俺から小刻み移動を取ったら何も残りませんよ
「本当にごめんなさいね。」
『え?
どうして謝るの?』
「お客さん退屈そうだから。」
『あ、いやいや。
貴女は素敵だよ。』
中本が、《滋賀の雄琴は熊本と双璧を成すソープ街》と言っていたので、ワープで遊びに来た。
店長曰く、No.1の子とのこと。
確かに美人で気立ても良い。
『今日は素晴らしい1日だったよ。』
「あの!
まだ少し時間残ってますけど。」
『ん?
あ、今から仕事だからゴメンね。
んじゃ、また機会があれば。』
色々抱いてみて理解したが、地球の女は概ね人間種という枠に収まった存在だ。
勿論みな小奇麗だし、商売女は仕事なので色々配慮してくれる。
『だがなぁ。』
どうしてもエヴァとの比較になる。
あの力強さと存在感は人間種では再現不可能なのだ。
抱き心地とか肉感とか、そう言うチャチな次元の話ではない。
おまけにドワーフは男尊女卑文化の極みなので、父ブラギから「女の癖に生意気。」と日々叱責されているエヴァですら俺を立ててくれる。
おまけに非常に聡明で俺のビジネススキームを薄々察した上で色々と助言してくれる。
もう、あの女以外は無理かも知れない。
『雄琴ねぇ。』
店を出てフラフラと散歩。
ソープ街と琵琶湖の間にフェンスが敷かれていたが、ワープで通り抜ける。
琵琶湖に石を投げて遊びながら、脳内で抱いた女ランキングを付けようとする。
そう言えばチャコちゃんて、もうセックスしたかな? してなかったかな?
最近色々ありすぎて記憶の整理が追い付いていない。
『うーん。』
駄目だな。
1位は当然エヴァなのだが、人間種如きを2位に持って来るのはあまりにおこがましい。
きっと、良い女指数とは攻略難度に比例するのだろう。
地球でも異世界でも人間種の女は売りに出されている。
つまりカネさえあればヤレるし、今の俺はカネ持ちだ。
(だが、残念ながら真水では蓄財出来てない。)
それに人間種の女は非力だ。
男が本気を出せば大抵は犯せる。
俺は非力な部類だが、ワープを使えば大抵の人間種は犯せる。
だが、ドワーフ女は違う。
そもそもドワーフ種の女は家門当主(当然男性)の所有物である。
極めて気位が高いドワーフ男性が一族の女を売春させるなどあり得ないし、他種族に汚させるなど更に考えられない。
つまり人間種がドワーフ女と寝るには、一族当主を打ち倒して奪う以外にない。
(現にギガント族長は決闘の儀で妻の父と兄を殺害して本懐を遂げている。)
無論、当主のスキを見てこっそり犯す手もある。
だがドワーフ女性は婦人教育の一環として武道を学んでいるし、人間種のオスなどより遥かに膂力が強い。
(ドワーフ女性の平均握力は400㌔強。)
物理的に強姦は不可能だ。
そもそも、犯そうとしている場面をドワーフ男性に見つかったら楽には殺して貰えないだろう。
当初はドワーフ女の価値を正確に理解出来ていなかったのだが、ある程度異世界事情を知った今なら、それがどれだけ奇跡的な僥倖なのかが分かる。
俺は本来何をどう足掻いても抱けない女とセックスしているのだ。
『ワープ。』
琵琶湖の石ころを拾った俺は坑道の奥に飛ぶ。
「おう、トビタか。
今朝も水汲みありがとうな。」
『いえいえ、あんなので良ければ何杯でも汲みますよ。
それより親方。
この石は価値ありますか?』
「普通の花崗岩だな。」
『そっかあ。』
「気をつけろよ。
この周辺に花崗岩が落ちてる湖はないぞ。」
『え!?
これが湖で採れたものだって事まで分かるんですか!?』
「ハァ〜。(クソデカ溜息)
あのなぁトビタ。
俺達は鉱業のプロだぞ?
何十万年も前から大地の恵みに感謝して文明を築いてきた。」
『あ、すみません。』
「いや、気持ちは嬉しいよ。
オマエなりに俺達に貢献しようとしてくれてるんだよな?」
『実はさっきまで人間種の女を抱いてたんです。』
「お、おう。
新婚期間中くらいは殊勝にしとけよ。」
『いえ、商売女なのでご安心下さい。』
「いや、ブラギが大変な時期に…
よく女郎遊びをする気になれるな。」
『そこで悟ったのです。
姪御さんは最高の女性だと。』
「あ、うん。
全然嬉しくない賞賛ありがとうな。
ブラギやエヴァの前では絶対に言うなよ。」
『俺、エヴァさんの事をもっと大事にしようかと思っています。』
「あ、うん。
そうしてくれると助かる。」
『なので、週イチでは必ず顔を出そうかと!』
「オマエ、それ絶対セックスしたい時だけ通う気だろ。」
『え、え、え、えー。
ご、ご、ご、誤解ですよー。』
「若いなー。」
『エヴァさんを大事にします!
