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ワープア家庭に育った俺が誰よりも思い知らされ続けた事なのだから。

鉢伏鉱山。


ぶっちゃけ荒野に浮かぶ岩場に過ぎないのだが、俺達の新居である。

北に1時間騎走すればニヴル氏族の本拠。

馬車道が整備されれば片道40分で到着可能。

更に北上すれば王国だが…

元のように商売をさせてくれるとは考えにくい。


一番近い合衆国市街は南に騎走3時間のノースタウン。

国内では笑いものになるレベルの田舎町らしいが、データを見る限りそこそこの都会である。


傍を流れる河を延々と下れば共和国に辿り着くのだが、勿論それは地図上の話。

8カ所で支払わなくてはならない河川通行料は洒落にならない。

山脈を越えれば魔界だが、ハンニバルやナポレオンよりも苦しい行軍を強いられる。


付近に出没するモンスターはレッドバッファロー・オオトカゲ・キングスライム。

ドワーフにとっては雑魚モンスターだが、人間種にとってはかなりの強敵である。

なので俺1人で周辺を散策する事は厳禁されている。



「そんな立地だ。」



『…旨味はあるんですか?』



「旨味はない。」



『ですよね。』



「ただ、目立たない土地ではある。

こんな風にな。」



俺とガルドは先日合衆国鉱山から窃取した大量の金鉱石の前に立っている。

国際的には僻地だが、その分悪事が露見しにくいかもな。



『親方…

これだけの金鉱石、どうするんですか?』



「一応、全て俺達の物だ。」



『マジっすか!?』



「但し、これらの精錬に関しては氏族に全委任する。

精錬代金に関しては上の連中に一任。」



『な、なるほど。』



「多分、この量だと3割くらい取られるよ。」



『それ、ボッタクリじゃないですか?』



「でも完全にケツ持ちしてくれる。

出所は絶対に隠蔽されるし、精錬後の金に関してはノータッチ。」



『…。』



「どうだ?

率直な感想は。」



『組織人である限り、組織はフル活用すべきだなと。

そしてポーズだけでも尽くす素振りは必要と思いました。』



「お、流石は大商人だ。

その若さで世の中の仕組みをちゃんと理解している。

若い頃の俺に説教してやってくれよ。」



2人で笑いながら金鉱石の山を移動し易いように整頓。

昼過ぎにはバルンガ組合長が弟子を引き連れて登場する。

まあね、カネの遣り取りに関しては誰だって迅速になるよね。



「おう、ガルド。

先日は活躍だったな、お疲れ様。」



「お疲れ様ですセンパイ。

俺はグンナル君の指揮に従っただけですよ。」



「そのグンナルがオマエを褒めてたよ。

ずっと若手を気遣いながらフォローに徹してくれて助かったってな。」



「恐縮です。

グンナル君は見事なリーダーシップだったと諸先輩にもお伝え下さい。」



「分かった、約束する。」



ガルドとバルンガは挨拶が終わると2人で坑道を進む。

俺はその後ろを歩き、エヴァはグンナルの乗騎に餌を与える。

(ドワーフ社会では目上の客人の馬の世話は女の仕事。)



「結構、ゴッソリ持って来たなあ。」



「センパイ、タテマエ上は…」



「失敬。

そうだな、鉢伏鉱山にたまたま金鉱脈があった。

それを正直に氏族に対して申告してくれた。

諸君らの忠勤に礼を述べる。」



「積み込みの準備は出来ております。」



「精錬代金の話は聞いてる?」



「いえ、ただ3割くらいが相場かなと。」



「いや、その話なんだがな。

2割でいいよ。」



「え?」



「驚く事はないさ。

氏族としてもブラギ家が、ここを開拓してくれるのは大いに助かる。

…俺達が合衆国の連中に見せたいのは戦闘能力でなく生産能力だからな。」



「ですね。

彼らとの合同作戦に従事した感想ですが…

かなり警戒されてました。」



「うん、その話は聞いた。

ただ、オマエ達がフレンドリーに振舞ってくれたおかげなのか、かなり合衆国側の態度が軟化した。


…トビタ君も。

色々気を遣ってくれたそうだな。

感謝する。」



『あ、いえ。

俺なんか全然。』



「謙遜せんでもいい。

見ている者はちゃんと見てくれてるよ。」



『じゃあ、今度から素行を改めます。』



「ははは、度胸もいいよな君は。」



3人で笑い合いながら氏族に納める金鉱石を台車で運ぶ。

ガルドもバルンガも汗1つかかず台車を転がすが、俺には微動させる事すら不可能なので2人の後を台車ごと小刻みワープで追う。

俺の背後だけ轍が無いのは御愛嬌である。



組合の貨物馬車に金鉱石を積み込み終わった頃には、周辺モンスターを駆除していたバルンガの弟子達が戻って来る。

御丁寧に血抜きしたレッドバッファローを2頭も贈ってくれる。



「いやいやセンパイ。

ここまでして貰うのは申し訳ないですよ。」



「まあまあ。

オマエが納めてくれた金に比べれば誤差の範囲だ。」



「…では、ありがたく頂戴します。」



「うん、ここら辺は想像以上にオオトカゲが多い。

こちらの手が空いたら駆除要員を派遣するから、それまで凌いでくれ。

ちなみに、これがオオトカゲ対策の竜殺銛な。」



「竜殺銛?

