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「俺の知ることが全てではないとは思うが・・・」
「はい、お願いします」
背筋を伸ばして、彼のことをしっかり見据える。
「では、細々したことは後回しにして・・・今回の件に関わりのありそうなことから
確認することにしよう。
・・・渡り人の戸籍については、何か知っているか?」
彼が視線を下に落としながら、半ば自分と話すように言葉を口にする。
「・・・あ、そういえば院長が、あなたのこと登録してきたわよ、って・・・。
それがもしかして、戸籍だったんですか・・・?」
渡って来て数日後だったか、ある日突然院長に言われたのだ。
あの時は全く意味が分からなくて・・・いや、院長もそういうことをいちいち説明するような人でもないから仕方ないのだけれど・・・とりあえず、分かったふりをして頷いてみたのだ。
あの頃は刷り込みのように盲目的に院長を信じていたし、従順にしていなければ放り出されてしまうのではないか、なんて不安でいっぱいだった。
・・・今思い返すと、世界から切り離された衝撃で平常心を欠いていたのだと分かるのだけれど。
彼は沈痛な面持ちでため息を吐いた。
「あの人は本当に・・・まあいい。
渡り人は、もともと戸籍が存在しない。
だが、戸籍がなければ仕事を見つけることも出来ないし、結婚も出来ない。
そこで、渡り人を保護した人間が、白の騎士団の管轄のある機関に、届出をする
ことになっている」
「そうだったんですか・・・」
未だにその戸籍とやらのお世話になったことがない私は、説明されていることがどこか遠い場所での出来事のように感じられていた。
・・・もしかしたら、王都にやって来るに当たっても院長が必要な手続きを済ませてくれていたのかも知れない。
「そこで戸籍が出来るわけだが・・・。
その書類がまとめられたものが、図書館に保管されているはずだ」
「あ、それなら読みました。
・・・というより、その書類しか読めてないんです・・・」
「ああ、それについては俺にも思うところがあるから、後で話そう。
・・・戸籍の話に戻るが・・・」
そこまで言って、彼が言葉を切る。
何か、問題でもあるのだろうかと見ていると、その視線が意を決したように私に向けられた。
思わず息を詰めて、彼の言葉を待つ。
「あの少年はおそらく、普通の戸籍にしか登録されていないだろうな」
「両親が、保護した子どもをそのまま実子として届け出たら、そうなりますよね・・・」
私の言葉を肯定して、彼が続けた。
「ああ・・・。
あの少年の父親が、10の瞳だということは?」
「知ってます」
私の言葉に、団長が軽く頷く。
「そうか。
実は、彼らには長年子どもが出来なかったんだ。
それが、突然妻の体調が悪いから、と北の別荘地へ隠れるように移り住んだ。
そして、王都へ戻ったかと思えば、実子だという少年を連れている・・・」
「・・・もしかして、噂が流れたりしたんですか?」
自分の身にも覚えがあることだ。
・・・団長のコインを返上した途端、好奇の目に晒されて、噂ばかりが私の先をどんどん歩いていった。
私はそれを跳ね返そうと思える一歩手前まで、精神的に復活しかけていたけれど・・・あのシェイナさんの儚げな姿からは、そういう気概は感じられなかった。
思い出しているところへ、彼の言葉が響く。
「そうだ。
王宮の中は噂が好きが多いし、閉鎖的な空間だから、あっという間に広がる。
ある程度の地位があれば尚更だ・・・俺がいい代表例だろうな。
・・・口さがない者の言葉に、直接晒されることもあったらしい」
「それで・・・」
そこまで聞いて、私は腑に落ちた。
シェウル君は、あの時に初めて疑ったのではないのだ。
少しずつ少しずつ、噂や皮肉を浴びる中で芽生えたそれを、マートン先生が大きくして、最後には背中を思い切り押したのだ。
そして、母親の表情を目の当たりにした時に絶望してしまった・・・。
未だにどうしたら、私達渡り人があんなふうに消えてしまうのか分からないけれど・・・それでも、言葉に出来ない漠然とした答えは、私の中にある。
「渡り人を渡り人として登録することには、意味がある」
沈みかけた気持ちが、新たな話題に浮き上がる。
団長が淡々と話す内容を、私はしっかり聞こうと意識を向けた。
「登録した人間には、注意事項というか、保護するにあたって教えられることがある。
