5
「──マリエッテ様は魔女なのでしょう?」
「なんのことだか」
動揺は指先に出る、と王妃様が教えてくれた。意外と表情は動かないものだとも。
仮面の下にピリリと緊張が全身を駆け巡った。
もちろんソフィエル様の周りで魔女に関する情報を出したことは一度もない。
我が国の一般常識の中では、魔女はおとぎ話の住人だ。
だから、この質問自体がおかしいのだ。
魔女は実在するという前提がある言い方だから。
嫌な予感は影を濃くしていく。可能性の一つとして持っていた、『誰かがソフィエル様に情報を渡している』という予感が。そんなはずはないと否定するのに、思い当たる出来事が多すぎる。
ここで魔女の存在を誤魔化す選択肢は消えた。
次に私が行うべきなのは、ソフィエル様が持っている情報を引き出すこと。動揺して足を止めている場合ではない。落ち着けと息を細く吐き出し、頭を切り替える。
──人が饒舌になる瞬間は、己が優位に立っていると油断した時だ。
張り付きそうな喉を潤し、わざと手を落ち着きなく動かした。
ドレスを握ったり、髪に触れたりと不安気にみえるように。
その仕草の意味が通じたのか、ソフィエル様は優位性を確信した顔でどんどんと機嫌がよくなっていく。
「ふふふ。やだもう。黙っていてあげているのだから、安心してくださいな。証拠もないのに告発なんてしたら、私のほうが頭がおかしいって言われちゃうわ」
そう囁くソフィエル様は高い場所から獲物を見おろす猫のように目尻をしならせた。
「私、見てたんですよ。最初のデビュタントの日、マリエッテ様が化け物を殺したところ」
ソフィエル様は、あの日のことを覚えているのだ。
「う、嘘よ。そんな、皆様、忘れているはずなのに……」
演技の中に、少しだけ素の緊張感が混じる。
あの時、<傲慢の魔女>の力によって磔にされていた貴族のほとんどは、彼の魔女が消えたと同時に操られていた時の記憶を失ったはずだ。
そして記憶が綺麗に消えず、恐怖と混乱の中にいた数名にはエルシー様の薬によって、忘却という祝福があったはずだ。
なぜ、ソフィエル様は覚えているのだろうか。
「ふふふ。なんでも、血筋が良いと魔法の抗体があるんですって。ローマンが教えてくれたの。私は特別なの。マリエッテ様はいまだに魔術の一つも使えないのでしょう? やっぱり汚れた血が混じると駄目なのよ」
ローマンが教えた……?
ドクン、と心臓が波打った。
普段通りに息をしているはずなのに、息がうまく吸えていない錯覚が起きている気がする。
「汚れた血、だなんて」
「マリエッテ様のお母様って外国の方よね? 純粋なエールデン王国人ではないじゃない。お父様もいつも言っているわ。汚れた血を王室に混ぜるべきではないって。だから魔女のくせに役に立たないのよ」
役に立たない、という言葉が思いのほかダメージを受けている。
私は魔女の証を受け継いだ後も、一切魔法や魔術など使えなかったから。
血筋に適性。
歴代の何人かの王妃が魔女であったならば、王族はもちろん血脈が近い侯爵家も”適性がある”ということなのだろうか。
エルシー様からは魔女の候補になるために秘薬が用いられると聞いたが、あれは適性がない娘が候補となるための薬だった可能性もあるのではないだろうか。
でも、魔女の秘薬を飲んだのに。
それでもなお魔女になりきれないのは、私に適性が無かったから?
私では、だめなの?
動揺を察したソフィエル様が私の腕を抱き込んだ。
「あぁ。役立たずだって自覚があったから、狛鼠みたいに文官だとか他国の使節に媚びてたんですね。マリエッテ様も頑張ってたんですねぇ」
囁く声は私の心の柔らかい部分を的確に踏みにじっていくようだった。
「──”本当に、お可哀想なマリエッテ様”」
自分の吐いた言葉が自分に戻ってくるようだ。
何も知らないのは私の方だったのかもしれない。
「役立たずなマリエッテ様を、ローマンは王太子妃にしたくないみたいですよ? 愛されてますね。汚れた血でも、役立たずでもいいって。そんな可哀想な人だからこそ、ローマンはマリエッテ様がいいんですかね。ふふっ」
ローマンは私が決めた道を応援すると言ってくれた。あれは嘘だったのだろうか。
いや、嘘ではない。ローマンにもきっと考えがあるに違いない。
役立たずな私でも、甘やかして受け入れて、それでもいいから進むなと言うのか。
ローマンが何を考えているのか想像を巡らせるたび、裏切られた気分になるのはなぜだろうか。




