俺は飛べるッ!!!
馬車の意匠1つでも、ドワーフと人間種では全く異なる。
閉所と職住近接を好むドワーフの性質がそうさせるのか【牽引可能住宅】というコンセプトが明確なのだ。
故にドワーフの馬車は最初からキャンピングカーとして設計されている。
トイレ、洗面、食事を車内で完結させる事を前提として組み上げられている為に人間種の馬車に比べて容積が大きく、全体的にずんぐりしている。
一方、すれ違う合衆国民の馬車はどれもシンプルである。
商用の長距離馬車も数台見掛けたが、どれも大型でありながら生活区画らしき箇所は見当たらない。
当然だろう。
人間種は日を跨ぐ馬車旅では必ず宿に泊まるし、宿が無いエリアではテントを張るからだ。
『それが俺達が嫌がられる理由なんです。』
「え?
何で?」
『馬車の中にトイレを設置したり、身体を拭いたりするのが不潔に見えるんでしょう。』
「ちゃんと区画分けてるじゃん。」
『外からじゃ分からないですよ。』
ガルドと寝転がって飯を食いながら、文化摩擦トーク。
この男にとって不思議なのは、すれ違う人間種達が露骨にドワーフ馬車を嫌がること。
「多少デザインは異なるが同じ馬車じゃないか。
しかも軍用でも何でもない、ただの商用馬車だ。
そこまで忌避する必要もないと思うんだがなぁ。」
『うーん、俺も最初は軍民の区別が付きませんでしたし。
人間種から見れば、単なるドワーフが乗ってる馬車なんですよ。』
「ほーん。
そんなもんかねー。」
ガルドにしたって本気で人間種からの評判を気にしている訳でも無い。
たまたま暇潰しの雑談が馬車の話題になっただけである。
その証拠に、ついさっきまでは女の好みで盛り上がっていた。
俺とガルドはノースタウンに着くまで馬車に籠る事に決めている。
理由はシンプル。
俺がワープでちょくちょく地球に行ってるから。
ガルドには馬車が覗かれないようにお願いしてある。
馬車内の寝袋に深く潜ったまま地球のあちこちに顔を出し、30分に1回は荷馬車に戻ってガルドに状況を聞く。
手ぶらでは気が引けるので、アーモンド菓子やワインを土産として献上。
おかげで、師はほろ酔いで寝転がり上機嫌である。
『ワープ。』
府中に顔を出してメールチェック。
女共の愚痴に背中で答えながら、皆にメールを返していく。
「ねぇ、飛呂彦君。
折角帰って来たなら遊びに連れてってよ。」
『あ、ゴメン。
今から柴田税理士と打ち合わせ。』
「えー!
たまに帰ったと思ったらずっと仕事じゃない!」
『あ、いや。
君達への生前分与とか、ちゃんとしておきたいから。』
「ぐぬぬ、文句が言えない!
でも死なないで!」
『いやあ、生死に関しては天運だからねぇ。
俺個人ではどうにもならないよ。』
「キャラバンは安全なの!?」
『途中でレッドリザードとグリーンスライムに襲撃された。』
「え!?」
『大丈夫だよ。
護衛は全員元軍人だし、同乗してくれてる師匠は戦士団でも腕利きで知られた人だからね。』
そう、今のところキャラバンは至って順調。
郊外ではモンスターとの遭遇があるが、徐々に人口が密集してくる。
そうなれば危険度も大きく下がる筈だ。
「ねえ。
本当に安全なの?
もうすぐ生まれるんだよ!
ちゃんとパパとしての自覚を持ってよ!」
『わかったわかった。
ワープ。』
「ちょ!」
『親方、お疲れ様です。』
「おう。
おかえり。」
『1つ聞きたいんですけど、今回のキャラバンって安全なんですよね?』
「おう、安全安全。
さっきオマエが居ない間に街道をロングスネークの群れが塞いでたけど、俺が秒殺しといたから。
ノースタウンの冒険者ギルドに死体を持って行ったら討伐報酬が貰えるんだってさ。」
『マジっすか!?
幾らくらい貰えるんですか?』
「わかんね。
でも2匹で金貨1枚が相場らしいからな。
ちな、31匹仕留めたぞ♪」
『おお!
凄いっすね!
