ご安心下さい、俺は貴方の味方です。
バルバリ峡谷を出発したキャラバンはまず鉢伏山に寄る。
今やすっかり合衆国が要塞化済み。
王国とのレンタル契約が切れた後、誰とも契約を交わした覚えはないのだが、合衆国軍が去る気配はない。
ただ、馬車の窓から俺が顔を出すと気まずそうに合衆国側が顔を伏せてしまったので、所有権が曖昧である自覚があるらしい。
「なあヒロヒコ。
鉢伏山が完全に占領されちまってるぞ。
オマエはどうするつもりだったんだ?」
『いや、すっかり忘れてました。』
「ははは、オマエは大物だなあ。」
『両国から金貨をせしめるアイデアは我ながら面白かったのですがね、思いのほか戦争が早く終わってしまいました。』
「ヒロヒコの武勲だろw」
『内緒にしておいて下さいよw
これ以上王国人の恨みを買いたくないですから。』
「言えるもんかよ。
今やオマエはニヴルだからな。
グリンヒルにアリアスにウィリアム…
下手人の正体がバレたら経済封鎖じゃ済ませて貰えそうにない。」
馬車の中で寝転びながらガルドと2人で笑い合っていると、デサンタが覗き込んで来る。
「鉢伏山、寄った方がいいよね?」
『え?
いや、俺は別にどうでもいいというか。』
「でもブラギ管理官の名義なんだよね?」
「いやあ、それなんですけど。
義父との話題でも一度も挙がらなかったんです。
多分、忘れてるんじゃないでしょうか?』
「まさか。
こんな立派な鉱山を忘れる訳がないよ。」
確かに人間種の価値観から見れば立派に見えるのかも知れない。
坑門などもキッチリ整備されてるし、掘り出した鉱石を馬車で積み込む事も可能だしな。
ただ、俺もドワーフ生活が長くなり、鉱山の良し悪しが朧気に分かって来た。
結論から言えば、この鉢伏山はハズレ。
少なくともブラギ程の権力者が拘泥する価値はない。
鉱山単体としても、そこまでの旨味な無い。
多少銀が採れるのは魅力的だが、魔界トンネルの中腹の方が遥かに豊富である。
何よりここはニヴルの中心から離れすぎている。
旨味がない。
ではドワーフにとって【良い鉱山】とは何かと言えば、本拠地からの交通の便が良い事。
更に言えばトロッコが引けるか否か。
例えば、灰色鉄鉱山に本拠を据えた現在の一等地は同一山脈内の坑道である。
当然、既にトロッコ網が敷かれているし、鉱山内移動用のラマも大量に飼育されている。
次に魔界トンネルから分岐する坑道。
ここは要所要所にトロッコ駅が存在するので、物資の収集に都合が良い。
配給食も優先的に配られる。
魔界トンネルから地上に上がった盆地周辺の山々などは価値が著しく落ちる。
資源を採掘出来ても高炉まで直接搬送出来ないからである。
その手間を皆が嫌がっている。
ドワーフの価値観で最も喜ばれるのは職住一体。
鉱脈の側に家屋を立て、朝起きると同時にツルハシを振るう。
掘り出した鉱物はそのまま測定員に提出し買い上げて貰う。
運良く希少魔石でも掘り当てたら、数か月分の配給切符が支給される。
それらを家族に全て渡して、気分転換に鉱山の外に出てモンスター狩りや魚釣りを楽しむ。
酔狂な者は人間種の集落に行商に向かう。
それがドワーフにとって理想の人生。
なので、本拠機能から大きく離れている鉢伏山は実はドワーフにとっては殆ど価値が無い。
長老会議の一員たるブラギは本拠中心の一等地に4本の坑道を保有し、弟子たちに委託して採掘させている。
また年来の腹心を盆地に派遣し山羊の放牧区画を整備させてもいる。
おまけに政治家としても極めて多忙なのだから、鉢伏山が話題に出ないのはむしろ自然なことなのだ。
鉢伏山は本拠・灰色鉄鉱山と合衆国を結ぶ街道の途中にあるので占有出来るのなら便利。
ただそれだけの価値。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勿論、そんなニヴルの事情を馬鹿正直に人間種に打ち明ける必要もないので、俺とガルドは要塞化した鉢伏山を眺めながら、困惑と憤慨のジェスチャーをパタパタと演ずる。
「ヒ、ヒロヒコ― (棒)
俺達の家に入れなくなってるー (棒)
あー、困ったぁ (棒)
弟に何と報告しよう (棒)」
とてつもない大根役者なのだが、それが棒読みであると分かるのも俺が日頃からドワーフと暮らしているからに過ぎず、大抵の人間種はガルドの棒演技を額面のまま受け取ってくれた。
そりゃあそうだろう。
ドワーフと会話した経験のある者自体が稀少なのだ。
例え棒読みっぽく聞こえたとしても、そういう喋り方をする種族と解釈してくれる。
「あちらの戦士ガルドはブラギ管理官のお兄様なのです。
管理官は御多忙ですから、御自身の鉱山を見回る暇もなく…」
デサンタが駆け付けた合衆国兵達に大袈裟に吹き込む。
やがて兵の上官も現れ、次にその上官も出現し、遂にはそのまた上官までが出現した。
『…。』
「えっと!
