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「ごめんなさい……。お兄様も、ローマンお兄様もみんな助からない」
エルシー様が、ポツリとそう呟いた。
「エルシー!魔女が完全に復活する前にとどめを!」
リュヒテ様の怒号が飛ぶ。
パチパチとパズルが嵌るように、滑らかな肌に戻っていく。欠けた肩も指も、台風のように巻き起こる風の中心で、今にも力を取り戻そうとしている。
これでは私たちでは近づけない。対抗できるエルシー様の助けを乞うが、小さな彼女は悲しそうに視線を下げた。
「──私は傲慢の魔女を殺せない」
「なぜ……もう一度やってみましょう。今度こそ」
励ますように声をかけてみたが、「違うの」と繰り返すのみでエルシー様は固く目をつぶったままこちらを見ない。
「……魔女は必ず七人必要だから。欠けることはあってはならない、から」
できないのではない。
そうしないのだ。
だから魔女側であるエルシー様は人間の味方にはなりえないのだと、線を引かれたような気がして。
「あは、あははは!そうよ。お前たちが誇りだと言ったお姫様も所詮、魔女なの。しかも、この怠惰の魔女はこの国を使って実験してるのよ!」
王太子妃教育を受けるようになってから知った、魔女の存在。
国の中枢に関わる書物にも残されていない、真実。
──現在、わかっている魔女の存在は七人では無く、”必ず”七人の魔女が必要なのだ。
「ここは魔女候補を育てる養殖場なの。素質がある娘を王族と娶せると権力を与えると耳障りのいいことを言って、教育を施すのよ。便利な魔女の予備になるようにね」
悔しそうに俯く彼女の横顔が、それらの言葉を肯定した。
呆然と気を取られている隙に、今度はリュヒテ様とローマンが蔦に足をとられ魔女の足元で膝をついた。
どうしよう。魔女は身体を修復しながら、蔦を操る余力まで出てきている。
魔女とエルシー様の言葉に動揺してしまい、頭がまとまらない。
「魔女が善意で行動すると思っているの?」
笑い声が風に乗って四方八方から私たちを嘲笑う。
「……ッ、ちがうの!七人の魔女は一人でも欠けると世界の均衡が崩れるから、万が一に備えて素質がある者を集めて準備しているだけって先代は……それに、何もなければスカーレットのように人間のままでいられるから、養殖場とかじゃそんなんじゃ」
スカーレットとは、儚くなってしまった王妃様の名だ。
日に日に痩せて力が入らなくなっていった、スカーレット王妃。最期に会話をしたあの日。いたずらを隠すように笑っていた。
エルシー様が、スカーレット王妃の名前を出した理由。
王妃様が『いつか飲むことになる』と言っていた、魔女の秘薬。
王の妃にのみ伝わる、王妃の鍵。
散らばっていた出来事が、音を鳴らして重なった。
「王妃が魔女候補……?」
耳鳴りが強くなる。
「そうよ?お前たちが有難がっている王妃の鍵も大層な名前つけてるけど、本当は魔女の試験薬でしょう?魔力を増幅させる薬。急に増えた魔力に耐えられなかったら死ぬし、耐えたら魔女候補の出来上がりってね」
「スカーレット様は知っていたの?」
「……魔女の秘薬と、ちゃんと言ったわ」
あの日。
”魔女の秘薬”を受け取った日に、もう一度質問していたら。
リュヒテ様から告げられた言葉に動揺しないで、王妃様の部屋に戻っていたら。
最期の日までお見舞いに行っていたら。
王妃様は、魔女について何と教えてくださったのだろうか。
「エルシー様、教えてください。魔女の秘薬を飲んだ王妃様は、病を治すことは出来なかったのですか?」
「それは……」
「あは、魔力が増えたって魔法は魔女でないと使えないの。だから魔女候補は死んだ。魔女じゃないと”魔女の秘薬”の意味をなさないの。辛い教育も試験もこなして候補になったのに、魔女の席が空かずに死ぬの。惨めったらないわね」
「口を閉じろ!」
リュヒテ様が怒鳴ると同時に彼を押さえつける蔦が大きく太くなる。
「薬の無駄遣いもいいところ。私の方が上手く使えるのに……」
そうよ、と魔女はパチリと手を合わせた。
「お前、まだ持ってるんでしょう?”魔女の秘薬”。魔女が試験薬を飲んだらどうなるのか見せてあげる」