流石です!』
「はっはっは。
まだたまだ若い連中には負けねーよ♪」
『じゃあ、仕事戻りますね。』
「おーう。」
『ワープ。
聞いてきたけど安全だったー。』
「本当に?
危険はないのね?」
『ロングスネークが出たけど大丈夫だったー。』
「ちょっと待って!
ロングスネークって何!?
キャラバンって商売なんだよね!?」
『じゃ、税理士。』
「ちょ!」
『ワープ。
(SE ピンポーン)
どうも柴田先生、お世話になっております。
飛田です。
早く着きすぎてしまったので…
ええ、ありがとう御座います。』
ぶっちゃけ、女共と何万時間話したところで意味はないが、税理士と5分打ち合わせるだけで彼女達への贈与額が桁違いに跳ね上がる。
俺の失踪届や死亡届を出すタイミング1つで課税額も違ってくるからな。
念入りに打ち合わせをして、少しでも女共に残す金額を増やしておかなければ。
柴田税理士の事務所には奥様も居られて、ジュエリーブランド・エヴァの進捗も話す。
当然、エヴァもキプロスで法人化しているので、俺の死後に持ち株をどう相続させるのが我が子にメリットがあるのかを慎重に議論。
かなり中身のある打ち合わせとなった。
どうせ死ぬなら税法上有利なタイミングで死ななければならない。
ミスれば我が子が相続税に苦しむ羽目になるからな。
『ワープ。
親方、ただいま!
いやぁ、実に有意義な一時でした!
生きる気力が湧いて来ました!』
「おうヒロヒコ。
俺達死ぬかもだぞ?」
『え?』
「モンスタースタンピード。」
『いやいや!
この前も発生したでしょ!』
「デサンタ君、説明してやって。」
「はい、承知しました。
トビタ君。
端的に説明するね。」
『あ、はい。』
「これは明らかに王国軍の技術。
僕達はモンスターポップ作戦って呼称してた。」
『も、モンスターポップ!?』
「専門的な事は分からないんだけどさ。
敵地の奥深くに潜入して、モンスターが異常発生する薬剤を撒いたり召喚魔法陣を描いたりする戦法なんだよ。」
『あー、思い出した。
俺が王都に住んでた頃、潜入した帝国工作員がコボルトを召喚してエラい騒ぎになりました。』
「うんそれそれ!
その大規模版と思って。
ちな、バーサク化したコボルトやゴブリンもいっぱい居るよ。」
『マジっすかー。』
デサンタの分析では、王国軍が鉢伏山を占拠したタイミングで発動した作戦とのこと。
人為的にスタンピードを発生させ、合衆国がパニックになった隙を突いてノースタウンを陥落させる算段だったのだろう、と。
もっともスタンピードが発生する前に王国軍が敗退したので、作戦だけが残った。
『地味にヤバいっすねー。』
「派手にヤバいよー。」
どれくらいヤバいかと言うと、終戦で収まり掛けた王国人への憎悪が再噴出した。
その矛先が王国人丸出しの風貌をしたデサンタチームに集中した。
俺が柴田税理士と我が子への相続を熱く語り合っている最中、デサンタは村役人に囲まれて詰められていたそうだ。
なんかゴメン。
「それでね?
あの群れを何とかしろってさ。」
『え!?
あの川向かいの影…
ひょっとして、あれ全部モンスターですか!?』
「うん、俺も対帝国戦で潜入任務やらされたわ。
最後、帝国軍に追い回されて泣きながら帰国したわ。
あの時は魔法陣20セットで帝国側の被害が2万人程度だったのね?
でも、今回は100セット体制行ってるかもしんない。」
『えー!?
何でそんなに酷いことするんですか!』
「だって仕方ないじゃない、戦争なんだもの。」
『いやいやいや!
王国さんは毎回毎回投入量が極端過ぎるんですよ!』
「でも戦争なんて所詮は物量だからねぇ。
相手の判断力すら奪う規模の物量を投下したら、大抵の局面で勝てるよ。
その所為で毎回兵糧が不足してたんだけどね、あっはっは。」
ここら辺は超大国の超大国たる所以らしい。
局地戦でもあり得ない物量を投入して戦場を飽和させる。
この王国の必勝パターンに抗えるのは帝国・共和国の2大大国くらいであり、小国の合衆国ではどうしようもない。
恐らく戦争が続いていれば、ノースタウンはおろかゴールドシティまで陥落していたとの見立て。
『デサンタさーん、どうします?』
「えーっと、取り敢えず纏まった数のモンスターを退治して、後は流れでスルっとフェイドアウトの方向で。」
そう決まったので、ガルドが馬車から降りて醉い醒ましの準備運動を始める。
戦いの気配を嗅ぎ付けたロキ爺さんもどこからともなく湧いて来る。
「ふはははは!