勿論、代金は支払うつもりでした!
ただ戦争の後始末がゴタゴタしておりまして…」
『…そうですか。』
沈黙は金とバルンガ組合長から教わっていたので、最小限の挨拶だけ済ませると聞き手に回り、まずは合衆国側のスタンスを探った。
ガルドが隣に居ると後で「恫喝された。」と言われかねないので、馬車内に戻す。
デサンタ達も元王国兵丸出しの容貌なので大きく後ろに下がらせた。
あくまで俺個人と合衆国の非公式交渉。
「現在はかなり戦況が落ち着いているのですが、王国軍がいつ再襲来するか分からず…
我々も撤兵のしようがないのです。
帰還命令を待っているのですが…」
『はぁ、そうですか。』
軍隊経験の無い俺でも分かることだが、軍隊が国境付近の要衝を手放す事などあり得ない。
ただでさえ直近に王国軍に占拠されたトラウマを抱えているのだ。
しかもその時は俺から正式にレンタルしていたので、国際的に見ても、あの時の王国軍の占拠には正当性があった。
戦況によっては、あのまま押し切られて鉢伏山までが王国領になっていた可能性もあるのだ。
「私個人としてはノースタウン駐屯地に戻りたいのですが…
命令書もなしに撤兵する訳にも行かず…
【直訳】
この山は我が軍が接収済だ。」
『なるほど。』
「いや!
ちゃんと補償はしますよ!
【直訳】
軍の言い値で売れ。」
『…。』
ふーん、そういう態度を取るんだ。
あっそう。
じゃあ俺も創意を発揮してみようかな。
俺は一旦馬車に戻り、数秒だけワープに費やす。
『では、師と義父の私物だけを引き渡して頂けませんか?
道具類を回収するように厳命されているのです。』
「ええ、勿論です!
すぐに部下に持って来させます!」
鉢伏山から退去する時に、ガルドの私物を幾つか置いて行った。
忘れたのではない。
1種のマーキングである。
鉢伏山が俺達の資産である事を形で証したかったのだ。
【30分経過】
「す、すみません!
直ちにお持ちしますので!」
『ええ、次の予定がありますので急いで頂けますと幸いです。』
【更に30分経過】
「トビタ社長!
もう少し、もう少しお待ち下さい!」
『承知しました。
ではキャラバンのメンバーに食事休憩を取らせても構わないですか?』
「ええ、勿論です!
どうぞどうぞ!
あ、すぐにコーヒーをお持ちしますね!」
『ええ、それではメンバーに小休止の旨を伝えますね。』
【更に40分経過】
「大変申し訳御座いません!
なにぶん! 約束通り鉱山には一切立ち入っておりませんでしたので!
大至急!
大至急、お荷物をお持ち致しますので!
もうしばらく!
もうしばらくお待ち下さい!」
『参ったなぁ。
ノースタウンで何軒か回る約束をしていたのですが…』
「大至急!
