あるかボケ!!
「そもそもねー。
スタンピードとは何か。
私はその本質に…」
『軍師!
事態収拾の方策を提示して下さい!
ゴブリン・コボルトのバーサク状態を解除したい!』
「え?
でも、スタンピードの群れに召喚されたという事は、制御中枢は王国内でしょ?
収拾も何も…」
『そこ詳しくッ!
中枢とはッ!?』
「え?
あ、いや。
召喚魔法って膨大なエネルギーと複雑な術式を必要とするから。
現場の兵隊さんが持ち運べるような魔法陣じゃ、大規模スタンピードは絶対に起こらないのね?
なので、魔術上のセオリーとして安全圏で基幹魔法陣を動かして、現場には受信用の端末だけを置くと思うよ。」
『王都は帝国が制圧済ですけど。』
「ああ、王国さんは最近(100年前)遷都したんだったよね。
私の言ってるのは旧王都ね。
懐かしいなぁ、学生の頃(380年前)に教授のお供でカンファレンスに行ったわ。」
俺はマグダリオン氏の台詞を遮って、旧王都の場所を尋ねる。
彼の推理では、基幹魔法陣は旧王都・王立大学の魔法塔にある。
(それも魔力を発信し易いように、出来るだけ上階にセットされているとの予測。)
少なくとも380年前にマグダリオン氏が魔法塔の実物を目撃しているので、余程の事がない限り移設されずに残っている見込み。
(魔力は土地に蓄積されるので移転しちゃうと、どうたらこうたら。)
バーサク状態を継続しての召喚は、かなりの魔力を必要とする為、基幹魔法陣が破損してしまうとバーサクは維持出来ないらしい。
「つまり、これらの情報を統合して解決策を練るに…」
『トライアンドエラー!!』
「おお、若いのに本質を理…」
『行ってきます!』
「ちょ!
正式なレポーッ…」
俺は急いで自領の便所に駆け込む。
『ワープ!』
王都の直上に転移。
良かった、今日は日差しが柔らかい。
『ワープ!』
そのまま、下を向いたまま高度を上げて王国全体を俯瞰で見下ろす。
それにしても1面の肥沃な農地である。
ここまで膨大な農地を保有している国家で何故飢餓が発生するかは謎。
高高度に達した俺はマグダリオンに教わった旧王都の立地を思い出す。
確か王都から真北に500キロ、【三日月湖】なる巨大湖の畔に…
ああ、多分アレだな。
小刻みにワープしながら旧王都の直上まで移動。
あれだな、尖塔の並んだ建物。
心なしか紫色の不自然な光が漏れている区画がある。
尖塔の屋根に一旦着地してから、飛び降りながら中を覗き込む。
多分ここだな。
発光している尖塔最上階に侵入。
紫色の魔方陣。
周囲には書類棚が並び、机の上には数式(?)が一面に書かれた書類束が無造作に置かれていた。
隣の部屋から数名が談笑している声が聞こえる。
『ワープ。』
便所→交易所→コンサル。
「おお、キミは若いのにトイレが近いねー。
食生活見直したら?
ちなヘルスケアコンサルは別料金ね♪」
『この書類って読めます?』
「読めるも何もエルフ文字じゃない。」
『え?
そうなんですか?』
「人間種が魔法を使う時は我々の文字を使うよ。
彼らの原始的な語彙では抽象論を具現化する事は不可能だからね。」
『読解お願いします。』
「どれどれ。
あー、召喚術だねえ。
うーん、術式としては20点かな。
学の無い人が背伸びして高等魔法を再現してる典型。」
『詳細!』
「ひえっ。
若者はせっかちでイカンね。
えーっと。
あー、今まさに起きている事象だね。
キミが見た紫発光の魔方陣。
召喚術式と精神操作術式を強引に並立させてる。
停止させれば精神操作も時機に止まるだろうね。」
『停め方!!』
「え?
そんなもの術者が解除術式を作動させるか死亡でもしない限り…」
『OK!!
