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ペンダント!~ツイてない私がとびきりの幸せをつかむまで~【電子書籍発売中】  作者: 守雨


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26 シンディー

 アリスとレオンが婚約して三ヶ月がたった。結婚式は九ヶ月先の予定である。


 水晶玉は不運をせっせと知らせてくれるが、どれも大事には至らない小さなものだった。アリスにすれば万事順調である。


 今、シャンベル王国では、ある本が爆発的に売れている。タイトルは「女神のいたずらと指輪」だ。作者はアム。性別も含めた詳しい経歴は全て秘密だそうだ。


 本はとある女性の不運な半生から始まり、最後は礼拝堂の倒壊までの話だった。


 その正体を知っているのは筆者本人の他に三人いる。アリス、レオン、アランである。読めばその少女がアリスであることは明らかで、アリスはその本をクロヴィスから贈呈されてすぐに読んだ。あまりに自分が哀れに書いてあり、読む人の涙を誘うような人生を歩いていることになっているのに苦笑した。


「本に書いてもいいですよとは言ったけれど、私、ここまで気の毒な人生じゃないわよね?」


 姉にそう問われてアランは返答に詰まった。アランにしてみれば長年姉を近くで見てきただけに(いや、あんなこともあった、こんな不運もあった)とアリスの不運っぷりが本の記述くらいではとても足りないと思う。


「まあ、架空の話だからいいんじゃない?」

「そうだけど。私は楽しく生きてきたわよ。そりゃ少々の不運はあったけど」


 アランは(少々じゃないよ!)と思うが、本人がそう言うのだから姉にとってはそうなのだろう。あれで楽しく生きてきたと言い切る姉に感心する。



 物語は聖職者の視点で書かれている。

 読者はあの礼拝堂の倒壊の裏にはそんな事があったのかと驚いた。大半の人はこの本を架空の話ではなく事実の話として読んだのである。


「西区の礼拝に通う人の中にこの少女がいるらしい」と話題になり、本の出版以降は西区の教会の礼拝は毎回椅子に座れない人が出るほど混むようになった。


 なのでアリスは逆に王城近くの大教会に通うようにした。両親には「公爵様やレオン様と礼拝に参加する」と告げてある。両親は「それは良いこと。早くあちらの方々と馴染む方が好ましい」と賛成してくれた。


 公爵は独り身で、公爵夫人は数年前に病没している。公爵は礼拝にアリスが同行するのを大変喜んでくれた。アリスも将来の義父と会話するのを楽しみにしている。


 今日は礼拝の帰りに二人で王都のカフェでケーキとお茶を楽しんでいる。


「公爵様、この栗のケーキ、絶品ですね!」

「そうだろう?私は栗にはうるさいのだよ。我が領地では美味しい栗がたくさん収穫されるんだ。子供の頃から兄弟で競争するようにして食べたものさ」


 二人が食べているのは蜂蜜漬けした栗がゴロゴロと混ぜ込まれている栗の焼き菓子。しっとりした焼き菓子の上には裏漉しされた栗のクリームがこんもりと盛られている。クリームからは酒の香りがして大人の味だ。


「まあ。陛下も栗がお好きなんですね」

「そうだ。毎年栗の季節になると私が栗を王宮に届けるんだよ」


 そんな何気ない会話が既に親子になったようで楽しい。休息の日だけれどレオンは仕事だ。でも公爵様と二人きりでも楽しかった。


 ケーキを食べ終え、最後にぬるくなった紅茶を飲もうとして水晶玉に何か現れているのに気づく。(あら、何かしら)とさりげなく手に取って覗き込んで息を止めた。


 水晶玉の中に見たことのない金髪の美少女がいたのだ。年齢は自分と同じくらいか。

 

「アリス?どうかしたかね?」


 公爵がアリスの顔を覗き込んでいた。


「あっ、いえ、ケーキがあまりに美味しくて、少し食べ過ぎてしまいました」

「そうかそうか。それでは少し歩くかい?広場にそろそろ焼き栗の屋台が出る頃だよ」

「はい、行きたいです。レオン様へのお土産に焼き栗を買いましょう」


 笑顔で広場を歩きながら頭の中で忙しく考えた。あの美少女に見覚えはない。これから出会うと言うことだ。いったい誰なのか。どんな不運を自分に運んで来るのか。


「公爵様、私の十六年と半年の人生は、なかなか波の多い人生でした。今回の第三王子のこともそうです。でも私はこの人生しか知らないので、自分の人生が大変だという自覚が最近まであまりなかったのです」


「ほう。それで?」


「でも、母が私のコルマへの縁談話が消えた時に、嬉しさで泣き崩れました。あの姿を見て、自分の人生はもしかしたら波瀾万丈なのかな、と思いました」

 

「そうか。あの件ではずいぶん苦労をしたな。王子が突然心変わりしてくれて本当に良かった」


 公爵はアリスがコルマに嫁ぐものと諦めていた事を口に出せない。その分、後ろめたい。アリスは「ほんとに良かったです。私、あの殿下が大嫌いでした」とあっけらかんと言い捨てる。


「こらこら、あまり大きな声で言う事ではないぞ。どこに耳があるかわからんからな」

「そうでしたね。申し訳ございません」


 謝りながらもパッと花が開くようにアリスが笑う。つられて公爵も笑った。



「あっ」


 公爵の後ろから小さく女性の声がした。公爵とアリスが二人で同時に振り向くと、そこにいたのは金髪の美少女だった。


(出た!この人は誰?)


 アリスが見ているのに気づいて美少女が視線をアリスへと移動させた。少女は人懐こくアリスに微笑みかける。


(うわっ、可愛い!)


 金髪に青い瞳はアリスと同じだが、少女はアリスほど細くはない。全身が柔らかな曲線でできている。アリスも笑顔で会釈をした。


「シンディーじゃないか。今日はお出かけかい?」

「ええ、公爵様」

「シンディー、アリスは私の娘になるお嬢さんだよ。レオンの婚約者だ」

「まあ、このお方が。アリス様、ご婚約おめでとうございます。シンディー・アテルナと申します」

「アリス・ド・ギデオンです」


 公爵様がシンディーという少女を紹介してくれた。


「彼女は私の古い知り合いの娘さんだ。コルマから旅行で我が国に来ているんだ」


「母がこの国の出身なのです。私はコルマで生まれ育ちましたが、一度母の祖国を訪問したいと思ってやって参りました」


 公爵様はご機嫌だ。


「お嬢さんたち、我が家で夕食を食べて行きなさい。断らないでくれよ?毎日一人で寂しく食事をしている年寄りには優しくするものだ」

「はい、ご馳走になります」

「私も楽しみです」


 シンディー嬢は後ろで控えているコルマ人らしい一人の侍女を連れてアリスたちに同行した。





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