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「ええと、ミナ=マツダと申します。

 年は24で、22の時にこちらの世界に渡って来ました。

 これまでは、西にある、しらゆり孤児院でお世話になっていました。

 よろしくお願いいたします」



あれから、団長にレイラさんの部屋まで送ってもらうと、少し休んで体調も良いということなので、そのままリオルレイド皇子と対面することになった。

昼間もお邪魔した居間に入ると、なんと、陛下の1人目の奥様も同席していた。

なんだか綺麗なお姉さんが座っている・・・と思っていたら、レイラさんが恭しく接するのを見て気づいたのだ。

本当なら、私の方から挨拶に行くべき相手なのだけれど、彼女の方が陛下や臣下から情報を得て、待ちきれずにやって来たのだと、後になって聞いてほっとした。

突然の対面となって、緊張具合が跳ね上がるのは当然で、私は早鐘のように打ち付けている鼓動を宥めるのに必死だ。

昼間はジェイドさんが間に入ってくれたけれど・・・。

今は、昼間に4人で座った応接セットに、私と向かい合うように、レイラさんと、レイラさんの膝の上に座った男の子と、もう1人の奥様で座っている。

不安を抱きつつも挨拶を終えたところで、彼女が声をかけて下さった。

「わたくしはチェルニー。陛下の1人目の妻です。

 息子が1人いますけれど、今は北の街で王立学校に通っているので・・・。

 次の休みには帰ってくるようですし、その時に紹介しましょうね」

チェルニー様は、子ども・・・聞けば今年18歳になるのだという・・・を1人産み育てあげたとは思えないくらいに若々しくて、綺麗な方だった。

小さい頃に絵本やアニメの中で見た、女王様のイメージそのまま。

物腰は柔らかくて、優しさが滲み出ているのに、凛とした空気を纏っていて。

「・・・それで、リオン君の子守になるのよね?」

慈しみに溢れた眼差しで、チェルニー様が男の子の頭を撫でた。

レイラさんが頷いて、膝の上の男の子に何かを囁くと、男の子はそこから降りて、真っ直ぐに私の目を見据える。

小さな口が開いて、大きく息を吸うのが分かる。

「・・・リオンです、4歳です!」

小さな手を力いっぱい使って、4、のジェスチャーをしてくれた。

ハキハキした、元気な物怖じしない子のようだ。

思わず、私も目線を同じにする。

「ご丁寧にありがとうございます。

 私はミーナ、仲良くしてね」

にっこり笑って言えば、皇子はやや照れくさそうに頷いて、レイラさんの服の裾を掴む。

・・・天使だ。

「この子のことは、リオンと呼んで下さいね」

レイラさんが、皇子の手を繋ぎつつ言った。

「少なくとも、この子が王立学校へ通う頃までは、ミーナさんと過ごす時間が

 一日の大半だと思うんです。

 1人の人間として、素敵なお嫁さんと結婚出来る子に育てたいんです。

 どうか、お力添えをお願いします」

真面目な顔で言い切ったレイラさんから、顔を背けてぷるぷる震えるチェルニー様。

もしかして、もしかして・・・とそっと様子を伺う。

「・・・っぷ・・・」

もしやと思ったけれど、やはり噴出していた。

そして、そんな彼女をレイラさんがジト目で睨む。

「チェルニー様ひどーい」

「ふふ、ごめんね、だって・・・」

申し訳なさそうにしつつも、堪えきれずに噴出すチェルニー様。

2人は、とても仲がよさそうだ。まるで姉妹のように見える。

つられて私も笑顔になってしまった。

「でもそうね、素敵なお嫁さんも良い人生には大事な要素よね?

