3
魔女の瞳は怒りに染まっている。
それがはっきりと見えるほどに距離が縮まった。
魔女は私を侮っていた。
もし私が剣豪だったり、見てわかるほどの強さを持っていたならば。リュヒテ様やエルシー様のように、油断ならない相手であれば。ここまで距離を縮めはしなかっただろう。
今だ
握りこんでいた、折れたヒールを魔女に向かって叩きつけた。
身体が浮くほど締めていた蔦が消えたのか、鋭いものが目を貫くより前に床に倒れ込んでしまった。
頭上ではドレスから覗く肩口がひび割れた陶器のように崩れている。
刺さったヒールを抜こうとしたのか、握ったそばから手もパラパラとひび割れていくではないか。
「な、に、これ。許せない。許せない!!」
ぎょろりと血走った目が私を捕らえた。
掴みかかろうとする白い手がこちらに向かってくる。
その手が私に触れる前で、魔女の胸から剣が飛び出した。
「──お前の敵は、こちらだ」
倒れた魔女の向こうから顔を出した人物が、こちらを見て安堵の表情を見せる。
「ロー、マン」
「お転婆が過ぎるよ」
私に伸ばされた手を急いで握り返せば、温かみが伝わって来た。
生きている。人形のように倒れたローマンは生きて、助けに来てくれた。
「夢……?私は殺されて、だから迎えに来てくれたの?」
「物騒なこと言ってないで。マリエッテが後から来たら追い返すよ」
ローマンは軽い調子で、仕方ないなと眉を下げた。いつもの彼の、なんでもない表情に安堵が広がっていく。
「よくやった」
「リュヒテ、投げるのはいいけど受け取れなかったら刺さってたからな」
「ローマンなら受け取れるだろう」
「やったことないだろ!」
どうやら、リュヒテ様はローマンの無事を確認するやいなや剣を投げて渡して戦力に加えていたらしい。
喜ぶ二人の向こう、口を引き結び俯く少女の元へ駆け寄る。
私が向かっていることに気付くと怯えたように下がる少女の身体をゆっくりと抱きしめた。
「……無事で、よかった」
「マリエッテ、あの、ごめんなさい」
「マリエッテお姉様、ですよ。エルシー様」
震えをなだめるように背を撫でれば、くたりと身体を預けてくれることが何よりも嬉しい。彼女は魔女かもしれないが、私たちが知るエルシー様なのだ。
こうして私たちの傷が治り、魔女に立ち向かえたのはひとえに彼女のおかげだ。
感謝が伝わるように、距離をあけないようにと抱きしめる。
「助けてくださって、本当にありがとうございます。エルシー様は私たちの誇りです」
「────誇り?お前のようなものが。笑っちゃうわね」
もう聞くことは無いだろうと思い込んでいた。そう思いたかったのかもしれない。
その声を聞いたとたん。腕の中の小さい身体が、身を固くした。
ずわりと周囲の空気を吸い込むように強風が巻き起こる。
振り返れば、先ほど打たれたはずの魔女が錆びた扉のような音とともに身体を起こすところだった。
ヒールを刺し、剣で貫いたはずだ。だというのに魔女は起き上がり、ひび割れていた肌が、風を吸い込むように徐々に修復されていくではないか。
即座に向かっていったリュヒテ様とローマンが回復中の魔女へ剣を振り下ろすが、吹き飛ばされてしまった。
「ごめんなさい……。お兄様も、ローマンお兄様もみんな助からない」




