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【書籍化進行中】【長編版】魔女の秘薬-新しい婚約者のためにもう一度「恋をしろ」と、あなたは言う-  作者: コーヒー牛乳
EP.2

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再婚約


 あの夜と同じ時間に、二度目のデビュタントが始まった。


 魔女が起きたような夜空。そこに瞬く星たちよりも輝く宮殿で。

 一度目に出席できなかった貴族たちは、より多くの情報を得ようと奔走している。


 仕切り直しとなった本日、王太子の相手には元婚約者であるダリバン家の娘が立ったことで、貴族たちは大忙しになったようだった。


 前回は古くからの友人である令息たちに肩を叩かれたりお酒を注がれたりだとか慰められていた様子だったお兄様だが、今回はお父様の斜め後ろに立って固い表情で挨拶を受けている。


 私は同じデビュタント組の友人たちとドレスのお披露目に忙しい。

 仕方のないこととはいえ、短い期間で二度目の開催だ。同じドレスで出席するのは恥になるという意地と準備期間の短さという現実がぶつかり合い、それぞれ趣向を凝らしたお直しをしたらしい。


 前回はろくに話せなかったので、こうして友人たちがどのような思いで工夫を凝らしたのかという話を聞くだけで楽しい。


 音楽や話し声、立ち上る香水にお酒の香り。

 ふとした瞬間に鉄の香りが鼻の奥にあるような気がして、喉が詰まる。


 嫌な出来事を、今起きていることのように感じてしまったり。

 この楽しい時間が夢だったらどうしようと心配になったり。


 自分が自分でいられなくなったらどうしようと心配だった。


 だけれども、心配は杞憂だった。


 なぜだか私には一度目よりもきらきらと輝いて映る。

 照明は会場を温かく輝かせ、参加者のドレス、宝飾品が光をあちらこちらに返す。


 夢見心地で会場を見渡していると、隣にいた友人が小さな声を上げた。その声につられ視線を流せば、この光の渦の中から話題の王子様が真っ直ぐこちらへ向かってくるのが見えた。