 わたくしだって、オーディエには素敵なお嫁さんに巡り合って欲しいと思うもの。

 ・・・人間性豊かに育って欲しいと思うのは、親として大切なことだと思うわ」

呼吸を整えたチェルニー様が言って、私に向き直る。

なんとなく、私の方も居住まいを正して背筋を伸ばした。

「・・・ミーナさん、」

「はい・・・」

オーラに気押されつつも返事をする。

「息子のオーディエは、王立学校で学び終わったら、しばらく陛下の手助けをする予定です。

 それから、陛下が治世を譲ると決めた時には、彼がこの国を治めることになると思います。

 ・・・リオン君もあと10年したら、陛下のお手伝いをするようになるでしょう。

 オーディエの治世になってからも、リオン君の支えは必要なのです。

 万が一オーディエが間違ってしまっても、リオン君が国のために正しい判断をするように、

 出来るだけ多くのことを見聞きさせてください。

 ・・・もちろん、たくさんの愛情を注いであげてね」

真摯な瞳で私に向き合うチェルニー様に、私はその言葉に神妙に頷いたのだった。

チェルニー様が、園長先生に見えてしまったのは、絶対に秘密にしておこう。



それからは、ひと通りお互いのことや、王族の生活リズムのことなどを話したあと、チェルニー様からの提案で、夕食を4人で摂ることになった。

レイラさんの部屋付きの侍女さんにお願いすると、例のごとく機械的な対応の末、夕食を準備してくれるというので、4人で別の部屋に用意された食卓につく。

「そういえば、」

ふいにチェルニー様が、興味津々といった様子で問いかけてきた。

その表情には、王位の話をしていた時の凛々しさというか、厳しさのようなものは一切感じられなくなっている。

まるで職場の先輩と、休憩中に話をしているような気分だ。

「ミーナさんは、蒼鬼殿のコインを身につけているのね」

どういうわけか、その目がキラキラしているような気すらする。

そして、私は新人だから、はぐらかすという選択肢は用意されていないわけだ。

「・・・ええと、後見を申し出ていただいた時に・・・。

 大事な物だから、一度はお断りしたんですけど、もう取れなくなっていて」

「・・・断ったの?!」

いささか声が荒げて、彼女が身を乗り出した。

私は若干体を引きながらも、そっと頷く。

「はぁ・・・断ったというか、返そうとしたら、もう取れなくて・・・」

「返そうとしたの・・・?!」

「・・・でも、身につけておいた方が身を守ることになるからって・・・」

「・・・えぇー・・・」

眉間にしわを寄せながら、彼女は椅子に深く腰掛けた。

その不満は私へのものなのか、それとも団長へのものなのか・・・。

聞き出す勇気はないし、聞かない方がこれからの自分のためのような気もして、私はこの話題から彼女の興味が逸れるのを、半ば祈るように待つしかない。

「でも今朝、久しぶりに蒼鬼さまに会いましたけど・・・」

レイラさんが視線を斜め上に向けて、何かを思い出しながら話し始める。

リオン君は大人たちの会話を静かに聞いているようだ。

私もそれに倣うことにする。

「・・・いつも通り、変わりはなさそうでしたよ・・・?

 コインを誰かに預けたとは思えないくらい、いつも通り・・・」

「あの人は基本的に無表情で無愛想じゃない・・・。

 そんな人に変化があったかどうか、見ても分からないわよ~」

私が、笑った顔を見たことがあることは、今は言わないでおいた方がよさそうだ。

「そうなんですよね~。

 しかも犯罪者相手のお仕事ですから、いつも殺伐とした雰囲気で・・・」

「だから周りの人間に怖がられてるのよねぇ。

 自分になら彼を癒して笑顔にできると信じて疑わないお嬢さんもいるみたいだけど・・・

 大体は実際に会うと逃げていくものね」

「あ、あの・・・そんなに無表情でも、殺伐としてもないですよ?」

それまではリオン君と一緒に静かに聞いていたけれど、さすがの言われように耐えかねて、私は団長の名誉のために口を開いた。

確かに無表情になると怖いと思う時もあるけれど・・・。

「今日も、ここに来る前に寮の部屋の片付けを手伝ってもらいましたし・・・」

『・・・っ』

2人が同時に息を飲んだ。

「手伝い?!」

「どうやって頼んだのかしら?」

それぞれが興味深そうに身を乗り出して、私の言葉を待っているようだった。

レイラさんは身重なのに、そんなに興奮して大丈夫なのか・・・?

