隠し事
「初めてだわっ、これがエスピオン公爵家のシフォンケーキね。生徒会のお友達も、フィオナも、みんな絶賛していたから食べてみたかったの!」
ソフィエル様の口から生徒会や私の一番の親友の名前が出て、少しだけ気持ちが逆なでされたような気分になり、自分の心の狭さを恥じる。
もしかして、いやいやそんなはずは……と無理やり目を逸らしていた疑いが、また顔を覗かせた。
最初は本当に本当に些細なことから始まった。
私の友人と話してみたいとソフィエル様に頼まれ、派閥違いだけれども学園では友人は多い方が良い。快く紹介したが、徐々に私は輪の外側に立ち、ソフィエル様を中心とした輪で話題が成立していくのだ。
意見を求められる場で私の意見は流されるが、同じことを発言しているソフィエル様の意見が採用され注目されるような、なんとも言い難い不安感が足元から染みてくる感覚だ。
もちろん、ソフィエル様が楽しい学園生活を送ることに否はない。
だが、正直、ソフィエル様の輪を外側から眺めるのも寂しいことは確かだった。
同じことが生徒会でも起きる。
ふと思うのだ。”私は別にここにいなくてもいいのかもしれない”と。
その寂しさはとても子どもっぽい感情のような気がして、すぐに否定する。寂しさや不安を見ない振り、気づかないふりを繰り返していた。
ソフィエル様は髪型や髪飾りから始まり、持ち物、ドレスの色、仕草、言葉選びなど……真似されているというのもおかしな話だが、友人たちが『そっくりだ!』と話題にするぐらい私の特徴を捉えていた。
だが、根本的に私のぼんやりした髪の色と違って、神秘的な輝きを放つ黒髪も。生意気だと言われがちな私とは正反対の庇護欲をかき立てる甘い顔立ちも。華奢で小柄な体つきも異なる。人の懐に入り込む甘え上手な性格や愛らしい仕草、愛嬌も私にはないソフィエル様の素晴らしい長所だ。
……だからこそ、自分の上位互換を目の前で演じられているようで、内心モヤモヤとしてしまう。モヤモヤとしてしまう小さい自分が更に嫌になる悪循環だ。
悪感情を見たくないがために距離を置こうとしても、私の友人たちの輪にはソフィエル様の席が出来ている。つまり私がその輪から距離をとるか、ソフィエル様に忠告して距離感を保つほかないのだ。
とはいっても、いつもの調子で『病弱でお友達が少なくて……』なんて言われると弱ってしまう。
私のことを憧れていると、ソフィエル様は言ってくれているが、派閥の垣根を超えて私の交友関係に足を向けるのは何の意図があるのだろうか。
私はソフィエル様と敵対したいわけではないのだけれど。
──ふと、婚約者候補の立場を交代することになった、ソフィエル様の姉エブリン嬢を思い出した。
答えは保留にしたまま、今日も今日とて、ローマンのエスピオン公爵家を訪問する私たちにソフィエル様が同行したいと手を挙げた。
「ソフィ、落ち着け。はしゃぎすぎるとまた……」
「もう。リュヒテもローマンも過保護ね」
ソフィエル様は白い頬を膨らませ、リュヒテ様の横をひょこひょこと小さい歩幅で歩いている。
「……別にローマンは心配してなかったよね」
「人聞きが悪いな。監視役は一人で十分だろう」
「二人とも……聞こえなければ何を言っても良い訳ではないのよ」
ソフィエル様と初対面のランドルフ王子は、あまり彼女に好意的では無いのか、先程から言葉が厳しい。
「だってさ、さっきからマリエッテのことを無視して兄さんとローマンに話しかけて嫌な感じだよ!」
「無視ではないですよ。ソフィエル様とリュヒテ様とローマンの思い出話をされていただけで……」
「それが作戦なんだよ。あぁっ、このメンバーでの茶会はさぞ楽しいだろうなぁ~」
うんざり、という顔でヘラリとした顔を見せたと思ったら、次の瞬間にはよそ行きの表情になったランドルフ殿下は我が物顔で扉をくぐっていく。
その様子を見送り、数拍遅れてローマンに「お招きありがとう」と小声で挨拶を述べた。
訪問者は、私とリュヒテ様と弟王子のランドルフ殿下とエルシー様だ。
引き続き、書庫に籠もって読書をしていたら、王宮と同じく歴史があるエスピオン公爵家の邸にも記録があるのではないかという話になったのだ。
私だけで行くのは外聞が悪いと参加者が増え、私たちが書庫にいることを知ったソフィエル様が仲間外れはひどいと泣いて訴え……という流れだ。
エスピオン公爵家訪問の趣旨を知らないソフィエル様のお相手はリュヒテ様が務めることとなった。二人がサロンに用意されたシフォンケーキに舌鼓を打っている間、私たちは西側にある部屋へ案内されていた。
「マリエッテがうちに来てくれるなんて、かなり久々だね。母が会いたがっていたよ。さて、ここが一応図書室」
さすが、公爵邸の図書室は圧巻の蔵書量だった。
「──俺も探したけれど、とくに新しい発見はなかったかな。……まあ、気の済むまで見ていって」
ローマンの声が少し硬く聞こえたような気がして見上げたが、にこやかな表情は普段通りだ。
「ローマン、こういうときは『すごい発見を見せてあげるから部屋においで』って誘うチャンスなんじゃないの?」
「なッ!」
「王子とは思えない教えをありがとう。仮にも王太子殿下の婚約者候補だ。今日は図書室で我慢してもらおう」
ランドルフ王子の発言に動揺したのは私だけのようで、ローマンはさらりと涼しい顔で受け流した。
「……なんか、ローマン、隠し事してるよね」
ランドルフ殿下の小さな呟きが妙に残る。
「ローマンお兄様、上の本をとってください。ランドルフお兄様は小さくてとれないの」
「とれるさ!」
「……本当に、マリエッテだけの方が効率がいいんじゃないかな」
「ふふふ。いつも楽しくて助かっているわ」
騒がしい二人は侍従が対応するらしく、私は目的の歴史書が置かれている棚へと案内された。
手入れの行き届いた棚には王宮で見かけた本と同じ装丁のものが目に付く。
今回も二百年前の書籍から辿っていくべきだろうか。
そう考えながらふらふらと手を滑らせていると、肩がローマンにぶつかってしまった。
「っと、ごめんなさい」
「目的の本はこれ?」
目的の本は重ねて保管されているため、両手で持ち上げるほどの重量がある本を何度か移動させなければならない。
どうやらローマンが本を取り出してくれるようで、目的の本の背表紙はこれだと指を向けると、ローマンの手が重なった。
ん? と、ローマンの顔を見上げると、こちらをじっと見つめ返すばかりで、いつもの軽口も言わない。というか、私を見ているようで見ていない。なんだか一段と普段と様子が違う。