ワシ参上!」
『ロキ先生、出禁って言ったじゃないっすか。』
「非常時だから出禁無効だよーん(笑)」
『いや、そんなマイルールを勝手に持ち出されましても…』
見れば住民達が対処を諦めて武器を捨て避難を始めた。
「情けない連中じゃの!
モンスターはまだ川の向こうじゃないか!」
『いや、住民の皆様はドワーフがポップしたことで諦めたっぽいです。』
「ワシを魔物扱いすなー!」
でも実際問題、人間種から見ればドワーフなんてゴブリンやコボルトと似たようなモンだからな。
「なぁヒロヒコ。
結構数が多いから俺達死ぬかもだぞ?」
『え?
マジっすか?
親方でも死にますか?』
「まあ死ぬ時は死ぬんじゃね?
ほら、東側を見てみ。
デカめのジャンピングコング居るじゃん。
あの1団はガチのマジでヤベー。」
言われてみれば、ガルドが指さした方向には異様な雰囲気の類人猿の1団。
殺気が凄い。
『親方、逃げましょう!
貴方ほどの猛者がヤバいと感じる相手と戦う義理が我々にはありません。』
「うーん、却下。」
『何でですか!』
「考えてもみてみ?
俺達がスタンピードの下手人と感じてる奴は多いよ。
ある程度の戦果を挙げなきゃ、この先の商売難しくね?」
『いや、まぁ、それはそうですけど。』
「ほら、後ろの山が見えるか?」
『ん?
えっと篝火?』
「地元の奴ら、あそこから観てるな…
分かるだろ?
この意味。」
俺以外は全員軍事経験者なので、《ここで纏まった数を討伐しておかなければ後々ヤバい。》と判断した。
既に川向いの住民は絶滅済らしく、この状況で王国出身のニヴルやデサンタチームが全く身体を張らないのは政治的に危険らしい。
「ヒロヒコ。
オマエは馬車に入れ。」
『いやいや!
皆さんだけを戦わせる訳にはイカンでしょ!』
「ばーか、大至急連絡して回れってんだ。」
『あ、なるほど。』
「情報取得で後手に回った時点で負け確だからな。
まずはブラギに知らせろ。」
『はい!』
馬車に飛び込む。
『ワープ!』
勝手知ったるブラギ邸。
幸い、お弟子さん達とミーティング中。
『お義父さん!
ヒロヒコです!
大至急報告したい旨があります!』
流石に政治家である。
報告を聞き終わると、すぐに弟子に対して指示を飛ばした上で俺にも訓令。
生き残り方から死に方まで細かく指定されてしまう。
「あ!
ヒロヒコ君!
最後に私事!」
『あ、はい!』
「兄さんの弟に生まれて幸せでした!
そう伝えて!」
『約束します!
ワープ!』
「おーう、ヒロヒコ。
オマエ、何涙ぐんでるてんだw
ビビってんのかw?」
『ぶ、ブラギさんが。
【兄さんの弟に生まれて幸せでした】
って伝えて下さいと。』
「ちょ!
ばっか、オメ!!!
ばっかじゃねーの!!!」
『親方、泣いてんすか?』
「泣いてねーッ!!!!!」
「あ、トビタ君、ガルドさん。
第一陣が川を渡り始めました。
うっわー、八尺蟷螂だ。
子供の頃、図鑑で見たー。」
『ちょ!!
何すか!?
あのバケモンは!!』
「あー、俺もガキの頃に爺様から聞いた事あるわー。
あー、八尺蟷螂とはよく言ったモンだなー。
デケー。」
『いやいやいや!!!
え?
アレと戦うんですか!?』
「トビタ君。
安心しなさい。
どんな生物にも弱点はあるものだよ。」
『おお!
