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自由が尊いのはそのコストが高過ぎる所為なのだろう。

恐らく俺はニヴル氏族でそれなりに評価されている。

ギガント族との手打ちやワイバーン素材の入手、各種希少物資の仕入れなど…

自分で言うのも何だが、至らないなりに貢献はして来たつもりだ。

もっとも、それはニヴルの男社会限定での話であって、女にまで伝わってはいない。


そもそもドワーフ男には女に対して政治の話をする習慣がない。

なので女達が氏族の動向を知る為には、盗み見て推測するしかない。

そして、その為の分かり易い指標が猟果であり戦果なのだ。

例えば戦場で討ち取った敵兵の数。

これなどは分かり易い。

首級を1つしか取れなかった男の妻よりも、10挙げた男の妻の方が偉いのだ。

(どうして女が男の手柄を平然と我がものと捉えているのかは謎だが。)

なので、自分の嫁や娘や母親に肩身の狭い思いをさせない為にも、男達は分かり易い戦果を挙げ続けなくてはならない。



『親方ぁ。

俺、この制度に納得出来ないっす。』



「それこそ原始時代からの伝統だからなぁ。」



『うーーーん。

そうは仰いましても。』



「そもそも論として、女の考えてる事は俺にはよく分らん。」



『俺も分かりませんけど。

エヴァさんって、婦人会の中で上手くやれてるんですか?』



「あー、どうだろー。

そういう話したことないからな。


って言うか本人に直接聞けよ。」



『いやー、どこまで踏み込んでいいか分からず。』



男同士で酒を飲みながらグダグダと他愛もない話を続ける。

結論、分からん。

以上。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



合衆国移住7日目。

殆ど地球に帰れていない。

メールチェックと香辛料仕入の為だけにワープしては慌てて帰って来る日々が続いた。

柴田税理士と打ち合わせたい事が山ほどあるのだが…

氏族がこういう状況であまりウロチョロするのも気が引けるからな。



『親方ぁ。』



「んー?」



『俺、弱体化著しいんですけど。

どこにでも行ける俺がどこにも行けないって、なんか間違ってませんか?』



「所帯を持つってそういう事じゃない?」



『いや、まあ、そうなんすけど。

持ち味を完全に殺されてるというか。』



「…オマエは放し飼いにしてる時が一番活き活きとしてるもんな。」



『また、放し飼いにしてくれませんかね?』



「いやー、それはブラギと話し合ってくれんと。

俺に言われても困るよ。」



『ブラギさん、怒りますかね?』



「うーーーん。

オマエって【嫁さん捨てるオーラ】がビンビン出てるからな。

やっぱり怒るんじゃね?」



『エヴァさんを捨てる気はないんですけど。

顔を出すのは週イチくらいにして貰えませんかね?』



「それって残りの6日他の女と過ごすって事だろ?

俺がブラギなら…

賛成はしないだろうなあ。」



『あ、いや。

他の女とかは別に。』



「え?

他の女は囲わないの?」



『…孕ませた女が2人居ます。

一応、週イチくらいで顔を出した方が良いのかな、と?』



「じゃあ、女はエヴァを含めて3人で打ち止めなんだな?」



『いやあ、1人しつこいのがおりまして。

ちょっと粘着質というか、頭のおかしい女なんですよ。

ただ、主要取引先の娘さんなんで、あまり厳しい態度も取れず。』



「ああ、それは行商人あるあるだなあ。

オマエの性格なら、近いうちに押し切られるだろう。

となると4日は女房周り決定だな。

…残りの3日はどうするの?」



『自由が欲しいです。

生活費はちゃんと入れますんで、好きにやらせて貰えませんかね?

義務を課されるのが本当に辛いんですよ。』



「まあ、言わんとする事は分からんでもない。

俺も若い頃、そうやって親や年寄り連中と揉めたからな。

まあ、週休3日を守る為にも、もうセックスはやめろな。」



『え!?

セックス禁止っすか?』



「ヤルのはトビタの勝手だけどさ?

オマエの体質的に妊娠確率が異常に高い訳だろ。

それって結果として休日が減るだけじゃね?」



『いやー、セックスはしたいです。

でもこれ以上拘束されるのは…

本当に辛いって言うか…

親方、助けてくれませんかね?』



「こればっかりはなあ。

助けちゃったらブラギやエヴァに一生恨まれちまうからなあ。」



現在、ニヴル族は大峡谷のどこら辺に集会所を置くべきかを必死に考えている。

集会所を中心に首都機能が生まれる為に立地選定に手は抜けない。

なので、皆で峡谷中を駆け回っている最中なのだ。

正直、この作業に俺なんかが加わるべきではないと思うのだが、エヴァに肩身の狭い思いをさせない為に必死に苦手な騎乗を頑張っている。

身も蓋もない言い方をすれば、働いているフリだ。



『親方、首都はどこになるんでしょうね?』



「うーん。

無難に【灰色鉄鉱山】の周りになるだろうなあ。

ほら、最初に合衆国の役人が説明してくれただろ。」



『ああ、鉄と錫しか出ない山でしょ。』



「…実はな?

あの手の地質は、深く真下に掘れば大抵銀脈が豊富にあるぞ。」



『え?

そうなんですか?』



「おい!

合衆国側には絶対悟られるなよ?