 先ほどまではしゃいでいた友人たちは、ぴたりと口を閉じ澄ました顔で下がっていく。

 表情は澄ましていたが、彼女たちの背中はまだはしゃいでいた。


 デビュタントを迎える令嬢たちが集まる中から、私がここにいると一体いつ気が付いたのだろうか。

 じっと見られると磔にされた小動物のように身体を固くしてしまう自分が恥ずかしい。


 リュヒテ様は彫刻のように固い表情で近くまで来ると、白い手袋に包まれた手を差し出した。


「そろそろいいか?いくぞ」


 挨拶も無しにエスコートの手を出されてしまうと、この時間の前に個人的な挨拶の場があったのだとか言われてしまうではないですか!という抗議は後にする。


 ムッとした表情は微笑みの裏に隠し、手を重ね大理石の床を滑るように中心へと歩を進めた。


 人波から出れば、視線は自然と集まった。

 溺れそうなほどの色とりどりのドレスの波に、軽やかな笑い声。

 にこやかな仮面の下から覗く値踏みするような視線も二度目となれば、もう気にすることは無かった。


 決められた場所で止まり、リュヒテ様へ向き直る。

 周囲の視線は気にならなくなったが、私を焼いてしまいそうなほど強い視線を注ぐリュヒテ様にはまだ慣れそうにない。


 リュヒテ様の腕に手を添えれば、それが合図になった。

 楽団がダンス曲を奏ではじめ、私たちは条件反射のように動き始めた。


 輪の中で踊るのは、デビュタント組だ。

 高位貴族の家から三人の令嬢が、白いドレスを開花させるように舞う。


 さすが、高位の令嬢となればデビュタントのドレスは何着か用意があったのだろうか。前回とはドレスの形が大きく変わった令嬢もいる。


 私も一度目のドレスは私の代わりにボロボロになってしまったので、我が家で最初に用意していたドレスを着ていた。


 前回、王族の顔を立てるためにリュヒテ様から贈られたドレスを着用したが、このドレスも気に入っているのでお披露目出来たことが純粋に嬉しい。


 リュヒテ様からは改めて装飾品を贈りたいと連絡をいただいたが、それは辞退させていただいた。私の耳も首も先約があったのだ。


 私の耳元で揺れるイヤリングも音楽に合わせて軽やかな音が鳴るようだった。


 機嫌の良さがあからさまだったのか、リュヒテ様が集中を促すように手に力を入れた。

 もちろん集中していますよ、と言い訳するようにリュヒテ様を見上げれば翡翠の瞳がゆらめいた。何か言いたげに、口を開いては閉じたりを繰り返している。


 何か?と視線で急かせば、音楽に隠れてしまいそうなほど小さな声が落ちる。


「今日も綺麗だ」

「え、ええ。ありがとうございます」


 本日顔を合わせてから何度も言われているので、軽くお礼を返せば「そうじゃない」とのことだった。この近距離で言葉を交わしているのに意思疎通が出来ていないらしい。


 リュヒテ様は何度か「あー」だか「うー」だか唸り、少しだけ目元を険しくして不機嫌そうな顔をつくった。耳は少し赤くなっているので、怒っているわけではないらしい。


「……その、イヤリング、初めて見た」


 一瞬、リュヒテ様が私の持ち物を全て管理しているの?と薄気味悪い想像をしたが、そういえば私は今までリュヒテ様に贈られた装飾品や、王妃様から下賜されたものを身に着けていた。


 なるほど。

 リュヒテ様は自分が贈ったものでは無いイヤリングを着けていると言いたいのかもしれない。


「ええ、こちらはお母さまがデビュタントで着けたものなのです。似合うでしょうか?」


 白のドレスに合わせシルバーの金具に透明度の高い宝飾をあしらったイヤリングは、朝露のようにドロップ型のチェーンが垂れておりダンスに合わせて揺れた。


 一度目のデビュタントでもこのイヤリングをつける予定だったが、リュヒテ様のドレスとは調和がとれず留守番となったのだ。


 そして首飾りはデビュタントでお母さまを見初めたお父様が、思い出の日を忘れないようにと贈ったものらしい。


 ただの宝飾では無く、色々な想いが込められた装飾だからこそ、胸を張ってまたデビュタントの舞台に立てたのだと思う。


 そう言うと、リュヒテ様は表情を少しだけ崩して年相応な表情を覗かせた。


「……てっきり、ローマンから贈られたものかと」


 一度目のデビュタントでローマンからは靴をもらった。

 それもあの日、ヒールは折れてしまったし、魔女に突き刺してしまったりもしたのだけれど。


 一度目はリュヒテ様からも、ローマンからも贈られたものを身に着けた。

 二度目となる今回はリュヒテ様の分だけ辞退したのかと思われていたのか。


 なるほど、と二度目の合点がいった。


 リュヒテ様の勘は合っている。


「ローマンからはつい先ほど、レースリボンをいただきました」


 グローブの上、小指に巻かれた細いレースリボンは繊細なデザインだ。ひだが幾重にも重なっていて、贈り物のリボンのようで可愛らしい。

 指輪だとか主張の激しいものだったら辞退していたが、繊細なリボンで『おまじない』と言われたら大人しく巻かれるしかない。前回はローマンの『おまじない』が大活躍だったから。


 話題に上がったのがわかったのか、他の令嬢とダンスを踊るローマンと視線がぶつかる。


 ローマンはリュヒテ様より色味の濃い、深い緑の瞳を緩ませた。

 いつもの安心させるような笑みが返ってきて、私の視界はぐるりと回った。

 目に映る景色はローマンから天井へと回り、リュヒテ様へと戻る。


「妬けるな。私も何か贈りたかった」

「もうリュヒテ様からは前回、ドレスをいただきましたから……ローマンと張り合うなら、二人で贈り合えばよいですよ」


 どうもリュヒテ様はローマンを意識しているような気がする。

 私そっちのけで二人で遊んでいるようにしか見えない、と言ったら怒られるだろうか。


「別に張り合っているわけではないさ。マリエッテが私のことだけ見ていればいいのにと思っているだけだ」


 私の失礼な物言いも面白がっているのか、リュヒテ様は喉の奥で笑った。


「私は自由を満喫するところですので、私抜きでどうぞお楽しみください」

「つれないな。自由とは具体的に何をするんだ?」


 自由とは何かと言語化を求められると難しい。


「そうですね……沢山ありますよ。友人と街でお買い物をしてみたいです。娯楽誌を読んで夜更かし、とてもお聞かせできないような乱暴でくだらない言葉を大声で叫んでみたいですし、乗馬もいいですね」


 頭に浮かぶのは”禁止事項を破る”ことばかりだった。

 思えば、王太子妃教育には沢山の制約があった。

 貴族街へ遊びに行く時間も許可も無かったし、娯楽誌だなんて以ての外。ましてや大声で叫ぶだなんて、進路が断たれてしまうような蛮行扱いだった。


 だがしかし。どれもこれも、もう自由なのだ。

 そういえばあれもしたい、これもしたい、やってみたい!と次々浮かんでくる。

 こういうことは考えている時間が一番楽しいのかもしれない。


 浮かれている私とは反対に、リュヒテ様は一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。


「……マリエッテは、やはりそうしている時が一番良い顔をするな」

「リュヒテ様?」


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