その証明として!』
「うんうん、アービトラージに勤しんでくれるんだな。
湖畔の花崗岩ほど貴重な物資を氏族に納めてくれるんだな。」
『ぐぬぬ。』
「いや、皮肉じゃねーんだ。
現にオマエの功績はデカい。
ワイバーンに関してはニヴルもギガントも両方救われた訳だからな。
あの一件だけで両氏族から3代庇護されるだけの価値はある。
現にギガント族長がエヴァの子をドワーフ種として承認する布告を氏族内に出してくれた程だ。」
ギガント族長は幼少時から共和国とドワーフの相反する価値基準をクリアする事を義務付けられて育った。
それはもう苦労と綱渡りの連続だったらしい。
もっとも、俺とエヴァの子はさらなる苦難を背負わされるだろうが。
『ワイバーン狩りはコツを掴めましたし、必要だったらまた仰って下さい。』
「いや、飛行魔法はチートだからな。
そうそう触媒が出回るのも好ましくないだろ。
どこにでも移動出来るスキルが気軽に使えるなら、きっと悪用する馬鹿が増えるだろうからな。
なぁ、トビタ?」
『…猛省します。』
「オマエの年齢なら、まだ周りがちゃんと叱ってくれる。
口煩く感じるだろうが、謙虚に耳を傾けろ。
それこそが若者の特権なんだ。
真面目に享受しとけ。」
結局、これからも物品を買い取って貰える事になったが、持ち込みは事前許可制。
こちらが内々にブラギに打診してから、ブラギがそれとなく氏族の総意を聞き取って回り、目立たない量を仕入れる。
随分煩雑だが、俺の為に言ってくれている事が分かるだけに反論する気にもなれない。
「トビタ、金貨が欲しいか?」
『そっすね、欲しいっす。』
「そう思って、俺達でオマエの為に買取枠を作った。
黒胡椒は100㌔まで、塩はダブつくまで無制限だ。」
『え?
塩は王国の専売品で…』
「そういうことだ。」
ニヴル氏族が王国切りを考え始めたということか。
「王国は長くない。
存続するだろうが、領土全域に専売を強制するほどの影響力は持ちえない。
長老会議はそう判断した。
勿論、俺達も馬鹿じゃねえ。
真正面から喧嘩を売るような真似はしないが、現在結んでいる諸契約に関してこれまでのような自動更新をしない。
特に軍事関連に関しては白紙に戻す方向で持っていく。
相互不干渉協定を着地点にしたいと考えている。」
『傭兵契約なんかしちゃったら魔界と戦争させられかねませんものね。』
「そうだ。
魔界は相変わらずの貧乏所帯だが、俺達に対して何かを強要することがないし、新鉱山のプロジェクトにも入札させてくれている。
そんな誠実な相手と戦う意味がない。
王国には悪いが、俺達はこのまま静観を決め込んでるだけで旨味を取れる。」
ガルドが手を止め、俺に向き合う。
「…筈だった。」
『…。』
「…。」
『俺の存在がネックになってるんですね?』
「厳密には、オマエの同胞だな。
王国は力を誇示する為に、外人部隊を過大に宣伝している。
しかも都合の悪い事に最近、各紙からのインタビューにも【ニヴル族トビタの盟友】と答えさせている。」
『…。』
「問題は外人部隊が魔界侵攻戦でそこそこ活躍している事なんだよ。
恐らく王国としては俺達ニヴルを引き込む切っ掛けにしたいんだろうな。」
まあ、そうなるわな。
劣勢の王国は少しでも多くの味方が欲しい。
精強無比で知られるドワーフ種などは喉から手が出る程に欲しい存在だろう。
今までは塩止めをチラ付かせて交渉を優位に進めていたが…
なるほど、それで俺に塩の無制限持ち込みが許されたと。
人間種でありながらドワーフの徒弟になった俺は当初物珍しさの種に過ぎなかった。
だが共和国の元老院議員でもあるギガント族長が、俺のニヴル婿入りを承認してしまった。
本来私事に過ぎないのだが、前代未聞の珍事故に世界中にこのニュースが知れ渡った。
報道を見た王国の誰かが気付いたのだろう。
やり方次第で魔界とニヴルの関係に楔を打てる、と。
「その策はアタリだよ。
最近、魔族の連中と僅かにギクシャクし始めた。
早急に解決したいんだ。
問題ってのは、往々にしてそういう些細なギクシャクが切っ掛けになるからな。」
『俺はどうすればいいですか?』
「俺達の口からは言えない。」
『高橋達を殺せばいいんですか?』
「同胞は大切にしろ。
としか言いようがない。」
直訳すれば、「オマエ1人で殺して来い」という意味である。
「余計な事は考えんでいい。
誰かが来ても、これまで通りエヴァに居留守を使わせろ。
オマエは坑道の奥で仮小屋を建てて作業に専念している。
そうだろ?」
『王国軍を倒すのも駄目なんですね?』
「勿論、駄目。
魔界と王国穏健派は事態収拾後の貿易再開を望んでる。
魔界が勝ってしまったら再開が遅れる。
遅れれば貧困国の魔界は打撃を受ける。
腐っても王国は超大国だ。
人間種の中では依然、王国人の人口比率は高い。
分かるだろ?
その歳になれば?」
『指摘されると、自分の愚かさを痛感します。』
「安心しろ、オマエはまだ賢い部類だ。
どこぞのボンクラなどは合戦に勝ちさえすれば氏族が栄えると本気で信じていた。
その愚かさで多くの同胞を死なせた癖に、自分だけはのうのうと生き残ってやがる。
オマエにだけはこんな風になって欲しくないんだよ。」
『ねえ、親方。』
「んー?」
『魔界見物にも行ってみませんか?』
「…ふっ。
小刻み移動は禁止な。」
『俺から小刻み移動を取ったら何も残りませんよww』
「婿殿のお手並み拝見という奴だww」
ガルドは炉を落とすと携帯食をリュックに詰め始める。
そしてドワーフ児童用の小さなリュックを俺に投げた。
『小刻み補給も禁止ですか?』
「たまには行商人に小銭を落としてやれw」
鼻で笑うと古びた剣を腰に差しガルドが立つ。
「じゃ、行こうか。」
『そっすね。』
参ったな。
ワープも使わずに旅をするとか、正気の沙汰じゃあない。
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