あのバカでかいカマキリにも弱点はあるんですね!』
「うん。
八尺蟷螂は水に弱い。
泳げないモンスターだからね。」
「あ、俺も爺様からその話聞いたことあるー♪」
『いやいやいや!!
普通に川を渡ってるじゃないっすか!!』
「あ、ホントだー。」
「まあ、所詮は伝聞だからな。
爺様も実物は見た事ないって言ってたし。」
言いながらガルドが突然の投石。
目玉を吹き飛ばされた八尺蟷螂が川中で転倒し、そのまま下流に流されていった。
「しゃあッ!!」
「さっすがガルドさん!」
『え?
でも、100匹以上渡ってるんですけど、それは。』
「…ヒロヒコ。
馬車の中に戦槌を積んでたっけか?」
『…はい!!
見て来ます!!』
いよいよガルドが本気を出す。
…問題は他のモンスターも川に迫り始めていることである。
『ワープ!
エヴァさん!!
親方の戦槌ってどこ!?』
「私物庫ッ!」
『了解!
ワープ!!
…えっと、これだな。
ワープ!!
親方!!
ありました!!』
「でかした!!!」
ガルドは巨大な戦槌を片手で軽々担ぐと川縁に駆けていく。
「トビタ君!
火魔石って積んでたっけ?」
『…。』
「レベル3が欲しい!!
スタンピードの勢いを逸らす訓練を受けている!」
『見て来ます!!
ワープ!
エヴァさん!!
火魔石(中)って持ち出せないですよね?』
「…大丈夫。
ここにある箱、全部持っていきなさい!」
『本当にいいの?』
「戦闘なのね?
状況は?」
『大規模スタンピード!!
仕込みは王国軍!!
ゴブリンやコボルトまで居るんだ!!』
「数はっ!」
『多数!!
脚をやられた時より多い!!』
「これを持っていきなさい!!」
『…巻き取り式ワイヤー。』
「早く戻りなさい!
道具はここに固めるから!!」
『ワープ!!!』
戻るとガルドとロキ爺さんが殺戮を楽しんでいた。
コイツらさぞかし人生満喫してるんだろうな。
振り返るとドン引きしている合衆国住民。
親方達に悪気はないんだけど、絵面がね。
『デサンタさん!!
火魔石です!!』
「レベル4じゃん!!」
『それで何とかして!!!』
「何とかぁあああッ!!!!」
馬に飛び乗ったデサンタが絶叫しながら、川沿いを疾走し始める。
水面に放火してモンスターの流れを誘導しているのか?
よく分らんが、デサンタ程の男が仕掛けた行動に意味がない筈がない。
『やれやれ。
俺が何もしない訳にはならないか…
これ以上、リスクを背負うと女共が発狂するんだがな…
ワープ!!!』
俺は障碍者だ。
狼や犬に噛まれて手も脚もまともに動かせない。
なので戦場ではワープのみを使って状況を打破しなくてはならない。
『うおおおおおお!!!!!!』
久々に空を飛んだ。
まずは直上からスタンピードの規模を観察。
…2個師団。
王国軍2個師団の同規模と見た。
よし、あの程度なら大した事はない。
ワイヤーリールを掴んだ俺は渡河中のスタンピードの群れの直上に出現する。
こう見えてワイバーンを仕留めた事すらあるんだぜ…
いや、そんなのより遥かに強大なモンスターとずっと対峙しているのだ。
『皆ッ!!
川縁から離れろおおおおおおおおおおッ!!!!!』
飛び方は知っている。
あの雄姿は今でも瞼に焼き付いているのだから。
『須藤流奥義ッ!!
巣鴨エアリアル碧血ゼロGダーイブッ!!』
渡河中のモンスターの群れの端から端まで目測10キロメートルの横隊。
瞬間で飛べる俺とは相性が良い!!!
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
ワイヤーを投げる様に手放しているのだが、それでも強烈な反動が来る!!!
失った筈の右手の痛覚さえ蘇る!!!
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
何度もエヴァの元に戻りながら、ワイヤー、ロープ、防砂ネット!!
それらをモンスター達の頭上に落とし続けていく!!!
何かの反動で跳ねたワイヤーが俺の左小指を斬り落とした。
誰かが跳ね返した破片が頬肉を抉った。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
それがどうした。
俺は飛べるッ!!!
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