軍師は国境ギリギリで待機!!』
「え、あ、うん。」
コンサル→交易所→便所
『ワープ!
デサンタさん戦況は?』
「ジワジワ迫っている!
僕達も少し前線を下げた!」
確かに、いつのまにか荷馬車が小高い丘に引き上げられている。
川は中洲まで完全にモンスターに占められてしまっている。
八尺蟷螂は見当たらないが…
巨大な牛の群れがバシャバシャと川の中で水浴びをしている。
「遠近法で分からないかもだけど、2階建てサイズだよアレ。」
『マジっすか?』
「アレは人間種では無理。
ガルドさんでも一撃で殺すのは諦めたくらいだからね。」
見ればデサンタの鎧は返り血で真っ赤に染まっていた。
いや、その全てが返り血であると信じたい。
『現在のゴブリン・コボルトはどんな状態ですか?』
「何かユラユラしてる。
多分、上流の川幅の細い場所を探してるんじゃないかな?」
『今からバーサクを解除します。』
「え!?」
『もしも彼らが正気に戻ってパニックになったら保護してやって下さい。』
「え!?
いや、保護って!」
『ワープ!』
瀬戸内の孤島に飛んで、右脚と右手と左小指を失った状態でも使える武器を…
『あるかボケ!!』
辛うじて、かつてゴブリンを殺害するのに用いた自決筒を手に取る。
今度はゴブリンを救出する為に用いるのだから世の中とは分からないものである。
『ワープ。』
先程の尖塔に飛ぶ。
魔方陣の横に着いた瞬間に隣室から入って来た老人と目が合う。
服装からして学者っぽい。
『ッ!?』
「ッ!?」
0.5秒だけ互いに目を見開き絶句。
だが、殺し慣れている俺の方が反応が早い。
真後ろにワープで回り、伝家の宝刀ワープクラッシュで殺した。
『クッ!』
駄目だ、左手の4本指だけで人を殺すのは本当にしんどい。
ドサッ!!
思ったより転倒音が響く。
隣の部屋から人の声が近づく。
「局長ー。
何かありましたかー?」
のんびりとした声が聞こえてドアが開いた。
「ちょ!!!!
局!?」
『ワープクラッシュ!!!』
「ぐわッ!!!」
小太りの男が俺に首を刺されて倒れ込む。
局長?
最初に殺した老人が責任者だったのか?
「次長?
次長、どうしましたかー?」
『くっそ!
天丼かよ!!』
「あのー、今回の議事録なんですけど…」
『ワープクラッシュ!!!』
「ぐはあ!!!」
『ハアハア!!』
ヤバい、3連続で筒剣を撃ち出した所為か傷口が開いてきた。
あ、ヤバ!!
左手がズキズキする!!
そりゃあそうだよな、負傷者が確実に自決するように開発された筒剣である。
射出時の反動は大きいに決まっている。
「局長ー、次長ー、部長ー。
何かありましたかー?」
『クッソ…
まだ居るのかよ。』
「今年度の予算案は諦めるとして…」
『ワープクラッシュ!!!』
「うっわあああああああ!!!!!」
しまった。
手が震えて一撃で殺せなかった!!
「ぐわあああああああああ!!!
痛い痛い痛いーーーーー!!!!!!」
『原始クラッシュ!!!』
チャコちゃんに砕かれた右手、感覚が無いなりに金属製の文鎮のようなもので滅多打ちにして撲殺した。
「なんだなんだ?」
「喧嘩ですか?」
「局長ー、次長ー、部長ー、課長ー。」
腹を括るしかない。
俺は一瞬で瀬戸内の孤島に戻ると、激痛を堪えながらショートソードを手に取り尖塔に戻る。
…焼ける様に左手が痛い。
あまりの激痛に涙がポロポロ零れる。
全身から変な汗がボタボタ落ちる。
「ドア開けますよー。」
『ワープクラッシュ!!!』
「ごわあ!!」
よし、腹に刺さった!!