たいそうな名前ですな。」



「長老連中はこれが洒落てると思ってるんだ。

まあ年寄りのセンスに付き合ってやるのも孝行だ。」



「ふふふ、目に浮かびます。」



「オオトカゲは背中を踏んづけると、硬直して外殻がずれるんだ。

で、剥き出しになった弱点の首筋を軽く突く。

それだけであっさり死んでしまう。」



「へー。

やたら硬いモンスターだと思いましたが、そんな習性があるんですね。」



「うむ、土産代わりに渡しておくぞ。

ここら辺は我々にとって未知のモンスターが多い。

地道に対策を編み出して行こう。」



「そうですね。

俺も積極的に情報共有します。」



「…ありがとな。

取り敢えず俺からガルドに共有してやる情報は、レッドバッファローの肉は結構旨いって事だな。」



「ははは、貴重な情報です。」



「今日は御役目だから長居出来ないが、また今度一緒に喰おう。

たまには組合にも遊びに来い。」



「え、自分は…」



「待ってるぞ。」



「はい。」



2人のそんな遣り取りを俺やお弟子さん達は遠巻きに見守る。

色々因縁があったらしいが、解消に向かいつつあるのだろう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




バルンガ組合長が帰った後、3人で一服。

山羊を飼い始めるタイミングを皆で検討する。



『すぐには飼わないんですよね?』



「まあなあ。

山羊を飼うには先にある程度の植林が必要だし…

どうせ植林するなら、生態系ごと調整したいしな。」



『生態系?』



「ああ、つまり有害なモンスターを予め根絶して、山羊を代替に仕入れるイメージかな。

他にもカラタチを焼き払ってクヌギを植えたりな。」



『確かに。

モンスターなんかより山羊の方がいいです。』



「どのみち、オオトカゲの駆除は必要だぞ?

あの手の大型爬虫類は山羊の天敵だからな。

敏捷な上に硬いから厄介だよ。」



『…それなんですけど。

俺、イケるかも知れません。』



「え?

何が?」



『さっきバルンガ組合長の話を伺って…

俺とは相性いいな、と。』



論より証拠という事で、ガルドと2人周辺を騎走してオオトカゲを探す。

30分後に2匹だけ発見。



「やめとけ、結構デカいぞ。」



『1回だけ!

1回だけやらせて下さい!

見て頂いた上で親方が止めるなら従います。』



「うん、まあ。

そこまで言うなら。」



ガルドの承諾を取った俺は短く叫ぶ。



『ワープ!』



そしてオオトカゲの背に乗る。

すると先程の情報通りに首筋が剥き出しになったので、竜殺銛の穂先を落とすように刺す。



『あ。』



思わず驚くほどにあっさりとオオトカゲは絶命した。

弱点はよく言ったものである。

もう1匹のオオトカゲが激しく俺を威嚇するも、仲間の背に乗ってる為か近づきあぐねている。



『ワープ。』



同じ要領でそいつも殺した。



『どうです、親方。』



「うーーーーん。

判断は保留させてくれ。」



『ありがとうございます。』



「但し、鉢伏鉱山周辺で目撃した場合、自衛目的での駆除は許可する。

拡大解釈はするなよ!」



『はい、弁えます。』



ふと、死んだ沢口春奈が脳裏に浮かぶ。

顔は思い出せないが、その危うい陽気さがフラッシュバックした。

きっとガルドから見た俺もあんな感じなのだろう。


討伐部位の剥ぎ取りを命じられたので、尻尾の先を小ノコギリでキコキコ切断する。

(尻尾の先が微妙に赤系のグラデーションになっている。)

ガルド曰く、男に生まれた以上は武威を示さざるを得ないとのことである。

商人身分だからこそ、人間種だからこそ、飛田飛呂彦にはある程度の戦果が求められるのだ。

戦果が挙がらなければ?

ガルドやブラギやエヴァや生まれてくる子供が恥をかく。

そういう事なのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



纏った金が手に入る事が決まった。

以前の俺であれば喜んで地球に帰り、すぐに日本円に替えたのだろうが、それはしない。

ニヴルが新天地へ来て間もない今、備蓄は多いに越した事はないだろうからだ。

地球の香辛料を売れば儲かるだろうが、それも合衆国の様子を見ながらの方が良いだろう。

彼らの警戒心を目の当たりしたばかりだからな。

なので、氏族の懐が痛まない物品を何かねだる事にした。



『親方、何か無いっすか?』



「金を外で売ってきて構わんのだぞ?」



『うーん。

それも考えましたが、念の為に備蓄しておきましょう。』



「分かった。

氏族への配慮に感謝する。」



『俺も一員です。』



「…そうか、そうだな。」



合衆国人の態度を見て分かった。

俺がどう自任しようが、トビタ・ヒロヒコは準ドワーフ的な存在なのだ。

仮に今後ニヴルと袂を分かつ場面になっても、この異世界では100%の人間種にはカテゴライズされないだろう。


なら、俺は自分や我が子の利益に沿った行動をとるしかないのだ。

合衆国から貰った金貨も…



『エヴァさん。

これ。』



「ん?

保管しておけばいいの?」



『いや、エヴァさんにあげるよ。』



「女が大金を持っても仕方ないわ。」



『でも、あるに越した事はないよ。』



やや問答が続いたが、最終的には受け取ってくれた。

俺が死ぬ可能性、地球滞在時に能力を喪失する可能性、氏族から追放される可能性。

想定しておくに越した事はないのだ。


カネがあれば寡婦でも生活出来るとまでは思わないが、無いよりマシだ。

だから男として出来得る限りの手は打つべきであろう。

ワープア家庭に育った俺が誰よりも思い知らされ続けた事なのだから。

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大量の金鉱石の前でのシーンはルパン三世のほかオーシャンズ11を連想した、ドワーフ同士だったら 「金塊のシャワーだ!そぅれ!!!」「わぁ~♪重い重い重いもっと埋めて~♪♪♪」 みたいなことやってそう、ト…
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