こっそり掘って、こっそりレートの高い共和国で捌くんだからな。」



『あ、はい。』



ドワーフの採鉱能力はかなり高いので、資源に関しては人間種をあっさり出し抜いてしまう事が往々にある。

後、地味に林業適性も高いので植林や材木調達にも一日の長を発揮する。

(反面、農耕や牧畜などの根気を要求される分野が苦手。)



「でな?

以上を踏まえてオマエの自由の為に助け船を出してやるよ。」



『親方ぁ~!!』



「抱き着くな。

そういう可愛気はエヴァに向けてやれよ。」



『親方なら助けてくれると信じてました。』



「うん、こういう時に社会から逃げる方法は実はシンプルでな?

中心地とは別の所の開拓を志願する事なんだよ。」



『ふむ。』



「多分、集会所はあの灰色鉄鉱山の向かいに出来るよ。

馬車道もあの辺を中心に敷かれる筈だ。」



『ですね。』



「するとだ、皆はリソースをあの辺に集中させる。

氏族の9割以上が、あそこに住んで働く訳だ。」



『はい。』



「そこでだ。

オマエと俺はやや離れた位置の鉱山の開拓を志願する。」



『え?

皆の手伝いをしなくていいんですか?』



「だって、オマエも俺も異物だもん。

誰も俺達と一緒に仕事したくないんだよ、本音では。

だから俺達が【他のエリアをカバーしたい】って申し出たら喜んで送り出してくれるぞ?」



『親方が言うと説得力がありますね。』



「皆が掘っている鉱脈ほどの旨味はないんだけど、放置するには惜しい規模の鉱山。

その発掘に従事している限り、誰から責められる事もないし、関与も最小限で済む。

アガリを気前良く上納して、氏族債も買ってやって…

そこまでしたら、誰も文句言わねえよ。」



『お、おう。

実はそういうスタンスは好きです。』



まあね。

和解気味とは言え、ガルドも長老連中から相当嫌われてるからね。

身の処し方=距離の置き方になってしまうよね。

出会いからして、この男は王都の鍛冶屋にワンオペ出向していた訳だからな。

誰も人間種の街に常駐して出店なんてしたくなかった。

なのでガルドが赴任を志願した事に対して誰も反対出来なかったのだ。

顔も見たくない嫌われ者が自分から単身赴任してくれるなら、こんなにありがたい話もない。

社交嫌いのガルドからしても、単身赴任は随分と気が楽だったらしい。



「それでここだ。」



『何すか、ここ?』



「大峡谷の中でベスト10に入る質の鉱山。

言っておくが、この地質だと銀は採れないぞ?」



『皆が候補に挙げてる鉄鉱山よりショボいってことですよね?』



「うん。

金銭的な価値としては1割以下だな。

俺も皆も大峡谷の中で第7位前後に位置付けている。

ここに首都を展開するのは論外なんだが、掘らないのも勿体ない。

そんな場所。」



『な、なるほど。』



「俺も貯金を出すから、ここの採掘権を氏族から買わないか?

多分、申請すれば今日にでも仮許可は下りるぞ。」



『あ、じゃあ。

是非そうさせて下さい。

幾らくらい払えばいいですか?』



「…例の黒胡椒、まだ手元にあるか?」



『20㌔ほどホールで残ってます。

あ、白砂糖もありますよ!』



「…恐らくイケるな。

オマエの名義で長老会議に上納しよう。

ここの採掘権くらいは普通に貰える筈だ。」



ガルドは所有権申請の為の旗杭を付近に打ち込むと、俺を促して皆の場所に戻った。

鉄鉱山から騎走で1時間の距離。

普段は顔を見ずに済むし、いつでも監視下に置ける。

嫌われ者を隔離しておくには最高の立地であるといえよう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



全てガルドの読み通り。

流石は鼻つまみ者界の大先輩である。

黒胡椒20㌔+白砂糖20㌔で俺達の申請は通った。

(ただ、後日10㌔ずつを自主的に追加上納することを約束させられる。)


その形状から、俺達が採掘権(5年更新)を確保した地は【鉢伏鉱山】と命名される。

半年に一回は採掘委員会から査察役が派遣されて採掘状況をチェックされるが、それ以外は概ね自由。

色々あって鉱山の採掘権は【ブラギ・トビタ父子】に付与される。

俺達は処分前の駄馬を買って馬車をゆっくりと鉢伏鉱山に近づけた。

そしてバルンガ組合長が支給してくれた開拓用火属性魔石で周辺を念入りに焼く。

燃え盛る大地を眺めながら、俺とガルドは静かに祝杯を挙げた。



『エヴァさんも飲みなよ。』



「女がお酒なんて飲むものではないわ。」



『でも、身内だろ。』



「…ねえ、ヒロヒコ。」



『んー?』



「…ありがとう。」



炎の中では無数のモンスターが踊っている。

風向きの関係で悲鳴らしきものは微かにしか聞こえない。

あの深紅の世界の中に一体どれだけの命があったのだろう。


…自由が尊いのはそのコストが高過ぎる所為なのだろう。

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― 新着の感想 ―
あとあれだな、番になったあともキチンと相手に感謝できる女性ってそれだけで貴重。ホントに。
エヴァもまたドワーフ社会に息苦しさ感じてたんか。身体も心も相性良いのね。
やっぱり必要かなぁ・・・「結婚式」ドワーフ社会にあるかは知らないけど 結婚式に憧れる女性は多いと思うが明確に祝福されている事を世に示すために行われていると思えば存在意義は確かなことなのかもしれない …
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