全員が十字架に掛けられて死んでいた。


 近くで騎士が、こんなところに隠れていたのかとか、犯罪者の集落とか話していた。

 は唖然としていた。


 契約魔法の解ける嫌な感触が心臓のあたりを横切った。


 ◆◇◆◇


 そうだった。彼らはほとんどが追われる身だったのだ。


 だから俺は門番の職についたのだった。


 なんでこの村が襲われないと思っていたんだろう。


 なんで何もしなくても、ずっと一緒にいられると思っていたんだろう。


 なんで村を空けてまで、職を怠ってまでハチミツなんか取りに行ってたのだろう。


 なんでこんなにも最悪のタイミングなのだろう。


 分かった。俺が離れたから偽装の術が薄れたんだ。


 なんでこのこの騎士共は死んでいるのだろう。


 そうだ。俺が殺したんだ。人を殺すのは初めてだなあ。


 なんでこいつらは皆殺しにしたんだろう。


 なんで……なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……


 ……《永暗天空飛行》


 俺は巨大な三対の漆黒の翼を生やし、この騎士の国の方へ飛んだ。


◆◇◆◇


 国が騒ぎになっている。そりゃ、空飛ぶ熊がいきなり現れたら驚くだろう。


 俺は何も考えずに、魔法を組んだ。





 破壊神位魔法並列発動66666。永帝式複合魔術論理起動。

 《淵》

 破壊神混合魔術二十四式機構。魔狼式魔力演算術起動。

 《界》

 複合術式

 世界構築式干渉


【エラー】


 ……全魔力解放


【エラー】


 黙れ。実行


【エラ――エ―エ―干渉―禁忌―生―@ssfrvもぴrwんl、zp%B(H'BER&U~L】


【抉じ開けに成功。一部書き換えます】


【ブロックされました。】


【強制突破による深刻なバグが発生。10分後に災いが起こります】


 うるさい。


 書き換えによる永遠魔力稼働。

 永久術式。



 《滅界淵世(死ね)


 ◆◇◆◇


【世界通告:世界構築式一部崩壊。】


【世界名称【夕橙】は、現時刻を以て【暗黒】へと変化します。】


【太陽の光が滅亡】


【オレード王国が消失しました。】


【魔物大量発生】


【罪人「大角熊(名称なし)」は神の呪を受けました。】


【神の呪はレジストされました】


【罪人「大角熊(名称なし)」は強制称号、【怠惰のベルフェゴール】を取得しました。】


【罪人「大角熊(名称なし)」をこれより、罪人「ベルフェゴール」と呼称します。】


【罪人「ベルフェゴール」は上位魔獣から魔王へと堕ちました。】


 さっきからうるさいな。まあいいか。

 何もしたくねえ。

 そうだ。みんなを弔わなきゃ。

 あれ。俺デカいな。

 まあいいか。《壊再》。

 これで死体と村は土に還る。

 墓は……この山でいいか。

 よし。できた。


 …………………………寝よ。


◆◇◆◇


――――数百億年後


「君、もしかして怠惰のベルフェゴール?」


 何だこいつは。人間の女?死にたいのか?


「私は魔法騎士をしている、ソラというものだ。君の毛を一本もらっていいかな。研究したい。」


 騎士。嫌な思い出のある言葉だが、まあいい。


「失せろ。」


「まあまあ。会ったのは偶然だけど、何かの縁。少し話そう。」


「失せろと言っている。」


「《無限収納:億年酒の樽》はいこれ。めちゃくちゃ強い酒だよ。プレゼント。」


「話を聞け。まあいいが。酒など何百億年ぶりか。」


 無限収納とは。魔力総量も見るにかなりの実力者。殺すのは面倒くさそうだ。


―――――――――――――


「だっでよおぉぉ!仕゛方ねえ゛じゃん!ずっど一緒に居れるって思っでだんだよぉ!!!」


「思ってた500倍は酔っ払ったねぇ。はいはい泣かないの。森が壊れる。」


「うっううぅ……」


「君はあれだろ。寂しがりやだ。」


「んあ゛?」


「でかい図体して世界最強クラスなのにそれに合った精神が無い。まるで赤ん坊のようだ。

 大丈夫だよ。話を聞く限り君は悪くない。いっぱいお泣き。」


「ごろずぞ。」


「酷いなあ慰めてるのに。君はこんなにも弱く、可愛いんだから。」


「……」


「ねえねえ。家来ない?契約しようよ。友の契約。」

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