仲良くやってくれるのなら何よりだ。
さて、ここからが本番。
合衆国での法人格を手に入れた事で、ようやく怪しげな迂回貿易が出来るようになった。
王国・共和国との交易ルートをやっと開設する事が出来るのだ。
後は僭主ピエールとの交渉だな。
「駄目だ。」
『駄目ですか?』
「ヒロヒコは十二分に功績を立てた。
ここからは療養の時期だ。」
『親方。
実は俺、幾つか考えてる事があって。』
「…ヒロヒコ。
オマエの旅は終わった。」
『こんな傷、なんてことはありませんよ。』
「違う。
生まれて来る子供の話だ。
オマエはその歳にしては珍しく家庭を顧みてしまうタイプだ。
もう今までのようには飛べない。」
『…そうかも知れませんね。』
「オマエには冒険の才能が無い。
ただそれだけの話だ。」
反論の余地も無い。
いや、知ってたよ。
こんな移動チートを持ってる癖に家庭だ子供だとミクロの世界に終始している。
きっと俺には根っこの部分で自由への適性が無かったのだろう。
「エヴァさん。
昼飯はまだでしたかの?」
「さっき召し上がったのが
先生の昼食です。」
まぁ、冒険向きの人材なんて幾らでもいるか。
俺は再び寝転がり、両手を腹の上に置く。
どのみち、この手で現場に出るのは皆の迷惑だ。
『親方。
じゃあ俺はこれからどうすればいいんですかね?』
「死ぬな。」
『無茶を仰る。』
「親方命令だ。」
徒弟制ってマジファックだよな。
…無くならない訳だ。
「他人の使い方を覚えろ。
指示を出せ、命令や発注で自分以外の誰かを動かせ。オマエはそういう段階に辿り着いた。」
『段階と来ましたか…』
「元手を稼いだ、名も売った、家族も作った。
そういう事だよ。」
確かにな。
異世界抜きにしても完全に上がってるよな。
『おとなしくしてますわ。』
「うん。
長老会議も馬丁くらいなら派遣してやるってさ。」
『そりゃあ至れり尽くせりです。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜、義父が見舞いにやって来る。
こんな時間まで勤務とは相変わらず生真面目な人である。
「ヒロヒコ君。
痛みは引きそうかね?」
『ええ、この程度の痛み問題ありませんよ。
ニヴルにだって戦傷持ちは幾らでも…』
手を見せる為に立ち上がろうとして、派手に転ぶ。
そっか、俺は脚も駄目になってたんだよな。
手が痛すぎて忘れてたよ。
『こんな感じで無事です。』
「…。」
ブラギは眉間に皺を寄せたまま俯いている。
『しばらくは、のんびりしてますよ。
どのみち一段落しましたし。』
「一段落どころか、大団円だよ。
全て丸く収まりそうだ。」
悲し気にそう告げるとブラギはガルドと短く語らってから去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、約束通りおとなしくワープ。
「トビタ君。
容態はどうかね?」
『相変わらずの低空飛行です。』
オーク交易所にマグダリオンを迎えに来た。
現在、灰色鉄鉱山前にキャンプを張らせているゴブリン達を魔界に送還しなくてはならないからな。
王国へ去った難民の廃屋が多数残っていたのが幸いした。
ゴブリンもコボルトも疲れ果てた表情で倒れ伏している。
まずはマグダリオンに彼らの聞き取り調査をさせ、魔界への帰還ルートを制定しなくてはならない。
「何?
トロッコに乗せてくれるの?