それは、長い歴史の中で培われてきた教訓のようなものらしいんだが・・・」
団長の話ではこうだ。
然るべき機関に登録すると、その場である書類を渡されて閲覧するように指示がでる。目を通したら即返却、写しは厳禁、他言無用のために一筆書かされるという徹底ぶりの重要書類。
そして、その書類は、保護する側の人間にのみ閲覧を強制する。
つまり、登録される側の渡り人には、内容は一切知らされることがないというのだ。
「なんですかソレ・・・」
あまりの理不尽さに、若干の怒りを覚える。
渡り人についての内容なのに、肝心の本人が知ることはないなどと。
「俺自身も、その書類は見たことがないからなんとも・・・。
でも、分かっているのは、それが渡り人をこの世界に留まらせるためにある、という
ことなんだが・・・」
「この世界に、留まらせる・・・消滅、しないようにってこと・・・?」
半ば呆然と口にした言葉に、彼が頷いた。
「ああ。
誰からとは言えないが、聞き出したことと、図書館の史料に書かれていたことから
推測したことなんだが・・・。
渡り人は、この世界に根付いていないから、少しのことで命が消えてしまうようだ」
「・・・そう、だったんですか・・・」
シェウル君が、渡り人として登録されていなかったとしたら、彼の両親はその重要書類を読んでいなかったということになる。
この世界に、彼が留まるために必要なことを、彼の両親は知らなかった、ということだ。
「・・・体が弱いとか、そういうことなのだと解釈していたが、違っていたんだな。
世界に根付いていない存在だから、消滅する可能性があるという意味だったとは」
「じゃあ、私も、そうなるってことなんですよね・・・」
衝撃的な内容なのに、なぜか静かに受け入れている自分がいた。
聞くよりも先に、体験してしまったからか。
「そうなる可能性がある、というだけだ。
渡り人の中には、人生を最後まで全うして、この世界の人間と同じように終わりを
迎えた者もいたと、記録にあっただろう?」
「ありました、けど・・・」
今のところは、どうしても楽観視出来ない。
どちらかというと、いつかは消えてしまうことを受け入れなくては、と思ってしまっている。
あの恐怖に打ち勝って、空気に溶けていけるようになるなんて、到底思えないのだけれど・・・。
「離宮で消えかけるまでは、そういった現象は起きなかったんだろう?」
彼の言葉に、私は力なく首を振った。
「いいえ・・・あの、一昨日の夕方に、両手が・・・」
思わぬ告白に、彼が息を飲んで絶句する。
「・・・どうして言わなかった」
「どうして・・・?」
責められたような気持ちになって、つい剣呑な雰囲気を纏って彼を睨みつけた。
「・・・あなたが、何も言わせない雰囲気を作ったからでしょう・・・?!」
そうだ、確かにあの時、脳裏を掠めたのは団長だったのだ。
「・・・っ」
思わずぶつけた言葉に、彼が一瞬たじろぐ。
そしてすぐに、目元に力を込めて私を見返してきた。
「それはお前が・・・」
反撃に出るかと思いきや、彼は急に我に返ったようで、いや、と言葉を濁す。
「・・・今はそんなことを話している場合ではないな。
ともかく渡り人の存在には、いくつかの謎と秘密があるのは確かだ。
それから・・・」
私も彼の気配が萎んだのを感じて、なんとなく息をつく。
「図書館で、登録書類のまとめを読んだと言っていたな」
「・・・はい」
「俺が読んだのは、渡り人の特徴なんかを研究した分厚い本だった」
「え?・・・でも本棚には、色と厚さの同じ本しか・・・」
彼の瞳が細められる。
なんとはなしに緊張感が張り詰めて、私は静かに続きを待った。
「史料の閲覧許可をもらった時に、覚悟はしていた。
お前がいつか自分の目で、渡り人の真実を見つけ出してしまうだろうと・・・。
もちろん、そうなったら本当のことを全て話すつもりでいたし、受け入れられるまで
傍にいようとも思っていた。
・・・そしてそれが、巡回から戻った頃になるだろうとも、目星をつけていた。
でも数日経っても、何かに気づいた様子もない。
だから一昨日、図書館に行って確かめてみたんだが・・・」
「そ、う・・・ですか」
一昨日。
私の手が消えてしまった日。
コインが団長の元へ戻った日。
「目当ての本を探したが、どれだけ探しても見当たらなかった」
「・・・どういう意味です・・・?」
「なくなっていた」
「え?」
あの、閲覧許可の必要な棚から、本がなくなる?
