薔薇の日
学園では期末考査も終わり、待ちに待ったイベントに生徒たちは浮き足立っていた。
毎年、この時期には生徒同士で感謝を伝えるために花を渡し合う伝統行事がある。
いつしか愛を告白して良い日となったようで、学園を卒業すれば政略的な婚姻を結ぶ貴族の子弟にとって一時だけ夢を見て良い日となっているらしい。
……らしいと言うのは、昨年、イベント当日は一人虚しく図書館に閉じ込められていたから噂程度にしか知らないのだ。去年のことなのにずっと昔のことのようである。
「マリエッテ、ここにいたのか」
少し息を乱したリュヒテ様がやって来た。
「あら。リュヒテ様、先ほどターナー先輩がここにいるんじゃないかって温室まで来たのよ」
「お見通しだったな。少し休ませてくれ」
あの静かな図書館とは打って変わって、今年は薔薇の温室で忙しくしている。
今年は正式に生徒会役員となり、”愛の日”に必要な薔薇の管理をしているので正しく行事の内容を把握している。
今日は学園の出入口や至る所で手持ち出来るように剪定された薔薇が配られ、それぞれ好みのリボンを巻いて贈るのだ。
感謝や友情は黄色。愛を伝えるならば桃色。愛を深めたいならば白。
告白を断る時は、そのまま返却。受け入れるときはリボンを回収、となる。
何もついていない薔薇を持っていたとしても、面目は保たれるわけだ。
別れや一時だけのお誘いならば……と続くらしいが、続きはリュヒテ様に遮られてしまった。知らないことで何か手違いがあったら大変なので、後で友人たちに聞かなければならないと思っている。
その監視なのか、忙しいはずのリュヒテ様はここで休憩することにしたらしい。
薔薇の種類や本数や質にも意味があるらしく、こだわり派の生徒はこの温室まで薔薇を受け取りに来る。
その生徒たちが必要以上に持って行かないように監視するのが私の役目だ。
昨年までの私の扱いは様変わりし、今では誰もが丁寧に接するようになった。
見張り役としては打って付けだろう。
リュヒテ様は第二の見張り役となる気はないらしく、樹木の影にあるベンチに横になった。
そこに次の訪問者が顔を見せる。
「あら? マリエッテ様、こちらにもいらしたのですか?」
「ごきげんよう。しばらくここにいたけれど……どうなさって?」
最終学年の女子生徒はおっとりと頭を傾げた。
「いえ、先ほど廊下ですれ違ったように思えたのですが……お声をかけましたが、届かなかったのか行ってしまわれて寂しかったのですわ」
「朝からここにいますから、別の方でしょう。他の方も私に似た方を見かけたと教えてくださっていて、そんなに似ていらっしゃるのですね」
「そうですね……後姿が、そう、マリエッテ様と同じ髪飾りをつけていました」
そうなのだ。
数日前から私のような人影が学園を彷徨っているらしい。
私の髪飾りは毎朝気分でつけ変えているものだから、同じ髪飾りをつけているというのが不思議な話だ。
目撃情報を話して満足したのか、女子生徒はまだ蕾の薔薇を選び取りはにかみながら温室を後にした。
その背中を見送りながら、なんだか羨ましく感じてしまう。
どんな薔薇が良いか選ぶ彼女の視線、その薔薇に乗せる想い。彼女は未来に期待して、信じている。
「──同じ髪飾り、か」
「あっ」
見張り役だというのに、出入口に気を取られていた私は髪飾りを取られたことに遅れて気づく。
「私もマリエッテに似せようとしていた人物を見かけたな」
「リュヒテ様もですか!」
「あぁ。手に余りそうなほどの薔薇を受け取っていた」
手に余るほどの薔薇にはどんな意味があるのだろうか。
基本的には一本ずつ配っているはずなのだが、どうやって数を揃えたのだろう。
「それを見ていたら腹が立って、ここまで来てしまった」
「!?」
リュヒテ様は髪飾りがあった場所に何かを刺した。
思わず手を伸ばすと、しっとりと濡れるような花弁が指に触れた。
「ば、薔薇をこんなところに刺すなんて……っ」
「こうすれば本物がわかりやすいだろう」
「もう。髪が乱れていたらイヤよ」
「似合っている」
「……私の水色の髪に薔薇が似合うだなんて言われたことないわ」
「では、私が初めてマリエッテに薔薇を似合わせた男だな。安心した」
またリュヒテ様のペースに巻き込まれているわ。
パクパクと言葉が出てこない口を開け閉めしていると、リュヒテ様はおもしろそうに私の髪を一房取って指に巻きつけた。
指に巻かれる髪がどんどん短くなっていく。
髪を引き寄せられるまま近づいたら、どうなるのだろう。