一抹の不安を覚えるけれど、本人が大丈夫なら気にする必要はないのかと、新人で拒否権のない私は口を開いた。

「・・・ええと、頼んだというか、最初は王宮敷地内の見学だったんです。

 でも団長の提案で、先に私の部屋の荷物を片付けたらどうかと・・・。

 そういえば、寝具を忘れてたので一式貸してもらったんでした。

 ・・・街に下りれば、既製品が売ってますよね?」

最後は質問になってしまった私の話に、沈黙が落ちた。

するとややあってから、目を大きく見開いたチェルニー様が私の顔を覗きこむ。

「もしかして、彼はあなたの部屋に入ったの?」

「え、あ、はい・・・手伝ってもらったので」

「まぁ・・・!」

答えた私を見ながら、レイラさんが両手で頬を押さえる。

チェルニー様も、言葉を紡ぎながら頬をほんのり染めていた。

そんな2人の様子が一体何を意味しているのかよく分からなくて、私はひとまず沈黙するしかない。

「じゃああなた、彼の部屋に入ったりは・・・?」

「してませんしてません」

手を振りつつ答えれば、2人は若干残念そうに顔を見合わせた。

「たまたま孤児院で知り合って、後見になってくれただけですから・・・。

 たぶん、物珍しくて世話を焼いてくれてるだけだと思いますよ」

・・・これは合鍵を渡したことは黙っておいたほうが良さそうだ。

そう内心で呟いていると、隣に座ったリオン君が、首を傾げながら私を見上げているのに気づいた。

きっと、大人の会話を聞いていても面白くないのだろう。

「お腹すいた?」

話しかけると、私の言葉に無言で頷く。

「じゃあ・・・夕食は何が出てくるかな?」

当ててごらん、と問いかけてみれば、リオン君は目をキラキラさせて頷いた。

子どもはクイズやなぞなぞが大好きだ。

「お肉かな、お魚かな~」

「おにく!」

「スープかな、サラダかな~」

「サラダ!」

「じゃあデザートは何かな~」

そうやって言葉遊びをしているところへ、「失礼いたします」と無機質な声が響いた。

どうやら侍女さん達が、夕食を運んできてくれたようだ。

自然と沈黙が落ちて、隣のリオン君も静かにお行儀よく、料理が並べられるのを待つ。

無駄のない動きで、みるみるうちに食卓が美味しそうな香りで満たされた。

「おもてなし料理でなくて申し訳ないけれど、これがわたくし達の普段の食事なの」

チェルニー様が言った。

食卓には、サラダとメインとパン、ピクルスを思わせるものが並んでいる。

意外と孤児院と変わらない気がする。

「王族は、毎晩豪華な食事をしていると思っている人達が多いみたいですけど、

 そんなことをしていたら、あっという間に病気になってしまいますから」

レイラさんが微笑んで言う。

そのひと言に、チェルニー様が頷いて口を開いた。

「その通りね。食事は基本的に、栄養を体に摂り入れるために必要なものだわ。

 でも、わたくし達にとっては、この国の人々が毎日大変な思いをして育てたものや

 作り出したものを、この目で確かめるための、大事な時間でもあるのよね」

チェルニー様がナイフとフォークを手にする。

いつの間にか、侍女さん達は下がっていて、私達だけが部屋に残されていた。

「さぁ、いただきましょうか」



リオン君は、まだ4歳だというのにナイフとフォークを使うのが上手で、感嘆してしまった。

それにしても会話も弾んで、リオン君とも仲良くなれた実感を得た私は、緊張などひと欠片も感じることもなく食事を終えた。


「ねぇ、ミミ!」

リオン君が、服の裾を軽く引く。

この子はミーナともミイナとも言えなくて、ミミと呼ぶ。

可愛いと、いつまでもそう呼んで欲しいと思えてしまうから不思議だ。

「なあに?」

「ミミ、明日も来る?」

目を輝かせて答えを待つ彼に、私は何と言っていいのか言葉を選べず、レイラさんに視線を走らせた。

個人的には嬉しくて抱きしめたいくらいなのだけれど、そうもいかないのが寂しいところだ。

「お父様に聞いてみないと、まだ分からないのよリオン」

「えーっ」