ドワーフにしては珍しいね。」
『あくまで俺の属僚としての資格ですよ。
他種族を乗せてはならないという掟がありますからね。』
そりゃあ、そうだろう。
弊害しかないからな。
「ははは、スポットのコンサルではなく、正式な軍師として認めてくれるのかな?」
『さあ、どうでしょう。
ただ、難民送還をお手伝い頂く分の追加料金は払います。
人間種にこのトンネルの存在を悟られないようにしたいのでね。』
「それに関しては寧ろ弊社が予算を割く場面なんだろうけど。」
『降りないんでしょ、予算。』
「慈善事業には出資してはならないという社則があるんだよ。」
そりゃあ、そうだろう。
弊害しかないからな。
「ふーん、ドワーフのトロッコは噂以上に快適だね。
特に静音性。
まるで地底を滑るが如く乗り心地だ。
最高だよ、魔法を超越している。」
『光栄です。』
「てっきり目隠しをさせられると思ったんだけど。
こうやって左右を見渡しても怒られない?」
『ここ、生活空間なのであまり見られたくはないです。』
「…ふーん、思ってたのと違って軍事色が殆ど無いね。
もっと軍事基地的な雰囲気を予想していたよ。
それを私から本社本国に伝えろって意味かい?」
『さあ、どうでしょう。
どのみち、魔界の皆さんの遣り取りなんて知る由もないですからね。』
「私だって魔界には出向しているだけだよ。
知っている事と言えば、ドワーフがトンネルを通って攻めてくると信じてる者が少なくない事くらいさ。」
『…でしょうね。』
「機嫌を損ねないで欲しいね。
仕方ないだろう、過去そういう事例が何度かあったのだから。」
『魔界もよく掘らせてくれましたね。』
「それだけ今回のニヴル族は段取りをきちんと踏んでいるということ。」
マグダリオンは言う。
ニヴルは勿論信用されてなかったのだが、魔界トンネルを掘り始める際に念入りに手順を踏んだ事で好感度がやや上がっていた。
それに加えてゴブリン・コボルトを保護し、かつ帰還にトロッコを使用させる事で、対ドワーフ感情は大幅に改善するだろうとの事だ。
そう。
当初山越えをさせる予定だったが、長老会議が電撃的に難民帰還のトロッコ使用を決定したのだ。
これにより、記念すべき産業用トロッコの初貨物は材木でも鉱石でもなく、隣国民となった。
【魔界やエルフ族に対しては見せた方がトータルで得】
無論、デメリットなど腐るほどあるのだろうが、ドワーフの美点はその果断さにある。
トンネルを見せるタイミングは今であると踏んだ。
俺も賛成だ。
どうせ、いずれは何かの形で見られてしまうし、ドワーフとの直通路が通ってしまった魔界側のストレスは少しでも軽減してやるべきだからだ。
『お疲れ様です。
人間種の領域に到着しました。』
「へー、もう大山脈を越えたんだ。
凄いね。」
トロッコ出口には義父ブラギを筆頭に長老会議から派遣された数名の出迎えが整列していた。
マグダリオンはゆっくりと左右を眺めていたが、不意に背筋を伸ばしビジネスマンの顔になった。
そしてブラギと名刺交換。
俺も起立しているつもりだったが、駆け寄って来た随員が椅子を渡してくれる。
彼の表情を見るに、到底見ていられないふらつき具合だったらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこからはスムーズだった。
難民キャンプ(魔族)に居た老コボルトが幼少時にマグダリオンと面識を持っていたからである。
マグダリオンにとってはほんの半世紀前の中期出張(7年)だったが、老コボルト氏にとっては素晴らしき客人だったらしい。
グドと言う名の老コボルトが周囲にマグダリオンを好意的に紹介した所為だろう、ゴブリンも含めて一気に安堵の雰囲気となった。
既に俺にはやる事はないので魔族達の喜悦をただ眺めていた。
手の痛みが再発したので内心中座したかったのだが、マグダリオンの雇用者が俺である以上、それは許されなかった。
俺は太陽に照らされながら、眼前の光景の方向を向いていた。
もうここからは政府と政府の折衝となる。
俺の出番は公文書の備考欄くらいにしかない。
2度、遠くで歓声が挙がった。
何に対しての歓呼だったのかは未だに分からない。
…きっと俺の旅は終わったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『デサンタさん達はここからが本番だと思いますけど。』
「そうだね。
ピエール領への行商は多分上手く行くと思う。
だから心配ないよ。」
『…。』
要するに、トビタは来るなという話なのだ。
俺は荷主の上に有名人。
オマケに無茶をする。
そして何よりエヴァの子が来月生まれる。
俺がデサンタでもこんな奴は絶対にメンバーに入れないだろうな。
「ちゃんと奥さんを見てあげてる?」
『あげてないかも知れません。』
「じゃあ、それが答えだ。」
『…デサンタさん達と一緒に王国に向かうつもりでした。
だから、少し寂しいです。』
「エヴァさんはもっと心細い思いをしている。」
『…あの会談が一段落したら、今日は真っ直ぐ帰ります。』
「うん。
俺も報告はマメにする。
だから、キミも療養に専念してくれると嬉しい。」
『…。』
2時間ほどで会談は終わった。
合衆国人に対しては、魔族がさも山脈を縦断して帰る様に見せかける。
見送り(監視)の合衆国人が去ったら、普通に産業用トロッコに乗せて魔界に彼らを送り届ける。
既に魔界の承認も得ている。
交易所でニヴルとオークの役人同士が花束を贈呈し合ってハッピーエンド。
後は、その段取りを完遂する為の事務作業である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『エヴァさん、ただいま。』
「おかえり、早いね。」
「おかえり少年!」
『会場でウロウロしてたら皆に怒られた。』
「ふふふ、目に浮かぶわ。」
「あっはっは。
分かる分かる。」
『1つ謝らなくてはならない事がある。』
「1つ?」
「お!