カウンターには常に人がいる。目の前を通らなくては、閲覧場所には行けない。
「持ち出された、と考えていい。
キッシェに立ち会って確認してもらったから、信憑性はかなり高い」
「そんな・・・だって・・・」
一体誰が、何のために。
「それに関しては、白と紅が協力して何とかするだろう」
お前は心配するな、と頭を撫でられれば、私はもう何も言えなかった。
お茶が冷えてしまったから、と団長がキッチンに戻る。
私はといえば、会話に一生懸命になっていて、いつの間にか喉がカラカラになっていたことに、団長が立ち上がってから気づいたほどだ。
そういえば、と足の具合が気になって、ゆっくりと立ち上がる。
足の裏に、硬い床の感触が伝わって、力を入れれば少し震えながらも立ち上がることが出来た。
「よかった・・・」
消えかけた時、本当に半身不随になってもいいとは思ったけれど・・・現金なものだな。
そのままゆっくりと、生まれたての小鹿のようにふらふらと窓際に行く。
・・・あの時、私は確かにこの世界にいたいと思ったのだ。
マートン先生は、異世界へ渡る、と言っていた・・・。
それが、本当に私のいた世界へ帰る、という意味なのかは分からない。
たとえそうだったとしても、私はきっとこちらの世界を選ぶだろう。あの瞬間、この世界に根付かない私を繋ぎとめてくれたのは、団長だったのだから・・・。
寮の3階にあるこの部屋からは、丘のふもとに広がる街が良く見渡せる。
街灯が道に沿って暖かく照らして、家々には明かりが灯っている。
・・・今頃アンと院長は、どこにいるんだろう。もう、孤児院に帰っちゃったのかな・・・。
この世界に来て初めて会った人だからか、私は院長のことを親のように思っているのだ。何かあったら、きっと私を守ってくれる、力になってくれる、そんな拠りどころ。
今回のことも、出来たらちゃんと会って話したいと思っているけれど・・・。
そんなことを考えながら、かすかに震える足で窓の外を眺めていると、団長の姿が映っているのに気づいて振り返ろうとした、その時だった。
「・・・また、」
後ろから、やんわりと腕を回された。
いつかもこんなことがあったな、なんて、ぼんやりと思う。
「また、消えてしまうのかと・・・」
私にしか聞こえないくらいの囁きに、鼓動が跳ね上がった。
「そんなこと・・・」
ない、なんて簡単に言い切れない状況なのが悲しいけれど、私は微笑んだ。
極限を見た私は、頭のネジを3つくらい失ってしまっているかも知れない。
彼が腕に力を込める。
ぎゅっとされれば、その体温が私の体に流れ込んで、あまりの心地良さに目を閉じた。
そして、思い出す。
「そういえば、巡回に出る前の夜・・・」
回された腕に、手を触れて語りかけた。
いつの間にか跳ねた鼓動が、規則正しく、彼の鼓動に寄り添っている。
「部屋に戻ろうとした時に、言ってましたよね。
心配だから、ここに居てくれ、って・・・」
あの時は、形はどうあれ私がいなくなってしまうことを心配していたのだと、今になって思い当たる。
私がこの先どうなってしまうのか、なんとなく見えてしまっていたから、あんなに心配して世話を焼いて、構ってくれていたのだと。
なんて優しい人。なんて、温かい人。
私が感づかないように、いろいろと気を遣ってくれていたなんて。
・・・この人のこと、蒼鬼だなんて言ったのは誰。
シェウル君親子を追い詰めた奴等の方が、よっぽど鬼と呼ぶのにふさわしいじゃないか・・・。
「・・・そんなことも、あったな・・・」
詰めていた息を吐いて、彼が言う。
「巡回から戻って、病院に行ったと聞いた時は、いよいよ体が弱ってきたのだと・・・」
「そんなに病弱じゃないですよ、私」
相変わらず心配性の彼に、くすくすと忍び笑いを漏らしてしまう。
笑いながらも、向こうの世界では感じたことのない程だった頭痛の異常さが、渡り人特有だと言われれば納得出来てしまうような気がしていた。
けれど、それを今口にするのは悪戯に彼を心配させるだけだ。
私はそう判断して、腑に落ちたものを飲み込んだ。
肌に馴染んだ、ぬるま湯のような空気が流れる時間が、唐突に終わりを告げる。
ぴかっ、というよりも、稲妻と表現したいような光が、どんよりした暗い空を走り抜けた。
「・・・あ・・・」
一瞬遅れて、雷の音がこだまする。
自分でも、体が硬直するのが分かった。
さっきまで星が出ていたというのに、大粒の雨が、次から次へと窓にぶつかってくる。
そして、もうひとりの私が懸命に蓋をしていたものが、稲光が目に入った途端に暴れだした。
「ミナ、ミナ」