大至急お持ち致します!」
【更に30分経過】
「…トビタ社長、少しだけお時間を割いて頂いて宜しいでしょうか?」
『ええ、10分程でしたら…』
「正直に申し上げます。
お預かりした荷物がどうしても見つからず…」
『え!?』
「いやいやいや!
必ずどこかにはあると思うのですが…」
『…うーん。
《思う》と仰られましても。』
「ですよねー。
いえ!
伝書鷹で報告した通り、王国軍から奪取した時も、扉の封は破られていなかったのです。」
『ええ、そこまでは伺っております。』
「それで、私も鉱山内は手付かずと楽観していたのですが…」
『参りましたねぇ。
あの工具箱は義父が親の形見として受け継いだものでして…
紛失となりますと、俺もどう報告すれば良いのか分かりません。』
「は、はい!
それはもう!
それはもう!」
『…。』
「責任転嫁する訳ではないのですが!
王国軍のスパイがブラギ管理官の私物を盗み出した可能性があります!」
…苦しいなあ。
敵陣に忍び込む事に成功したスパイがツルハシだけ持ち帰ったら、多分怒られるだろう。
軍法会議ものだとは思う。
【更に20分経過】
「大変申し訳御座いません!
お預かりしたブラギ管理官のお荷物を発見する事が出来ませんでした!
誠に申し訳御座いません!」
『あー、いえいえ。
義父からは【人間種の皆さんが約束通り鉱山部分に立ち入ってさえ居なければ問題ない】と言付かっておりますので。』
「…あ、あ、あうあう。」
鉢伏山を合衆国にレンタルする際の条件は至ってシンプル。
【山を軍事利用するのは自由だが、鉱山は我々の資産なので立ち入らないで欲しい。】
合衆国軍も喜んでその条件を飲んだのだ。
鉱山内に置いておいた私物が紛失したという事は、約束が破られた事を意味する。
これは合衆国にとって致命的な外交的失点。
『ご安心下さい。
義父は長老会議の中では穏健派で知られてますので。
殊更に問題を大きくする事はないでしょう。』
「はい! いえ! はい!」
『合衆国さんさえ良ければ口裏を合わせましょうか?
ニヴルに婿入りしたとは言え私も人間種ですので、皆様が苦境に陥る場面は見たくありません。』
「おお!
トビタ社長ーッ!!」
まあ、合衆国軍の意図は分かっている。
彼らは鉢伏山を完全に軍事基地化したいのだ。
その上でニヴルとは揉めたくないし、国際的な評判を落としたくない。
俺にも痛いほど理解出来る。
【更に45分経過】
結局、話を丸く収める為にカンサス州の州議会議長が代替案を出す話になる。
大統領選挙も近い為、彼らとしても早急に問題を解決する必要があった。
問題解決なら幾らでも協力出来る。
俺から要求したい条件が幾つかあるからだ。
その中でもニヴル最大の望み。
【灰色鉄鉱山周辺の領有権承認】
領土宣言はしない代わりに領有権を認めて欲しいのだ。
昨日までなら、その切実な願いは叶わぬ夢だったのだが、鉢伏山引き渡し+長老会議メンバーの私物紛失を水に流すというカードと引き換えなら実現しそうな気がする。
しかもコイツらは選挙前だしな。
『俺も怒ってる訳じゃないんです。
ただ、義父は役職者ですので弟子や部下が大勢います。
長老会議でも主流派に属している。
分かるでしょ、そういう呼吸。』
「ええ!
はい、仰る通りです!」
『ご安心下さい、俺は貴方の味方です。
丸く収めたい気持ちは同じですから。』
「トビタ社長ーッ(泣)!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、数週間の協議を経て、灰色鉄鉱山以北の山脈部分はニヴル領に、灰色鉄鉱山の前方50㌔までは合衆国領内ニヴル租借地との協定が結ばれる。
俺達にとっては万々歳。
合衆国にとってはミスが招いた苦渋の決断となった。
ツルハシ1つ見つからない事が切っ掛けで、これ程の譲歩を強いられるのだから、やはり外交というのは失敗が許されない大変な業務なのだ。
まあ、盗んだのは俺なのだが。
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