母親の言葉に不満を隠さない彼を、チェルニー様が穏やかな表情で見守っていた。

私もさすがに何とも言えずに、ただレイラさんがリオン君を宥めるのを待つ。

その時だ。


ブォンッ


蜂の羽音のような鈍い音が響いたと思った瞬間、部屋が真っ暗になった。

「きゃぁっ」

レイラさんの小さな悲鳴が聞こえる。

直前まで見えていたものの残像がちらついて、思わず目を閉じて深呼吸した。

突然のことに戸惑いながらも、私は目を開けて、暗闇に目が慣れるのを待つ。

「落ち着いてね。

 大丈夫。この部屋付きの侍女がエルゴンの供給スイッチを見て、明かりをつけてくれるわ」

チェルニー様の声が暗闇から響いて、照明のエネルギー源である、エルゴンの供給が止まったのだと気づいた。

いわゆる、ブレーカーが落ちたような状況だ。

そして、暗闇にもうっすら目が慣れてきた頃だった。

今度は急に部屋の照明が戻って、目が一瞬眩む。

私の目は、どうやら暗さの後の明るさに、めっぽう弱いらしい。

チカチカと視界を星が飛んでいくのを、ぎゅっと目を瞑ってやり過ごそうとした時だった。


「リオルレイド皇子、覚悟っ!」


部屋の奥から侍女が、こちらへ駆けて来たのが視界にぼんやり映った。

距離感も、その顔もおぼろげにしか認識できなかったけれど、照明の光を反射したあれは、絶対に刃物だと確信する。

狙っているのはリオン君だ。

咄嗟に私はリオン君をその腕に抱きかかえて、床に伏せるようにしてかばう。

「・・・わぁっ・・・」

彼の悲鳴に似た声がくぐもって聞こえてくるけれど、今はそんなことに構っている場合ではない。

伏せる刹那、侍女と目が合ったのだ。

人とは思えない、血走った目から隠すようにして彼を抱きこむ。

地震にあった時のように、とにかく頭だけは隠さなきゃ、と力を込めた。

そして、彼に覆いかぶさっている私の体に、侍女の持っていた刃が鈍い音を上げながら突き刺さる・・・そんな光景を覚悟して、私は思い切り目を瞑って歯を食いしばった。


「あ、れ・・・?」


一向に痛みがやってくる気配がなくて、私はそっと目を開けた。

力を入れすぎていたのか、視界がぼんやりしている・・・。

そして一瞬の間をおいて、今までに経験したことのない痛みが襲うのだとばかり思っていた私は、刃が自分に向かってこなかったようだと気がついた。

腕の中のリオン君がもぞもぞと動く。

「ミミ・・・」

私は状況が飲み込めないまま、周りを見渡した。

そして目に飛び込んできたのは、

「ジェイドさん、と陛下・・・?」

金髪碧眼の彼と、腰に手を当てて仁王立ちをする陛下だった。

「・・・え・・・?」

物騒な物を持っていたはずの侍女は、どういうわけか陛下の横に跪いている。

「なかなか良い判断だったぞ、ミーナ」

陛下が手を差し出して、白い歯を覗かせた。

「・・・・・・」

私はまだ呆然と、陛下とジェイドさん、それにレイラさんとチェルニー様を見比べる。

皆さんなんだか、曖昧に微笑んでいたり、私から目を逸らしたり・・・。

「ちちうえー!」

そして、呆然としている私の腕の中からリオン君が飛び出して、陛下の手に飛びついた。

陛下は嬉しそうに息子を抱き上げて、肩車をする。

普段の私だったら微笑んで見つめるはずの光景も、今は直視する気分にすらなれない。

リオン君のはしゃぐ声を頭上に聞いていると、音もなく陛下の後ろに2人の女性がやってきた。

その手首には、白いコインが光っている。

「・・・どうでした?」

「見たところ、合格のようですけれど・・・」

おっとりした声と、ハキハキと無骨な声。

私はそのどちらも、やはり呆然としたまま受け止めていた。

「・・・ごうかく・・・?」

自分でも力のない声だと思う。

そして呟いた途端、じわじわと心が反応した。

・・・やられた。私は、試された。

沸々と怒りや悔しさが湧き上がって、心に広がっていく。

未だに立ち上がる気力はなく座り込んだままの私の頭上で、「この娘が」とか、「出来ると思っていましたから」とか、好き勝手な会話が繰り広げられているのを、ただ聞き流す。