「ちょ、係長!?」
腹を刺されて倒れ込む係長氏の背後には2名。
よし2人なら何とか殺せる!!
『ワープクラッシュ×2!!!』
「うわあ!」
「ひええ!」
『ハアハア!!』
何人か呻いている者が居たのでショートソードに体重を掛けて首を貫く。
辺り一面、血の海。
中々の戦果だが、問題はその血の何割かは俺の左手から流れていることだ。
いや、気のせいか右手まで痛くなてきた。
『ガアアアア。』
目に入った汗を腕で拭いながら肩で息をする。
ヤバい、死ぬかも…
ヤバいヤバいヤバい…
チカチカする目で振り返ると魔方陣は発光を止めていた。
『ハー、ハー。
ゎ、ワープ!!』
荷馬車の中に飛んだつもりが、幌の真上に投げ出されてしまう。
駄目だ、痛みのあまり上手く着地点がイメージ出来ない。
「トビタ君!!!
キミの言った通りだ!!
明らかにゴブリンの動きが止まった。
コボルト勢はパニックになりながら、モンスターに攻撃を始めている!!」
『ハーハー。
少し待ってて…
ワープ!!』
便所に飛ぶことも失敗。
その扉の前にだらしなく転がる。
ヤバい、死ぬかも。
『軍師!!
軍師ーーーー!!!!』
「はーい?
体調悪いーー?」
『ゴブリンに保護の旨を呼び掛けたい!!
何か覚えやすいゴブリン語を!!!』
「うーーーん。
状況は分からないけど。
【ケー、ビー、ガラン】
が妥当じゃないかな?
知らんけど。」
『ハアハア!』
俺は這いながら便所に潜り込む。
『ワープ!!』
「トビタ君!?」
『デ、デサンタさん。
【ケー、ビー、ガラン】
と彼らに呼び掛け続けて。』
「え?
何ゴブリン語?」
『多分、それで意思疎通できる筈。
知らんけど。』
俺は幌の上でデサンタが投げてくれたエクスポーションを必死で啜る。
やや痛みは引いた気がするが、もどかしいので傷口を漬けてみた。
『痛てててて!!!』
痛いのだが、何か身体に良さそうな気がしたので必死の形相で切れた小指の根元をエクスポーションに押し付け続けた。
「おいヒロヒコ!!
言葉が通じたぞ!!!
何か言い返してる!!
オマエ分かるか?」
『何て言ってます?』
「何かキーキー喚いている。」
『もう少し具体的に!』
「キキッパ、キキッパ叫んでる。」
『ワープ!』
便所前に不様に倒れ込む。
「あ、トビタ君。」
マグダリオン、便所裏の国境ギリギリまで近づいてくれたのか?
『軍師!!
ゴブリン語で【キキッパ】の意味は!?』
「え?
それはゴブリン語というより魔界の軍事用語だな。
旗って意味だから、所属を教えろとかそういうニュアンスじゃない?」
『味方だと知らせる方法!!!』
「え?
そりゃあ、魔界の軍旗がなけりゃ話にならんでしょ。」
『持って来て!!』
「もー、人使いが荒いなぁ。」
老人のマグダリオンよりも隣で聞いていたゴブリン官吏氏の方が状況を理解しているのか、彼の部族旗と即興のメモを渡してくれた。
『助かります…』
「助けてくれているのはトビタ社長の方なんですよね?」
『…所詮は自分の為ですよ。
今回はその途中に貴方達が居た。
それだけの話です。』
「同胞の恩義は必ず!!!」
『…ワープ。』
最後の力を振り絞って荷馬車の幌に乗り上げる。
『親方ー!
デサンタさん!!
居ますか!!!
見えない!!
目が霞んでる!!
近くに来て!!!』
「ヒロヒコ!!
ここだ!!!」
『旗と魔界からの書状です。
これで何とか…』
そこで俺の意識は飛んだ。
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