いつの間にか目の前に団長がいて、私の肩を揺さぶっている。
ぼんやりしていた視界が急にはっきりして、私は我に返った。
「あ、ごめ、なさ・・・!」
うまく言葉が出てこないのは何故。
私は一体誰に謝っているの。
なんだか自分が、ぶ厚い膜で覆われているような感じがする。
「ミナ、どうした」
戸惑う私にしびれを切らしたのか、舌打ちをした団長が膝をすくった。
そして私を横抱きにしたまま、彼がソファに腰掛ける。
体重2人分を突然任されたソファが、その重みに沈み込んだ。
「呼吸を深くしろ、ゆっくりでいい」
あの時のように力任せに抱きしめる腕が、私を引き戻す。
「あ・・・」
自分の声が突然鮮明に聞こえて、私はそれまで呼吸が止まっていたことを知った。
苦しさに思い切り呼吸をしようとすると、大きく咳き込んでしまう。
その背中を大きな手がさすってくれて、私はひとつ深呼吸をした。
「大丈夫か」
「・・・けほっ・・・は、い・・・」
器用にテーブルに置かれていたお茶を、彼が差し出す。
「せっかく淹れ直してくれたのに、冷めちゃった・・・」
ひと口含んでから苦笑いを浮かべた私に、彼は首を振った。
「そんなものはいい」
バリトンの声が更に低くなって、もはや唸っているようにしか聞こえなくなる。
「無理するな」
「え・・・?」
見れば、彼が真剣な目を私に向けていた。
あまりの真っ直ぐさに、こちらから視線を逸らしたくなるほどだ。
「あの・・・?」
「怖かったと、消えたくないと、もっと取り乱せばいい。
・・・我慢して、後で部屋に戻ってから泣くなんて、許さないからな。
それともお前にとって俺は、そんなに頼りがいのない男か・・・?」
その台詞を聞いた途端に、もうひとりの自分が蓋をしていたものが溢れ出した。
彼の背後、窓の外に吹き荒れる嵐に目をやれば、体が条件反射のようにカタカタと震えだす。
分かっている。きっと、離宮での出来事が忘れられないのだ。
私は彼の言葉に小さく首を振って、嗚咽を漏らしそうになる口を手で押さえる。
・・・綺麗な、淡い光だった。
手が透けて、次は足が透けた。
体が宙へと引っ張られる感覚に、自分をどこかへと連れてゆこうとする力があると解った。
私を形作るものを、じわじわと世界から引き剥がそうとする何かが、今も足元をうろついているんじゃないかと、とてつもなく不安になる。
消えたら、どこへいくの・・・?
怖い。消えたくない。嫌だ。助けて。怖い。誰か・・・。
喉がひくついて震えだした私の頬を、そっと彼の大きな手が撫でた。
「ほら、我慢するな」
彼の親指が、私の目じりをゆっくりなぞる。
まるでそれが合図だったかのように、ひと粒、ふた粒と、私の目から涙が零れた。
それを見て、彼が目を細める。
人を泣かせて喜ぶなんて、人としてどうなの・・・なんて、場違いなことを思ったりして。
「うぅ・・・」
震えながらただただ泣いている私を、彼はぎゅっと抱き寄せた。
そんなに優しくされたら、この口はいくらでも弱音を吐ける自信がある。
だから、背中なんか、さすらないで欲しい・・・。
溢れる涙で彼の顔が時々ぼやけて見えながら、私は口を開いた。
「・・・消え、たく、なっ・・・」
ああ、格好悪い。
しゃくりあげて、声も震えて。
いい大人が、情けない。
・・・でも、でも、今だけ甘えさせて欲しい。
「こ、こわ、くて・・・っ」
搾り出すように口に出せば、彼の腕がそれに応えるように、心地良い力を込めてくれた。
もっと吐き出せ、と言ってくれているようで。
「今も、いつ、消え、る、のか、って、か、考え、ると・・・っ」
ああなんか、余計なことまで喋ってしまいそうだ。
後先考えないで、正面からぶつかっていってしまいそうだ。
「いっしょ、に、いた、い、のに・・・!」
「・・・ああ」
短く言ったかと思えば、次の瞬間には彼が結い上げてあった私の髪を解いた。
ぱさ、とかすかな音がしてすぐに、彼の大きな手が髪の上を滑り降りてゆく。
それは何度も繰り返され、私の呼吸が落ち着くまで続けられた。
ありったけの涙を出し切った私の目は、鏡で見なくても腫れているのが分かる。
酷いカオ、してるんだろうな。
そして、彼は何気なく私の髪に鼻先を埋めると、ひとつ、息を吐いた。
直接かかったわけじゃないのに、耳が熱い。
「・・・また、」
彼がそのままの格好で、言う。
直接耳に入れられる声は、そのまま心臓を鷲掴みにした。破裂しそうだ。
「コインを、預かってくれるか・・・?」
鼓動が跳ね上がった私は、静かに目を閉じて、息を吸った。
頭の芯が冷えていくの感じて、目を開けて彼に尋ねる。
「それは・・・どういう意味・・・?