そうしているうちに、心に広がった悔しさや怒りが溢れ出して、いつの間にか、握ったこぶしが小刻みに震え始めていた。

「・・・合格、ですか・・・」

これは私の声か。

自分の声ですら、遠くに聞こえる。

私の耳は、どこに行ってしまったんだろう。

「ミーナさん、ごめんなさいね」

チェルニー様の声が、どこかから聞こえた。

声のした方を向こうとするけれど、視線が、握りこんだ拳に縫い付けられたように動かせなくなっていた。

頭が、首が、全身が重くて気だるいのだ。

もう、どうでもよかった。

・・・来なければ良かった・・・そんな言葉が、喉元までせり上がってきた時だ。

誰かが、「蒼鬼」と呟いたのを、壊れたはずの耳が拾った。

彼が来たのかと、無意識に縫い付けられて動けない視線を、なんとか持ち上げようとして・・・そして、耳元で、やけに近くで、バリトンの声が響く。

「ミナ、」

鉛のような重たさを感じる首をもたげて、見つけた。

「立てるか・・・」

いつの間にか、すぐ目の前に、彼の姿。

深い緑の瞳が、私を見ていた。

真剣な瞳。真っ直ぐに、私を見ている。

私はゆるゆると首を振る。まだ、足が震えて力が入らないのだ。

そして、ぴったりと貝のように閉じていた口を、そっと開いて息を吸う。

「・・・シュウ・・・」

「ん・・・?」

彼にだけ聞こえるように、声を搾り出した。

喉が震える。

彼の姿を見てしまったら、もうこれ以上、正気を保っていられそうになかった。

「・・・ここは、いや・・・」

掠れた声で囁いて目を閉じた刹那、暗闇の中で浮遊感に襲われる。

いろんな感情が渦巻いているからなのか、自分が彼の腕の中にいるのだと分かっても、恥ずかしさを感じるだけの心の余裕がなかった。

もう、誰に何と思われても良い。

女性何人かの黄色い悲鳴が聞こえた気もするけれど、とにかく今すぐに、この場から消えてしまいたかった。

「・・・彼女は突然のことでまだ混乱している。

 今日のところは、このまま休ませようと思うが、異論はあるか」

彼の冷たい、誰にも異を唱えさせない声に、その場が一瞬沈黙した。

その威圧感に守られて、私は誰に声をかけられることもなく、その場をあとにした。





「ミナ」

短く私を呼ぶ声に、意識が浮上する。

目を閉じて揺られているうちに、うとうとしてしまったようだ。

「・・・ん・・・?」

「もう震えは止まったようだが・・・このまま部屋に送ればいいか?」

「・・・・・・」

・・・このまま、この腕の中でまどろんでいられたら・・・と思ってしまうのは、今の私がこれまでにない程に弱っているからなのか。

感情を上手く言葉に出来ずに戸惑う私を一瞥して、彼がそっと囁いた。

「・・・それとも、俺の部屋で落ち着くまで何か飲むか?

 そっちの部屋は、まだ茶器も洗っていないだろ」

優しく穏やかな声が、弱った心に沁みこんでいくようだ。

思わず縋りたくなってしまう私を、常識とか恥じらいとか、もう24にもなって・・・なんて、そんな思いが引き止める。

「・・・でも・・・」

世界から切り離されたと知った、あの夜だって、ちゃんと朝が来た。

寂しくて苦しくて、もうどうなってもいいと思った、あの夜だって・・・。

だから、今日も大丈夫。

足の震えが治まったのなら、下ろしてもらえばいい。

そうしたら、私の部屋になったばかりの、あの大きな箱の中で、これからどうするべきなのかを考えればいい・・・。

・・・けれど。

「・・・いや、もう少し一緒にいよう」

そんな彼の言葉を聞いたら、迷いは、ふわっと消えてなくなった。

まるで、霧が晴れるように。

私がゆっくり頷くと、至近距離で彼の頬が、ふっと緩んだ。

「・・・それなら、東の街で買った珍しい茶葉を出そう」

そして、特別だ、と囁いてくれた。








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