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 わたしたちは馬車に揺られ、王都の端にあるバルサザール様の家を訪れた。


 目的の品が無事に保管されていることを祈りつつ馬車を降りると、イヴァールは足早に玄関へ進みベルを押した。


「師匠、俺だ。生きてるか?」


 イヴァールがそう声をかけると、中から「ピギィ」という鳴き声が聞こえた。イヴァールは慣れた手つきで扉の取っ手を掴み、そのまま押し開いた。


「ピオニー、元気だったか?」

「ピギー!」


 扉が開くと、そこにはピオニーの姿があった。ピオニーは現れたイヴァールを見て、短い尻尾をブンブンと振りながら嬉しそうに鳴いた。しかし……。


「久しぶりねぇ……ピオニー……?」

「ピギィィィィィ!」


 イヴァールの後ろから顔を出してピオニーに声をかけると、ピオニーは家の奥へと猛スピードで逃げて行った。


「お前、ピオニーと何かあったのか?」

「お互い相容れないものがあるのよ」


 暫くすると、奥からゆっくりとした足音が響き、バルサザール様が姿を現した。


「イヴァールにリディア、突然どうしたんじゃ?」

「ああ、実は——」


 イヴァールが答えようとしたとき、クラウスが勢いよく前へ飛び出し、バルサザール様に抱きついた。


「バルじい!」


 バルサザール様は驚きつつも、その抱擁をしっかりと受け止め、懐かしそうに目を細めた。


「おお、クラウスや、大きくなったのう。まさかまたお前に会えるとは思わなんだ。長生きはするもんじゃのう。さぁさぁ、中へ入りなさい」


 バルサザール様はクラウスの背を叩きながらそう促し、わたしたちは家の中へと足を踏み入れた。





 バルサザール様の家の客間はあの日と変わらず、窓辺にはたくさんの本が積まれ、小さなキッチンには数種類の茶葉やジャムの瓶が並んでいた。


 わたしたちはイヴァールの提案に従い、バルサザール様に余計な心配をかけないよう、鍵のことは伏せて、クラウスが持っていたぬいぐるみを探していると伝えた。


 バルサザール様は椅子に腰を下ろし、長い顎鬚を撫でながら、しばし沈思するように目を閉じた。


「ぬいぐるみのう……。わしの記憶にはないが、地下の物置を探せば何かわかるかもしれん。イヴァールや、手伝うんじゃ」


 バルサザール様がゆっくりと立ち上がって部屋の奥へと向かうと、イヴァールは短く頷き、その後を追った。



 クラウスはじっとバルサザール様とイヴァールの背中を見つめていた。彼らの姿が見えなくなると、落ち着かないのか、指先をそわそわと動かし、袖口を何度も握り直している。


「お茶を淹れるわね」


 彼の気を紛らわせようと、わたしはそう声をかけて小さなキッチンへ向かい、お茶の準備を始めた。


「俺も手伝う」


 クラウスは席を立ち、わたしの隣で戸惑いながらも手元を覗き込んだ。


「何をすればいい?」

「そうね、茶葉を選んでくれる?」


 ポットに熱湯を注ぐと、茶葉が踊るように広がる。甘く深い香りが立ち上りキッチンにふんわりと漂った。クラウスは琥珀色の液体がカップへ流れ込む様子をじっと見つめ、それをそっと手に取った。


「……いい匂いがする」


 そうつぶやきながら、彼の視線はキッチンに並ぶジャムの瓶へと向けられた。


「ねぇ、リディア。この苺ジャムを入れたら美味しいんじゃない?」


 わたしはぎょっとして慌ててその瓶を取り上げた。


「駄目よ!! これはジャムじゃないかもしれないわ!!」

「え? でも苺ジャムって書いてあるだろ?」

「書いてあっても、中身がそうとは限らないのよ!! さぁ席に着いて!! 紅茶をいただきましょう!!」



 わたしたちはテーブルにつき、それぞれカップを手に取った。クラウスは軽く息を吐いて紅茶を含んだ。


「うん……美味しい」


 優しい温もりが喉を滑り落ち、彼の声は、どこか安心したようだった。


「クラウス、バルサザール様の家へ来て何か思い出さない? ここは昔とほとんど変わらないでしょう?」

「うーん、そうだな……」


 クラウスはゆっくりと周囲を見回した。幼い頃の記憶を探るように、かすかな思い出に意識を向ける。


 わたしは黙って彼の様子を見守った。しばらくするとクラウスの視線がふと止まり、ある一点をじっと見つめた。その瞳に驚きが浮かぶと、彼は静かに立ち上がりその場所へ近づいた。


「確かあの日、ここで遊んでいて……ピオニーが来て……ピオニーを抱っこしようとして、ぬいぐるみをここに置いた……そうだ! あの日は何も持たずに離宮へ戻ったんだ!! つまり、ここで失くしたんだ!!」


 クラウスの言葉に驚き、わたしは思わず目を丸くした。


「クラウス……間違いは無いのね? 本当にここに置いたのね?」

「ああ、俺はこの出窓の台座にぬいぐるみを置き忘れたんだ!!」


 クラウスはわたしの問いかけに深く頷いた。わたしは深く息を吐き、思考を整理する。


 ちょうどそのとき、地下の物置からバルサザール様とイヴァールが戻ってきた。


「クラウスや、隅々まで探してみたが、どうにも見当たらんかったわい」


 バルサザール様は少し疲れた様子で肩を揉みながら、椅子に腰を下ろした。イヴァールはわたしの隣に座ると、小さく首を振った。


「バルじい! イヴァール! 俺、思い出したんだ!!」

「落ち着いて、クラウス」


 興奮気味のクラウスをなだめ、わたしはバルサザール様とイヴァールのお茶を淹れ、二人の前にそっと置いて言った。


「それなんだけど……わたし、心当たりがあるかもしれないわ」

「心当たり?」

「本当かリディア!」

「ほぉ、それは気になるのう……」


 わたしの言葉に、イヴァールは眉を顰め、クラウスは身を乗り出し、バルサザール様は興味深そうに頷いた。


「イヴァール、あの日、魔法の鏡を使って、王城の大広間とわたしがいた場所を繋げたじゃない? あの場所はわかる」

「ああ」

「そこにヒントがあるかもしれないわ」

「なるほど、わかった」


 わたしとイヴァールの会話をもどかしげに聞いていたクラウスが、我慢しきれず声を出した。


「イヴァール、リディア、わかるように説明してくれ」


 わたしたちは頷き合うと、クラウスを立ち上がらせ、歩き出した。


「詳しい説明はあとでするわ。取り敢えず急ぐわよ」

「師匠、行ってくる」

「ほぉほぉ、気をつけるんじゃぞ」



 バルサザール様に見送られながら、わたしたちはあの森へと向かった。







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