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ミュリア王女──傲慢の魔女と呼ばれた彼女は、優勢を確信しているのか機嫌よく足を組み替えた。
じりじりと距離は縮まっている。
魔女の死角になる位置から近づいて反撃の時を狙うが、自分に出来ることが思いつかない。剣を操る訳でも、魔法を操るわけでもない。むしろ、足手まといにしかならない自分に何が出来るだろう。
「──でも良いことを思いついたのよ。魔女が統治する国は、魔女が教育した人間を集めたほうが早いって気づいたのよ。お前に代替わりして何十年経ったかしら。もうそろそろ飽きたでしょう?この国ちょうだいよ」
奪われることを唾棄していたはずの彼女は、事もなげにそう言い放った。
「それは無理な相談ね。先代から管理を頼まれてるのよ」
「律儀に守るなんて怠惰の魔女らしくないじゃない。あんな、愚図な女の言う事なんて」
ミュリア王女の一言がきっかけだった。
エルシー様の周囲の空気がぐにゃりと歪んだ、次の瞬間。
「……お母様を馬鹿にするなッッ!!」
エルシー様が手を振ると緑の矢のようなものがミュリア王女へと飛んでいく。
凄まじい速さと威力をもったそれが、黒い蔦を破壊した。先程までミュリア王女が座っていた場所がボロリと崩れた。
「危ないじゃない。──でも、弱い」
いつの間にか移動していたミュリア王女が放った黒い蔦が、地をうねり伝いエルシー様に伸びていく。
エルシー様を捕らえようとした蔦は、あと一歩というところで阻まれる。リュヒテ様の剣が断ち切ったからだ。
「おに、さま……」
リュヒテ様は目を見開くエルシー様をちらりと見て、背を向けた。
そしてミュリア王女を見据え、剣を構える。敵を見据える目で。
それだけでリュヒテ様の中で、エルシー様が魔女だったとしても変わらず守るべき存在なのだと私にも、エルシー様にも伝わった。
「生きてたの、リュヒテ!会いたかったわ」
対峙したリュヒテ様を見止めた傲慢の魔女は、コロリと態度を変えて甘い声を出す。
「エルシー、やれ!」
リュヒテ様の怒号に弾かれるように、エルシー様の反撃が飛ぶ。
だが、それも防がれる。次も。その次も。
小さな妹姫は表情を歪め肩で息をしているが、魔女は眉一つ動かさず打ち消していく。
──エルシー様と魔女の力の差は歴然だった。
「ひどいわ。愛する私を傷つけるなんて。先ほどだって、あの女の元に行くし。浮気者は嫌いよ」
魔女の身体から蜃気楼のように靄が浮かび、厚みを増す。徐々に形になった蛇の頭のようにうねる何十本もの黒い蔦が、リュヒテ様とエルシー様の方へと向かっていく。
一本は地を這うように。もう一本は上から滑空するように。
これでは防ぎきれない。
だめ、やめて。もうやめて。張り付いた喉が震えた。
「「だめ!!」」
何もできないくせに飛び出した先で、金の光が二人を包んだ。その光に弾かれた黒い蔦が霧散していく光景に目を疑う。
「な、あ、」
「あんたも無事だったのね。虫のようにしぶとい女だこと……」
金の薄膜の中に包まれた二人が、驚きに呆然とした顔でこちらを見る。
この膜は、私が出したの……?
驚いている暇は無い。私たちが正気に戻る前に黒い蔦が私の足を捕らえ、傲慢の魔女が目の前に現れた。
「弱い塵屑のくせに、出しゃばって足手まといになった感想はどう?」
「その取るに足らない私に、あなたのご自慢の魔法を消された感想を聞かせてもらえるかしら」
先ほど、黒い蔦を消したのは私だと匂わせれば魔女の顔色がはっきりと変わった。
とたんに足に巻き付いた蔦が肌を突き刺すように痛みを与えながら這い上がっていく。
狙い通り、魔女は表情を歪めて距離を詰めてくる。
まだだ、もう少し近づくまで狼狽えるな。
あの魔法を出したのは私なのかわからないけれど、私の虚栄を見破られてはいけない。
私に出来るのは剣を振り回したり、未知の力を行使することじゃない。
ただ、微笑みを絶やさず、相手に気取られないように目的を遂げること。
少し目の奥に嘲りを混ぜれば、魔女は怒りと焦りをあらわした。
「お前が、アレを出したというの……?まさか、そんなはずないわ。この嘘吐き女!」
魔女は私の顔を乱暴につかみ上げると、反対の手で黒く鋭いものを握った。
その手をそのまま突き下ろす。私の嘲りを含んだ目を狙って。