謝罪かー。
偉い、トビタ少年も成長したなー。」
『いや、エヴァさんには謝ることばかりなんだけど。
もう1つ問題が発生しちゃって。』
「困ったパパでちゅねー。」
エヴァは笑いながら腹をさする。
『この庵に客人が1人増える。
大至急、彼の別宅を用意するからしばらく我慢して欲しい。』
「オイオーイ!!
ワシは反対じゃぞー!!
新婚夫婦の新居に居候とか。
非常識にも程があるわい!」
「あら、泊まるお部屋はあるかしら。」
『奥の書斎部屋が空いてるから、当面そこに泊まって貰う。』
「チョ!
そこワシのネグラぁー!!!」
「ええ、私は問題ないわ。
元々、ここはバルンガ先生の庵だもの。」
「問題大アリィィイッ!!!」
そんな訳で不本意ながら居候MarkⅡが増えることになった。
「どうもー、マグダリオンでーす。
トビタ社長のコンサルでーす。」
「う、うわあ!!
で、出たー!!!
コンサル!!
寄生虫の代名詞!!」
マグダリオンはホテルに泊まるつもりだったらしいが、ドワーフ社会にそんな気の利いた概念はない。
「ムッ!
私は良いコンサルです!!」
「プギャーーーッwww
詐欺師特有の根拠なき自己肯定www」
仲良くやってくれるのなら何よりだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『エヴァさん。
来月出産って話だけど、大丈夫?』
「大丈夫よ。
私はね。」
言いながらエヴァは俺の左手に掌を重ねる。
『…。』
「…。」
『安心して欲しい。
しばらく、この庵から動かないから。』
「駄目。」
『え?』
「故郷に身重の奥さんが居るんでしょ。
出産予定日は?」
『…いつだろ。
ゴメン、分からない。』
「ちゃんと見てあげなさい。
コズエさんもミナミさんもラァラ(本名)さんも、私と同時期なんでしょ?」
『うん。』
「私は実家の支援があるから良いのだけど…
3人は実家と折り合いが悪いって前に言ってたよね?」
『はい。』
「ちゃんと助けてあげて。
それが私からのお願い。」
『はい。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それが俺が地球に帰還した理由。
「「「ギャオーーーーーッン×4」」」
号泣されてから気付く。
あ、思い出した。
地球じゃ指が切れてたらヤクザ扱いされるんだったな。
頬にバックリと大傷があるのも同様。
俺もどっぷりとドワーフ社会に漬かっていたから感覚がマヒしてたわ。
戦士文化・職人文化のドワーフ種には【傷は勲章】という考え方があり、顔の傷に関してはエヴァさえも何も言わなかった。
ガルドは耳が半分欠けてるし、バルンガは額に大きな刀創がある、非戦闘員の団子屋ギョームでも目の下に豹退治で負った傷がある。
本人達も妻子もその傷を名誉と捉えていた。
俺もいつの間にか、そちら側の価値感に染まっていたらしい。
当然、地球では違う。
ここまで派手に傷付いた手足や顔を誉れと感じてくれる者は殆どいないだろう。
それが女共が俺を見るなり泣き出した理由。
何でチャコちゃんが混じっているのかは謎だが、仲良くやってくれるのなら何よりだ。
「子供が周りからどう見られるかをちゃんと考えてよ!!」
『ごめんね南さん。』
沼袋南の父親はヤクザ者だった。
奇遇にも小指を詰めていた上に顔に大傷があったらしい。
俺が悪夢を再現してしまった為か、半狂乱で泣いている。
「飛呂彦様!!
もう貴方1人の身体ではないのですよ!!」
『梢さんの言う通りだ。
もっと自覚を持つよ。』
遠藤の言い分は正しい。
子供が生まれる以上、俺は俺だけのモノではないのだ。
もはや俺の傷は妻子の傷なのだ。
「どうして勝手なことばかりするの!」
『らぁら(本名)さん…
俺なりに言い分もあるけど、そうだよね。』
らぁら(本名)に言わせれば俺は身勝手なのだろう。
勝手に動き、勝手に居なくなり、勝手に傷付く。
女からすれば気の休まる暇がない。
「3人共何を言ってるのよ!!」
突如、チャコちゃんが叫ぶ。
「飛呂彦が頑張るのはいつだって私達の為でしょ!!!
理由も聞かずに責めるべきじゃないよ。!!」
『…。』
「「「…そ、それは」」」
「うわーーんッ!!
可哀想な飛呂彦!!!
こんなに傷だらけになって!!!」
…いや、右手はオマエがやったんだけどな。
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