6
守られている、のかもしれない。
だけど、このやり方は私には何もできない、役立たずと言われているようで。
ソフィエル様の悪意の真実味を増していくだけだった。
キーンと鋭く響く耳鳴りが、頭の奥を突き刺す。
「それにしてもあの夜は素敵でした。いくつもの光の粒が天に昇る様子が幻想的で……あそこにいたのも本当は特別な私のはずだったのに」
あの光景を見ていた者にしかわからないことを言ってのけるソフィエル様は、熱っぽい吐息を吐いた。
「魔女なんて恥ずべき存在だと思っていたけれど、あんなに幻想的なことが出来たら皆も私のことを聖女だと言うんじゃないかしら。そうしたらきっとリュヒテだって私を無視出来ないわ」
血の気が引いている私の顔を覗き込むソフィエル様は、ひどく上機嫌だ。
「だ、か、ら。〈魔女の証〉も全部全部、私に返してくださいっ」
彼女はくるりと回り、胸の前で両手を組むと祈るように上目遣いで私を捕らえた。
最初は譲ってくれと言っていたのに、次には返せと言う。
この言葉だけを聞けば、まるで私がソフィエル様からなにかを取り上げたかのようだ。
私が守ってきたもの全てがソフィエル様のものだったように言われて、おもしろいはずがない。
もう新しい情報は出てこなさそうだ。
不安げに下げていた視線を上げ、抱き込まれていた腕を解く。
目についた珍しいおもちゃをねだるような顔をした同い年の、同じ候補者の少女を見据えた。
「──よくわかりました。ソフィエル様は特別な存在になりたいのですね。残念ですが、魔女であろうがなかろうが、ソフィエル様の渇望は満たされませんよ」
調子を取り戻し可憐な表情を作っていた少女の顔がすとんと落ち、憤怒の色に染まっていく様子は見ものだ。
「ひどい。ひどいわ。そんなことを言うマリエッテ様なんて大っきらい……っ。もう謝られても許さないんだから!」
「そうですか。残念ですが、受け入れます。では、ここまでにしましょう」
決別の言質を取ったというのに、ソフィエル様は気に入らないとばかりに肩を震わせている。今回は倒れることもなく最後まで話ができてよかった。まだ怒る余力もあるようだ。
もうお付き合いはここまででよいだろうと見切りをつけ、背を向ける。
私も力が入っていたのか、背中が硬くなっている気がする。
ソフィエル様のことよりも、私はローマンの動きが気になっていた。
だから、ローマンに直接聞こうと執務室の方へ足を進めたのだ。
何をするつもりなのか、確かめようと思って。
次のことに頭を切り替えようとする私の後ろで、空気が動く。
「──お姉様も同じ目で私を見るの。その何もいらないって目が大嫌い」
想定より近くで聞こえるソフィエル様の声に違和感を覚え、肩越しに振り返った。
一番先に見えたのは反射する髪飾りだった。
私の髪飾りと瓜二つの、リュヒテ様からの贈り物の髪飾り。その先端が私の方に向かって振り上げられたところだった。
吸い込まれるように、銀の髪飾りはうららかな太陽の光を跳ね返しながら私に向かってくる。
眩しいと感じたのは一瞬だけだった。
すぐに私の前に影が落ちたから。その影が髪飾りを握る腕を止めたのだ。
詰めていた息を解放すれば、慣れた香りで誰が来たのかすぐにわかる。
「──大丈夫か?」
「ローマン、」
金茶の髪は日光の下では普段より金に近く見える。いつも私を心配そうに、気遣うように優しく見守ってくれる視線の先にいるのは、私ではなかった。
「ろーまぁん……っ、マリエッテ様ったらひどいのっ!」
「わかった、わかった。ひどい有様だ、侍女はどこだ?」
ローマンは私に背を向けたまま、ソフィエル様の背をトントンと優しく慰めている。
一度も、こちらを見ようともしない。不自然なほどに。
「お姉様もマリエッテ様もみんな嫌いよ! 私のことをいじめるのですもの」
「……この様子だけ見れば、説得力は増すだろうな」
ローマンの胸に泣きつくソフィエル様の髪は掴み合いでもしたかのように乱れている。
彼女自身がかき混ぜていたのだが、公爵令嬢がここまで取り乱すというのもにわかには信じられないだろう。
ローマンから不自然に距離をとられているような居心地の悪さに、少しだけ反応が遅れてしまう。
「……わたくしは一度もソフィエル様に触れていませんよ」
私の小さな反論は、ローマンの後を追うように走り寄って来た侍女たちの声にかき消されることとなる。
すぐ近くにいると思っていたエヴリン様はどこから走って来たのか、息を大きく乱しソフィエル様の姿を見て顔を青くした。
ダリバン家から付き添いで来ていた侍女たちは、私の姿をソフィエル様たちから隠すように間に入り距離を取ろうとしている。
もしかしたら、彼女たちも私がソフィエル様に何かしたと判断したのかもしれない。
騒ぎを聞きつけた警備の騎士たちまで集まって来た。
人が増えた頃合いだと思ったのか、ソフィエル様の泣き声は大きく派手になっていく。
「嘘ばっかり! 暴力を振るうだけじゃなく、嘘までつくなんて!」
悲しみを含んだ声に、同情が集まるのは自然なことだった。
私が何か声をかけようとすると侍女たちが壁になり反論の機会が途絶え、その間にローマンは溜息を一つつくとソフィエル様に上着を被せた。
そのままソフィエル様を客室に案内する後姿を、人波の影から見送る。
「マリエッテ様も、一旦あちらに参りましょう」
「ええ……」
ローマンの冷たい横顔が、しばらく頭から離れなかった。




