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魔女は不吉を呼ぶとされていた時代。
遺跡とも呼べる石碑から『魔女の証は王妃になる娘が代々継ぐものである』ということが発覚し、王宮内は混乱を極めていた。
魔女は穢れの証拠であるのに、それを最も尊い血の王族に混ぜるだなんてと言う人がほとんどの中。白羽の矢が立ったのが、子爵家夫人のエルデマリー様だった。
元々当時の国王モンヴィエル陛下の公妾であったとされる彼女は、王族に多い金の髪をもった娘を産んでいた。同時期に夫を亡くし未亡人となったエルデマリー様は姫を産んだ功績から第三妃となったと記録にある。
「王妃も、第二妃も嫌がった。それを引き受けたのがお母さまだった。それなのに……お母さまは殺された」
ランタンの火が不自然に膨れ上がる。
彼女の行き場のない怒りに呼応しているようだ。
「魔女が怖かったんだって。王妃の座を狙ってるんだろうって。王妃の座も渡したくないけど、魔女になるのは嫌なんだって。自分で殺したくせに、なんとかしなさいって怒るの。怒りたいのはお母さまと私なのに」
「エルシー様、落ち着いてください」
小さな頭を抱え込み、子守歌のように背を撫でればランタンに収まる火もゆっくりと自分の形を取り戻す。
「大丈夫です。今はもう二百年経って、誰も生きてはいません」
冗談めかして言えば、小さく噴き出す声が聞こえた。もう大丈夫。
「……だから私が魔女になったの。触れただけでなるなんて思わなかったけど」
それからのエルシー様の生活は一変した。第三妃が住まう別邸で王族としての生活を送っていたが、使用人たちは一斉に解雇となり軟禁生活が始まった。
魔女となってしまった、まだ幼いエルシー様に教師役として派遣されたのは先々代の魔女だった老婆だったらしい。
「──魔女だった、方がいらっしゃったのですか。魔女の証を引き継いだ後もご存命だった方が!」
まさに探していた情報だ。
今までの魔女の証を引き継ぐ時の条件として、共通していたのは”死の間際に触れること”だった。
生きたまま引き継げるなら!
そう期待するが、エルシー様の表情は暗いままだった。
「方法は聞いていないわ。その時の私は、魔女になって魔法でお母さまの復讐をするんだってとらわれていて、誰かにその手段を渡すことは考えてなかったから」
復讐。
以前、エルシー様は傲慢の魔女に対抗するように魔法を使いこなしていた。あれは復讐のための準備で培われたのか。
「……マリエッテお姉さまも、私のこと、嫌いになった? 復讐なんて悪いことばっかり考えてるって」
怒ったような表情で私のことを見上げるエルシー様だが、私の瞳の中に軽蔑の色が無いか確かめずにはいられないのだろう。窺うような視線に、たまらなくなる。
先日どこかで聞いた『いつまでも憎しみ合うのはつらいことです。罪を許し合い、皆で仲良く楽しい時間を過ごした方が良いと思うのです』という言葉を思い出す。
憎しみを抱くのは悪である。
悪は否定されるもので、到底受け入れられないものである。
そういった道徳観があるからこそ、不安なのだろう。
自分の感じた痛みや苦しみを正当なものとして認めてもらえず、切り捨てられることがあったのかもしれない。
また、私からも痛みを無視されるのではと怯えているように見えた。
だから、誰かを憎んでいる、許せないという感情を持っている自分を隠そうとしていたのではないだろうか。
「エルシー様、私から見ると復讐するのだと自分を奮い立たせて来たのではないかと思います。心が折れずにいてくれてよかったと、嬉しいぐらいです」
「怒らない?」
「怒るものですか。エルシー様の復讐は大成功ですよ。絵本で善良な魔女のお話は広まり、二百年前の王妃の人柄や功績など語り継いでいる人はいませんよ」
ポロポロと落ちる涙が羊皮紙につかないようにハンカチを取り出したのに、エルシー様は私の服で拭くことにしたようだ。
「……当時の王妃の肖像画を隠したのも、怒らない?」
「それは聞かなかったことにします」