今度も、渡り人の私の身を、守るため・・・?」
肯定されれば、私はどうしたらいいんだろう。
こんなに甘やかされて、他の場所で生きていく自信なんか、もうこれっぽっちもないのに。
自分で白と黒を分けようとしていることに、鼓動が速くなる。
そんな私を見た彼は何故か、ふっ、と鼻で笑った。
「・・・違う」
そしてすぐに、声を低くして囁いた。
「もう、お前が他の男の匂いを付けて歩いているのが嫌で仕方ない・・・」
「・・・なんかその言い方、マーキングみたい・・・」
「似たようなものだ」
・・・初めてだ。
所有欲を言葉にしたような台詞がくすぐったくて、思わず茶化したけれど、それすら肯定されてしまっては返す言葉が見つからない。
彼の表情が見えないのが残念だ。
そう思っていたら、ぐい、と体の位置を変えられた。
動きについていけなくて、一瞬軽い眩暈を覚えて、目元を押さえる。
すると、その手を取った彼が私の腫れた目を見て、苦笑した。
「・・・ずいぶん泣いたな」
「泣かせたの、団長だもん・・・」
「ああ、悪い」
目の前には、穏やかな彼の顔がある。
全然、悪いと思ってる表情じゃないのが癪だ。
「ミナ・・・?」
目の前で名を呼ばれて、思わず赤面してしまう。
「う、うん?」
変な返事。
気づけば豪雨も過ぎ去って、また虫の音が辺りに響いていた。
「傍に、居させてくれないか」
心臓が跳ねる。
それを宥めながら、私は半ば反射的に訊き返していた。
「そばに・・・?」
「ああ」
彼の言葉に、少し私は考えた。
「それって、どれくらい傍・・・?」
至近距離で彼が困ったカオをした。
遠まわしな表現ばかりする彼に、少し意地悪したくなってしまう。
・・・だって仕方ない。私は凡人だから、普通の会話にしか免疫がないのだ。
「どれくらい・・・そうだな、髪を下ろしたミナの隣に眠ることが出来るくらいか」
ところが急に直球勝負を仕掛けられてたじろいだ。
「・・・そ、それって、私じゃないと駄目・・・?」
怖気づいたわけではない。ただ、恥ずかしかった。
そんな全く空気の読まない会話を続けていると、彼の眉間にしわが寄った。
・・・ここまでか。
不機嫌スイッチが入りかけたのを察した私は、手を伸ばして彼の眉間を、ひとさし指でぐりぐり伸ばした。
思い切り、無遠慮に。
すると、彼はいっそう怪訝そうなカオをする。
「・・・分かりました。
一緒に寝てあげる。ゴハンも、一緒に食べてあげる」
彼の深い緑の中に映る私を見つけて、頷いた。
・・・もう、踏み込むことを躊躇しない。
「だから、一緒にいて・・・。
私が消えそうになっても、また、ちゃんと捕まえて。
約束、して下さい」
深い緑の瞳が、一瞬大きく見開いたかと思うと、次の瞬間には柔らかく、甘く、細められた。
ねえ神様。
どこにいて何をしているのかも知らないし、いるのかどうかも知らないけれど。
今なら、あなたに感謝してあげてもいい。




